日刊鹿島アントラーズニュース
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2016年11月29日火曜日
◆【コラム】古巣・鹿島の勝利で得たヒントと覚悟を胸に…岡山を悲願のJ1へ、岩政大樹がつなぐ“魂のバトン”(サッカーキング)
http://www.soccer-king.jp/news/japan/jl/20161128/521052.html?cx_cat=page1
奇跡を手繰り寄せるゴールを決めたヒーロー、FW赤嶺真吾とは全く逆の方向へ、ファジアーノ岡山のキャプテン、DF岩政大樹は突っ走っていった。両手を広げ、雄叫びを上げながら向かった先では、はるばる松本まで駆けつけた約1200人のサポーターたちが狂喜乱舞している。
冷たい雨が降りしきる中、最前列には上半身裸になって湯気を発散させている男性も大勢いる。クラブの歴史を書き換えようとしている至福の喜びを、一刻も早く分かち合いたい。熱い思いが、常勝軍団・鹿島アントラーズの最終ラインを10年間も支え、タイのBECテロ・サーサナFCを経て、岡山で自身初体験の明治安田生命J2リーグを戦って2年目になる34歳を駆り立てていた。
「とにかく次を勝たなければ、今日の勝利は何の意味もなさない。せっかく岡山の皆さんが盛り上げてくれて、勢いに乗っている状況なので。ファジ(アーノ)の歴史のひとつの区切りですよね。そういう試合になるので、良い準備をして。うーん、何とかしたいね」
サポーターに対する決意表明も込めていたのだろう。必ずJ1昇格を成し遂げてみせる、と。松本山雅FCのホーム・アルウィンに乗り込んだ、27日のJ1昇格プレーオフ準決勝。レギュラーシーズンでは勝ち点で19もの大差をつけられた3位の松本を、クラブ史上で最高位となる6位で初めてプレーオフの舞台へ臨んだ岡山が、痛快無比な下克上でうっちゃってみせた。
4分間と表示された後半のアディショナルタイムも、半分が経過しようとしていた。スコアは1‐1。このまま終われば、規定により成績上位の松本が決勝へ進む。勝利だけが求められる絶体絶命の状況で、岩政は最前線に上がっていた。自らの判断で選択したパワープレー。そこには緻密な計算が働いていた。
松本の反町康治監督は86分に、身長183センチメートルの長身FW三島康平を投入している。指示は攻守両面で187センチメートルの岩政と対峙すること。ならばと、岩政は最終ラインから離れることを決めた。
「僕が下がっていれば、三島くんに前に残られる。逆に僕が前へ出ていけば下がってくれるし、そうなれば相手はそのまま守るしかなくなる。僕が何かしようとするよりは相手を下げさせて、ゴール前をごちゃごちゃさせることで何が起こることが大事だと思ったので」
果たして、何かが起こった。それも最高の形で。敵陣の中央付近でボールを受けたMF矢島慎也が、一瞬のタメを作って松本守備陣を揺さぶってから、右サイドの裏へ走り込んでいた途中出場のFW豊川雄太へ浮き球の縦パスを送る。
マークについたMF岩間雄大と空中で競り合いながら、とっさの判断で豊川はヘディングでゴール中央へボールを折り返す。その先には「ああいう状況になっても、常に味方の動きを見てくれる」と全幅の信頼を寄せる赤嶺が、フリーの状態で走り込んでいた。
「ベンチの選手やスタッフ、サポーターの一体感を背負ったゴールでした」
仲間やサポーターへの感謝の思いを、はちきれんばかりの笑顔に凝縮させながら赤嶺が自軍のベンチ前へと疾走していく。リーグ戦は41試合で4得点と不本意な数字に終わっていた32歳のエースと交差するように、赤嶺の左側にポジションを取っていた岩政はピッチを横切る形でゴール裏へと駆け抜けていった。
「(赤嶺)真吾はなかなか点を取れなかったけど、そのなかでもケガをすることなく、1年間、体を張り続けた。こういう試合では頑張ってきたけど、なかなか結果を出せなかった選手が輝くもの。真吾が抜け出した時点で、ゴールを決めると思った」
松本との決戦を前にして、岩政は鹿島時代に可愛がった後輩、DF昌子源に電話を入れている。鹿島が川崎フロンターレを下した4日前の明治安田生命2016Jリーグチャンピオンシップ準決勝。試合後の取材エリアで、昌子は鹿島が前人未到のリーグ3連覇を達成した、2009年12月5日の浦和レッズ戦の映像が刺激になったと告白。その中でも魂のシュートブロックでゴールを死守した、岩政の名前を挙げていた。
「今日はJ1の試合もないし、鹿島のみんなも見ているだろう、というのもあったしね。あんな記事を出されて、僕が変なプレーをして今日負けたらどうするんだと。いつも以上に緊張感がありましたよ」
鹿島黎明期のレジェンド、秋田豊から受け継いだDFリーダーの象徴、背番号「3」を託されて2シーズン目になる昌子が中心となり、川崎の強力攻撃陣をシャットアウトした一戦は、もちろんテレビで観戦していた。昌子の言葉には照れくささを感じたが、一方で古巣の戦いぶりには魂を揺さぶられた。
「鹿島のあの一戦を見て、自分の中でも思い出したことがあって。それがヒントになって今日は戦いましたので、僕からしたら、逆に彼らに感謝したいというのがありますね」
思い出したこととは何か。岩政はまるで悪戯小僧のように無邪気な笑顔を浮かべる。
「言いませんよ。来週(の決勝)がありますから。もし勝って(J1に)昇格したら、僕のコラムで書きますので楽しみにしていてください」
20日のJ2最終節でザスパクサツ群馬と3-3で引き分け、6位の座を死守した直後から「一発勝負では抑えるべきポイントがある」と言い続けてきた。鹿島時代に何度も経験した修羅場。それをくぐり抜ける術を岡山の仲間たちに伝えたいと考えていた矢先に、川崎戦を通じて鹿島が最高の手本を見せてくれたのだろう。ヒントの一端を、岩政はこう明かす。
「一発勝負で起こりうること、を想定すると分かるかもしれないですね。今日のウチには起こらず、松本には起こってしまったこと。鹿島にも起こらなかったけど、川崎には起こってしまった。そこは一発勝負の面白さなのかな、と思いますよね。戦い方を大きく変えるわけではないですけど、それでもリーグ戦とは変わってくるので、そこを少し意識させながら。多くのことを言ってもみんな頭でっかちになるだけなので、本当に抑えるべきポイントだけを、という感じです」
開幕から上位戦線につけてきた岡山は、最後の8試合を4分け4敗と未勝利で終えた。果たして鹿島もファーストステージを制しながら、セカンドステージでは最後を4連敗で終えるなど、11位に甘んじている。それでもしっかりとメンタルを切り替え、規定により引き分けでは浦和レッズの待つ決勝へ進めない準決勝で、往年の憎たらしいほどの勝負強さを取り戻した。
一発勝負で求められるのは集中力を持続させ、一瞬たりとも隙を見せないこと。その意味では決勝点の直前に、スローインの役目をフィールドプレーヤーではなく、GKの中林洋次が担った瞬間に松本は虚を突かれたのかもしれない。実際、中林はこんな言葉を試合後に残している。
「本当にたまたまでしたけど、僕が投げるわけがないと山雅さんが(足を)止めてくれたのであれば、それは奇跡(のゴール)のひとつ前に生じた油断だったと思います」
メンタルを一発勝負用のそれにしっかり切り替えたうえで、1勝1分けと優位に立ったリーグ戦での松本との対戦結果を改めて踏まえながら、岩政は準決勝で勝利するためのゲームプランを描いた。
「松本との試合は、今日のような大変な試合になる。それを覚悟しながら、ただ大きく崩される展開にはならないので、最終的にゴール前で体を張れるかどうか、というところに持っていけばいい。後半の半ばまではイーブンで行くことが、自分たちのプランでしたので」
赤嶺のアシストからFW押谷祐樹が決めた23分の先制点も、そして絶対の自信を持っていた相手CKの守備でMFパウリーニョに決められた74分の直後でも。岩政を中心に大きな幹となるプランが描かれていたからこそ、岡山は浮き足立たなかった。むしろ松本を「掌の上」で転がしていた感もある。
「(先制点は早いかな)と思ったんですけど、ちょっと松本に焦りが出たので、それはそれでよかった。後半になってまた勢いに乗って来た時に、押し返すことができなかった。それがちょっと収まったかな、と思った矢先に失点するのだから、サッカーは難しいなと思いました。がっかりはしましたけど、まあ(ゲームプランに)戻っただけなので、最後は刺すか刺されるか…というか、ウチが刺すかどうかというところで、残り5分になれば相手が下がってチャンスになると思ったので、そこを我慢しながらやろう、ということはみんなで話していました。そういうディテールを散りばめながら戦って、最後は少し上回ることができたのかなと思います」
テロ・サーサナを1年で退団した直後に、岡山からオファーを受けた。J2に初めて昇格したのが2009シーズン。2012シーズンと2014シーズンには8位に入ったが、後は二桁順位が定位置となっていた岡山から届いたラブコールの意味を、岩政自身が誰よりも深く理解していた。
「ファジは良いクラブですけど、勝たなければいけない、というところに対しての執着や覚悟がどこまであるのかと言うと、まだ足りなかったと思う。それを植えつけるために僕は呼ばれたと思っているし、それを選手たちに言い続けるためにはまず自分が良い状態で、良いプレーをしなければいけない。人間である以上は、ワイワイがやがやとうるさく言っていれば伝わるわけではないので。すぐみんなに分かってほしいことと、だんだんと分かってほしいことを分けながら、どのようなタイミングで、どのような表現で伝えるか、ということですよね」
言葉通りに2シーズン、出場停止となった2試合を除く82試合で先発のピッチに立ち続けた。特に昨シーズンは全42試合、3780分間フルタイム出場を達成。大きく、頼れる背中を介して、鹿島で培ってきた勝者のメンタリティーを伝えてきた。
岩政自身、背番号「3」を引き継いだ秋田からは、言葉では何も伝えられていない。秋田が残した実績や伝統を自分なりに解釈し、背番号とパフォーマンスに独自の彩りを添えていった。鹿島を退団する際に、岩政は公式サイトに「サッカーという世界はリレーだと思う」という言葉を残している。
秋田をはじめとする黎明期のレジェンドから託された常勝軍団という名のバトンを、昌子たちの次世代にしっかりと紡いだと自信をもって言えるからこそ、胸を張って新しい時代へ進む鹿島を去った。同じ構図が今、岡山でも描かれようとしている。
「岡山が本当に変わるのは僕がいた2年だけでなくて、僕が去ってからだと思いますよ。僕に言われたから『はい、分かりました』となるのではなく、僕がいた時にやったことを彼らが思い出すこともあるでしょうし、勝負へのこだわりというものは、そうやって少しずつチームに植えつけられていくものだと思うので。それがチームのDNAになりさえすれば、いずれはJ1に上がりますから」
もちろん、自分たちの力で勝ち取った、目の前にあるチャンスを逃す気もさらさらない。敵地で成就させた下克上とともに、12月4日に待つ決勝へと駒を進める。相手はセレッソ大坂に決まった。リーグ戦では4位につけた相手のホーム、キンチョウスタジアムが舞台となる。
今シーズンの対戦成績は1分け1敗と分が悪い。しかし、あくまでもリーグ戦におけるもので、一発勝負となればもちろんわからない。クラブ史上で最も熱くなる90分間をイメージしながら、岩政が不敵に笑う。
「鹿島でJ1を獲ることができて、タイでもタイトルを取れて、あとは岡山をJ1に上げられたら、僕はもうサッカー人生でやるべきことはないから。これでやり遂げたら、潔くこの世界を去ろうというくらいの思いでやっているので。そういう覚悟を見せたい、と思います」
舞台は整った。魂のバトンとともに、岡山を悲願のJ1へ導くために。劇的勝利から一夜明けた28日のクールダウン、そして29日のオフを経て、本格的な調整が再開される30日から岩政は大一番へ向けた心技体を練り上げいく。
取材・文=藤江直人
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