日刊鹿島アントラーズニュース

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2017年11月25日土曜日

◆鹿島名物「食肉のモツ煮」物語。 連覇の瞬間は極上の1杯とともに。(Number)


鹿島名物「食肉のモツ煮」物語。連覇の瞬間は極上の1杯とともに。<Number Web> photograph by J.LEAGUE PHOTOS

「はい、お待ち!」

 ネギを自分の裁量で投入し、七味をかける。箸を割ってフーフーフー。一口含むと思わずため息と合わせて白い息がこぼれ出る。意外とあっさりの味噌仕立て。具がたっぷりで深く染み込んだ味わい。モツ特有の臭みが少なく、誰でも口にできる味を実現しているのは、手間暇かけている証しだろう。

 その味は、Jリーグスタジアムグルメで3年連続ベストイレブンに入り、殿堂入り。

「サントリーモルツメニューコンテスト」というカシマスタジアム内のグルメコンテストで優勝したこともあるほど。ビジターのサポーター専用エリアでは購入できないため、わざわざバックスタンドやメインスタンドのチケットを買うアウェイサポーターもいるという。

「しょくにくのもつに」といえば、“アントラーズサポーターなら誰もが知る一品”と言っても過言ではないだろう。カシマスタジアムのモツ煮の中で最も人気を博している鹿島食肉事業協同組合の「モツ煮」、通称「食肉のモツ煮」のことだ。

出店のきっかけは「たまたま」日韓W杯だった。

 そんな大人気の逸品。どんな人が、いつから作っているのだろう。調べてみると、やっぱりそうだ。いつも店頭でモツ煮をよそってくれる、あの人。笹本精肉店の笹本渉さんだ。

「本職は肉屋。ふだんは肉を切って、それを売っています。モツ煮はふだんお店でも売っているんですよ」

 鹿嶋市で生まれ育ち、高校を卒業して実家の肉屋を継いだ。スタジアムで出店するようになったのは、2002年W杯のときにスタジアムが増改築されてからだという。

「もともと食肉事業協同組合のなかで、スタジアムで出店できないかという話をしていたんです。そしたら、2002年W杯がカシマスタジアムで開催されることになって、改装して大きくなったら売店数も増やすことになった。そのときにたまたまポッと入れたんですよ。それから今まで続けて来たという感じです。出店できたというより、たまたまなんですよ」

「年間通じて涼しいから1年中売れるのかも」

 今やモツ煮は、カシマスタジアムに来て何を食べるか考えたとき、誰もがまず頭に浮かべるメニューの1つとなった。だが「スタジアムで出店当時から出していたメニューではあったんですが、人気が出たのは最近なんですよ」と笹本さん。

「みんなインターネットとかで見て来てくれるのかね」

 そっと微笑む。大人気の秘密はいかに。味付けのこだわりを聞くと、意外や意外「昔ながらのものを出しているだけ。そんなにこだわってという訳ではない」という。

 あえて言えば、という前置きのあと、1つ教えてくれた。

「新鮮なモツを選んで煮ることくらいですかね。それと鹿嶋は年間を通じて涼しいんです。それはスタジアムも同じ。だから1年中みんな買ってくれるのかもしれないですね」

毎試合、長野から片道8時間かけてくる人も。

 いつも自身が店頭に立ってモツ煮を手際よく盛りつける。そんな笹本さんにとっての楽しみは、“モツ煮が売れる”ということよりも、サポーターとのコミュニケーションをとることだという。

「お客さんの顔を見ているだけで楽しいんですよ。結構、遠くから来る人もいてね。毎試合、長野県から片道8時間かけて1人で来る人もいる。お客さんの中にはアウェイも見に行って、全国を回っている人もいるから、お土産を買って来てくれる人もいるんです」

 今季アントラーズサポーターの観客席は、ホームとアウェイが入れ替えとなった。これまでホーム側のゴール裏に近かった鹿島食肉事業協同組合にとって、アントラーズサポーターから少し遠い位置になった。

「今年からうちの店はアウェイ寄りになったんですが、売れ行きがこれまでとそんなに変わらないんです。遠くなってもそれだけ買いに来てくれる人がいるってことなのかな。そういうのはうれしいですよね」

 言葉が弾む。

「買いに来てくれる人たちは、僕がモツ煮をよそって一言二言話すだけでも楽しいみたいで。うちのモツ煮を食べて、試合で勝った。だからゲンを担いで、続けて食べる。そういう方も多いんです。まあ、声をかけると言っても今日は寒いなあとか言うくらいなんですけどね」

「モツだけで1試合約200kg使います」

 開場してから試合が始まるまで、とにかく鹿島食肉事業協同組合の前は常に行列ができる。1人で並んで大事そうにネギと七味をかけて食べている人もいれば、みんなの分をまとめて買っているのか、3、4杯一気に頼んで両手がふさがっている人も。1試合でどれだけ売れるのだろう。

「1試合で何杯売れるのか……それは企業秘密かな。ん? モツだけで1試合約200kg使います」

 200kgのモツがどれくらいの量か想像したことがあるだろうか。ただ、ものすごい量だということは簡単に想像できる。「何杯か? そのへんは想像にお任せします」と笑って返す。

 では、これだけの量を準備するのに、どれだけ時間がかかるのだろう。

「1回で200升から250升しか作れないんです。だから、何回も炊かないといけない。うちは必ず当日にスタジアム入りするまでに作り上げるので、逆算して前日から準備して作っていきます」

 1升は約1.8リットル。200升とは約360リットルにもおよぶ。それが1回2時間で完成。出来上がればまた作る。その繰り返しだ。

いつも朝までに用意してスタジアム入り。

「スタジアムに入るのがキックオフの7時間前だから、その30分前までにすべて仕上げないと間に合わない。いつも徹夜で朝までに用意してスタジアム入り。冬場は早い時間帯のキックオフが多いので、いつも寝る時間はないですね」

 スタジアム売店を管理するクラブスタッフも驚くのが、販売予測だ。どれだけお客さんが入るのか、スタッフよりも正確な予測をすることが多いという。

「何人くらい観客が入ったら何杯分を持っていけば足りるかは把握しています。それだけ何年も通っていますから。だいたい予測は立ちます」

 前売りのチケット販売状況を見て、逆算して作る量を決めていく。長年の経験が、より効率的にたくさんのサポーターの笑顔を生んでいる。

「みんな負けたときは選手の悪口なんかを言いながら、僕とは話もしないで帰っちゃう。でも、勝ったときはみんな笑顔なんですよね。勝ったときは声をかけてもらったり、話をしたりすることもあるんですよ」

「柏戦、前日は20時から準備しますよ」

 これまでカシマスタジアムでの出店時に優勝を経験したのは2007年の一度だけ。

「ニュースとか見ますよ。やっぱり結果も気になる」

 11月26日、ホーム最終戦となるJ1第33節柏レイソル戦。2度目となる可能性があるこの日、すでにチケットは2009年J1開幕試合の浦和レッズ戦以来となる完売の状況だ。

「柏戦はたくさん人が入るみたいですからね。前日の19時に肉屋の仕事を終えて、20時から準備します。今度の試合も勝ってもらわないとね」

 優勝をかけた柏戦で、サポーターと笑顔で話をするために。今夜も“食肉のモツ煮”を乗せたコンロに、火がともる。


鹿島名物「食肉のモツ煮」物語。連覇の瞬間は極上の1杯とともに。

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