日刊鹿島アントラーズニュース

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2018年6月26日火曜日

◆柴崎岳の「正確無比なロングパス」はいかにして生まれたか(ダイヤモンドオンライン)



柴崎岳 ロシアW杯

2度奪われたリードに対し、MF乾貴士(レアル・ベティス)、MF本田圭佑(パチューカ)のゴールで追いついた日本代表が、2大会ぶり3度目のワールドカップ決勝トーナメント進出に王手をかけた。ロシア中部のエカテリンブルク・アリーナで強敵セネガル代表と2‐2で引き分けた西野ジャパンの心臓として、攻守両面で力強い鼓動を奏でたのは柴崎岳(ヘタフェ)。開幕直前のパラグアイ代表とのテストマッチで活躍し、一発回答でレギュラーの座を射止めたボランチは正確無比なパス、幅広い視野、そして華奢に映る175cm、62kgの体に搭載された豊富な運動量と球際での激しい闘志を存分に披露。以前から目標に据えてきた「26歳で迎えるワールドカップ」で、日本代表の“皇帝”の称号を得ようとしている。(ノンフィクションライター 藤江直人)


アギーレ監督に「ワールドクラス」と評されるも
ハリルジャパンでは1年10ヵ月のブランク


 取材ノートに書き留めた数々の文字が数年の歳月を超えて、ロシアの地で現実のものとなりつつある。4年に一度のサッカー界最大の戦い、ワールドカップの舞台で異彩を放ち続ける柴崎岳の一挙手一投足を見るたびに、2014年9月のノートの紙面を読み返したくなる思いに駆られる。

「柴崎はワールドクラスだ。まるで20年も経験を積んだかのようなプレーを見せてくれる。彼はかなり遠いステージまで行き着くことができるだろう」

 中盤における大ベテランのような落ち着きぶりを絶賛したのは、前回のワールドカップ・ブラジル大会直後に日本代表監督に就任した、メキシコ代表の選手及び監督としてワールドカップを経験しているハビエル・アギーレ氏だ。

 アギーレ氏が指揮を執って2戦目となる、2014年9月9日のベネズエラ代表との国際親善試合。A代表デビュー戦のピッチへ送り出した当時22歳の柴崎は、自陣から長い距離を全力で駆け上がり、左サイドから送られたクロスに鮮やかなボレーを一閃して初ゴールをマークした。

 緊張と興奮が交錯するはずの初陣で演じた離れ業を、当然と受け止めていた人物もいた。柴崎が当時所属していた鹿島アントラーズを率いていた、同じくブラジル代表としてワールドカップを戦っているトニーニョ・セレーゾ監督だった。

「柴崎の両足はまるで宝箱だ。開けた瞬間にまばゆい光を発する。必ず日本代表で活躍する非凡な才能を、何とかして輝かせることだけを考えている」

 そして、誰よりも柴崎自身がロシア大会へ熱いまなざしを向けていた。メディアの前ではクールな言動に終始し、なかなか感情を表現することの少ない柴崎が珍しく本音に近い思いを漏らしたのは、アギーレジャパンの船出を直前に控えたときだった。

「次のワールドカップは26歳。すごくいい年齢で迎えられると思う。最初から選ばれて、ずっと入っていたい」

 言葉通りにアギーレジャパンに選出され、居場所を築き上げたかと思われた2015年2月に、状況は一変する。ラ・リーガ1部のサラゴサ監督時代に八百長に関与していたとして、アギーレ氏が地元検察へ起訴される前代未聞の状況を受けて、日本代表監督も解任された。

 急きょ就任したヴァイッド・ハリルホジッチ監督のもとでも、柴崎は引き続き出場機会を得た。しかし、日本代表で刻んできた順風満帆な軌跡は、2015年10月のイラン代表との国際親善試合を最後に、突然の一時停止を余儀なくされてしまう。

 再びハリルジャパンに名前を連ねたのは、6大会連続6度目のワールドカップ出場がかかった、オーストラリア代表とのアジア最終予選第9戦を直前に控えた昨年8月下旬だった。約1年10ヵ月に及んだブランクを、柴崎は冷静沈着な口調で振り返っている。

「運命というか、ベストを尽くして自分なりのサッカー人生を歩んでいれば縁のある場所だと思っていました。ただ、選ばれたいと思ってもコントロールできることでもない。こうして選ばれたということはやってきたことが認められた証拠ですし、選ばれたからには果たすべき責任もあるので」

アントラーズ「10番」を返上し、スペインへ
適応に苦しむも選手・人間として成長

 日本代表から遠ざかっている間に、自らの強い意思でプレーする環境を変えた。J1で群を抜く19もの国内タイトルを獲得している常勝軍団、アントラーズで揺るぎないものとしていた司令塔の座に満足することなく、昨年2月にスペインへ新天地を求めた。

 アントラーズの礎を築いた神様ジーコがかつて背負った、栄光の「10番」を1年で返上した。柴崎を突き動かしたのは、アギーレジャパン時代に味わった初体験の衝撃にある。

 シンガポールで行われた2014年10月のブラジル代表との国際親善試合。スーパースターのネイマールに、眼前でハットトリックを達成された。そのなかには自身のトラップミスを拾われ、電光石火のカウンターから決められた一発も含まれていた。

「ああいう選手(ネイマール)がいるチームと対峙し、上回ることを常に目指していかないといけない。並大抵の成長速度では僕の現役時代のなかでは対応できないと思うので、自分のトップフォームの期間のなかで成長速度を上げながらやっていく必要があると思う」

 高い授業料を払ったからこそ、必ず世界との距離を縮めてみせる。覚悟と決意を抱いて加わったラ・リーガ2部のテネリフェでは、しかし、日本とすべてが異なる環境への適応に苦しんだ。言葉も文化も食事も風習もすべてが違うとわかっていたが、心が急ブレーキをかけた。

 テネリフェでデビューするまでに、実に1ヵ月半もの時間を要した。ホテルの一室に閉じこもることが多かった日々。ネット上では心ない批判を浴びた時期もあったが、すべてが成長への血肉になったと柴崎は後に明かしている。

「海外でプレーしている選手はあらためてすごいと思いましたし、尊敬もしました。異国の地でプレーすること自体が大変だというのは実際に行ってみないと理解できない。それらがわかったことで、選手としても人間としても大きくなっていくと感じました」

 テネリフェを1部昇格に導くことはできなかったが、中盤で放った存在感が昇格を争ったヘタフェの目に留まった。昨夏から活躍の場をラ・リーガ1部に移し、FCバルセロナ戦では豪快なボレー弾を叩き込んでスペインサッカー界を驚かせた。

いまや「西野ジャパンの心臓」に
静かな口調のなかに、熱い血潮をのぞかせる

 世界最高峰の戦いを経験したことで、アギーレ氏が、そしてセレーゾ氏がかつて絶賛した才能はますます輝きを増した。日本時間25日未明にロシア中部のエカテリンブルク・アリーナで対峙した、セネガル代表とのグループリーグ第2戦では、柴崎はまさに西野ジャパンの中心と化していた。

 前半34分に決まったMF乾貴士の同点ゴールは、左サイドをオーバーラップしたDF長友佑都(ガラタサライ)へ向けて、ハーフウェイラインの手前から柴崎が送った40m以上はある正確無比なロングパスが起点となった。

 後半15分には右サイドを斜め右へ抜け出し、相手キーパーと最終ラインの間へ、間髪入れずに高速のグラウンダークロスを一閃。走り込んできたFW大迫勇也(ベルダー・ブレーメン)にはわずかに合わなかったものの、あわや勝ち越しの場面を演出した。

 司令塔の役割を果たしただけではない。最終的には柴崎のファウルを取られたものの、前半26分にはドリブルで突破しようとするセネガルの快足アタッカー、エムバイェ・ニアン(トリノ)に食い下がりながら壮絶なバトルを展開した。

 チャンスの匂いを嗅ぎ取ったのか。後半19分に大迫が難しい角度から枠外のシュートを放った瞬間には、長い距離を全速力で駆け上がってきた柴崎がペナルティーエリア内へ侵入していた。大迫が気づいてパスに切り替えていたら、もしかしたらゴールが生まれていたかもしれない。

 瞬時かつ正確な判断のもと、前方へのスプリントからセカンドボールを何度も奪取した。やや華奢に映る175cm、62kgの体に激しさと雄々しさを宿らせ、さらに輝きを増そうとしている勇姿に、4年前の取材ノート内の1ページを再び思い出した。

「(柴崎)岳があそこまで走るから、オレらも走れる。アイツは間違いなくアントラーズの心臓です。自分たちがゴール前でクリアしたボールが味方につながり、カウンターになったときも、アイツはいつも相手のゴール前まで走っている。フィジカル練習ひとつ取っても、アイツがいるからオレたちも『しんどい』とか『疲れた』と言えない」

 こう語っていたのは同じ1992年生まれで、ともに高卒で2011年にアントラーズへ加入したDF昌子源だ。アントラーズの心臓が4年の歳月を超えて、西野ジャパンの心臓になった。奏でる鼓動は試合を重ねるごとに力強さを増し、いまや攻守を司る「皇帝」のオーラをまといつつある。

 柴崎や昌子をはじめとする1992年生まれの選手たちは、類稀な才能をもつタレントが多かったことから「プラチナ世代」と呼ばれてきた。大きな期待を寄せられながら、それでいてなかなかA代表で台頭しなかったこれまでの状況を受けて、柴崎はこんな言葉を残したことがある。

「長い目で見れば僕らの年代が出てこないと未来もないと思うし、いま中心でやっている選手たちがずっといるわけでもない。そういった自覚も、もたないといけない年代だと思っています」

 コロンビア代表とのグループリーグ初戦に続いて先発フル出場を果たし、後半33分のMF本田圭佑の同点ゴールにつながるインターセプトからの縦パスを成功させた昌子も、後方から見る柴崎の背中を何度もまぶしく感じたはずだ。

 千葉県内で行われた代表合宿中の先月28日に、ブラジル大会後に言及していた26歳の誕生日を迎えた。「ひとつ目(の大会)にワールドカップがある。26歳をいい年にできるようにしたい」と語った柴崎は、いつもの淡々とした静かな口調のなかに、内面にたぎらせる熱い血潮をのぞかせている。

「高校を卒業して8年ですか。プロに入ってから時間が流れるのがすごく早い。もしかすると引退するまでに、こういった気持ちをまた抱くかもしれない。だからこそ悔いのないように、これからも自分らしくサッカー人生を歩んでいきたい」

 強敵セネガルと引き分けたことで、日本時間28日午後11時にキックオフを迎えるポーランド代表との最終戦で引き分け以上ならば、2大会ぶり3度目の決勝トーナメント進出が決まる。開幕前の下馬評をいい意味で裏切る快進撃を見せる日本代表の中心で、長く待ち焦がれてきた世代交代のうねりも生まれようとしている。





柴崎岳の「正確無比なロングパス」はいかにして生まれたか

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