バルセロナ育成組織出身の久保建英の電撃移籍によって、注目度が一気に高まった鹿島アントラーズ対横浜F・マリノスの一戦。鹿島としては8月初の連勝を飾り、今月28日に迫っているAFCチャンピオンズリーグ準々決勝・天津権健(中国)とのファーストレグに向けて弾みをつけたかった。
そのためにも守備の安定は最重要テーマと位置付けられていた。ワールドカップ直後に植田直通がサークル・ブルージュ(ベルギー)へ移籍し、昌子源も7月25日に行われたJ1第14節延期分・セレッソ大阪戦で左足関節を捻挫。全治3週間と診断され、今週もまだピッチに立つことができていない。7月末にサガン鳥栖から韓国代表DFチョン・スンヒョンが加入したものの、まだ鹿島に完全適応したとは言い切れないところがある。7月18日のリーグ再開後を見ても、無失点で乗り切ったのは8試合で2試合のみ。「ウノゼロ(1-0)」で勝つのが伝統である鹿島にとって、これだけ失点が多い状況は許されない。その苦境を脱するべく、今季清水エスパルスから加入したプロ7年目の犬飼智也に託される役割は大きかった。
「最近の失点は自分たちが隙を作ってしまったりとか、ちょっとした部分が原因になっている。だからこそ、自分たちの戦いをブレずに続けることが大事。『自分たちは守れるんだ』という自信をプレーで表現することを心がけています」
背番号39はその言葉通り、横浜FM相手に確固たる自信と強気の姿勢を押し出した。「マリノスの攻めは後ろからビルドアップしてくるので、周りをしっかり動かしながら、僕ら後ろの選手たちがボール回収を90分間やり切ることだと思います」と試合のポイントを語っていたが、確かにボール支配率では圧倒された。それでも体を張った守りを続け、前回対戦では0-3と大敗した宿敵を鹿島らしい「ウノゼロ」で撃破。貴重な勝ち点3を上積みすることに成功した。
「今季は僕が一番いろいろな選手とセンターバックを組んでいて、スンヒョンともまだ4試合目ですけど、僕としては無駄に多いくらいコミュニケーションを取るようにしています。ピッチの中ではもちろんのこと、外でもかなり喋ってる。剛さん(大岩監督)も『よく喋れ』と言ってますけど、DFは全部を周りに教えられると思う。鹿島に来て一番印象的なことでした。自分がやるだけじゃなくて、周りを動かす守備の大切さを再認識したので、今は意識的にやろうと思ってます」と犬飼は改めて語気を強めた。
秋田豊や奥野僚右、大岩剛、岩政大樹と常勝軍団には「喋ることで周りを動かせるDF」が常にいた。その系譜を昌子がしっかりと継ぎ、2016年にはFIFAクラブワールドカップ準優勝へとチームを押し上げるまでになったが、現在は守備の絶対的リーダーが不在。誰かが穴を埋めなければならない。今の犬飼にはその自覚があるようだ。
「近くに源くんといういい見本がいるのは、僕にとって大きい。まだあそこまではできていないですけど、やっぱりセンターバックは喋ってナンボだと思う。源くんみたいになりたい」という強い気持ちを持って、ここ数試合はピッチに立ち続けているという。
こうした意識は育成時代から過ごした清水やJ1初昇格の原動力になった松本山雅FC時代にはあまり見られなかった部分だ。松本でフル稼働した2014年を振り返ってみても、当時は大久保裕樹や飯田真輝の指示に従う受け身なタイプだった。反町康治監督も「ワンちゃんは身体能力も高いし、才能はあるけど、集中力が切れやすい」とメンタル的な課題を常日頃から指摘。細かい部分を口酸っぱく注意し続けていた。それにより一定の成長は見られたものの、2015年に清水に戻ってからはケガや好不調の波もあって3シーズン続けて不完全燃焼に終わった。そんな悔しさを胸に秘め、あえてハードルの高い鹿島に赴いたのだから、同じ意識でサッカーに取り組んでいてはいけない。本人も違ったメンタリティを持って今季を過ごしているのである。
昌子はACL準々決勝までに復帰できる見通しだが、そのままレギュラーの座を明け渡すつもりは毛頭ない。大岩監督も昌子とチョン・スンヒョンのコンビがいいのか、昌子と犬飼の方がベターなのかを考えているはずだが、そうやって指揮官を悩ませるような守備を見せ続けることが犬飼にとっての重要テーマと言っていい。
「鹿島に行けば日本代表も狙える。源くんとナオ(植田)のどちらかからポジションを奪えばその道も開けてくる」と今季加入時にも語っていたが、本当にそうなる可能性はゼロではない。日本代表の森保一新監督は3バックをベースにすると見られるだけに、松本で3バックの基本戦術を徹底的に叩き込まれた犬飼は有利な状況にいる。その強みをハイレベルの場で出すためにも、とにかく鹿島で定位置を確保し続けること。失点を最小限にとどめること。そのタスクを徹底的に遂行するしかないだろう。鹿島の新たな守備の要の奮起に期待したい。
文=元川悦子
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