日刊鹿島アントラーズニュース

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2016年6月25日土曜日

◆【U23】浦和・興梠、OA枠最後の1枠を決断の決め手となった手倉森監督のひと言とは(報知)


http://www.hochi.co.jp/soccer/japan/20160623-OHT1T50221.html



 日本サッカー協会は23日、リオデジャネイロ五輪に出場するU―23日本代表の24歳以上のオーバーエージ枠(OA)の最後の1人にFW興梠慎三(29)=浦和=が内定したと発表した。DF塩谷司(27)=広島=、藤春広輝(27)=G大阪=と合わせ、3枠すべてを使うことが正式に決まった。興梠はさいたま市内で取材に応じ、U―23代表の手倉森誠監督(48)の熱意に打たれ、“男気決断”を下した舞台裏を明かした。

 興梠が悩み抜いた末に、日の丸を背負う覚悟を決めた。連敗を3で止めた22日のF東京戦後、クラブと協会に出場の意向を伝えた。「なかなかチームが勝てない中で決断することはすごく難しかった。行くからには全力で、今まで出したことのないような気持ちで臨みたい。(A代表の)岡崎や本田と同い年で昔は同じぐらいのレベルだった。今はどんどん離されているけど、自分もやればできるんだぞというのを試す良い機会」と心境を明かした。

 決め手は手倉森監督との絆だ。12年まで所属していた鹿島時代に知人を通じて知り合い、何度か会う機会があったという。興梠の人間性も知る指揮官は早くからOAの最有力候補としてリストアップ。5月に水面下で打診を受けたが、浦和での初タイトル獲得を最優先に考え、一度は辞退した。

 だが、指揮官が今月9日にブラジル視察から帰国した直後に「一緒に戦ってほしい」と口説かれ、心が揺さぶられた。「最初は断ったけど直々に連絡が熱く来て、それに応えたいと思いが変わった。テグ(手倉森)さんじゃなかったら行くこともなかっただろうし、テグさんだから一緒に戦いたい」。浦和の山道守彦強化本部長(53)が「意気に感じる人」と証言したように、2人の関係性と熱意がなければ五輪の舞台に立つことはなかった。

 08年北京五輪は落選したが、大会期間中に鹿島で定位置を獲得した。その経験から「(五輪で不在中に)代わりに入った選手が結果を出して居場所がなくなるのが一番怖い」と本音も漏らしたが、チームメートに「オレらに任せろ」と背中を押され、五輪にすべてを懸ける決意だ。(林 直史)

 ◆興梠 慎三(こうろき・しんぞう)1986年7月31日、宮崎市生まれ。29歳。鵬翔高では2年時に全国選手権8強。05年に鹿島入りし、08年9月に日本代表初選出。13年に浦和移籍。12年から4年連続2けたゴールを記録。今季はリーグ戦16試合に出場し、6得点。J1通算298試合出場、92得点。175センチ、72キロ。

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