Jリーグサッカーキング 2019年 3月号
大迫勇也は日本代表に欠かせない存在だ。前線でボールを収めて味方に時間とスペースを与えることもできるし、ボールキープからターンをして自ら前に運ぶことだってできる。フィジカルで負けない大迫のプレーは頼もしい。けれど、彼の武器はそれだけではない。
インタビュールームに入ると、大迫が笑顔で迎えてくれた。まずは簡単に昨シーズンの振り返りをしてもらい、アイスブレイクも兼ねてサッカーのことからプライベートな質問までランダムにぶつけていく。大迫の表情が緩んだのは、学生時代の話を聞いたときだった。
「中学、高校とバスで1時間かけて通っていたんです。その1時間って、すごくもったいない気がするじゃないですか?」
する。1時間もあれば体のケアや睡眠時間に当てられる。しかし彼に言わせれば、頭を使う貴重な時間だったという。「一人だから、ずっとサッカーのことを考えられる。友達といたら考えないでしょう? だから良かったんだと思います。今振り返ると、その時間は僕にとってとても大きなものだった。あの頃、考えるクセがつきました」
当時はまだ、今のようにスマホで手軽に動画を見られる環境ではない。だから大迫は頭の中にプレーシーンを思い浮かべて、ああでもないこうでもないとシミュレーションを繰り返した。家に帰ると答え合わせをするように、祖父が撮影してくれていた試合の映像をチェックする。バスに揺られながら描いた理想像と実際のプレーにギャップがあることもしばしばで、その差を埋める作業がまた難しい。
「まずは自分を冷静に客観的に見ることができないといけない。特に相手との距離感は実際に、ピッチで体感しないと分からないですから。時間をかけてプレーに落とし込んでいくしかない」。往復2時間のバス通学で養った「考える力」は、大迫の成長を促した。今も試合後は一人でボーッとしていることが多いですね、と言う。
こちらからの質問に表情が緩んだ場面がもう一つある。「育児のマイルールは?」と聞いたときだ。「ルールはないです。僕もオムツは替えるし、抱っこもするし、寝かしつける。まあ、なかなか寝てくれないですけどね。上の子は4歳なので、公園で一緒に遊べるようになりました」。マイブームは滑り台かな、と言って楽しそうに笑う。「砂場で遊んだり、滑り台で遊んだり。子供が喜んでくれると、こっちもうれしくなります」と話す大迫は、すっかり父親の顔に戻っていた。放っておいたら何時間でもサッカーのことを考えてしまう彼にとって、家族との触れ合いはほっと一息つける時間なのだろう。
大迫はここまで順風満帆なサッカー人生を歩んできたように見える。しかし、2007年のU-17ワールドカップ、2012年のロンドンオリンピックは最後の最後でメンバー落ち。2014年のブラジル・ワールドカップでは初出場するも無得点と涙をのんだ。大迫は、そのすべてがターニングポイントだったと語る。
「僕は失敗をたくさんしているし、失敗はやっぱり悔しい。でもだから成長できる。ここで頑張れば、と切り替えられる力は、他の誰よりもあると思っています。やっぱり考えることが大事なんですよ。それをずっとやってきたから、今につながっている」。自分を客観視して、何をすべきか考えて、行動に移す。そうやって挫折を力に変えることができることもまた彼の強みだ。
協力・写真=ナイキジャパン
取材・文=高尾太恵子
◆大迫勇也インタビュー、「考える力」を養ったバス通学(サッカーキング)