明治安田生命J1リーグ第33節、FC東京対鹿島アントラーズが23日に行われ、1-2で鹿島が勝利した。鹿島にとってAFCチャンピオンズリーグへの道が開かれる3位以内への道のりは厳しいが、希望をつなぐ勝利となった。鹿島の前線で身体を張る土居聖真は、黒子の働きでチームに貢献している。(取材・文:元川悦子)
「勝てない鹿島はいらない」
常勝軍団・鹿島アントラーズにとって2021年はクラブ創設30周年という記念すべきシーズン。今季開幕前は「タイトル獲得」を大目標に掲げていた。
しかしながら、物事はシナリオ通りには進まなかった。開幕から足踏み状態を強いられ、4月にザーゴ前監督解任という一大事が起きる。後を継いだレジェンド・相馬直樹監督が素早く立て直したかと思われたが、川崎フロンターレに引き離され、早々とJ1優勝の目がなくなった。
YBCルヴァンカップも準々決勝で名古屋グランパスに破れ、残っているのは天皇杯だけ。AFCチャンピオンズリーグ(ACL)出場圏内のJ1・3位以内も厳しくなりつつあり、クラブ全体が焦燥感を募らせている。
こうした苦境にサポーターも苛立ちを隠せず、苦杯を喫した10月2日の前節・横浜FC戦後には「勝てない鹿島はいらない」という横断幕も掲示された。相馬監督らは厳しい現実をひしひしと受け止め、23日のFC東京戦まで3週間がかりで入念な準備を進めてきた。
「何が何でも勝つっていうことをやろう」と指揮官は選手を鼓舞し、この重要な一戦に挑んできた。
FC東京も今季無冠が決まったとはいえ、長友佑都を筆頭に能力の高い選手が揃う集団。相馬監督は相手の出方を見つつ、シンプルに長いボールを多用する作戦を採った。前半18分には相手が攻め込んだ隙を逃さず、素早い逆襲に打って出る。ディエゴ・ピトゥカが持ち込んで上田綺世につなげ、ラストパスがゴール前の土居聖真へ。背番号8の左足シュートはGK児玉剛に阻まれたものの、効果的なシーンだった。
土居は37分にも決定機に絡む。ファン・アラーノが出したパスに反応した上田綺世がシュートを放った瞬間、鋭い飛び出しを見せ、ゴール前に詰めていたのだ。が、ここでも中村拓海に寄せられ、コントロールしきれなかった。鹿島生え抜きの29歳のアタッカーは悔しさを募らせたことだろう。
こうしたトライが前半アディショナルタイムの先制点につながる。右サイドの遠目の位置からディエゴ・ピトゥカが蹴ったFKにヘッドで合わせたのはアルトゥール・カイキ。「この2週間トレーニングで繰り返しやってきた形」とブラジル人FWはしてやったりのゴールで鹿島に1点をもたらしたのだ。
こうなるとFC東京もギアを上げないわけにはいかなくなる。中村と長友の両サイドバックは仕掛ける回数が増え、アダイウトンが前線に出ていくシーンも目立ち始める。そんな相手にダメ押しの一発をお見舞いしたのが上田綺世だった。
後半20分。相手からボールを奪い、ファン・アラーノ、上田、レオ・シルバとパスがつながる。右サイドを上がったファン・アラーノが再びパスを受け、前方に抜け出した土居に展開。背番号8は巧みなドリブルでジョアン・オマリの寄せをブロックしながらマイナスのクロスを入れた。ここに走り込んだのが背番号18。上田の右足シュートは青木拓矢にブロックされたものの、すぐさま左足を一閃。ゴールに流し込んだ。
今季13点目を奪ったエースFWは嬉しそうに、次のようにコメントした。
「僕はちょっと遅れてたんですけど、ファーにカイキが入ってくれたので、マイナスが空いた。右足で一発で決められれば一番よかったけど、いいところにこぼれたんで決めきれました」
この後、FC東京の渡邊凌磨に1点を返され、2-1にはなったものの、上田の一撃が決め手となり、鹿島は2試合ぶりに勝利。ACL圏内に何とか希望をつなぐことができた。
この一戦で特筆すべきなのは、決勝ゴールをアシストした土居の黒子の働きだろう。前半から彼と上田は繰り返し得点機を演出していたが、2人がいい距離感で前線をかき回したからこそ、FC東京守備陣に綻びが生まれたと言っていい。
「横浜FC戦からの準備期間に特に何かを詰めたということはないですけど、お互いの特徴を理解しているからこそ、息の合った部分を出せた。僕が推進力を持って背後に出るところを聖真君が生かしてくれた。前半、聖真君が外したシーンも、僕が縦に行くことを分かっていた。そういう動きをうまく利用してくれたと思います」と上田も背番号8との関係性に手ごたえをつかんでいる様子だ。
今季の土居はリーグ全33試合出場のGK沖悠哉に次ぐJ1・31試合出場。ゴールは5点と上田や荒木遼太郎よりは少ないものの、神出鬼没な動きで敵を大いにかく乱している。この日も一瞬の飛び出しでゴール前に侵入するプレーで複数のチャンスを作っていた。
「聖真のいいプレスから決定的なスルーパスも出せた」とカイキも話していたが、彼自身の献身性とハードワークも今のチームには不可欠な要素に違いない。
加えて言うと、彼はアカデミー出身で、生え抜きの年長者。小笠原満男、内田篤人といったレジェンドたちとともに戦い、強い時代を経験した数少ない存在だけに「常勝軍団の伝統を守らなければいけない」という意識は誰よりも強いはずだ。
2020年8月の内田の引退試合の際にも「篤人さんも先輩たちの背中を見て育って、それを表現して鹿島に還元してくれていたと思いますし、本当に僕もずっと身近で肌で感じて、行動や言動、すごく心に響く言葉をたくさん見たり聞いたりしてきました。鹿島の先輩たちの姿というのは受け継がれていると思います」としみじみと語っていた。
偉大なレジェンドからクラブの未来を託された人間が前節・横浜FC戦後に掲示されたサポーターの横断幕を間に当たりにしたら、危機感を覚えないわけがない。
「それが素直なサポーターの感情。変えられるのは僕ら選手。まずは自分たちが勝たないといけない。どんなにキレイなサッカーをしていてもしょうがない」。上田は全員の思いを代弁していたが、土居はそれをピッチで体現しようとゴールに突き進んでいた。
飽くなき闘争心と勝利への渇望がFC東京撃破という形で結実したのは朗報だ。が、彼らには重要な戦いが残されている。27日には今季唯一、残されたタイトル・天皇杯のかかった川崎戦が控えているし、J1の3位以内を巡るリーグ終盤5戦もある。24日に第33節が行われる3位・ヴィッセル神戸、5位・名古屋グランパスに比べると鹿島の置かれた状況は厳しいが、かすかな可能性を信じて勝ち星を積み重ねていくしかない。
昨季も最終節でセレッソ大阪に勝てず、ACL出場を逃している。その苦い経験を年長者の土居は忘れてはいないはず。だからこそ、前線のリーダーとして若手や外国籍選手たちをけん引しなければならない。
背番号8の本当の戦いはここからだ。
◆鹿島アントラーズは「キレイなサッカーをしてもしょうがない」。希望をつなぐ背番号8の黒子の働きとは?【コラム】(フットボールチャンネル)