「今は総力戦で、チーム一丸となって戦うことは変わらない。僕はベンチにいる選手が大事だと思うし、そういう選手の気持ちの持ちようでチームの方向性は変わってくる。『なんで自分は試合に出れないんだろう』と考えたり、どっかに当たってしまうとかがあると、チームは必ず悪くなっていく。ベンチメンバーに戦える選手が揃えば、かなり上の方まで行けると思うんで、自分たちの気持ちを高めていくことが大事だと思います」
日本代表として2018 FIFAワールドカップ ロシアに参戦しながら、一度もピッチに立てなかった大型DF植田直通は大会期間中、自らに言い聞かせるようにこう言い続けた。
同じく出場機会に恵まれなかったリオ五輪世代の遠藤航(浦和レッズ)、大島僚太(川崎フロンターレ)らと励まし合いながら必死にチームを支えようとしていた。若い世代の献身的な姿勢が今回のベスト16入りの一助になったことは間違いない。
とはいえ、もともとは誰よりも負けず嫌いの人間である。「植田家に生まれたからには誰にも負けるな」という家訓の下、祖父や父に「スポーツでは絶対に勝て」と叱咤激励されつつテコンドーとサッカーに注力してきた九州男児にとって、センターバックの中で唯一の出番なしに終わった事実は屈辱以外の何物でもなかった。実際、本人も「試合に出れなくて歯がゆさを感じない選手はいない」と静かに語っていた。その悔しさを晴らすには、自身を大きく飛躍させるしかない。それが今回のベルギー移籍という重大な決断につながったのだろう。
新天地となるセルクル・ブルージュは過去3シーズン、ベルギー2部での戦いを強いられたが昨季優勝。2018-19シーズンは4季ぶりの1部参戦となる。本拠地は昨年11月に日本代表がベルギー代表と対戦したヤン・ブレイデルスタディオン。植田はその遠征に参加していないため、施設やピッチ状態などはまだ知らないはずだが、静かで集中できる環境という意味では、彼の育った熊本やプロキャリアをスタートさせた鹿島に通じる部分がありそうだ。加えて、ベルギーには熊本の中学トレセン時代からの盟友・豊川雄太(オイペン)を筆頭にリオ世代の面々が何人かいる。ロシアW杯メンバー入りを逃した久保裕也(ヘント)、ベルギーを新天地に選んだ関根貴大(シントトロイデン)らもプレーしているだけに、植田にとっては入りやすいリーグと言えるかもしれない。
「ベルギーは黒人選手が多いので、フィジカルコンタクトも激しいし、非常にタフだと思う」と久保も話していたことがある。サイド攻撃の比重も高く、センターバックにはクロスを跳ね返す仕事が大いに求められる。「ヘディングでの競り合いは僕の大好物」と自信を覗かせる植田にしてみれば、自分の長所を最大限生かせる国だと言っても過言ではない。日本人離れした身体能力に磨きをかけ、これまで足りなかった状況判断力や周りを動かす力を養えるいい環境を選んだと言っていいだろう。
ただ、問題は周囲とのコミュニケーションだ。ゴールやアシストという目に見える結果を残していれば認められるアタッカー陣とは違い、守備陣は細かい意思疎通が求められてくる。外国語での会話力を身に着けることは必要不可欠なテーマだ。日本人唯一の欧州5大リーグのGKとなった川島永嗣(メス)は英語、フランス語、イタリア語など5カ国語を操り、吉田麻也(サウサンプトン)にしてもネイティブ並みの英語力を備えている。サイドバックの酒井高徳(ハンブルガーSV)や酒井宏樹(マルセイユ)も会話には全く不自由を感じないレベルに達しているため、植田もいち早く言葉を覚える努力をしなければいけない。
ブルージュはオランダ語圏の地域だが、森岡亮太(アンデルレヒト)も話していたように、ベルギーでは英語が話せれば、ある程度のコミュニケーションの取れる。そこはドイツやスペインよりもハードルは低いはずだ。
言葉というのは積極性やアグレッシブさで克服できる部分も少なくない。以前は人見知りが激しく、あまり多くを語らないタイプだった植田も近年は人の目を見てしっかりと自分の意見を口にできるようになってきた。そういった人間的な変化も新天地ではプラスに働くのではないか。とにかくベルギーでは自分から何事もアタックしていくこと。そういう思い切りの良さと大胆さを植田にはぜひ見せてもらいたい。
「彼はよく見ると目が澄んでいて、本当に純粋な人間だなと感じました」とU-17日本代表時代の菊原志郎コーチがしみじみとコメントしていたように、植田という選手にはサッカーへの類まれなひたむきさと貪欲さがある。そこは大津高校の恩師・平岡和徳総監督も太鼓判を押している点。凄まじい集中力と吸収力を異国で発揮して、4年後には必ず日本を背負えるセンターバックになってほしい。それがロシアの大舞台を体感した彼に託された使命に他ならない。日本屈指の大型DFの今後の変貌ぶりを興味深く見守りたい。
文=元川悦子
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