二十冠 アジアの頂、世界の壁。鹿島アントラーズ激闘録 (ELGOLAZO)[本/...
遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(46)
犬飼智也 前編
「法政大の長山(一也)監督から、『話があるので時間を作ってくれないか』と連絡があったんです」
鹿島アントラーズの強化部長・鈴木満が、スカウト担当の椎本邦一から、そう声をかけられたのは、6月下旬のことだった。今年2月、2021年の加入内定を発表していた法政大学3年の上田綺世は、日本代表の一員としてコパアメリカを戦っている最中だった。
代表チームに合流する直前、上田は「コパアメリカ、ユニバーシアードが終わったら、サッカー部を退団して、鹿島へ行きたい」と長山監督に相談を持ちかけていた。「そんな上田の意向が実現可能か」という打診を受けた鹿島サイドが拒否する理由はなかった。上田のポテンシャルを高く評価していた。それでも「うちから、大学のサッカー部をやめてプロにならないかと提案することはできない」と鈴木は語っている。それが鹿島の流儀だからだ。選手自身と大学側がプロ入りを決断する。それは、ありがたい申し入れだった。
そして、7月26日、プロ契約が行なわれ、その記者会見上で、上田は自身の決意について語った。
「この決断に至るまでに半年かかりました。内定を決めたときに大学サッカー部を退部し、鹿島へ行くことも考えていた。でも、法政大でできることが(まだ)あるとも思った。そしてこの半年間、法政大でやることはやりきった。大学生として、コパアメリカのメンバー、日本代表に入れたことがきっかけになった」
送り出す長山監督にとっては苦渋の選択だったに違いない。
「チームとしては、戦力ダウンになる。痛いところはあるけれど、上田はここ2年くらいですごく成長をしていて、その成長曲線をとどめることはできない。大学サッカー界では突き抜けた存在になった。上田がより成長するための環境を整えるのも指導者として大事なことだと考えました」
受け入れる側の鈴木は、長山監督の気持ちを痛いほど理解できる。この夏、鈴木優磨、安西幸輝、安部裕葵と1週間で3人の選手を海外のクラブへと送り出した。
「代表へ行ったりして、高いレベルを体感すれば、選手が自身の環境を変えたいと考えるのは当然のこと。欧州でプレーする選手を身近に感じれば、僕も欧州でという気持ちを止めることはできないから。ジーコとも話をしていたんだけれど、ブラジルのようにどんどん、欧州へ選手を送り出しても、勝ち続けながら、また育成し続けていくしかない。これは世界のサッカーの流れだから。現有戦力の伸び代に期待する部分は大いにあるけれど、それだけでは厳しいという現状もある。現在のチーム編成を考えたとき、上田という即戦力を獲得できたのは、非常に嬉しい」
6試合負けなしで上位争いを続けるリーグ戦、そしてACL、ルヴァンカップ、天皇杯とタイトルを賭けた試合が続くシーズン後半戦。鹿島がいかに上田の成長を促せるのか? 上田自身もまた新たな環境で飛躍できるのか? 確約できることは何もないが、秘められた可能性が大きいことは間違いないだろう。
2018年シーズン。犬飼智也が清水エスパルスから加入した当初、彼の第一の目標は、日本代表の昌子源、植田直通からそのポジションを奪うことだった。そしてシーズン途中に植田がベルギーへ移籍し、ワールドカップ後は昌子も負傷で長期離脱。夏に新加入したチョン・スンヒョンと共に、リーグ戦、ルヴァンカップ、ACLという過密日程を戦った。昌子がフランスへ移籍した今季は、”不動”のCB(センターバック)として欠かせない選手となっている。
しかし、鹿島で試合に出始めた当初は、失点につながるミスも少なくなかった。それでも試合を重ねることで、安定感を身につけていく。その様子には犬飼のポテンシャルの高さはもちろん、選手を成長させるチームの空気が感じられる。
所属選手の海外移籍へのスピードが加速するなかで、移籍で獲得した戦力をいかにチームに馴染ませ、勝ち点を得ていくか。そこには戦術で選手を縛るというより、相手に合わせて選手の持ち味を活かす鹿島の強みがあった。
――移籍して1年半が経ちました。
「変化はたくさんありました。試合に出よう、ポジションを奪ってやろうと思って加入して、1年目はなかなかそれができず、もどかしさもありました。出場機会もありましたが、結局シーズン終盤には試合に出られなくなった。自分の力のなさを痛感しましたし、同時にそのときの悔しさがあるので、今につながっているんだと思います」
――昨シーズン、少しずつ試合に出始めたとき、ミスが失点につながったりと、苦しいスタートだったと思うのですが。
「そうですね。移籍した当初は、(清水エスパルスから)松本(山雅)へ行ったときもそうだったんですが、環境が変わった時に気負うというか『やってやろう』という気持ちが強く出るタイプなので。そういう感じがあったんだと思います」
――誰もがそういう気持ちになりますよね。しかも鹿島のCBといえば、秋田豊さんから始まる錚々たる元日本代表のOBがいます。「鹿島のCB」という看板も重かったのではないでしょうか?
「周りから『鹿島のCB』という見られ方をするというのは、理解していました。それに応えたいという気持ちもあったと思います。でも、僕と先輩たちとはプレースタイルもまったく違う。だから今は、自分の良さやいいところを出そうと考えるようになりました」
――ある種の開き直りというか、背伸びをし過ぎるのではなく、「自分に今できることをしっかりとやるだけだ」というような気持ちになっていくと。
「毎週末試合に出続けるというふうになれば、試合に挑む気持ちも変わってきます。でも、やっぱり、開き直るというのはプロには必要だと思います。開き直るというか、現実的に自分が今できることを見極めて、自分自身でミスに対して向き合って、それを解決していく姿勢が大事なんだと思っています」
――たとえば、試合には勝ったとしても、ご自身のプレーに満足できない、という毎日だったと思うのですが、チームに加入した直後、そういう葛藤を癒してくれる存在もまた力になりますよね?
「そうですね。よくないプレーに対してチームメイトとも話します。鹿島はミスに対して選手個人に引きずらせないチームなんですよ。誰がどうだった、ダメだったというんじゃなくて、改善するための話をみんなでします。普通にミスをイジってもきますし(笑)。本当にいいクラブだなと思います」
――ミスをしてしまった人間にとっては、イジられたほうが、気持ちが楽になることは多いでしょうね。鹿島には、ピッチ上で選手たちが試合に応じた修正を施す力があると思うのですが。同時に戦術という型に嵌(は)めた戦い方をしていない印象があります。
「そうですね。そういう形というのは、もしかしたらJリーグの中ではもっとも持っていないかもしれません。この鹿島というクラブは、自分たちがうまくいかないときに、戦術のせいにすることはないと思います。うまくいかなかったら、やり方がどうなのかという部分はありますけど、全体というよりも、1プレーとか、前半嵌(はま)らないときに、『どうするのか』と、細かい話をピッチのなかでする回数が、断然多いと思いますね。もちろん戦前のミーティングで監督からの指示はあるし、要所要所で監督が教えてもくれます。でも、自然と選手たちから声が出るので。やっぱりやっている本人たちが一番わかっているから、選手間で話す回数は多くなりました」
――ただ「話す」だけじゃなくて、コミュニケーションスキルの高さも求められるんじゃないですか? 特にCBというポジションは。
「やっぱり、CBはそこが大事だし、自分から発信することの重要性は意識しています。清水や松本時代にもそこはやっていたとは思いますけど、経験を積んで、言えることやゲームの見方も変わってきているし、そのうえで鹿島でプレーしていることで、コミュニケーションスキルは、自然と伸びると思います。勝つためにやらなくちゃいけないし、しゃべることが大事だと改めて感じるので」
――昨年の試合で、失点後に内田篤人選手が守備陣を集めて話し合い、落ちつかせるというような場面が何度かありました。彼のタイミングや言葉は大きいですか?
「もちろんそうですね。今季はリハビリが長く続き、チームを離れていますが、それでも声をかけてくれます。それは僕だけじゃなくて、みんなに言っているんだと思うんですけど、そのタイミングやひと言は、『やっぱり篤人さんだなぁ』って思います。うまいというか、さすがだなぁと。僕も同じ静岡県出身で、子どものころから憧れていた選手のひとり。普段の篤人さんは飄々(ひょうひょう)としていて、なんかこう掴ませないというか、掴めない人なんですけど(笑)。篤人さんはみんなのことを掴んでいると思います」
――加入する前に鹿島に対して抱いていたイメージというのはどんなものでしたか?
「多分、Jリーグでプレーする多くの選手が抱く鹿島アントラーズというクラブに対するイメージがあると思うのですが、『それ』ですね。強いし、優勝するチームという。やっぱりこのクラブでは優勝することが基本だし、そこが他のクラブと比べると多分違うところ。鹿島は唯一特別なチームだと思います。その違いは加入してから感じましたね」
――チームの一員となることで、優勝が基本というクラブのあり方を体感した。
「チームも選手個人個人も普段の練習、1試合1試合への取り組みもリアルに優勝を目指している姿だなと思える。そこが違いましたね。練習の厳しさもそうですし、去年は(小笠原)満男さんともいっしょにやれましたし、やっぱり、一切手を抜かないというところにすごみを感じました。満男さんのすごさについては、よく質問されるんですけど、うまくは答えられません(笑)」
――勝利から逆算する思考や勝者のメンタリティ、自分の立場に関わらず、チームのために戦う献身性とか……本当にいろいろありますからね、きっと。
「もちろん、満男さんだけじゃなくて、ソガさん(曽ヶ端準)、篤人さん、(遠藤)康さんたちはいつも、勝つために何が必要なのかを考えているし、その必要なことを周りに還元してくれる。僕もそこまでの選手にならないといけないと思っています。チームに還元できる存在。プレーもそうですけど、言葉もそうです。そういうことをできる選手が鹿島の選手なんだと思います」
【バックナンバー】
◆土居聖真「ボールを持つのが 怖くなるほど、鹿島はミスに厳しかった」(Sportiva)
◆中田浩二「アントラーズの紅白戦は きつかった。試合がラクに感じた」(Sportiva)
◆中田浩二は考えた。「元選手が 経営サイドに身を置くことは重要だ」(Sportiva)
◆スタジアム近所の子供が守護神に。 曽ヶ端準とアントラーズの幸せな歩み(Sportiva)
◆曽ヶ端準「ヘタでも、チームを 勝たせられる選手なら使うでしょ?」(Sportiva)
◆移籍組の名良橋晃は「相手PKに ガックリしただけで雷を落とされた」(Sportiva)
◆名良橋晃がジョルジーニョから継ぎ、 内田篤人に渡した「2」への思い(Sportiva)
◆レオシルバは知っていた。「鹿島? ジーコがプレーしたクラブだろ」(Sportiva)
◆「鹿島アントラーズは、まさにブラジル」 と言い切るレオシルバの真意(Sportiva)
◆「ジーコの負けず嫌いはハンパなかった」。 本田泰人はその魂を継いだ(Sportiva)
◆「アントラーズの嫌われ役になる」 本田泰人はキャプテン就任で決めた(Sportiva)
◆ユースで裸の王様だった鈴木優磨が 「鼻をへし折られた宮崎キャンプ」(Sportiva)
◆鹿島・鈴木優磨のプロ意識。 いいプレーのため、私生活で幸運を集める(Sportiva)
◆岩政大樹の移籍先は「アントラーズと 対戦しないこと」を条件に考えた(Sportiva)
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◆鹿島・鈴木優磨のプロ意識。 いいプレーのため、私生活で幸運を集める(Sportiva)
◆岩政大樹の移籍先は「アントラーズと 対戦しないこと」を条件に考えた(Sportiva)
◆リーグ杯を負けた岩政大樹は妻の前で 号泣。「あのとき覚悟が決まった」(Sportiva)
◆塩釜FC時代の遠藤康は 「鹿島からオファーが来るとは思わなかった」(Sportiva)
◆鹿島一筋12年の遠藤康。 「小笠原満男の跡を継ぐイメージはないです」(Sportiva)
◆熊谷浩二は鹿島入団をすぐ後悔した。 「ここに来なければよかった」(Sportiva)
◆熊谷浩二は選手たちに伝えている。 ジーコスピリッツは人生にも必要だ(Sportiva)
◆三竿健斗は感じている。勝たせるプレーとは 「臨機応変に対応すること」(Sportiva)◆塩釜FC時代の遠藤康は 「鹿島からオファーが来るとは思わなかった」(Sportiva)
◆鹿島一筋12年の遠藤康。 「小笠原満男の跡を継ぐイメージはないです」(Sportiva)
◆熊谷浩二は鹿島入団をすぐ後悔した。 「ここに来なければよかった」(Sportiva)
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◆安部裕葵は中学でプロになると決意。 その挑戦期限は18歳までだった(Sportiva)
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◆山本脩斗の鹿島加入時の逸話。 「強化部も僕をよく知らなかったと思う」(Sportiva)
◆鹿島で優勝する術を学んだ山本脩斗。 「満男さんがそれを示してくれた」(Sportiva)
◆鹿島のスカウト担当部長は、 「安部裕葵に柴崎岳と似たものを感じた」(Sportiva)
◆鹿島の選手のJデビュー時。椎本 邦一は「親みたいな気持ちになる」(Sportiva)
◆鹿島から獲得話があった当時、 昌子源は「ダブル浩二」を知らなかった(Sportiva)
◆岩政大樹の言葉に支えられ、 昌子源は「背番号3の魂を受け継いだ」(Sportiva)
◆西大伍が考える鹿島の良さは 「自分たちのサッカーに縛られない」(Sportiva)
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◆伊藤翔は何かを変えたくて移籍を決意 「鹿島には勝ち方を知りに来た」(Sportiva)
◆伊藤翔は海外→日本の移籍で苦労 「小野伸二さんに教育してもらった」(Sportiva)
◆移籍組の犬飼智也は実感。 鹿島は「型」はなくても「コミュ力」がある(Sportiva)