【中古】 鹿島アントラーズ 最強11冠の記憶 /ベースボール・マガジン社(その他...
「非常にタイトな試合で、勝ちあがることが第一なので、非常に嬉しいです。今シーズンやってきた次の試合へ向けての改善と継続を最後の決勝戦でも繰り返して、必ず勝とうという話を選手たちにしました。以上です」
12月21日の天皇杯準決勝、長崎戦を3-2で終えたあと、鹿島アントラーズの大岩剛監督は公式会見でそう語った。
すでに12月11日、契約満了で今シーズン限りでの退任が発表された大岩監督にとって、カシマスタジアムでの最後の試合を勝利した安堵感が伝わってくる。
とはいえ、その内容は監督の言葉通り厳しいものだった。
開始4分で先制し、23分には相手のオウンゴールで2-0とリードしたものの、37分に失点。73分に突き放す3点目が決まるが、76分に再びにじり寄られ、3-2で何とか逃げ切った。
「ここ数試合、ずっとこういう内容だからなぁ」という、試合後の鈴木満フットボールダイレクターの苦い表情と少ない言葉が鹿島の苦境を物語っている。
残るタイトルの可能性は天皇杯だけ。
4冠すべての獲得をめざしスタートした2019年シーズンだったが、リーグ戦は終盤に後退し最終成績は3位。ACLは準々決勝で、ルヴァンカップは準決勝で敗退している。
そしてリーグ31節の川崎戦に敗れ、32節の広島戦をドローで終えたあと、大岩監督は、フロントに「責任をとる」と辞意を伝えた。
大岩体制は、2017年シーズン途中にコーチからの昇格で始まった。就任当時は7位だったが、その後8勝1分けで首位に立つ。しかし、あと1勝で優勝というところでドローが続いて川崎フロンターレに勝ち点で並ばれ、最終的には得失点差で優勝を逃した。
古巣でもあるジュビロ磐田を相手に0-0で引き分けた最終節の後、大岩監督は「攻撃のアイディアをチームにもたらせなかった」と目を潤ませながら語った。
小笠原が手本にした大岩の存在。
そして2018年シーズンは、リーグ戦で開幕から苦戦が続き、一時は15位と低迷する。しかし8月中旬から順位を上げ、3位で終了。ルヴァンカップ、天皇杯は準決勝で敗退したが、ACLでは過密日程を消化して優勝を手にした。
レアル・マドリー、リーベルプレートに敗れたCWCののち、小笠原満男が引退を発表する。その会見のなかで、小笠原は元チームメイトであり、指揮官について次のように語っている。
「(大岩)剛さんへの感謝の気持ちはある。ずっと言ってきたのは、特別扱いはされたくないということです。いろんなことも剛さんだから我慢できたこともあるし、(現役時代から)剛さんの背中を見てきたものもある。感謝しかない。来シーズンもこのチームを勝たせてほしいなと思います」
大岩が現役を引退した2010年シーズン、鹿島は天皇杯で優勝している。その優勝カップを、小笠原は大岩に手渡した。
大岩のラスト2シーズンは、どちらもリーグでの出場はわずか6試合。ベンチを温めるベテランの背中を小笠原は見ていた。自分の境遇を悲嘆せずトレーニングに励み、「チームのために」と貢献方法を模索する大岩の姿が、自身が同じ立場になったときに強く思い起こされたことだろう。
内田も、永木も抱える悔い。
それは小笠原だけに限らない。天皇杯準決勝の前日に大岩の退任が発表された時、選手たちからは無念の声が上がった。
「(優勝して監督を男にするという約束を)リーグ戦で失敗しちゃったからね」と内田篤人は静かに語った。そして、永木亮太も自分たちを責めた。
「リーグ戦を獲れなかった無念はリセットされていません。今年にかける気持ちはすごく強かったですし、優勝争いをして一時期は1位に立てたのに、そのまま終えられなかったという不甲斐なさがある。
その結果、(大岩)剛さんも辞めることになってしまったので。やっぱり選手たちはその責任をしっかり感じないといけないと思う。その悔しさや責任感を明日の試合やその次の決勝にぶつけないと。切り替えるというよりは、それを糧にして優勝したいという気持ちです」
怪我人が続出、主力の欧州移籍。
では、なぜ鹿島は失速してしまったのだろうか。
昨季同様、今季も怪我人が相次いだ。
「ターンオーバーということは考えていない。その試合に向けた最善の選手を選んでいるにすぎない」
大岩の言葉は、その台所事情の厳しさを表す。使える選手をやりくりして試合に挑む状況が、シーズンを通して続いていた。
そのうえ、夏には鈴木優磨、安西幸輝、安部裕葵がヨーロッパへ移籍。主力3選手の離脱は小泉慶、上田綺世、相馬勇紀(レンタル移籍)の加入で補った。8月10日の横浜FM戦は、小泉が初先発フル出場して上田の初ゴールで勝利。つづく大分戦では相馬のゴールで連勝を飾る。
ACLは準々決勝で敗退したものの、ルヴァンカップは準決勝へ進出。リーグ戦では28節終了時に首位に立つ。その直後にルヴァンカップ準決勝で川崎に敗れ、天皇杯準々決勝ではJFLのHonda FCに1-0で勝利したが、相手のシュートミスで救われるという戦いぶりだった。
そして11月のリーグ戦は、浦和に勝利、川崎に敗北、そして広島との試合に引き分けると、ホーム最終節の対ヴィッセル神戸戦は1-3の完敗といいところがなかった。
内田「力の無さ、不甲斐なさを痛感した」
神戸戦の後のセレモニーで、キャプテンの内田は「今日を含めて今季、自分たちの力の無さ、不甲斐なさを痛感しました。リーグ戦があと1試合、それから天皇杯2試合。自分たちのリベンジの場がある。必ず元旦、新国立でいい結果を残せるように準備します」と挨拶した。
その後スタジアムを一周した際には、三竿健斗がブーイングをするサポーターと言いあうシーンもあった。三竿はその後、「11月に入ってから勝てなくて、そこで自分たちが失ったものの大きさをホーム最終戦でやっぱり感じた。ブーイングもたくさんされて、そういうクラブにいるということを再確認できた」と話している。
2位や3位では許されない。それが鹿島だということだ。大岩監督が「責任をとる」と言ったのもそこに起因している。
10月以降は得点ペースが激減。
シーズン終盤には、得点力不足にも苦しんだ。
10~12月の公式戦11試合で、鹿島は10得点しか挙げていない。9月までのリーグ戦27試合で49得点だったことを考えると、大きな変化と言えるだろう。チーム内得点王のセルジーニョはシーズン12得点で、今年の鹿島は絶対的ストライカーがいるチームではない。
そんな中で、攻撃の潤滑油となっていたのが2トップの一角の土居聖真だった。
鹿島のシステムは4-4-2だが、2トップと攻撃MFの4人は頻繁にポジションを変える。そこに両サイドバックやダブルボランチが参加していく。人を使い、人に使われることで生まれる連動性が鹿島の武器である。
その中で、黒子にもなり、ゴールゲッターにもなる土居の存在が多くの勝ち点を生んだ。
しかし、得点力が低下するなかで土居は葛藤していた。
前線の人数か、自分の特性か。
サイド攻撃も鹿島の持ち味だが、クロスを入れた時にゴール前に選手がいないシーンがあった。2トップはゴール前に残ってほしいという声が出るのも無理はない。とはいえ、前線に残っているだけでは土居の力が活きない。
シーズン終盤はマークも厳しくなり、前線でボールを失ってカウンターを受けることで、DFラインが下がる悪循環も生まれ、ゴールが遠くなった。
好調なときは、堅守速攻も鹿島の得点パターンだった。しかし、引いて堅く守る相手に対してボールを大事にし過ぎてしまい……という、負のループにハマる試合も少なくなかった。
シュート数が少なくとも、パス成功率やポゼッションが低くとも勝てばいい。1点差の勝利でも、勝利は勝利だ。
勝利のあとにそう胸を張るのが鹿島の選手たちだし、それが鹿島らしさと言われてきた。しかし、1点差で逃げ切れるという安心感は薄れてきた。得点力の低下は、そのまま成績の低下につながった。
「目の前のタイトルに全力で」
「どちらがJ2のチームか分からない」
そんな声も聞かれた長崎戦後、大岩監督は決勝へ向けて語った。
「選手たちが局面局面で修正することは90分間を通してやれていた。そこを評価している。そのうえで自分たちが試合をどういうふうに進めるかというところで、統一感を持つことが重要。ベクトルを合わせる、そういう準備をしたい」
鹿島を率いる最後の試合、どんなサッカー、どんな大岩アントラーズを見せたいかと訊くと少し戸惑った様子で答えてくれた。
「どんなサッカーをしたいか、僕のサッカーをしたいという気持ちよりも、決勝戦ですから、どんな形でも勝利を手にする。鹿島アントラーズの哲学である、常に目の前のタイトル、目の前の試合に全力を尽くすと、そういう気持ちで臨みたい」
「勝つことでしか学べないものがある」
リーグ最終戦、名古屋に1-0で勝利したあと、曽ヶ端準はそう語った。苦しみながらも1点差で勝利した天皇杯長崎戦。決勝へ進出できた現実を自信に変えられたなら、タイトルに近づけるはずだ。
新監督のもとでスタートする来季もまた、ACL出場が決まっている。
天皇杯優勝ならば、2月8日のゼロックス杯を経て、11日に本戦がスタート。準優勝ならば、リーグ戦3位として、1月28日のプレーオフからの参戦。
準備期間は限られている。だからこそ、自信を得たい。
「今ひとつタイトルを獲れば、チームが変われる」と内田も話す。
有終の美がもたらすものは、オフや調整期間だけではなさそうだ。