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鹿島アントラーズは5月以降、リーグ戦6勝1分と好調で、その間18得点と攻撃陣が大いに奮う。鈴木優磨らを中心とした鹿島の前線は、どのような設計図を描いてプレーしているのだろうか。ランコ・ポポヴィッチ監督が植え付けるスタイルが機能する理由を、戦術的に解剖していく。(文:らいかーると)
著者プロフィール:らいかーると
1982年、浦和出身。とあるサッカーチームの監督。サッカー戦術分析ブログ「サッカーの面白い戦術分析を心がけます」主宰。海外サッカー、Jリーグ、日本代表戦など幅広い試合を取り上げ、ユニークな語り口で試合を分析する人気ブロガー。著書に『アナリシス・アイ ~サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます~』『森保JAPAN戦術レポート 大国撃破へのシナリオとベスト8の壁に挑んだ記録』がある。
杞憂に終わった鹿島アントラーズの政権交代
岩政大樹監督の次はランコ・ポポヴィッチ監督になります! と声高らかに鹿島アントラーズが宣言したときに、多く人の脳裏に「????」がよぎっただろう。そんな多くの人の不安をよそに、しぶとく勝ち点を積み重ねながら、今季の鹿島は徐々に安定した結果を手に入れられるようになってきている。
今回の記事では、5月における鹿島の好調の理由に迫っていく。あくまで「5月」の話であり、「鹿島らしさ」や「鹿島が鹿島であるために」とか、「鹿島の本来の姿」というものに迫っていくわけではないことを先にお断りしておく。
ポポヴィッチ監督になり、序盤戦はボールを繋ぐ意識を見せていた鹿島。今でもときどきそのときの習慣が顔を見せることもあるが、ロングボールを中心に試合を組み立てる5月を鹿島は過ごしてきた。川崎フロンターレから移籍してきてセントラルハーフにコンバートされた知念も、4月はビルドアップの出口となるべく奮闘していたが、ロングボールから始まる未来への準備を優先するようにプレーが変化してきていることもその証明と言えそうだ。
鹿島の興味深い点は、センターバックの関川と植田がドリブルでボールを運ぶことはできないが、クオリティの高いロングボールとフリーの選手を見つけることができることだろう。相手のハイプレッシングに困りそうになったときの鹿島は、GKの早川友基をビルドアップに交えることで、ロングボールを蹴る選手の状況改善を狙っている。そして、時間とスペースをもらった選手から前線に質の良いロングボールが供給される流れとなっている。
苦肉の策と合理性。ロングボールを活かす仕組みとは…
恐らくは苦肉の策だったのだろう。無理矢理にボールを繋ぎにいってボールを失い、相手のカウンターをくらい失点に繋がってしまうことは5月でも多々見られた景色であった。それならば、さっさとボールを蹴っ飛ばしてしまう判断は理に適っている。そして、そのロングボールをマイボールにするための仕組みとして、名古新太郎、仲間隼斗、師岡柊生の台頭があげられる。
鈴木優磨を含んだ前線の4枚は非常の強力なセットとなっている。鹿島といえば、伝統の[4-2-2-2]が思い出されるが、この4枚は流動的に役割を入れ替えることで、あらゆる配置を再現することが可能となっている。
恐らくは鈴木優磨の自由化に合わせて、周りの選手が立ち位置を調整することが出発点だった可能性が高い。今では前線の選手がどの位置でも個性を発揮できるようになっているので、相手からすれば非常に捕まえにくい構図となっている。現代風に表現すれば、5レーンを前線の4枚で共有しているイメージだ。
特定の選手をピン留めにすることで特定の選手をフリーにするのではなく、場面によって誰がフリーになるかを選択できる鹿島の4トップへ質の高いロングボールが飛んでくるのだから、自然とロングボールをマイボールにできる確率は上がるだろう。
さらに、師岡、名古、仲間と高さの優位性を示せそうにない選手たちも競り合いが非常にうまい。相手に自由に競らせなかったり、落下地点に素早く入り普通に競り勝ったりする。ロングボールをマイボールにできれば、そのまま速攻に移行しても良いし、味方の攻め上がりを待ってボールを保持する方向に進んでも問題がない仕掛けになっているところが本当に憎い。
数的優位を利用した現実主義の鹿島アントラーズ
前線の4枚が流動的なポジショニングをとってもバランスが壊れないための仕掛けは、サイドバックが担っている。セントラルハーフが攻撃参加を自重している代わりに、サイドバックはどんどん前に出ていくことを特徴としている。
サイドハーフが内側に入っていけば、大外レーンへ。サイドハーフが大外にいれば、後方支援かポケット突撃と、臨機応変に内側と外側を行ったり来たりし、ボール保持の継続や突破のサポートを使い分ける器用さを安西幸輝も濃野公人も兼ね備えている。
鹿島アントラーズのロングボール大作戦は、相手のハイプレッシングの思惑を断ち切ることに繋がっていることが何よりも大きい。だったら、相手はミドルプレッシングに移行すれば良いとなる。
もちろん、いつだってハイプレッシングなのだ! というチームにとって、すでにこの状況が後手になっていることも見逃してはいけない点だ。早川を使うことで、数的優位からボールを運んでいくのではなく、ロングボールを蹴る起点を自由にするために数的優位を利用している鹿島は現実主義と言えるだろう。
相手がミドルプレッシングに移行しても鹿島の勢いは止まらない。セントラルハーフの片方がセンターバックの間に移動するギミックを利用しながら、ロングボールを蹴ることのできるセンターバックはできるかぎりのオープンな状況でフリーな選手を探す作業に入る。彼らは相手を固定して味方を自由にすることは苦手だが、フリーの選手を見つけて質の高いパスを供給することができる。つまり、フリーな選手を創ることができれば、相手のミドルプレッシングを破壊することは可能となるわけだ。
得点力の秘密は「組織と個の合せ技」
そのためのギミックが流動的な前線の立ち位置と、ウイングへのパスラインを創るためのサイドバックの内側への移動だ。優先順位は中央の3レーンで動き回る名古と鈴木優磨、ときどき仲間と師岡。中央が駄目ならサイドで待つウイングへのパスコースを創る仕掛けとなっている。
さらに、ウイングの仲間と師岡はボールを守りながらサイドバックの攻撃参加を待つこともできるし、名古や鈴木優磨もボールサイドを助けに来てくれるので、コンビネーションをすぐに発動できる状態が成立しやすくなっている。
相手からフリーになれないときは、相手を背負える鈴木優磨、相手を背負っていてもフリックを多用することで状況の打開を狙う前線の面々、サイドで孤立してボールを受けてもボールを守りながらプレーする能力の高い選手たちが起用されていることもあって、ミドルブロックを相手にしても組織と個の合せ技でどうにかすることができているのが鹿島の現状だろう。
また、困ったときのサイドチェンジも質の高いロングボールを蹴ることのできるセンターバックにとってはお手の物だ。なんとなく内側でのプレーやスペースアタック要員の雰囲気の漂う仲間だが、大外レーンでウイングの仕事もしっかりこなせるようになっていることが大きい。
師岡が起用されていることも同じ理由だろう。2人共に大外レーンでの仕事をこなしながら、内側でボールを受けることもでき、ゴール前への飛び出しでも貢献できることがチームを支えているし、この仕事を名古もできることが鹿島の前線の機能性を支えている。
鈴木優磨が下がれば飛び出し、鈴木優磨がサイドに流れれば内側に移動し、鈴木優磨が前線にいればボールを供給する。この役割を前線の3枚が状況に応じて誰でも行うことができ、さらに内側でも外側でもプレーできるサイドバックがポジションチェンジを行いながらバランスの維持を行えるところに鹿島の得点力の秘密が隠れている。
(文:らいかーると)