日刊鹿島アントラーズニュース

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2016年12月4日日曜日

◆鹿島Vに伝統「3」あり、昌子が秋田氏に思い語る(ニッカン)


http://www.nikkansports.com/soccer/news/1747047.html



<明治安田生命Jリーグチャンピオンシップ:浦和1-2鹿島>◇決勝第2戦◇3日◇埼玉

 「鹿島の背番号3」。昨年から背負った若きDFリーダー昌子源(23)が守備陣を統率し、7年ぶり頂点に導いた。秋田豊(日刊スポーツ評論家、97~03年)や金古聖司氏(埼玉・本庄第一高監督、04~05年)、岩政大樹(J2岡山、06~13年)と継承されてきたセンターバックの重責。国内18冠を達成した思いを秋田の前で語った。

 優勝決定の瞬間、背番号3を背負った昌子は、GK曽ケ端と抱き合った。攻撃陣が2点以上を奪ってくれることを信じて、浦和の攻撃を止めた。

 秋田 今季、すごく失点が少なかった。なんで? 安定感はあったと思う。特に最後の決勝の2戦は。

 昌子 個々で負けなければいける。(興梠)慎三さんが1人でドリブルしてガンガン来なかったし、李さんも正直、怖くなかった。この戦いを続けられれば、来季も守れるんじゃないかなとつかんだものはある。

 97年の固定番号制導入以来、鹿島で4人しかいない「背番号3」。岩政が13年に鹿島を去り、14年は初めて空き番号にもなった。同年に定位置をつかんだ昌子に継承された。

 秋田 CBは経験が大事。去年と比べれば変なミスはなくなった。あとは、CKで点を取れるかどうか。

 昌子 そこが一番比べられるところ。自分が点を取ることと、点を取らせないところ。今季はリーグ1点、ルヴァン杯1点。点を決めて勝ちたかったです。

 秋田 MVPは金崎だったけれど、背番号3はこれからチャンスあるぞ。

 昌子 まずは鹿島の仲間やサポーターに認めてもらえることが大前提ですが、相手選手や敵地のサポーターに「昌子って嫌な選手だな」って思わせたいことが一番。この優勝でチームも、「背番号3」の昌子としても、もっと強くなりたいです。【取材・構成=鎌田直秀】

 ◆昌子源(しょうじ・げん)1992年(平4)12月11日、神戸市生まれ。元神戸ユース監督の父力さん(姫路独協大監督)の影響で、小学生の時にフレスカ神戸U-12でサッカーを始める。G大阪ジュニアユース、米子北高を経て11年に鹿島入り。同年10月12日の天皇杯2回戦(対筑波大)で公式戦デビュー。12年3月24日の広島戦でJ1初出場。14年3月1日の甲府戦で初ゴール。J1通算107試合6得点。日本代表では15年3月31日の国際親善試合ウズベキスタン戦でデビュー。利き足は右。背番号は23から3に変更。182センチ、74キロ。血液型AB。

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