◆◆夢をそだてるみんなの仕事300 野球選手/花屋 サッカー選手 医師/警察官 ...
今冬、フランスのリーグ・アンに所属するトゥールーズへと移籍を果たした昌子源。日本を代表するCBは新天地でさっそく実力を証明している。しかし、常勝軍団・鹿島とは違い、新クラブはまるで野望がなく、勝利への執念というものを感じることができないという。そんなトゥールーズにおいて、これまで数々のタイトルを獲得してきた昌子は今、何を思うのか。現地在住記者が本人を直撃した。(取材・文:小川由紀子【フランス】)
新天地での滑り出しは順調
実に新入り感のない新入り選手。
とは、今年の冬、フランスのリーグ・アンのトゥールーズに入団した昌子源だ。そしてもちろんこれは褒め言葉。というより、1月19日にデビューしてまだほんの約1ヶ月で、すでに2、3年このチームでプレーしている選手かのようなこの存在感はさすがというか、おどろきにさえ価する。
腕を伸ばして仲間に指示を飛ばしたり、終盤、あからさまな時間稼ぎをする相手選手に手首を指差しながら牽制しに向かっていく姿を見ていると、「キャプテンマーク巻いてたっけ?」と錯覚を起こしそうだ。
「すでにショウジはチームに必要な選手だよ。もちろん、これまで彼がやってきたプレーとの違いはあるだろうし、コミュニケーションなどこれからもっと磨きをかけていく点はあるが、彼には、きっとウチの戦力になってくれる、という確信が持てる」
スタジアムに来ていたサポーターも、1月に入ったばかりの選手だ、などということはすっかり忘れている感じで、もう昌子の先発イレブン入りは当たり前、といった口ぶりだった。
これまでのキャリアを鹿島アントラーズ一筋でプレーしてきた昌子にとっては、海外はおろか初めての移籍だが、新天地での出場機会は…などという心配はひとまず無用。文字通りの「即戦力」として、デビュー戦以来、1ヶ月の間にフランスカップ戦2試合を含む8試合にフル出場している。
アラン・カサノバ監督も「昌子はこのリーグでプレーする素質のある選手であること十分に発揮し、このクラブが彼をリクルートしたことは間違いでなかったことを証明してくれている。彼は非常に才能のあるディフェンダーで、配球にも優れたレベルの高い選手だ」と満足げで、昌子の新天地での滑り出しは順調だ。
トゥールーズは野望のないクラブ
が一方で厳しい状態にあるのは、チームの方である。
トゥールーズは、リーグ戦ではなんと8月25日の第3節からホーム戦での勝ち星がなく、26節を終えて15位と、降格圏も遠くない。2月24日の26節、本拠地スタディオンでのカーン戦は、前半ロスタイムに先制を許し、試合終了間際の同点打で、なんとか1-1と敗戦を免れた。
昌子は試合後、「追いつかれた引き分けよりも、追いついた引き分けのほうがポジティブにとらえられる。追いついたことは今の僕たちにとって、数少ないポジティブな要素…」と話したが、デビュー戦のニーム戦(1-0)と、次のフランスカップ戦で連勝したあとは勝ち星がなく、常勝軍団・鹿島アントラーズに身を置いていた昌子にとって、「6試合勝っていない」というのはこれまでにない経験だった。
トゥールーズってどんなクラブ? と、地元の人に尋ねると、まず間違いなく、「野望のないクラブ」という答えが返ってくる。
「会長は、残留さえできれば良い、というスタンスでいるからね」と、年間パスホルダーのサポーターはこぼしていたが、どうやらそれは事実であるらしい。
2001年からクラブの実権を握るオリヴィエ・サドラン会長は、航空会社のケータリング業をグローバルに展開する地元の優良企業のオーナーであり、有能なビジネスマンとして誉れ高い御仁だ。若い頃は3部リーグでプレーした経験もあるくらいだから、サッカーへの情熱も本物。
オーナー就任当時3部にいたクラブを、2年と最速でリーグ・アンへ昇格させると、4年後の2006/07シーズンには3位とTOP3入りを実現し、翌年はチャンピオンズリーグ(CL)にも出場した。しかしここ数年は、順位表の下半分が定位置になっていて、昨季もプレーオフを勝ち抜いてのギリギリの残留だった。
今では会長は、「トゥールーズの人々のために、街にリーグ・アンのクラブを」というところで満足しているため、育成部門には投資して若手は育てるが、彼らはよそへ手放して収益を上げる、というストラテジーを決めこんでいるようなのだ。
「なんでトゥールーズに来たんだよ!?」
地元紙のスティバル記者も、「会長に野心がないと知って、やる気のある選手は他のクラブに去っていってしまう。でも、引き止めるために同じ規模のクラブの中ではサラリーを高めに設定しているので、そこで満足してとどまる選手もいる。それがいまのトゥールーズです」と教えてくれた。
そして、その状況になんとなく慣れっこになっている、ほんわかとした感じがこのクラブには漂っている。サポーターが選手に厳しくプレッシャーをかけることもなければ、負けて怒りをぶつけることもない。
「負けているのにめっちゃ笑顔でファンが(自分のところに)来たりするんです。鹿島だったら負けてたら『なにやってんだよー』みたいな感じでくるんですけど…」と昌子も戸惑っている様子だったが、サポーターも、「このクラブはプレッシャーが少ないから、初めて海外移籍した昌子にとってはきっと良いと思う。ここで慣らして、もっと大きいクラブへ羽ばたくといいよ」と、自ら「踏み台」発言である。
入団早々、昌子はチームメイトに、「おまえ、優勝経験あるのか?」と聞かれたそうだ。
「あるよ、カップ戦とかアジアを入れて6、7回くらいかな…」と答えると、全員が「ほんとかよ! おまえすげえな~!」と驚き、「なんでトゥールーズに来たんだよ!?」という勢いだったという。
「僕はタイトルをとってきて、勝ち方、優勝の仕方もある程度染み込んでいて、そこからあまり勝てないチームに来ると、『勝ちてえな』と思う。サッカーはやっぱり勝ってなんぼだと思うし、優勝を6回もしていたら、また優勝したくなる」
タイトルを獲る感触を、一回味わっているのと味わっていないとでは違うのだ。
「その喜びを知りたいし、優勝したいという気持ちを常に持っていないといけないと思う。僕はこのチームに途中から入って、今シーズンはもう優勝は無理だと思いますが、来シーズンのあたま、じゃあ、パリ・(サンジェルマン)がいるから、と思ってやるのと、いや、パリがいてもとにかく優勝を目指す、と思ってやるのとでは全然違う。そういうメンタリティは、新加入だから、というのとは関係なく注入していけたらな、と思いますね」
ロシアW杯の悔しさが生んだ覚悟
あまりにも勝つことに貪欲さがないチームに、イラつきを覚えることもあるというが、それももっともだろう。
「勝者のメンタリティは全然足りてないです。言葉ができたら、もうめっちゃ言ってると思いますよ。(キャプテンだった)鹿島のときも、試合中も『なんだ、そんなプレーだったら代われ!』『おまえみたいなやついらねえよ!』とかすごく言っていて、みんなもそんな僕にイラつくんですけど、そこで『やったるわ!』みたいになるんです。そういうのをどんどんここでも入れていきたいなと」
10年前、CLとの両立も影響して3位から一気に17位に転落した2007/08シーズンの翌年、エースを任されたアンドレ・ピエール・ジニャックが24得点と、チームの年間総得点の半分以上を一人でマークする奮闘で、ふたたびトゥールーズは4位に浮上した。ジニャックもその活躍でフランス代表に呼ばれ、彼自身のキャリアもそこから大きく開花した。
昌子の「新加入だから、というのとは関係なく、勝利のメンタリティを注入していきたい」という言葉は実に頼もしい。入団直後から新入りらしさのかけらもないプレーぶりも納得だ。
ロシアワールドカップでのベルギー戦は、昌子のこれまでのサッカー人生で一番悔しい試合だったという。ピッチ上で唯一の国内組だった彼は、「自分が足を引っ張ったんじゃないか」と自分を責め、そこで思った。
「こうなったら僕もそこにいって、同じレベルまでがんばって上って、誰も僕の心配をせず、みんなが100%の力を出せれば、もっと上まで行けるんじゃないか」
「日本が世界に勝つにはセンターバック(のレベルアップ)」とロシア大会で痛感し、周囲の協力を得て実現した海外挑戦。昌子はここトゥールーズで、思う存分、奮闘することだろう。そして、ジニャック以来の救世主になるかもしれない。
(取材・文:小川由紀子【フランス】)
【了】