日刊鹿島アントラーズニュース
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2016年6月30日木曜日
◆内田篤人が絵本の主人公に…元「19」の326とコラボ(報知)
http://www.hochi.co.jp/soccer/world/20160629-OHT1T50083.html
PHP研究所は29日、元日本代表DFの内田篤人(28)=シャルケ04=が主人公となった絵本「がんばれ!ウッチーマン」(PHP研究所、1300円・税別)を7月26日に発売すると発表した。内田が絵本になるのは初めて。
内田と音楽ユニット「19」の元メンバーで“イラストライター”の326(ミツル・38)がコラボし、サッカーを通じ「あきらめない勇気」「仲間とのきずな」を描く冒険の物語。子どもだけでなく、サッカーファンの親も一緒に楽しめるという。
絵本をプロデュースし主人公となった内田は、現在、古巣の鹿島の協力を得て、右ひざのリハビリを行っている。「僕は今、本当にたくさんの方々に支えていただき、ピッチへの復帰を目指しています。復帰したら『伝説の勇者』のような活躍ができるようがんばりますので、どこかで見かけたら、『がんばれ!ウッチーマン』と応援してください」とコメント。
一方の326は「プロとして絵を描き始めて20年…。今回の絵本ほど大変なチャレンジはありませんでした。正直何度もくじけそうになりましたが、物語の中のウッチーのあきらめない姿に僕も勇気をもらい、描き切ることが出来ました」とヒーローの姿に自身も勇気付けられたという。
◆内田篤人が絵本の主人公に…元「19」の326さん作・絵の『がんばれ!ウッチーマン』が発売(サッカーキング)
http://www.soccer-king.jp/news/japan/japan_other/20160629/462491.html
シャルケDF内田篤人が主人公となった初の絵本が発売することが明らかになった。
絵本のタイトルは『がんばれ!ウッチーマン』で、326(ナカムラミツル)さんが作/絵を担当。内田が監修した絵本で、小学校低学年以降を対象となっている。「日本を代表する不動の右サイドバックにして蹴球界屈指のイケメン選手と、音楽ユニット『19』(ジューク)の元メンバーで現在“イラストライター”として活躍中の326(ナカムラミツル)がタッグを組み、『あきらめない勇気』『仲間とのきずな』をポップなタッチで描くぼうけんの物語。子どもたちだけでなく、サッカーファンのお父さん、イケメン好きのお母さんも楽しめます」と紹介されている。
発売にあたり、内田は以下のようにメッセージを寄せている。
「絵本をプロデュースすること、一応(笑)主人公になること、しかも昔からご活躍を見ていたミツルさんに描いていただけることを聞いたとき、すごく驚き、興奮しました。サッカーは仲間や相手がいてこそ成立するスポーツで、お互いがリスペクトし合うことが大切です」
「この物語を読んでくれた子どもたちが、諦めない心や、周りにいる人たちをもっと大切にしよう、ケンカしているお友だちと明日仲直りしよう、なんて思ってくれたら嬉しいです」
「僕は今、本当にたくさんの方々に支えていただき、ピッチへの復帰を目指しています。復帰したら、『伝説の勇者』のような活躍ができるようがんばりますので、どこかで見かけたら、『がんばれ! ウッチーマン』と応援してください」
また、326(ナカムラミツル)さんは、以下のようにメッセージを贈っている。
「プロとして絵を描き始めて20年…今回のこの絵本ほど大変なチャレンジはありませんでした。正直何度も挫けそうになりましたが、物語の中のウッチーのあきらめない姿に僕も勇気をもらい、なんとか最後まであきらめずに描き切ることができました」
「僕と同じようにみんなが…この本からあきらめない勇気をもらってくれたらなぁ。と、そう願っています。そして今、懸命にリハビリを続け、復帰へ向け一歩一歩その長き道のりを歩んでいるであろうウッチー本人にも少しでもこのエールが届いてくれたらいいな…とそう願っています」
『がんばれ!ウッチーマン』は株式会社PHP研究所から、7月26日より1300円(税別)で販売される。
◆浅野&興梠の2トップ面白い(サンスポ)
http://www.sanspo.com/soccer/news/20160630/jpn16063005000003-n1.html
キリンチャレンジ杯(29日、U-23日本4-1U-23南アフリカ、松本)オーバーエージ(OA)枠の3選手が合流しないまま、国内最後の実戦を終えた。
今後、本大会に向けてU-23の選手が慣れない彼らに“遠慮”することが心配だ。練習からお互いが同等の立場で要求し合い、同じ方向を向いていないとね。
守備のセンターラインを形成するDF植田と誰を組ませるか。南アフリカ戦では、相手FWの高さに植田は対応できていたが、その他の選手は見劣りした。OAの塩谷あたりが起用されるのかもしれないが、コンビネーションに不安もある。2トップにするなら浅野とOAの興梠の組み合わせもおもしろいだろう。キープ力のある興梠なら、浅野のスピードがもっと生きるはずだ。 (サンケイスポーツ専属評論家)
◆仙台、野沢&ハモンの相性で攻撃的巻き返し成功(ニッカン)
http://www.nikkansports.com/soccer/news/1670299.html
仙台は16年シーズン前半戦を10位で折り返した。6勝2分け8敗。7位だった昨年から順位は落としたものの、勝ち点では昨季と同数の23をマーク。奪った得点は昨季より7点少なく、失点は5つ多かった。
波の激しい前半戦だった。開幕白星発進も、直後はMF梁や守護神GK六反の攻守の要が負傷離脱。さらに第2GK関も負傷でGK不在の状況に陥り、降格圏の17位にまで落ち込んだ時期もあった。
渡辺政権3年目の勝負の年。浮き沈みしながらも確実に成長を示していることは確か。特筆すべきは攻撃面。FW転向した野沢とハモンの2トップが抜群の相性で機能していることが最大の収穫と言えるだろう。2人は昨季からサブ組でコンビを組む機会が多かった。2人の動きにつられるように、連係良く狙いを持った攻撃が増え「偶然ではなく必然的にゴールを奪えた」と指揮官も納得のゴールシーンが多かった。強敵を相手に引くことも多かった昨季とはまるで違う。前線からプレスをかけ中盤でボールを奪い、ボールを保持して自分たちのリズムで丁寧にビルドアップ(組み立て)するようになったことは大きな変化だろう。
練習環境にも変化があった。今季は芝の状態の良い紫山練習場を使用する頻度が増え「ポゼッション練習ができるようになった」と話す選手も。泉サッカー場、ユアスタと併用し3場所を使い分けたトレーニングはチームに好循環をもたらした様子。また、全体練習前の午前8時にはクラブハウスへ入りストレッチや体幹トレを行う選手が「昨季の倍の人数に増えた」(選手)と、個人の意識の高まりも感じられる。
渡辺監督 難しい時期もあったが乗り越えられ、結果も伴ってきている。勝ち点だ何だというところでは取り逃した部分が大きいと思っているが、攻撃の中身は間違いなく手応えを感じている。築き上げつつある中でこそ(後半戦も)臆することなく戦っていきたい。数字が良いからと言って勝利に直結するわけではないが、我々が目標としていることも成し遂げられると思っている
まもなく後半戦に突入する。積み重ねてきたものをピッチ上でどれだけ出せるか。真価の問われるセカンドステージ17戦になる。【成田光季】
◆残ったのは悔しさ…“最後のアピールの場”に臨んだ『当落線上の男たち』(ゲキサカ)
http://web.gekisaka.jp/news/detail/?192940-192940-fl
[6.29 キリンチャレンジ杯2016 U-23日本代表 4-1 U-23南アフリカ代表 松本平]
最終メンバー発表前の最後のアピールの場。サイドハーフのポジションを争い、当落線上にいるMF野津田岳人(新潟)、MF伊東純也(柏)、MF豊川雄太(岡山)は自身の力をピッチ上で示そうと燃えていた――。
五輪最終メンバーは18人と狭き門となる。すでに発表されているようにオーバーエイジは3選手が内定しており、海外組のFW久保裕也(ヤングボーイズ)とMF南野拓実(ザルツブルク)も当確といえる。キャプテンのMF遠藤航(浦和)や最終ラインの要となるDF植田直通(鹿島)らも同じような立場にあり、GK2人を加えると残された椅子はわずかだ。
サイドハーフでは南野の他に、この日2得点を奪って完全復活を印象付けたFW中島翔哉(FC東京)と10番を背負って1ゴールを記録したMF矢島慎也(岡山)の選出も確定的。すでに3枠が埋まっている状況であり、他のポジションとの兼ね合いを考えると、残された枠は「1」あるかどうか。だが、そこで野津田、伊東、豊川の3選手は生き残りを懸けた。
右サイドハーフとして先発出場を果たした野津田は前半20分に好機を迎えたがシュートはGKにセーブされ、その後も効果的に攻撃に絡むことができなかった。本人も「試合の入りから少し力が入り過ぎたし、気負い過ぎた部分はどこかであった。不完全燃焼というか、目に見える結果を求めていたので、すごく悔しさが残ります」と唇を噛んだ。
後半開始から2トップの一角に入った伊東だが、2トップでのプレーは「大学時代ぶりくらい」。不慣れなポジションでのプレーを「スペースで起点を作ってクロスまでというところはできたけど、あとちょっとでした」と振り返り、後半33分から入ったサイドハーフでのプレーには「あまり仕掛ける場面はなかった」とスピードを活かす場面は限られ、「結果を出せなかった」と悔しさを滲ませた。
そして、後半14分から最前線に入った豊川も、伊東同様に同33分から持ち場を変え、左サイドハーフにポジションをとった。そして、同42分にはDF松原健(新潟)の鋭いクロスから強烈なヘディングシュートを放ったが、相手GKの好セーブに遭って天を仰いだ。「『何で止めるんだよ』って日本語で言ったけど、通じるわけないですよね」と悔しさを露わにし、「あれを決められればなと思うし、入らないのが今の自分を物語っている」と声を落とした。
与えられたラストチャンスで、3選手は同じように実力を発揮しようと燃え、ピッチ上を駆け回った。悔しさを残すことになったものの、あとはメンバー発表を「待つだけ」と、指揮官の判断を待つことになる。
(取材・文 折戸岳彦)
◆【英国人の視点】鹿島を優勝に導いたもの。強固な守備陣と崩れぬ土台(フットボールチャンネル)
http://www.footballchannel.jp/2016/06/29/post160856/
失速したライバルを尻目に、堅守を誇った守備陣
第3節以来J1首位の座を巡って争い続けてきたのは、川崎フロンターレと浦和レッズの2チームだった。ファーストステージ残り2節となったところで川崎がアビスパ福岡に対して集中力を切らしてしまうまでその状況は変わらなかったが、最終的に首位に躍り出てタイトルを手にしたのは鹿島アントラーズだ。
川崎が九州でつまずいたこと、レッズが5月半ばから6月半ばにかけて5試合白星無しという絶不調に陥ったことが両者の自滅を招いたとしても、それが石井正忠監督のチームの戦いぶりの価値を下げることはない。
土曜日の最終節では、前節川崎が引き分けることしかできなかったアビスパを何の問題もなく撃破。6連勝でステージを終え、今年のチャンピオンシップ出場枠の1つ目を占めることが確定した。
この6連勝も含めて9試合無敗。その間アントラーズはわずか5失点しか奪われていない。ファーストステージの17試合で9度のクリーンシートを記録しており、失点わずか10というのはリーグ最少の数字だった。
その堅守の基礎となっているのが、守備ラインの顔ぶれが安定していることだ。GKを含めた最終ラインの曽ヶ端準、西大伍、昌子源、植田直通、山本脩斗の5人は、出場できる試合では必ず先発に名を連ねてきた。
レギュラー陣が負傷や出場停止で欠場する試合のみ他の選手が穴を埋めたが、それもサイドバックとして4試合出場の伊東幸敏、CBとして3試合出場のブエノの2人だけだった。
鹿島が力を継続できる理由とは何か?
2-0の勝利を収めた土曜日のアビスパ戦もそういう試合の1つだったが、昌子の代役を務めたブラジル人CBからは十分な集中力と自信が感じられた。アントラーズがやや落ち着かない様子だった試合序盤には危険なボールをうまくカバーしていたし、フィジカルの強い同胞ウェリントンを終始抑え続けていた。
「ナーバスになっていたわけではないですが、相手が最初から攻めてくること、単に引いて待ち構えるだけでなく前からプレスをかけていく必要もあることは分かっていました」と山本は試合後に語った。
「実際にその通りになり、スタートは少し難しい試合になりましたが、徐々に試合の流れをコントロールできるようになってきました。先制してからは完全に自分たちのペースでやれたと思います」
その山本が27分に先制ヘッドを決めたことでホームチームは落ち着いてプレーできるようになり、アビスパの勢いを削ぐことができた。鹿島の変わらない力については、柴崎岳も次のように考えを述べた。
「試合の中には、うまくいく時間帯もあればいかない時間帯もあります。そういう難しい時間帯にこそ、僕らには立ち戻るべきスタイルがあって、何をするべきなのか全員が理解しています。その事実に全員が気付いているからこそ、こういう結果を続けてくることができたんだと思います」
「特に、失点がすごく少ないという部分があります。チーム全体として、一緒に守るという意識が強まっています。良い守備を出発点とすれば良い攻撃を組み立てられることは間違いないと思います。今はそういう面がうまくやれていますが、今後はさらに正確性を高めていきたいですね。セカンドステージに入っても今の連勝を続けていける力はあると思います」
ジョン・テリーのような植田。基礎が崩れない強固な土台
チームをさらに向上させる道の1つは、DF陣がもっとゴールを奪えるようにすることだ。アビスパ戦で山本が決めた先制点は、5月のアルビレックス新潟戦で西が決めた決勝点に続いて、守備陣が記録した今季ようやく2点目の得点だった。昌子と植田の対人の強さを考えれば、攻撃時のセットプレーでももっと貢献度を高められて然るべきだろう。
だが、彼らが狙っていないという意味ではないし、特に今季の植田のオールラウンドな働きぶりは印象的だ。ボールを持った時の落ち着きぶりをさらに増している様子で、アビスパ戦では全盛期のジョン・テリーを髣髴とさせるような姿も見せていた。
自陣内でボールを奪い取ったあと、ボールを持ったまま守備陣から攻め上がり、サイドへと展開してそのまま相手ペナルティーエリア内へと飛び込んでいくプレーだ。最後はエリア内でラストパスに惜しくも合わせきれなかったが、決まっていれば素晴らしいゴールになっていた場面だった。
ファーストステージを制したアントラーズの容赦の無い戦いぶりについて尋ねられると、植田は次のように答えた。「僕らは本当にタイトル獲得に集中しています。ここ最近は全く負けていないですし、チーム内にはどの試合も絶対に勝てるという強い感覚が普段以上にありました」
「失点も減らしていくことができましたし、前線の選手たちもその点ですごく助けてくれました。単に守備陣だけの力ではなく、本当にチームが一丸となって戦っているからこそだと思います」
シーズン後半戦には、そういう面をさらに強く見せる必要が出てくるだろう。手倉森監督率いるU-23代表の一員としてリオに乗り込む植田が数試合を欠場する見通しだからだ。彼の不在が痛いことは間違いないが、アントラーズCB陣の層の厚さはブエノが示した通り。さらにもう1人、負傷の影響や昌子と植田の好調により今季まだ出場機会のないファン・ソッコも良い選手だ。
これまでのところ、アントラーズにとっては守備をベースとしたチーム作りがうまく機能している。シーズンが進んで行く中で、その基礎が崩れてしまうことは考えにくい。
(取材・文:ショーン・キャロル)
◆鹿島の“8番”・土居聖真。役割とともに引き継がれる背番号。紡がれる常勝の伝統(フットボールチャンネル)
http://www.footballchannel.jp/2016/06/29/post161012/
鹿島アントラーズがファーストステージの頂点に立った。前人未到の3連覇を達成した2009シーズンからリーグタイトルと無縁だったが、伝統と歴史が凝縮された背番号とともに次世代の主軸を託された1992年生まれのプラチナ世代が躍動。入団6年目のMF柴崎岳、DF昌子源、そして稀有な得点感覚を武器とするFW土居聖真はセカンドステージとの完全制覇、そして年間王者獲得を目指して突っ走る。(取材・文:藤江直人)
背番号に“ストーリー”を持たせている鹿島
背番号に“ストーリー”をもたせ、常勝軍団の歴史と伝統を引き継がせている点で、鹿島アントラーズはすべてのJクラブのなかで稀有な存在として位置づけられる。
たとえば、空き番となって7年目を迎えている「2」番。ジョルジーニョから名良橋晃、2010年7月にシャルケへ移籍した内田篤人をへて、現在は右サイドバックの歴史を紡ぐ後継者を待っている。
アントラーズの礎を作った神様ジーコの象徴だった「10」番は、固定背番号制が導入された1997年以降はビスマルク、本山雅志(現ギラヴァンツ北九州)、そして今シーズンから背負う柴崎岳の3人だけにしか託されていない。
川崎フロンターレとのデッドヒートを制し、3連覇を達成した2009シーズン以来、実に7年ぶりにリーグタイトルに絡んだ今シーズンのファーストステージ。フィールドプレーヤーではただ一人、全17試合に先発フル出場した柴崎は、アントラーズの中盤で圧倒的な存在を示し続けた。
そして、柴崎が鳴り物入りで青森山田高校から加入した2011シーズンは、世代交代を推し進めていくうえで欠かせない存在となるプラチナ世代の仲間たちも、アントラーズのユニフォームに袖を通している。
米子北高校から加入した昌子源は昨シーズンから「3」番を託され、秋田豊から岩政大樹へと連なるディフェンスリーダーの系譜に名前を刻んだ。
そしてもう一人、アントラーズユースから昇格した土居聖真はマジーニョやイタリアへ渡る前の小笠原満男、野沢拓也(現ベガルタ仙台)が背負った「8」番を、勝てば無条件でファーストステージ制覇が決まる6月25日のアビスパ福岡戦で光り輝かせた。
稀有な得点感覚が発動した追加点のシーン
172cm、63kgとやや華奢なボディに搭載された土居の稀有な得点感覚が発動されたのは、1点のリードで迎えた前半37分だった。
自陣でこぼれ球を拾った柴崎が仕掛けたカウンター。左サイドに開いたFW金崎夢生から再び柴崎へわたったボールは、ペナルティーエリアの左側、ゴールラインぎりぎりから中央へ折り返される。
ニアサイドへ飛び込み、ダイビングヘッドを狙ったのは土居。ボールは枠をとらえることなく無人の右サイドへ流れたたが、ここで流れを途切れさせないのがアントラーズの真骨頂だ。
ボールをキープするMF遠藤康の前方のスペースへ、金崎がすかさずスライドしてくる。縦パスを受けた直後に素早く反転して、MFダニルソンのマークを巧みに外す。
ゴールへ迫ってくる金崎を止めようと、DF中村北斗が慌てて間合いを詰めていく。それまで中村がいたニアサイドに生じたスペースを、土居は見逃さなかった。
「ムウ君(金崎)がいい形で抜け出して、自分も一度中へ入る振りをしてから相手のマークを外した。そこをよく見ていてくれていたので」
DFキム・ヒョヌンの背後を突いて一度気配を消し、すぐに弧を描くような動きをしながらキムの前方へ姿を現す。死角を突かれ続けたキムはまったく反応できない。
ほぼノーマークの状態から、金崎がマイナスの角度へ折り返したパスに土居が右足を合わせる。ゴール左隅へボールが吸い込まれていった瞬間に、事実上、勝負は決した。
逆転勝ちで初めて首位に立った前節のヴィッセル神戸戦。土居は前半アディショナルタイムに貴重な同点ゴールを決め、チームの士気を一気に盛り上げている。このときもドリブルでペナルティーエリア付近へ迫り、金崎とのワンツーからゴール前に抜け出していた。
「ムウ君と2人だけ崩せる形がここ数試合、続いている。攻撃パターンのひとつになってきているので、これをセカンドステージでもっと、もっとよくしていければと思います」
最後の4試合で4ゴールを量産。通算でも6ゴールと、トップの金崎の8ゴールに続く結果を残した土居だったが、決して順風満帆なシーズンを送ってきたわけではなかった。
心身の状態が上向かなかったシーズン序盤
ガンバ大阪との開幕戦はベンチ外、サガン鳥栖との第2節はリザーブのままで、ともに1-0のスコアで連勝スタートを飾ったチームに絡めなかった。
FC東京との第3節からは3試合連続で途中出場。サンフレッチェ広島戦、湘南ベルマーレ戦で連続ゴールをマークし、上昇気流に転じるかと思われたが、第10節のアルビレックス新潟戦から4試合連続でベンチスタートに甘んじている。
心身の状態がなかなか上向かなった理由を、誰よりも土居自身が理解していた。
「昨年けがをしてようやく治ったと思ったら、キャンプでまた違うところを痛めてしまった。サッカーができないところでストレスを感じていましたし、開幕戦もメンバーに入れなかったように、コンディションも完全ではないところから始まっていたので」
背番号を「28」から「8」へと変えた昨シーズン。トップ下を主戦場として描かれてきた順風満帆な軌跡が急停止を強いられたのは、10月3日のヴィッセル戦だった。
GK徳重健太と交錯した際に左足を踏まれ、後半開始早々に負傷交代を強いられた土居は、試合後の精密検査で左足第2中足骨の骨折を言い渡される。
全治は約3ヶ月。セカンドステージの残り4試合を棒に振った土居は、アントラーズが3シーズンぶりとなるタイトルを手にしたナビスコカップ決勝の舞台にも立てなかった。
好事魔多し、とばかりにアクシデントの連鎖に襲われる。左足の骨折が完治した矢先の2月の宮崎キャンプで、今度は右ひざのじん帯を痛めて再び戦列を離れてしまう。
ニューイヤーカップを含めて、5試合が組まれていたプレシーズンマッチをすべて欠場。ベガルタ仙台とのファーストステージ第3節で161日ぶりに復帰を果たしたものの、ゴールに絡む仕事を演じられないまま、チームも0-1で敗れてしまった。
イメージとほど遠いプレー。思うように動かない体。何よりもチームに貢献できない。リズムがかみ合わず、歯がゆさだけを募らせた日々が後にプラスになったと土居は振り返る。
「それでも、サッカーがやりたいと強く思えたところがよかったのかなと。けがが治ってもなかなかコンディションを上がらなかったし、思い通りのプレーができていないときは悔しかった。自分自身にいら立ちも感じましたけど、そういったときもふてくされるのではなくて、純粋にサッカーへぶつけられた。
けがをしたのは、自分自身の問題だったので。けがで長期間離脱するのは自分のサッカー人生で初めてだったので、それがすごくいい経験になったというか。けがをするのはいいことではないですけど、僕にとっては自分を変えるできごとだった。いまとなってはそう思えます」
絶大な存在感を持つ“元8番”の主将
ホームに湘南ベルマーレを迎えた、5月18日のナビスコカップのグループリーグ第5節。土居のゴールで勝ち越したアントラーズは終了間際に喫した連続ゴールで敗れ、決勝トーナメント進出を断たれた。
連覇がかかったタイトルのひとつを獲得する可能性が、シーズンの序盤で消滅した。嫌なムードを引きずったまま、中2日で迎えた名古屋グランパスとのファーストステージ第13節を直前に控えたミーティング。キャプテンの小笠原が低く、重い声をロッカールームに響かせた。
「俺たちは勝つためにここにきた」
果たして、試合は2度もビハインドを背負う逆境をはね返したアントラーズが3-2で勝利。勢いと自信を取り戻したチームは残り4試合もすべてものにして、逆転で頂点に立った。
「全体としては決していい試合ではなかったと思いますけど、そのなかで気を緩めたらこういう試合になるよというのを、気づかされた試合だったのかなと」
グランパス戦をターニングポイントとしてあげた土居は、同時に2001シーズンから5年半にわたって「8」番を背負ったレジェンド、小笠原の存在感の大きさを感じずにはいられなかったという。
「危ない時間帯や気持ちを込めなきゃいけない時間帯で必ず声がけをしてくれますし、随所で流れを変えるプレーもしてくれる。言葉で表すのはなかなか難しいですけど、(小笠原)満男さんのプレーを見ながら『こういうときにはこうしなきゃいけない』と僕らも日々学んでいます。徐々にですけど、みんなが満男さんやソガさん(GK曽ヶ端準)についていけているから、勝てる鹿島になってきているのかなと」
グランパス戦こそ途中出場だった土居だが、8日後のヴァンフォーレ甲府戦からはスタメンに定着する。アントラーズ伝統の「4-4-2」を踏襲する石井正忠監督のもと、ツートップを組んできた金崎と常に危機感を共有してきたという。
「1点だけでなく、2点、3点と取らないと勝てないと、ムウ君とは毎試合のように言い合ってきた。そういう姿勢が、後ろの選手たちを助ける意味でもチームとして戦うところにつながってくるし、相手に隙を見せないという勝利への執着心にもつながってくる。それが最後の6連勝につながったのかなと思います」
言葉通りにヴァンフォーレ戦以降の4試合でアントラーズがあげた10ゴールのうち、金崎と土居のコンビで6ゴールをあげている。
無意識のうちに染みついた伝統
昨シーズンの開幕直前にポルティモネンセ(ポルトガル)から期限付き移籍で加入し、今シーズンからは完全移籍で再加入した金崎は「ジーコスピリットなんて知らない」と公言してはばからない。
山形市で生まれ育った土居も然り。現役復帰を果たしたジーコがJリーグ第1号のハットトリックを達成した1993年5月16日の5日後に、ようやく1歳になった。
ただ、現時点におけるジーコスピリットの伝承者、小笠原の頼れる背中を介して感じるものはある。ジーコスピリットをたどっていけば、土居が口にした「勝利への執着心」に行き着くからだ。
ゴールに絡むだけではない。労を厭わない前線からの執拗な守備。味方のためにスペースを作るなどといった自己犠牲の姿勢。勝利をつかむために、ピッチのうえで土居が無意識のうちに実践しているプレーこそがアントラーズの伝統。だからこそ、常勝の歴史が紡がれていく。
「自分が出た試合では、何かしら結果を出さなきゃいけないと思っていました。スタメンで出ることが少なかったので、貢献できたかどうかはわからないけど、そうなる試合がファーストステージの終盤にかけて多くなったというか。けがで迷惑をかけた分、みんなに恩返しできたのかなというのはあるので。個人としては、けがをした分はチャラになったかなという感じですかね。
ファーストステージのチャンピオンになったことで、セカンドステージでは他のチームが『打倒・鹿島』でくると思うし、だからこそファーストステージ以上に厳しい戦いになる。もうワンランク上に行くためには、そういうところにも打ち勝っていかなきゃいけないので。セカンドステージは僕たちの強さが試されるというか、鹿島の真価が問われるんじゃないかなと感じます」
過去に3度築かれた黄金時代を振り返れば、「10」番はアントラーズの象徴かつ心臓を、「3」番は最終ラインで城壁を担ってきた。今シーズンのファーストステージを振り返れば、柴崎と昌子は同じ役割を果たしている。
ならば、ゴールやアシストで得点に絡んできた「8」番の継承者はどう感じているのか。自己最多となる2014シーズンの8ゴールを大きく上回ることで、1992年生まれのプラチナ世代の一人として、土居は伝統のバトンをしっかりと受け取る青写真を描いている。
「ゴールは取れるだけ取りたいし、それが自分のためにもなりますし、チームのためにもなる。ファーストステージ以上に抜け目なく、貪欲にゴールやアシストを狙っていきたい」
アントラーズにとって、タイトルにカウントされないステージ優勝は通過点でしかない。セカンドステージも制し、チャンピオンシップで年間王者を勝ち取るために。得点センスと泥臭ささをあわせもつ異能のストライカー・土居は、ガンバ大阪をホームに迎える2日の開幕戦へ静かに闘志をたかぶらせている。
(取材・文:藤江直人)
◆櫛引 PKで失点も安定感!試合勘不足の不安を払しょく(スポニチ)
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2016/06/30/kiji/K20160630012872670.html
国際親善試合 U23日本代表 4―1 U23南アフリカ代表 (6月29日 松本)
U―23日本代表GK櫛引が安定した守備で最少失点に抑えた。
前半24分にゴール前の混戦から放たれたシュートを体ではじき出すと、前半41分にはミドルシュートをセーブ。前半30分にPKから失点を喫したものの、大きなミスはなかった。鹿島ではGK曽ケ端の牙城を崩せずに控えの立場。試合勘が心配されたが、フル出場で不安を払しょくした。
◆植田 大勝も序盤の展開に苦言「1失点が課題」(スポニチ)
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2016/06/30/kiji/K20160630012874500.html
国際親善試合 U23日本代表 4―1 U23南アフリカ代表 (6月29日 松本)
U―23日本代表DF植田が序盤の展開に苦言を呈した。
「入り方をもっと考えないと。途中から“前から行け”と声を出したけど、最初は(ラインが)下がって、いいようにやられた」。大勝とはいえ、「1失点が課題」と満足することはなかった。一方、自身は屈強な南アフリカ代表と互角に競り合った。「元から負けるとは思ってない」とニヤリ。個人では手応えも得たようだった。
◆植田、先制許すも得意の空中戦はほぼ競り勝ち「もとから負けると思ってない」(サンスポ)
http://www.sanspo.com/soccer/news/20160629/jpn16062923290013-n1.html
キリンチャレンジ杯(29日、U-23日本4-1U-23南アフリカ、松本)日本の守備陣は序盤こそ寄せが甘くPKによる先制を許したが、その後は安定感を示した。植田は「最初は様子を見てしまい、いいようにやられた。もっと前から行かせるべきだった」と課題を挙げつつ、得意の空中戦はほぼ競り勝ち「もとから負けると思ってない」と威勢が良かった。
植田とともにセンターバックを務めた中谷は無難に役目を果たしたが「しっかりボールを奪い切るところを、もっとアピールしたかった」と満足はしていなかった。
2016年6月29日水曜日
◆新たな“スピード”を得た鹿島MFカイオ、プロを目指す高校生に伝えたいこと(ゲキサカ)
http://web.gekisaka.jp/news/detail/?192768-192768-fl
抜群のスピードを武器に相手陣内を切り裂く鹿島アントラーズのMFカイオ(22)が6月某日、茨城県の強豪・鹿島高のトレーニングに“サプライズ参戦”した。スピードに特化したトレーニングでプロとしての違いを示すカイオに高校生は羨望の眼差しを送り、同時に刺激も受けていた。
サンパウロの下部組織出身で、2011年に来日したカイオは千葉国際高で3年間プレー。14年に鹿島に入団すると、第3節の鳥栖戦に途中出場し、Jリーグデビューを果たした。ルーキーイヤーでリーグ戦30試合出場8得点を記録し、Jリーグベストヤングプレイヤー賞にも輝いた。昨季も32試合出場10得点と、鹿島の中心選手として活躍し続けるカイオ。高校生と一緒にトレーニングに励むその姿から、サッカーに対する考え方、メンタルも垣間見えた。
――最後は3チームに分かれてのミニゲームもありましたが、高校生と一緒にトレーニングをしてみて、いかがでしたか?
「非常に楽しかったです。一瞬、自分の高校時代がフラッシュバックしました。スピードタイプの選手だったり、パワータイプの選手だったり、能力の高い選手もいました。ただ、ミニゲームでは僕が入ったチームより、他のチームの方が強かったね(笑)。自分の高校時代より、今の高校生のほうがレベルは向上しているように思いました」
――高校生のときに100mを11秒で走っていたカイオ選手はスピードに自信を持っていると思いますが、日々のトレーニングで意識していることはありますか?
「特別にやっていることはありません。監督の要求に応えているだけです。僕は練習を本気でやっているので、そういった部分で練習の成果が自然に出ているのかなと思います。だから、自分で意識してやっているということは特にありません」
――トレーニング後のアドバイスで、『マネをすることが大事』とおっしゃっていました。
「プロサッカー選手となると、相手のいろいろな部分を見ないといけません。攻撃の部分だったり、守備の部分だったり、ドリブルだったり、フェイントだったり、シュートの打ち方だったり、いろいろありますが、僕は攻撃的な選手なので、攻撃の部分に重点を置いて見ています。だけど、マネをしたとしても、全部を使うわけではありません。引き出しを多く持っておけば、いろいろな状況に対応することができますし、瞬時の閃きで出るプレーもあります。例えば、ネイマール選手のプレーを映像で見ていたら、ピッチ上のDFの位置や相手との間合いによって、『この前、見た映像と同じ状況だ』と瞬間的に判断して、同じようなプレーが出ることもあります」
――『サッカー選手はみんな頭がいい』ともおっしゃっていました。具体的にどういうことでしょうか?
「今、プロでやっている選手は全員、頭がいいと僕は思っています。プロになるまでより、プロで居続けること、トップで居続けることのほうが難しいと思っています。頭を使っていろいろな方法で生き抜いていくことが重要です。プロというのは、高校時代より競争が何倍も激しくなります。そこでどうやって生き抜くのか。その中で生き抜いていける選手は頭がいい選手だと思います」
――高校生もスタメンの座をかけて競争しています。彼らが頭のいい選手になるためにはどうすればいいでしょうか?
「僕が高校からアントラーズに入ったとき、レベルの差は歴然でした。そこで『無理だ』という気持ちになってしまえば、何も手にすることはできなかったと思います。『ここで努力をしなければならない』と思えたからこそ、やっと今、レギュラーでプレーすることができるようになりましたし、チームの勝利に貢献するようなプレーができるようになったと思っています。
日々の練習は嘘をつかないので、そういう努力を怠ってはいけません。日々、隣にいる人との競争で、隣の人の努力を上回らないといけません。それができてこそ、11人の先発メンバーに入ることもできます。だけど、11人だけが頑張ればいいというわけではありません。ベンチメンバーになったり、ベンチから外れたりしたときに、日々の練習をダラダラとこなすだけになっていたら、仮に試合で使われる機会が訪れたとしても、本来のパフォーマンスは発揮できないと思います。そうなれば信頼を失い、試合で使われない状況が続くでしょう。
要はベンチ外、ベンチメンバーになったときこそ、『チャンスをもらった』と思えるかどうかです。そういうときは自分を強化するチャンスであり、『もう試合に出れない』という気持ちでやっていたら、自分が自分自身に一番嘘をついていることになります。11人の枠に入ろうとする強い意志と気持ちを持ち、努力を続けることが重要だと思います。自分自身に正直に本気で取り組めば、必ずその努力の成果が表れると信じて取り組んでほしいですね」
――カイオ選手がトップで居続けること、生き抜くための“相棒”となるマーキュリアルの新作『スーパーフライ V』を履いた印象はいかがですか?
「本当にカラフルで、カラーリング、デザインも気に入っています。履いてみると、フィット感があって、他のスパイクよりもしっかりとしたグリップ感があります。スピードもさらに出せそうな雰囲気がありますね」
――フィット感はサッカー選手にとってどれくらい重要ですか?
「フィット感はプレーに大きく影響してきます。(スパイクが)大きかったり、小さかったりすると走るのも難しくなります。普段の靴ではちょっと大きめのサイズを履いたりすることもあるかもしれませんが、スパイクや運動靴はフィット感が重要です。走るだけでなく、ポールタッチの感覚も変わってくるので非常に大事だと思っています」
――スパイクに求めるものや、こだわりはありますか?
「正直、僕はスパイクにこだわりはないですね(笑)。ナイキのスパイクはいつも素晴らしいので、毎回、感激しています。このスパイクは、履くより飾ったほうがいいのではないかと思うぐらい、本当に素晴らしい性能を持っています。だけど、いくらスパイクが良いものでも、選手自身が走る、努力する、諦めないという部分を常に持っておかないといけません。それをしっかり持った上で、スパイクに対してもプライドを持ってプレーすることが大事だと思います」
――新しい『マーキュリアル スーパーフライ V』とともに、残りのシーズンをどう過ごしたいですか?
「当然ながら、得点、勝利につなげないといけません。新しいパートナーを手にして、ゴールを量産できるようになればいいなと思います。数多くのゴールを決めてサポーターを喜ばせることができれば、僕もうれしいです。その先にあるタイトルを一つでも多く手にできればと思っています」
――最後にプロを目指す高校生にメッセージをお願いします。
「日々の練習を怠ってはいけないと伝えたいですね。高校生のときは、シュート練習でキーパーやゴールがない状況で練習することもあると思います。いろいろな練習を先生が考えてやっていると思うので、一つひとつの練習で手を抜かずに、自分で自分をごまかさないということを心がけてほしいです。もちろん、毎日の継続が難しいことは僕も分かっています。ただ、それを1日でも長く持続できれば、必ず自分の身になり、パフォーマンスにもつながり、プロの道へとつながっていきます。日々の練習を怠ってはいけないということは彼らには分かってほしいですね」
(取材・文 清水祐一)
◆プロとの違いを痛感…鹿島MFカイオとマッチアップした鹿島高DF中澤「全然無駄がない」(ゲキサカ)
http://web.gekisaka.jp/news/detail/?192767-192767-fl
抜群のスピードを武器に相手陣内を切り裂く鹿島アントラーズのMFカイオ(22)が6月某日、茨城県の強豪・鹿島高のトレーニングに“サプライズ参戦”した。スピードに特化したトレーニングでプロとしての違いを示すカイオに高校生は羨望の眼差しを送り、同時に刺激も受けていた。
「スピードと体の強さ」が持ち味と語り、トレーニング中も積極的にカイオとマッチアップしていたDF中澤幸也は「一つひとつのプレーに全然無駄がなくて、一瞬のスピードが全然違いました。僕たちとプレーしていても余裕を感じさせたし、次のプレーも考えている感じがしました」とプロとの差を痛感。それでも「とにかく集中して、つま先立ちでカイオ選手をしっかり見て、ちょっと間合いを取って対応しました」とプロ相手に臆せず挑んだ。
カイオが鹿島に入団した1年目からファンだというFW植田航平は「一瞬のスピードの大切さや、トップスピードでのプレーの精度の低さを痛感しました。カイオ選手は一瞬のスピードだったり、長い距離のスピードだったりが全然違って、ついていけませんでした」とトレーニングを振り返り、「新人戦ではメンバーに入れたが、関東大会の予選からは入れていない。悔しい部分が大きいので、選手権予選までには最低でもベンチに入って、チームのために貢献したいです」と力強く語った。
2人はナイキの新作スパイク『マーキュリアル スーパーフライ V』を履いてプレー。中澤は「すごく足にまとわりつくというか、フィット感があって、ボールも蹴りやすかったです。走りやすいし、スパイクの中でまったく足もズレない。横移動などでも動きやすかった」と語り、植田は「軽く当てるだけで勢いのあるボールを蹴ることができました。それにはビックリしました」と驚いたようだった。
(取材・文 清水祐一)
◆「いつか僕の仲間に」 鹿島MFカイオが鹿島高のトレーニングに“サプライズ参戦”(ゲキサカ)
http://web.gekisaka.jp/news/detail/?192766-192766-fl
鹿島アントラーズのMFカイオが6月某日、茨城県の強豪・鹿島高のトレーニングに“サプライズ参戦”した。放課後のグラウンド。基礎練習を終えた鹿島高サッカー部の選手たちの前に突如、カイオが姿を見せると、高校生たちは一様に驚きを隠せず、戸惑いながら拍手で地元のプロプレイヤーを迎えた。
「いい練習をしましょう」というカイオの挨拶で練習はスタート。爆発的なスピードを生み出すナイキのフットボールスパイク『マーキュリアル スーパーフライ V』を履いたカイオが高校生と一緒に行ったのはスピードに特化したトレーニングだった。
1つ目のメニューはクイックネスと加速力を鍛えるもの。オフェンスの選手とパサーがゴールと平行に立ち、その間にディフェンスの選手が入ると、オフェンスの選手は限られた空間でフェイントをかけるなどしてマークを外し、パスを受けてシュートに持ち込んだ。
カイオのフェイントの速さには、味方であるはずのパサーも騙され、パスを出せない場面もあったほど。カイオは「僕は攻撃の選手なので、できるだけDFの足元を見るようにしている。どこかで相手の重心が片足に乗るタイミングがあるので、常にそのタイミングを探している」と具体的なアドバイスを送り、ディフェンス側の選手に対しても「僕はあまり守備は好きではないけど、スピードには自信がある。だから、相手が動き出したり、仕掛けるのを待って、自分が追いかけるようにしている。ステップを踏みながら、相手のタイミングを待っている」と、守備の対応についてレクチャーした。
2つ目のメニューでは、スプリント力とトップスピードにおけるプレーの正確性が求められた。ゴールから50mほど離れた両サイドにオフェンスの選手が立ち、ボールを持った選手がトップスピードでドリブルを仕掛け、もう一人がラストパスからシュートを打つというもの。ディフェンスの選手はオフェンスの選手より一歩下がった位置からスタートし、追いつけなくてもパスコースに回り込むなどして阻止を狙った。
スピードの差が顕著に表れるメニューだったため、カイオに追いつけない選手ばかりだったが、その中でもカイオのプレーをマネしようとするなど工夫しながら練習をこなしていた。これにはカイオも「サッカーにはずる賢さも必要だし、相手との駆け引きを制した者が試合も制していく。マネをするという意識は大事」と感心し、プレー中の意識や精神面についても“金言”を授けた。
「いくらスピードで相手の前に出ることができたとしても、最後のラストパスやセンタリングを丁寧にやらないと、チームの勝利に結びつけることはできない。それを意識してもらえれば、必ずチームが勝つ確率は高まると思う。落ち着いてプレーすることも大事で、僕は周りの声が聞こえないぐらいの状況に自分の精神状態を持っていくことを心がけている」
その後は3チームに分かれてハーフコートでミニゲームを行い、選手からの質問も受けたカイオ。「どんなキーパーが嫌いですか?」という質問には鹿島のチームメイトであるGK曽ヶ端準の名を挙げ、「曽ヶ端選手は点が取りにくいキーパーです」と答えた一方、「ただ、キーパーや相手の選手を苦手と思えば、それが自分のマイナスの要素になる。あくまで自分の強みを考えてプレーしてほしい」とエールを送っていた。
最後には全員で集合写真も撮影。「ここにいる一人ひとりがプロを目指していると思うので、日々の努力や、楽しくサッカーをやることを忘れずに取り組んでいってほしい。あと、忘れてはいけないのは勉強。サッカーだけに集中しすぎて、勉強が疎かになってはいけないので、そこも力を入れてやってください」と、文武両道の大切さを説き、「いつかこの中のだれかが僕の仲間になることを期待しています」と白い歯をこぼした。
(取材・文 清水祐一)
◆鳥栖 鹿島から移籍、MF青木が初合流「喜びを感じてる」(スポニチ)
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2016/06/29/kiji/K20160629012866080.html
鳥栖は鹿島から完全移籍で加入したMF青木剛(33)がチームに初合流した。
「新しいチャレンジに喜びを感じているし、ありがたいこと。ここからハードワークしていきたい」。ミニゲームではCBに入り、DF陣と積極的に話す場面も見られた。「ポジションにこだわりはない。与えられたところで良いパフォーマンスをしたい。チームに早くなじんで、適応できるようにコミュニケーションを積極的にとっていきたい」と意気込んだ。
◆【THE REAL】植田直通が放つ威風堂々としたオーラ…王者・鹿島アントラーズと日本代表で際立つ存在感(CYCLE)
http://cyclestyle.net/article/2016/06/28/37667.html
記録だけでなく、記憶にも残る夜となった。聖地カシマサッカースタジアムに、21歳にして威風堂々としたオーラを放つ鹿島アントラーズの植田直通の雄叫びがとどろく。
手渡された優勝トロフィーが、天へと掲げられる。それを合図として、頂点に立った選手たちが勝ちどきを響かせる恒例のセレモニーが、6月25日は趣がやや異なった。
■故郷熊本を想いトロフィーを掲げる
ナビスコカップや天皇杯を含めて、セレモニーの音頭はキャプテンが取ってきた。ファーストステージを制したアントラーズも、キャプテンのMF小笠原満男がJリーグの村井満チェアマンからトロフィーを受け取っている。
しかし、小笠原は次の瞬間、植田にトロフィーを託してゆっくりと後列へさがっていった。主役を任された植田が、照れ笑いを浮かべながら舞台裏を明かしてくれた。
「優勝を決めた直後から『熊本の方々がたくさん見ているから、お前がトロフィーを掲げろ』と言われていました。本当に(小笠原)満男さんに感謝したい」
1994年10月24日に熊本県宇土市で産声をあげた植田は、地元の強豪・大津高校から2013シーズンにアントラーズへ入団。お披露目となる入団会見では自身を獰猛なワニにたとえて、周囲を驚かせている。
「ワニは獲物を水中に引きずり込んで仕留める。自分も得意とする空中戦や1対1にもち込んで、相手を仕留めたい」
186cm、77kgの筋骨隆々としたボディ。小学生時代はサッカーとの二刀流で挑んでいたテコンドーで、世界大会の舞台にも立った。高さと強さを身にまとう強面の九州男児が、ひと目をはばかることなく号泣したのは4月16日の湘南ベルマーレ戦後だった。
敵地で行われた一戦で、植田はセンターバックを組んだ日本代表・昌子源とのコンビで、ベルマーレ攻撃陣に何ひとつ仕事をさせなかった。3-0の完封勝利を飾り、お立ち台に呼ばれた直後だった。
「植田選手にとって、今日は特別な思いでのプレーだったと思います。胸の内を聞かせてください」
沈黙が続くこと数十秒。右手で必死に目頭を押さえても、とめどもなくあふれてくる涙を止めることができない。震えながらも何とか絞り出した声に、優勝への決意を込めた。
「僕にはそれしかないので…頑張ります」
■大地震が故郷を襲う
ベルマーレ戦の2日前。故郷がマグニチュード6.5、最大震度7の「平成28年熊本地震」に襲われた。幸いにも家族は無事だったが、時間の経過とともに甚大な被害が伝わってくる。
一夜明けた17日。午前中の練習を終えた植田は、アントラーズのフロントへ熊本行きを直訴。依然として余震が続いていたなかで、18日のオフを含めた1泊2日の強行日程を認めさせた。
被災地の力になりたいと思い立った植田に、小笠原、選手会長のDF西大伍、2年目のFW鈴木優磨をはじめとする若手も胸を打たれる。空路でともに福岡へ入り、陸路で熊本へ向かって飲料水や支援物資を届けた。実は地震が発生した直後から、小笠原はこんな言葉を植田へかけている。
「手伝えることがあれば何でもする。遠慮なく言ってくれ」
岩手県出身の小笠原もまた、2011年3月に発生した東日本大震災に心を痛め、東北出身の選手たちと「東北人魂を持つJ選手の会」を発足。J被災地の救援及び慰問活動に、率先して取り組んできた。
だからこそ植田の気持ちを理解し、行動をともにした。セレモニーの音頭取り役を託した理由も然り。トロフィーを掲げる植田の雄々しい姿が、復興を目指す熊本の力になると背中を押したのだろう。
「僕の家族や友だちを含めてたくさんの人がアントラーズを応援してくれたし、そういう人たちへこの優勝を届けられたことは、本当によかったと思います」
植田はあらためて小笠原への感謝の気持ちを口にしたが、川崎フロンターレとのデッドヒートを制したファーストステージの軌跡を振り返れば、立役者のひとりにあげられる活躍を演じてきた。
■U-23日本代表でも存在感を見せる
センターバックとして15試合に先発してフル出場。欠場した2試合はU-23日本代表に招集され、5月下旬にフランスで開催されたトゥーロン国際大会に出場したことに伴うものだった。
そして、アントラーズが許した失点はわずか「10」。もちろんリーグ最少で、2位のフロンターレとサガン鳥栖に「5」もの差をつけている。完封は半分を超える9試合で、植田はそのうち8試合に出場している。
最終ラインで文字通り壁となって相手の攻撃をはね返し、圧倒的な存在感で畏怖させた。前半に奪った2点のリードを守り、優勝を決めたアビスパ福岡戦を観戦した村井チェアマンも植田を絶賛している。
「あの若さで、あの堂々たる戦いぶり。危ないところもなかったですね」
昨シーズンのセカンドステージは出場わずか2試合、151分間にとどまっていた。ベンチ入りすら果たせない試合が「6」を数えるなど、高さと強さをもてあます状況が続いていた。
ターニングポイントが訪れたのは今年1月。「23歳以下のアジア王者」という肩書を添えたうえで、リオデジャネイロ五輪切符を獲得したU-23アジア選手権でくぐりぬけてきた死闘の数々にある。
手倉森誠監督に率いられたU-23日本代表の前評判は、残念ながら芳しいものではなかった。年代別の世界大会を経験した選手が少ないがゆえに、五輪への連続出場が5大会で途切れるとさえ危惧された。
しかし、U-23北朝鮮代表とのグループリーグ初戦を、最後は防戦一方ながら1-0でものにすると、破竹の快進撃が幕を開ける。開始5分に虎の子のゴールを決めたのは植田だった。
決勝トーナメントではU-23カタール代表を延長戦の末に、最大の強敵だったU-23イラク代表を終了間際の劇的ゴールで連破。U-23韓国代表との決勝では、2点のビハインドをはね返して頂点に立った。
カタールの地から凱旋した植田が漂わせる雰囲気は、明らかに出発前と変わっていた。プレッシャーを背負いながら確固たる結果を残したことで、くすぶっていた自分自身への不安が自信へと昇華したのだろう。
そして、植田はチームから打診されたオフを返上したうえで、自分自身にノルマを課しながら、すでに始まっていたアントラーズのキャンプに合流する。
「アントラーズで試合に出られなければ、リオデジャネイロ五輪の代表に選ばれる可能性も低くなる。本当に大事なのはこれから。オリンピック本番はオーバーエイジもあるし、再び競争も始まる。まずはアントラーズでスタメンを張って、しっかりと結果を出したい」
果たして、アントラーズでも最終ラインに君臨する。昨シーズンのレギュラー、元韓国代表のファン・ソッコがけがで出遅れていなかったとしても、覚醒した感のある植田に軍配があがったはずだ。
昌子とのコンビで鉄壁の守備網を築きあげ、ファーストステージの上位戦線につけていた4月のこと。好調の理由を植田にたずねると、こんな言葉が返ってきた。
「どの試合に出ても、余裕をもって前が見えていると自分でも思っている。やっぱり最終予選。あの試合を戦ってきたことで、余裕ができたのかなと」
他のJクラブの追随を許さない17個ものタイトルを獲得。常勝軍団の歴史と伝統が凝縮されたバトンを握ってきた37歳の小笠原は、かねてからこんな言葉を繰り返し残してきた。
「自分が若いころも上の人に支えられながら、タイトルを取って成長できた部分がある。タイトルを取らなければ見えてこないものがあるし、タイトルをひとつ取れば『またああいう経験をしたい』という気持ちも芽生えてくる。その積み重ねでチームは強くなっていく」
■リーグ優勝、そしてリオデジャネイロへ
ステージ優勝はタイトル数にカウントされないものの、前人未到の三連覇を達成した2009シーズン以来、7年ぶりに「リーグ優勝」と名のつくものを手にする軌跡は、すでにアントラーズのなかに化学反応を起こしつつある。
「優勝を決められる試合で、無失点で勝てたことが嬉しい。ステージ優勝ですけど、アントラーズとしてリーグのタイトルを取れていなかったので。タイトルを取ればみんなの意識も変わると思いますし、僕自身、もっとタイトルが欲しいという気持ちにもなっている。次はセカンドステージ、そして年間チャンピオンを狙って、頭を切り替えて新たなスタートを切りたい」
アビスパ戦は累積警告による出場停止で昌子を欠いていた。出場わずか3試合目となる20歳のブエノを引っ張り、勝ち取った優勝を喜んだのは一瞬だけ。植田は新たな課題を掲げることを忘れなかった。
「失点が二桁にいってしまったので、そこはまた改善しなければいけないところだと思う。セカンドステージでは、もっと減らしていかないといけない」
いざ、セレモニーの音頭を取る瞬間。優勝トロフィーを天へ掲げると見せかけて、植田はまるで悪戯小僧のようにフェイントを二度もかけては周囲を焦らしている。
「すべてクシ君の指示です」
背後にいたU-23日本代表のチームメート、GK櫛引政敏が耳元でささやいていたことを明かした植田は、表情を引き締めながら決意を新たにしている。
「満男さんやソガさん(GK曽ヶ端準)を筆頭に大勢の先輩に支えられていますし、まだまだ吸収していかなければいけないところもたくさんある。すぐに代表活動があるし、頭を切り替えていかないと。オリンピックのメンバー選考も大詰めなので。しっかりと自分をアピールしてメンバーに入れるように準備していきたい」
1月のU-23日本代表を戦ったセンターバックからは、岩波拓也(ヴィッセル神戸)と奈良竜樹(川崎フロンターレ)がケガで戦列を離れている。前者は間に合いそうだが、後者はリオデジャネイロ五輪を断念した。
手倉森監督はオーバーエイジ枠で塩谷司(サンフレッチェ広島)の招集を内定させたが、ケガといっさい無縁で、試合を重ねるごとに成長も遂げている植田が最終ラインの中心を担うことは間違いない。
29日にはU-23南アフリカ代表との国際親善試合が長野・松本平運動公園総合球技場で行われ、7月1日にはリオデジャネイロ五輪に臨む代表メンバー18人が発表される。
4年に一度のスポーツ界最大の祭典を戦い終えれば、年齢制限にとらわれないA代表での戦いへとターゲットが移っていく。すでにバヒド・ハリルホジッチ監督も、植田の存在を気に留めている。
「植田はかなりのポテンシャルがあり、パワーもある。A代表にはパワーが足りないので彼が必要だ」
2年後にワールドカップが開催されるロシアの地への、マイルストーンとなるかもしれないリオデジャネイロでの戦いへ。心技体のすべてを充実させながら、植田の熱い夏が幕を開けようとしている。
◆鹿島が示した勝者のメンタリティ。主将・小笠原満男が積み上げた土台と、土居聖真が担う未来(フットボールチャンネル)
http://www.footballchannel.jp/2016/06/28/post160676/
鹿島アントラーズは、25日に行われたアビスパ福岡との試合に勝利し、1stステージ優勝を決めた。これまで数々のタイトルを獲得したきたキャプテンの小笠原満男は、この優勝に満足することなく、さらなる勝利を求めている。また、土居聖真はクラブの伝統を受け継ぐ存在となりそうだ。
(取材・文:今関飛駒)
主将・小笠原、1stステージ優勝も満足せず
「まだ1stステージを獲っただけなので、本当の意味でのタイトルとは言えないと思いますし、2ndステージも獲ってその先も勝っていくことが本当のタイトルだと思っているので、これに満足することなく勝ち進んでいけるように頑張りたい」
鹿島アントラーズのキャプテン、小笠原満男はアビスパ福岡を下して1stステージ優勝を決めた試合の後、淡々と語った。
相手の福岡は最下位でありながら前節に川崎フロンターレとドローを演じて首位から引きずり降ろしている。序盤の鹿島はミスが目立ち福岡にペースを握られるが、セットプレーから先制点を奪うと、その後は落ち着いた試合展開で相手の反撃を許さなかった。
しかし、Jリーグの“常勝軍団”と呼ばれる彼らも、最後にリーグを制覇したのは2009年。その間にも去年のナビスコカップをはじめいくかのカップタイトルを掲げてきたが、彼らが本当に望むリーグタイトルは6年間も遠ざかっている。
「1stステージ優勝はJリーグ優勝とは思ってないので、年間で勝つことが本当の意味でのタイトルだと思います。すぐ1週間後には試合があるので、Jリーグタイトルという実感はないです」
クラブに数々の功績をもたらした主将は、1stステージ優勝に浮かれることなく、その眼差しは次のタイトルへと向けられていた。
小笠原は、取材を通して何度も「勝ちたい」という言葉を口にしていた。このチームで誰よりも多くの勝利を経験してきたが、この飽くなき勝利への探求心が満たされることはない。
鹿島は常に“勝利”という結果を逆算したサッカーを見せる。それこそがこのチームの真髄でもあるのだ。この試合の小笠原も決して派手なプレーではなかったが、常に周りの選手に声をかけてゲームをコントロールしていた。
内田、古巣の優勝に…「“らしいな”と」
セットプレーから先制点を決めた山本脩斗は、「行けるという感覚はあった。ヘディングは得意としている」と自信を覗かせていた。
福岡戦は『勝てば優勝』というある種の決勝戦ともいえる試合だった。昨年のナビスコカップ優勝で移籍後初めてのタイトルを獲得した左サイドバックは、試合前の雰囲気について教えてくれた。
「練習からそんな気負いとかもなく、普段通り、いつも通りの感じで練習もしてました。1stステージを勝つことでチャンピオンシップの権利を得られますけど、2ndステージもまだまだありますし、あくまでも通過点としかみんな思っていなかったので、普段通り練習して臨みました」
ただ、試合前日の練習には1つだけいつもと異なることがあった。クラブOBである内田篤人(シャルケ)と大迫勇也(ケルン)が参加していたのである。
その内田は、「鹿島は優勝して当然というか勝たなきゃいけないクラブ。僕自身もそう思ってますし、今は(鹿島の)選手じゃないですけど、いちファンとして。勝てない試合をYahooで見ると『何してんだ』っていう気持ちになりますけど、こうやって最後に1stステージで優勝すると、“らしいな”と思います」と古巣の勝利を祝福した。
小笠原は、「昨日の練習でもそうだけど、大迫と内田がチームの中に入ってくれて『こうやって勝つんだぞ』っていうプレーをしてくれたので、そういう伝統っていうのは大事にしていかきゃいけない」と話していた。
クラブに脈々と流れる“勝者のメンタリティ”は確かに受け継がれていたのである。
鹿島の未来を担う土居聖真
植田直通、杉本太郎、鈴木優磨ら若手選手の台頭著しい鹿島において、ユース出身の土居聖真はクラブの未来を担うひとりである。
「隙はなかった思いますし、自分たちがミスしなければやられないっていうのはあった」
1stステージ優勝という結果を振り返り、土居はそう語った。福岡戦でもダメ押しとなる2点目を決め、勝利を手繰り寄せている。
そんな土居は、小笠原について「見習うべき選手。いろんなところを盗んでいきたい」と述べていた。しかし、彼も24歳。“若手”という枠からチームの中核を担う存在となっていかなければならない。
「満男さんには満男さんにしかできないことがありますし、僕らが全部真似をしろと言われてできることではないので、僕らは僕らなりの繋ぎ方をしていきたい」
偉大な先輩を称えつつ、土居は伝統のバトンを繋いでいこうという強い意志を持っていたように感じた。
福岡戦は、クラブに15年半在籍した青木剛のラストゲームでもあった。中田浩二、本山雅志らに続いてまたひとりクラブを支えた選手が去っていくことに、小笠原は「オレにのしかかってくるものは多くなる」と話していた。
しかし、先人が積み上げてきた土台は、確かに若手に受け継がれている。1stステージ優勝という結果は彼らにとって通過点に過ぎない。
それでも、今季鹿島が“本当のタイトル”を掲げることができたのならば、その先には栄華を極める時代が再びやってくるのかもしれない。
(取材・文:今関飛駒)
2016年6月28日火曜日
◆第96回天皇杯の日程発表…全88チーム参加、3連覇狙うG大阪は4回戦から(サッカーキング)
http://www.soccer-king.jp/news/japan/emperorcup/20160627/461872.html
日本サッカー協会(JFA)は27日、第96回天皇杯全日本サッカー選手権大会の日程を発表した。
全88チームが参加し、8月27日と28日に行われる1回戦ではJ2リーグ22チーム、都道府県代表47チーム、シードチーム(関西学院大学)、にJ1のジュビロ磐田とアビスパ福岡を加えた72チームが出場する。
9月3日と7日に行われる2回戦ではそのほかのJ1チームが登場し、今季AFCチャンピオンズリーグを戦ったサンフレッチェ広島、ガンバ大阪、浦和レッズ、FC東京の4チームは11月12日開催のラウンド16(4回戦)から出場。G大阪は大会2連覇中で、史上初の3連覇に挑む。
準々決勝が12月24日、準決勝が同29日に行われ、決勝戦は2017年1月1日を予定している。
1回戦の組み合わせは以下のとおり。
■第96回天皇杯全日本サッカー選手権大会1回戦組み合わせ
鳥取県代表 vs 岡山県代表
ジュビロ磐田 vs 岐阜県代表
FC町田ゼルビア vs 神奈川県代表
栃木県代表 vs 山梨県代表
徳島ヴォルティス vs FC徳島セレステ
ギラヴァンツ北九州 vs 福岡大学
長野県代表 vs 石川県代表
V・ファーレン長崎 vs 高知県代表
横浜FC vs 山形県代表
大分県代表 vs MD長崎
清水エスパルス vs 大阪府代表
水戸ホーリーホック vs 東京国際大学
富山県代表 vs 新潟県代表
コンサドーレ札幌 vs 茨城県代表
島根県代表 vs ファジアーノ岡山
愛知県代表 vs 三重県代表
モンテディオ山形 vs 和歌山県代表
ザスパクサツ群馬 vs 宮城県代表
滋賀県代表 vs 関西学院大学
アビスパ福岡 vs 鹿児島県代表
レノファ山口FC vs 東海大学熊本
福島県代表 vs 群馬県代表
ロアッソ熊本 vs 佐賀県代表
東京ヴェルディ vs 千葉県代表
奈良県代表 vs 京都府代表
カマタマーレ讃岐 vs 愛媛県代表
広島県代表 vs 愛媛FC
岩手県代表 vs 東京都代表
松本山雅FC vs 山口県代表
FC岐阜 vs 静岡県代表
秋田県代表 vs 青森県代表
ジェフユナイテッド千葉 vs 北海道代表
ツエーゲン金沢 vs 福井県代表
沖縄県代表 vs 宮崎県代表
セレッソ大阪 vs 香川県代表
京都サンガF.C. vs 兵庫県代表
参考
http://www.jfa.jp/match/emperorscup_2016/schedule_result.pdf
◆国内ラストマッチは‟仮想ナイジェリア”…U-23代表DF植田「五輪につながる試合をしたい」(ゲキサカ)
http://web.gekisaka.jp/news/detail/?192800-192800-fl
鹿島アントラーズの第1ステージ優勝に大きく貢献した。しかし、それももう過去のことだ。DF植田直通の視線は前だけを見据えている。
トゥーロン国際大会期間中にチームを離れた以外はJ1での試合に全試合フル出場を果たし、第1ステージ優勝を決めた第17節福岡戦でも鉄壁の守備を披露して完封勝利へと導いた。しかし、「第1ステージを取ったからといって満足はしていない」と満足感はなく、「すぐに第2ステージも始まるので、第1ステージで出た課題をしっかりと直していきたい」とさらなる成長を遂げようとしている。
だが、まずは「今は代表に集中して、U-23南アフリカ代表戦に向けて良い準備をしたい」と目の前にあるU-23日本代表の活動だけに集中する。
五輪本大会の初戦では同じくアフリカ勢のナイジェリアと対戦するため、U-23南アフリカは「五輪に向けての良いシチュエーションになる相手」。「自分たちにどういうことができるか、相手がどういうことをやってくるのかを確かめる良い機会なので、僕自身すごく楽しみ。結果を出し、五輪につなげられるような試合をしたい」と自身の力、そしてチームの力を示そうと燃えている。
(取材・文 折戸岳彦)
◆鹿島植田U23合流 前夜青木送別会で「応援してる」(ニッカン)
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/1669249.html
U-23(23歳以下)日本代表の長野・松本合宿が26日、同市内で始まった。前日25日にJ1第1ステージ(S)を制覇した鹿島のDF植田直通(21)とGK櫛引政敏(23)が合流。前期優勝を区切りにリオデジャネイロ五輪へ気持ちを切り替え、7月1日に発表される本大会メンバー18人に選ばれることを目指す。
3000メートル級の山脈に囲まれたピッチに、拍手の音が響き渡った。U-23日本代表の松本合宿初日。練習前の円陣で手倉森監督から「第1S優勝おめでとう」とたたえられ、2位川崎FのMF大島や3位浦和のMF遠藤からも祝福された。植田は神妙に受け止めつつ「まだ第1なんでチャンピオンとは思ってないし、満足できない。目標は年間優勝」。同時に「代表ではリオ五輪に向けて最も大事な選考がある」と切り替えた。
前夜は前期優勝のセレモニー、取材対応などを終えた深夜0時ごろから「青木を送る会」に参加した。祝勝会を兼ねた、鳥栖へ移籍するDFの送別会。鹿島に入団した時の不動のレギュラーで「ずっと自分の壁だった人」というセンターバックの先輩だった。「深い話をさせていただき『五輪、応援してるから』と言ってもらいました」と激励された。
鹿島は2連休だが、代表組は無休。それでも律義な男は、会を途中で抜けはしなかった。笑顔で「何時までいたかは言えませんが、寝はしました」と仮眠した後、朝6時に起床。茨城・鹿嶋市内の寮から車で東京駅へ向かい、長野まで新幹線、松本まで特急で移動。昼に宿舎へ入り、夕方から回復メニューをこなした。
代表の青い練習着に袖を通すと、南アフリカ戦への闘争心が高まってきた。五輪出場国で、1次リーグ初戦で当たるナイジェリアと同じアフリカ勢との予行演習に「似ていると思うので大事にしたい」。手倉森監督の信頼が厚く本大会メンバー入りは“鉄板”と目されているが「サッカーに絶対はない。気を抜くことは許されないし、ベストを尽くすのが自分」と言った。
U-23代表の国内最終戦は完売間近で、地上波で全国生中継もされる。地震、豪雨に襲われた故郷熊本も思い「たくさんの方が見てくれると思う。みんなが笑顔になれるよう、戦っている姿を見せたい」。第1S制覇に貢献した対人の強さを見せつける。【木下淳】
◆鹿島一筋15年半…元同僚内田篤人を「泣きそうに」させるほど慕われた青木剛の人柄とは(サッカーキング)
http://www.soccer-king.jp/news/japan/jl/20160627/461448.html
最終節にまでもつれ込んだ川崎フロンターレとのデッドヒートを制し、明治安田生命J1リーグ・ファーストステージの優勝決定から一夜明けて、鹿島アントラーズDF青木剛は慌ただしい一日を送っていた。
勝てば川崎の結果に関係なく、11月に行われる明治安田生命Jリーグチャンピオンシップへの出場権を得られるアビスパ福岡戦を2日後に控えた23日。鹿島の公式サイトで青木のサガン鳥栖への完全移籍が発表された。
「ファーストステージが最終局面を迎える大事な時期ですが、自分の気持ちをしっかりと伝えたかったので、このタイミングでの発表とさせていただきました」
鹿島一筋でプレーすること15年半。GK曽ヶ端準、キャプテンのMF小笠原満男に続く古参選手となった青木は、公式サイト上でつづったサポーターへの熱い思いをこんな言葉で締めくくっている。
「僕は鹿島アントラーズに関わるすべての方々への感謝の気持ちでいっぱいです。残り一試合、アントラーズの一員としての責務を全うしたいと思います」
福岡戦ではディフェンスリーダーの昌子源が累積警告で出場停止となる。3試合ぶりにベンチ入りすることが確実視されていたからこそ、入念に調整を重ねながら万全の心技体を作り上げたかった。
愛してやまない鹿島の一員として迎える最後の一戦。人事を尽くしたいからこそ、新天地・鳥栖への引っ越しを控えながら、準備は手つかずの状態となっていた。
優勝の余韻がまだ残る福岡戦後の取材エリア。最後に姿を現した青木が苦笑しながら残した言葉からも、チームメイトの誰からも慕われた、その誠実な人柄が伝わってくる。
「荷物は全くまとまっていません。最後までアントラーズの一員として、全力でやろうと思っていたので。これから荷造りをしないと」
今季リーグ戦では6試合でベンチに入りながら出場機会はゼロ。優勝争いを演じるチームに絡めない日々が続いていた中で、先週になって鳥栖から完全移籍でのオファーが届いた。
「鹿島の一員として現役生活を全うしたい」
「一人のサッカープレーヤーとして、必要とされる場所でプレーすることで、もっともっと成長していきたい」
相反する思いが脳裏でぶつかり合い、葛藤が生まれた中で、青木は新鮮な驚きを覚えていた。
「今回の移籍について考えている時は、濃密な時間だったというか。悩むというよりも考えに考え抜いて、その考えている時間が自分の中で本当に濃くて、いろいろなことに気づかされました」
時間の経過ともに、後者が占める割合が大きくなっていく。自分の中で結論を出した直後、鹿島への深い愛を注ぎながら、出場機会を求めて京都サンガF.C.、そしてベガルタ仙台へ移籍し、現役引退後の2015シーズンからコーチとして鹿島へ復帰した柳沢敦氏へ決意を告げた。
「ヤナギさん(柳沢)も経験していることなので、すごくいい話をいただきました。今回の話を決めてからはヤナギさん以外にもいろいろな人へ伝えましたけど、誰からも反対されませんでした。みんなが『やるべきだ』と。今シーズンはJ1で出場機会がなくて、自分の状態に対してすごく悩んでいたんですけど、周りの人がそう言ってくれたことで、自分でも『まだ老け込む年でもない』と思えるようになった。ようやく状態が上向いてきたので、タイミング的にはすごくいい移籍だと感じています」
迎えた福岡戦。2点をリードしたまま突入した後半アディショナルタイムで、青木と同様にファーストステージ限りで退団するFWジネイがMF遠藤康に代わって投入される。
交代のカードはまだ一枚残されている。チームカラーのディープレッドに染まったゴール裏スタンドを発信源として、カシマサッカースタジアムに「ア・オ・キ!」の名前が響き渡るようになった。
ゴール裏のエリアでウォーミングアップを繰り返しながら、青木は熱いものが込みあげてくるのを必死に抑えていた。直後に石井正忠監督から声がかかった。
「サポーターの方々から、あそこまで名前をコールしてもらえるとは思わなかった。すごくうれしかったし、胸が熱くなりましたけど、ピッチに立った時には2-0のまま試合を終わらせる気持ちのほうが強かった。残り何分かは分かりませんでしたけど、絶対に失点はしないと言い聞かせてピッチに入りました」
時計の針は94分に差しかかろうとしていた。福岡が直接FKのチャンスを獲得した直後、DFブエノに代わって背番号5がピッチに入る。青木の名前を連呼していたコールは、万雷の拍手へと変わった。
そしてFWウェリントンの強烈なキックがバーの上を超え、曽ヶ端がゴールキックの体勢に入った刹那だった。それぞれがポジションに戻る中で、小笠原がすれ違いざまに青木の手を握り締めた。その思いをキャプテンはこう口にする。
「俺たちがもっといい試合をしていれば、アイツももっと長く出られただろう、もっと一緒にプレーできただろうと思って。チームの状態がもっと良ければ、早目に青木を使う試合もあっただろうけど、そういう状況でもアイツは一生懸命やっていた。若い選手たちも、もちろん自分もそうだけど、アイツのそういう姿を見習わなきゃいけない。アントラーズを象徴する選手だし、本当に尊敬できる選手であり、尊敬できる人間なので。そういう選手がいなくなった後こそ、アイツが見せてきたものをみんなで引き継いでいかなきゃいけない」
果たして、曽ヶ端がゴールキックを蹴った直後に試合終了を、そしてファーストステージ優勝を告げるホイッスルが聖地の夜空に鳴り響いた。青木がボールに触れた回数はゼロ。時間にして1分にも満たなかったが、センターバックを組んだ植田直通は万感の思いに胸を震わせていた。
「ウチが勝っている状況なら青木さんも必ず出てくると思っていましたし、最後は青木さんと一緒にセンターバックを組みたいという思いがあった。今まで本当にお世話になった方なので、すごく寂しい気持ちはありますけど、これからは自分が鹿島のセンターバックとしてやっていかなければいけない。青木さんは普段の生活からプロ意識が高かったし、そういうところを僕は見習っていた。プレーの面では、キックの質という部分で青木さんを超えようと必死に練習してきた。青木さんから吸収したものを、これからも出していきたい」
開幕からレギュラーの座を不動のものとし、U-23日本代表に招集されて、トゥーロン国際大会に出場した関係で欠場した2試合を除いて先発フル出場した植田は、リーグ最少の10失点という数字にも満足していなかった。
「失点が2けたにいってしまったので、そこは改善しなければいけない。セカンドステージでは、もっと減らしていかないと」
それは去りゆく青木へ送る、常勝軍団の最終ラインを背負っていく植田の決意表明でもあった。そしてもう一人、スタンドから青木へ熱い視線を送る男がいた。
青木の「背番号5」が施された鹿島のユニフォームを身にまとい、青木本人からサインを試合後にしたためてもらったDF内田篤人(シャルケ)が無邪気な笑顔を浮かべる。
「青木さんの最後ですから当然(ユニフォームを)用意するし、着るでしょう。最初はショップで買おうと思ったんですけど、もう売り切れていて。ちょっと昔のユニフォームをショップの人に手配してもらいました」
清水東高校から鹿島に加入した2006シーズン。クラブハウスでロッカーが隣同士となった青木からは、サイドバックとセンターバックでポジションも隣同士になる間柄だったこともあって、数多くのことを学んだという。
インターネットを通じて青木の出場機会がゼロだったことを知っていた内田は、古巣のトレーニングに参加しながら素朴な疑問を青木に投げかけている。
「監督とは話をしているんですか?」
返ってきた言葉に、改めて青木への尊敬の念を深めたとまた笑う。
「青木さんは『自分の力が足りないからであり、自分で乗り越えるだけだ』と言うんですね。やっぱり青木さんらしいなと思いました。多くを言う人でも怒ったりする人でもないですけど、常に自分に厳しくやっている。ああいう人と一緒にチームでプレーできたことを、すごく誇りに思います」
福岡戦を翌日に控えた練習に、内田はFW大迫勇也(ケルン)とともに参加した。小笠原は「鹿島の伝統を伝えてくれた」と喜んだが、勇気とエールをもらったのは内田のほうだった。
2人一組で行われた練習前のウォーミングアップ。たまたま青木と組んだ内田は、「今日が最後の練習っすね」と話しかけたという。
「青木さんが『そうだね』と言った瞬間から、俺、下を向いたままになっちゃって……。すごく寂しくなって、危うく泣きそうになった。俺もシャルケで7年目で、その前に鹿島に4年半いますけど、それを加えても青木さんの在籍年数にまだ足りない。それほどメディアで取り上げられる選手ではないし、プレーも相手を潰したり、ロングキックを蹴るという感じでしたけど、ああいう人が鹿島を支えていた。ボランチを含めていろいろなポジションができるし、タイトルを取るためには欠かせない人。試合の最後、サポーターの方々はよくぞ青木さんの名前をコールしてくれたと思います」
試合後の優勝セレモニー。ジネイに続いて優勝トロフィーを夜空に掲げる役割を託された青木は、ゴール裏のスタンドへ駆け上がり、拡声器を通じて思いの丈をサポーターに訴えている。
「みんなが喜ぶ姿を見たくて、ここまで走ってきた。アントラーズと出会えて本当に良かった。本当に僕は幸せ者です」
涙をこらえながら叫ぶ後姿を、小笠原が感無量の表情を浮かべながら見つめていた。最後にチームメイトの手で3度、胴上げで宙を舞い、再びサポーターからの「ア・オ・キ!」コールを浴びながらロッカールームへ姿を消した。そして取材エリアに姿を現した時には、晴れやかで精かんな表情を浮かべていた。
「鹿島でサッカーをやってきた中で、目標は優勝することで、じゃあ目的は何なのかと考えた時に、僕の場合は見てくれている人に喜んでもらうこと、感動してもらうこと、元気になってもらうことでした。ファンやサポーターの方が喜んでくれる姿は、試合が終わった時に本当によく見える。今日もそういう姿を見ることができて、自分としてはすごく喜びを感じました。これからもまずサッカー選手として向上心をもって成長していきたいですし、人間としての幅も広げていきたい。あとはここで得た経験というものを本当にこれからも生かして、鹿島に所属していたことに恥じない取り組みをしていきたい。昔の自分だったらかなり不安になっていたと思うんですけど、今は新しい自分に出会えるチャンスがすごく楽しみというか。早く馴染めるように、積極的に話をしてきたい」
今週末には早くも明治安田生命J1リーグ・セカンドステージが開幕する。そして7月30日の第6節では鳥栖がホームで鹿島を迎え撃つカードが組まれている。
「鹿島は本当に強いチームだと思いますし、紅白戦だけでなく日々の練習でもそういう点はすごく感じている。しっかりと準備して戦いたいですね」
敵として初めて臨む古巣戦へ――。武者震いする自分自身に新鮮な思いを抱きながら、青木は27日に慣れ親しんだ鹿嶋の地に別れを告げ、新天地へ向かう。
文=藤江直人
◆常勝鹿島を取り戻した強化部長の喝。 1stステージ優勝で感じた懐かしさ。(Number)
http://number.bunshun.jp/articles/-/825942
歓喜の瞬間から遡ること、約2カ月半前のお話。4月4日、鹿島アントラーズのクラブハウスで、たまたま鈴木満・常務取締役強化部長とすれ違った。アウェーでの川崎フロンターレ戦から2日後のことだったから、こう声をかけた。
一昨日、惜しかったですね。
スコアは1ー1のドローだったものの、内容面では川崎を圧倒し、決定機の数でも上回った。だから、きっと手応えを得ているはず。ポジティブな言葉が聞けるはず、と思っていた。ところが、鈴木強化部長の口調は厳しかった。
「全然ダメだね。本当に強いチーム、優勝できるチームっていうのは、一昨日のような展開になっても、セットプレーで点を取る。逆に内容が悪いときにも、セットプレーの1点で勝ちきれる。今年はセットプレーで点が取れていないから。まだまだ、だよ」
「常勝軍団・鹿島」らしくなかったシーズン中盤。
確かに、その後のファーストステージ中盤の戦いぶりは、「常勝軍団・鹿島」に似つかわしくなかった。4月10日の第6節で昨季王者サンフレッチェ広島を4-1で圧倒したかと思えば、4月24日の第8節柏レイソル戦では、主審の判定に抗議している間にカウンターを浴びて失点。“幼い”試合運びによる自滅で、早くも今季2敗目(●0-2)を喫した。
さらに、前回王者として臨んだナビスコカップ(現ルヴァンカップ)では、1勝しか挙げることができなかった。5月18日の第5節湘南戦に破れ、グループステージ敗退が決定。ジュビロ磐田との第6節、大宮アルディージャとの最終節では、クラブ史上初めてナビスコ杯で“消化試合”を戦う屈辱を味わった。
ナビスコ杯敗退決定後、初めての全体ミーティングで、鈴木強化部長のカミナリが落ちた。
「タイトルに対する自覚がなさすぎる。もっと一人ひとりが、サポーターの思いやチームへの責任を感じて戦わないとダメだ!」
この“喝”が選手たちの心に響いたかどうかは、精神論の部分だから、我々メディアにはわからない。ただ結果として、リーグ戦では5月14日の第12節横浜F・マリノス戦から5連勝を記録。特に5月29日の第14節ヴァンフォーレ甲府戦以降は3試合でわずか1ゴールしか許さず、第16節終了時点でついにトップの座に立った。
勝てば優勝のアビスパ戦、“嫌な予感”も。
最終節、勝てばステージ優勝決定。しかも相手は、最下位アビスパ福岡。優勝に向けて鹿島が優位なのは間違いない。だからこそ、プレッシャーのかかる中で確実に勝ち切ることができるのか、鹿島が本当に「優勝できるチーム」なのか、真の力が問われる試合になった。
案の定、序盤の鹿島の動きは硬かった。前線から積極的にプレッシャーをかけてくる福岡に主導権を握られると、開始5分に左サイドを金森健志に破られ、ウェリントンにシュートを許す。8分にもCKから古部健太に際どいヘディングシュートを放たれた。
明らかな福岡ペース。前節、川崎も福岡の先制攻撃に2失点を喫し、引き分けには持ち込んだものの、勝ち点3を取り逃している。少なからず、カシマスタジアムには“嫌な予感”が漂った。ところが、先制点を奪ったのは鹿島だった。そして、試合を動かしたのは、やはり「セットプレー」だった。
今季序盤の鹿島にはなかった武器。
27分、柴崎岳が蹴ったCKを、ファーサイドに走り込んだ山本脩斗が頭で叩き込んだ。
「今週はかなりセットプレーの練習を積んできたので、その成果が出て良かった。CKの時、福岡はゾーンで守るので、それを想定しながら練習していた」(山本)
このゴールには伏線があった。山本は17分にもCKで惜しい場面をつくっている。このときはニアに走り込み、ヘディングはヒットしなかったもののフリーになっていた。山本は、2つのCKでの修正について、こう語っている。
「CKをゾーンで守る福岡を攻略するポイントは、ニアだと思っていました。いかにニアのストーン(フリーマンとしてクロスを跳ね返す選手。この試合ではウェリントン)を越えるボールを蹴って、そこに合わせられるか。1本目は僕がストーンの前に走り込みましたけど、2本目はブエノに『ニアに行ってくれ』と伝えて。僕はファーに、(植田)直通の後ろに遅れて入りました」
試合の流れを掴めないときのために、また、流れを掴んでもなかなかゴールをこじ開けられないときのために、綿密にセットプレーの準備をし、試合の中で的確にそれを修正していく。今季序盤の鹿島にはなかった武器で、先制点をもぎ取った。
3連覇の頃を思い出す、懐かしい景色。
こうなれば、勝ち方を知り尽くす彼らの得意な展開である。その後はピッチを幅広く使って福岡の守備ブロックを横に広げ、相手サイドバックとセンターバックの間に次々と選手が走り込んでいく。37分には金崎夢生の折り返しを土居聖真が押し込んで2-0。後半は高い守備意識を保ったまま冷静にボールを保持し続け、試合を終わらせた。
「ここ数試合もそうだし、今日も良い内容じゃなかった。でも、鹿島というチームはそういう中でも、みんなでピッチの中で話をして、勝機を見出して、勝つための術を持っている。でも、理想を言えばもっと内容を良くして、セカンドステージも、チャンピオンシップも勝ち続けたい。まだファーストステージを獲っただけで、本当の意味でのタイトルとは言えないし、Jリーグで優勝したときの喜びというのは、こんなもんじゃないから」
これは試合後に小笠原満男が語った言葉である。流れが悪くても勝利に結びつけるゲーム運び、それを3万人を超えるサポーターが後押しするスタジアムの雰囲気、トロフィーを掲げた直後なのに先を見据える選手たちの言葉。どれもこれも、'07~'09年のリーグ3連覇の頃の鹿島の景色に似ていて、とても懐かしかった。
取材対応も終わり、スタジアムの駐車場へと向かう鈴木強化部長に声をかけた。
今日の試合展開と雰囲気、なんか懐かしくなかったですか?
「うん。懐かしかったね。中学生、高校生みたいだったチームが、ようやく勝ち方を覚えてきて、大学生ぐらいにはなったかな。これから先、もっと強くなるよ」
2カ月半前と違って、強化部長の柔らかな笑顔も3連覇の頃みたいだ。
◆優勝にも厳しい表情。小笠原満男に見る常勝アントラーズのDNA(Sportiva)
http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/jfootball/2016/06/27/post_1149/index.php
これを”伝統の強み”と言わずして何と言おうか。
J1リーグファーストステージの優勝トロフィーを掲げたのは、勝利への飽くなきスピリットを持つ鹿島アントラーズだった。
一時は自力優勝の道が閉ざされていたものの、そんな逆境に浮き足立つことなく、全17試合を終えた段階でてっぺんに立つ。その一念だけで、しぶとく戦い続けて栄冠を手にした。
前節で首位に立った鹿島。勝てば優勝という最終節の相手は、最下位のアビスパ福岡だった。立ち上がりこそリズムをつかみ損ねたが、前半27分の右CKのチャンスから均衡を破ると、37分にも追加点を奪って2-0で勝利した。
ここ6シーズン、鹿島はリーグ戦のタイトルからは遠ざかっている。しかし、天皇杯、ナビスコカップでは優勝を重ね、ついにリーグ戦でもチャンピオンシップへの出場権を奪取。常勝軍団の”完全復権”を強く印象づけた。
昨シーズンの途中から指揮を執るクラブOBの石井正忠監督が笑顔を浮かべて語る。
「勝因は、チームの結束力と総合力。選手ひとりひとりが高い意識を持って、目指すサッカーに対して真摯に取り組んでくれた。当たり前のことを当たり前にやる。そうした積み重ねがファーストステージの優勝につながった」
その中心的な役割を果たしたのは、紛れもなく小笠原満男だ。J1通算480試合出場を数える重鎮は、日頃からこう繰り返し語ってきた。
「チームはいいときばかりじゃない。流れがよくないときにどうしたらいいか、どうやったら勝てるか、そればかりを考えている」
現在37歳。年齢によるフィジカル面の衰えを指摘する声は少なくない。ベンチスタートや途中で退く試合も増えた。だが、戦う姿勢に何ら変化はない。球際で見せる、その形相たるや”闘将”と呼ばれるにふさわしい。
「若い頃に持っていたものがなくなっているのは確かだけど(苦笑)、歳をとるのは別に悪いことばかりじゃない。今まで見えなかったものが見えてくるからね」
かつて、鹿島に在籍していた”御大”ジーコがそうであったように、ジョルジーニョがそうであったように、本田泰人や秋田豊ら歴代の精神的支柱を担ってきた選手、中軸を務めてきた選手たちがそうであったように、鹿島に息づく”勝者のメンタリティー”を受け継ぐ小笠原は、結果を出すことで自身の存在価値を高めてきた。
そんな小笠原に対して、石井監督は賛辞を惜しまず、全幅の信頼を寄せる。
「多くのことを言わなくても、チームに必要なプレーをしてくれる。大事な試合になればなるほど(小笠原の存在は)欠かせない」
今年はクラブ創立25周年。このような節目のシーズンに大きな実りを得て、俄然意気が上がる。
とはいえ、ステージ優勝は単なる通過点に過ぎない。試合終了後、石井監督やチームメイト、スタッフ、そしてファンやサポーターと喜びを分かち合った小笠原は、スタジアムをあとにする頃には、すっかり先を見据えていた。
「もっと点が取れるチャンスがあったのに取れなかった。失点してもおかしくない場面も何度かあった。勝ったからよかったじゃなく、内容に目を向けないと。チームとしてまだまだ改善するべきところがある」と、厳しい表情を崩すことなく、チームの課題を口にした。
思えばファーストステージ第15節、浦和レッズとの“大一番”でもそうだった。当時2試合未消化だった暫定3位の浦和は、優勝を争う当面の相手。その難敵に敵地で2-0と快勝しながら、小笠原はニコリともしなかった。
「もっといい試合をしないと」
そう言い残して、足早にミックスゾーンから立ち去った。
「今日、勝っただけで満足していたらいけない。何も成し遂げていないのに、いつまでも喜んでいられない」――そんな内なる声が聞こえてくるようだった。夢半ば、充実感や達成感のかけらもなった。
7月2日から早くもセカンドステージが始まる。小笠原が心底喜びを爆発させるのは、チャンピオンシップ制覇の瞬間だ。その貪欲さこそが、鹿島の真髄であり、大黒柱たる小笠原の矜持に他ならない。
2016年6月27日月曜日
◆[プレミアリーグEAST]青森山田が首位・FC東京U-18に逆転勝ち、市立船橋が首位浮上!!:第6節2日目(ゲキサカ)
http://web.gekisaka.jp/news/detail/?192712-192712-fl
高円宮杯U-18サッカーリーグ2016 プレミアリーグEAST
高校年代最高峰のリーグ戦、高円宮杯U-18サッカーリーグ2016 プレミアリーグEASTは26日、第6節2日目の4試合を行った。
4勝1敗で首位のFC東京U-18(東京)はアウェーで3位・青森山田高(青森)と対戦。前半14分にMF内田宅哉のゴールで先制したが、後半12分に青森山田FW佐々木快に同点ゴールを許すと、その2分後にもMF住永翔に決められて1-2で逆転負けした。FC東京は首位陥落。青森山田は2位へ浮上した。
前節まで2位の市立船橋高(千葉)がFC東京に代わって首位に浮上した。アウェーで清水エスパルスユース(静岡)と対戦した市立船橋は前半34分にMF野本幸太が先制ゴール。この1点を守って1-0で勝った。
ホームで流通経済大柏高(千葉)と対戦した鹿島アントラーズユース(茨城)は1-2の後半42分にMF出津真哉が同点ゴール。さらに1分後の43分に注目FW蒔田泰広が決勝点を奪って3-2で逆転勝ちした。流経大柏は開幕6連敗となった。
大宮アルディージャユース(埼玉)はFW奥抜侃志とFW山本剛嗣のゴールによって横浜F・マリノスユース(神奈川)を2-1で下し、2勝目を挙げている。
26日には第6節1日目のアルビレックス新潟U-18(新潟)対柏レイソルU-18(千葉)戦を行い、柏が2-1で勝った。柏は前半、U-19日本代表の2年生FW中村駿太が2ゴール。新潟は後半32分にMF松岡翔太が1点を返したが、柏が好守で逃げ切り、アウェーで勝ち点3を加えている。
第6節の残り4試合は26日に開催される
【プレミアリーグEAST第6節】(6月25日)
[デンカスワンフィールド]
アルビレックス新潟U-18 1-2 柏レイソルU-18
[新]松岡翔太(77分)
[柏]中村駿太2(25分、43分)
(6月26日)
[青森山田高]
青森山田高 2-1 FC東京U-18
[青]佐々木快(57分)、住永翔(59分)
[東]内田宅哉(14分)
[県立カシマサッカースタジアム]
鹿島アントラーズユース 3-2 流通経済大柏高
[鹿]前田泰良(49分)、出津真哉(87分)、蒔田泰広(88分)
[流]松浦駿平(10分)、生方ジャラール勇(55分)
[清水ナショナルトレーニングセンター(J-STEP)]
清水エスパルスユース 0-1 市立船橋高
[市]野本幸太(34分)
[NACK5スタジアム大宮]
大宮アルディージャユース 2-1 横浜F・マリノスユース
[大]奥抜侃志(40分)、山本剛嗣(58分)
[横]渡辺力樹(86分)
※日程は3月発表、変更あり
◆【鹿島】植田、完封でV「最高です」鳥栖のオファー断り残留…定位置つかんだ(報知)
http://www.hochi.co.jp/soccer/national/20160626-OHT1T50022.html
◆明治安田生命Jリーグ J1第1ステージ最終節 鹿島2―0福岡(25日・カシマスタジアム)
最初に優勝トロフィーを掲げたのはDF植田だった。主将のMF小笠原から「熊本の人もたくさん見ているだろうから、お前が掲げろ」と指名を受け中央に立つと、飛び上がるようにして夜空に向けた。「最終節を無失点で優勝できた。DFとしてうれしい。今、最高です」。今季9度目の完封。17試合終了時点で失点10はリーグ最少で、クラブ史上最小タイ。DF昌子とのコンビは屈指だった。
今季開幕前、鳥栖から獲得オファーを受けた。昨季はセンターバックの主力として期待を受けながら、リーグ戦出場は前年の20試合を大きく下回る12試合。1対1の場面では強さを発揮したものの、課題の連係やポジショニングで失点に絡むことが多かった。今年はリオ五輪が控え、さらに出場機会が減れば代表入りも難しくなる。焦りを感じていた。
しばらく悩んだが、原点に立ち返ることで結論が出た。「自分は鹿島でプレーするために鹿島に入った。だから鹿島で勝負しないといけない」。物心ついた時から、父・太実男さん(53)に「何事においても負けは許さない」と教わった。ご飯の量、食べるスピードでも常に「1番」を目指してきた。家訓を思い出し、腹をくくった。課題だった指示の声、カバーリングは飛躍的に向上した。
4月14日、地元・熊本が大震災に見舞われた時も同じだった。直後の湘南戦(同16日・BMWス)の試合後、テレビインタビューで故郷を案じて号泣した。ドラえもんの映画ではよく泣くが、ピッチで泣いたのはプロに入ってから初めて。「熊本の方々がたくさん応援してくださっている。トロフィーを掲げるところを見せられて良かった」
13年に鹿島入りしてから、リーグ戦でのタイトルは初めてだ。次はメンバー入りが確実なリオ五輪に視線を向ける。「もちろん金メダルを目指す」と話す守備職人が、手倉森ジャパンの最終ラインでも主役を張る。(内田 知宏)
◆植田 直通(うえだ・なおみち)1994年10月24日、熊本・宇土市生まれ。21歳。子供の頃からテコンドーに励み、大会で優勝するほどの腕前を持つ。サッカーは小学3年で始め、熊本・大津高では1年夏からレギュラー。各年代別代表に選出され13年に鹿島入り。15年アジア杯では日本代表にも招集された。J1通算47試合1得点。186センチ、80キロ。家族は両親と姉、妹。
◆U-23練習前に鹿島勢の優勝を祝福 植田「年間王者を目指す」(サンスポ)
http://www.sanspo.com/soccer/news/20160626/jpn16062620070004-n1.html
リオデジャネイロ五輪に出場するサッカー男子のU-23(23歳以下)日本代表は26日、長野県松本市に集合し、五輪前の国内最終戦となるU-23南アフリカ代表との国際親善試合(29日・長野県松本平広域公園総合球技場)に向け、合宿を開始した。
練習開始前の円陣で、J1第1ステージを制した鹿島勢が拍手で祝福された。中心として活躍したDF植田の表情からは自信がうかがえ「優勝といってもまだ第1ステージだけ。このぐらいじゃ満足できないし、年間王者を目指して頭を切り替えている」という語り口も堂々としていた。
第1ステージは出場機会がなかったGK櫛引は「ここは鹿島とは別のチーム。代表のときは代表のことだけ。五輪に向けてやっていきたい」と話した。
◆U-23、鹿島のJ1第1S制覇祝福も植田「満足できない」(サンスポ)
http://www.sanspo.com/soccer/news/20160627/jpn16062705010002-n1.html
サッカー・U-23日本代表強化合宿(26日、長野・松本市内)練習開始前の円陣では、J1第1ステージ優勝を果たした鹿島のDF植田とGK櫛引が拍手で祝福された。今季17試合で失点わずか10とリーグ最強の守備陣を形成した植田は「第1ステージでは満足できない」ときっぱり。五輪本大会のメンバー入りが確実視されているが、「サッカーに絶対はない。気を抜くことは許されない」と南アフリカ戦へ全力を尽くすことを約束した。
◆鹿島植田&櫛引がU23代表合流、手倉森監督V祝福(ニッカン)
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/1669161.html
U-23(23歳以下)日本代表の長野・松本合宿が26日、同市内でスタートした。前日25日にJ1第1ステージを制した鹿島のDF植田直通(21)とGK櫛引政敏(23)が合流。夕方から回復メニューに取り組み、詰めかけたファンのサイン攻めに快く応じた。
練習前の円陣では手倉森誠監督(48)から「第1ステージ優勝おめでとう」と祝福され、チームメートから拍手された。しかし、前期優勝を決めた福岡戦(2-0)にフル出場し、完封で貢献した植田に浮かれた様子は一切なく「まだ第1ステージなので、チャンピオンだと思っていない。満足もしていない。年間優勝を目指して第2ステージを迎える」。続けて「代表は代表でリオ五輪が近い。18人のメンバー入りをかけた最も大事な選考。アピールしたい」と29日のU-23南アフリカ戦(松本)を見据えた。
福岡戦でベンチ入りし、歓喜の瞬間をピッチレベルで味わった櫛引も「鹿島と代表は違う。今日からの活動では日本のために戦いたい」と意識を切り替えた。
◆県人選手活躍、鹿島が制覇 J1第1ステージ(岩手日報)
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/news.cgi?sp=20160626_1
【茨城県鹿嶋市で運動部・水野哲志】明治安田J1第1ステージ最終節(25日・カシマスタジアムほか=9試合)首位の鹿島が最下位の福岡を2-0で下し、6連勝で勝ち点39としてステージ優勝を決めた。2001年第2ステージ以来6度目のステージ制覇で、最大5チームで年間優勝を争うチャンピオンシップの出場権を最初に獲得した。鹿島は、県人選手が活躍。山本脩斗(盛岡商高-早大)が先制ゴールを決め、小笠原満男(大船渡高)も先発フル出場した。
山本先制 流れ呼ぶ
常勝鹿島にまた一つタイトルが加わった。流れを引き寄せたのはDF山本脩斗(盛岡商高-早大)の今季リーグ戦初ゴールだった。
DF昌子源を警告累積による出場停止で欠いた影響もあり、立ち上がりに守備がばたついた鹿島。しかし、山本が左サイドから切り込み惜しいシュートを放つなど徐々に流れを引き寄せ、迎えた前半27分。右からのCKに山本が見事に頭で合わせゴールネットを揺らした。
180センチと決して身長が高いわけではないが、タイミングと位置取りで、相手の脅威になっている得意のヘディング。得点について「狙い通りの得点。ゴールが勝利につながってうれしい。岩手の人にも頑張っていることが伝わったかな」と満足そうに振り返った。
◆内田、古巣鹿島のS制覇に「当然。最後に優勝という言葉を見ると“らしいな”と」(フットボールチャンネル)
http://www.footballchannel.jp/2016/06/25/post160240/
鹿島アントラーズのOBであり日本代表DF内田篤人が古巣のJ1リーグ1stステージ優勝について語った。
J1リーグ1stステージ最終節が25日に開催され、鹿島はアビスパ福岡に2-0で勝利しステージ優勝を決めた。鹿島のリーグタイトルは2009年以来7年ぶりだ。
内田は福岡戦をスタジアムで観戦。試合について聞かれると「勝つところが鹿島らしい。他力ではなく、自分の力で勝って終わるところが」と満足感を示した。それでも、優勝についての特別な喜びは少ないようで「鹿島は優勝して当然。勝たないといけないクラブです」と語った。
「ただ、ステージ優勝ですけど、最後に優勝という言葉がでるのは“らしいな”と。結果が出ることで強くなる。勝てないチームはいつも2位。そういうものです」
最後に内田は長期にわたって負傷で離脱している自身について「僕もピッチで結果を出さないと。口先ばっかりではなくて。笑」と冗談を飛ばした。順調に負傷が回復している内田は、来季序盤にも復帰する予定だ。
ようやく名門復活の狼煙をあげた鹿島。1stステージ優勝という結果が、クラブを常勝軍団に戻すきっかけとなるのだろうか。
【了】
◆鹿島の指導者柳沢コーチ、現役時代に続くステージV(ニッカン)
http://www.nikkansports.com/soccer/news/1668755.html
<明治安田生命J1:鹿島2-0福岡>◇第1ステージ最終節◇25日◇カシマ
鹿島が6連勝締めで第1ステージを制した。2位川崎Fと勝ち点1差で迎えたホームでの最終節。前半27分にDF山本脩斗(31)が先制するなど最下位福岡を下し、01年後期以来6度目のステージ優勝を遂げた。3連覇した09年以来7季ぶりとなる年間優勝へ、11月のチャンピオンシップ出場権と賞金5000万円を獲得した。
元日本代表FWの鹿島柳沢敦コーチ(39)も、現役時代に続くステージ優勝を遂げた。引退と同時に就任した昨季は控え組を担当。トップチームの遠征時、地元に残って教えたMF杉本を大一番の先発に成長させた。今季はトップを担当、試合中はスタンドから分析した情報を現場に落とし込む。「コーチ業を勉強させてもらっている段階。もっと個人も全体も見られるようにならないと」と満足しないが、選手への熱い訓示など昨季はなかった姿だ。
鹿島の前回ステージ制覇は01年後期。東京V戦で柳沢が2得点し、優勝が決まった。当時は24歳の柳沢、22歳の小笠原、曽ケ端らが躍動。今季は24歳柴崎、23歳昌子、21歳植田が中心になって優勝したが「比較はできない。歴史は過去の先輩が積み重ねたもの。今の若手が、自分たちで新たな歴史を積み上げていかないと」。コーチとして世代交代に貢献しつつあるが「もっと先を見ている」と目標は年間優勝だ。王者のDNAを引き継ぐ作業は続く。
◆常勝軍団鹿島、黄金期再び 通算18冠目の年間Vへ(ニッカン)
http://www.nikkansports.com/soccer/news/1668783.html
<明治安田生命J1:鹿島2-0福岡>◇第1ステージ最終節◇25日◇カシマ
鹿島が6連勝締めで第1ステージ(S)を制した。2位川崎Fと勝ち点1差で迎えたホームでの最終節。前半27分にDF山本脩斗(31)が先制するなど最下位福岡を2-0で下し、01年後期以来6度目のステージ優勝を遂げた。勝つためにピッチで“ケンカ”する伝統が復活。3連覇した09年以来7季ぶりとなる年間優勝へ、11月のチャンピオンシップ出場権と賞金5000万円を獲得した。
強い。鹿島が、本調子ではなくても勝ち切った。本拠カシマでの「優勝」は07年のリーグ優勝以来。今季最多の3万1636人が詰めかけた聖地が、8年半ぶりに歓喜の舞台となり、優勝Tシャツを着た選手がビクトリーロードを歩いた。
勝てば優勝の中、前半27分に先制した。右CK。MF柴崎が柔らかく浮かせるとDF山本が飛び込んだ。手前のDF植田が相手と競り合った背後でフリーになり、教科書のように頭でたたきつけた。ワンバウンドして力強くゴールに突き刺さる。軽々先手を取った。
10分後に追加点だ。FW金崎が右サイドをドリブルで破り、DFとGKを引きつけてパス。FW土居が難なく合わせた。J1最少の17試合10失点を誇る守備陣に2点もあれば盤石。ホームで過去7勝1分けだった最下位の福岡を一蹴した。
6度目のステージ優勝は最多タイ。年間、ナビスコ杯、天皇杯の全タイトルで国内1位になった。記録にふさわしい黄金期の姿が戻りつつある。14年に中田が引退、15年に本山が移籍。黄金世代が去り、他人任せだった姿勢が変わった。選手会長のDF西は4月の練習中に土居と怒鳴り合い、6月の神戸戦では金崎と口論した。「今までは嫌な気持ちにならないよう、みんな控えていた。でも変えないと」。チームに波及し、福岡戦2日前には20歳杉本と今季加入の28歳永木が声を荒らげた。強化担当21年目の鈴木常務は「かつての秋田とビスマルクのようだ」。試合を無視してでも問題解決した姿が重なった。
ナビスコ杯の2連覇が消滅した5月には、昨夏のセレーゾ監督解任以来となる決起集会を開いた。金崎が提案。本人は当日に予定が入って参加できないオチがついたが、中堅がお膳立てし、最後は小笠原が「ズルズルいっていいのか!」と締めた。第15節で天敵浦和から6年半ぶりに勝利。物足りなかった自覚を原動力に、6連勝で優勝した。
計18冠目の年間優勝を「義務」と位置付けるクラブにとって、前期Vは通過点だ。柴崎は「完全優勝できる権利は鹿島にしかないので第2Sも取る」。今季は創設25周年。まずチャンピオンシップ切符を得たが、黄金時代の再来に向けた序章でしかない。【木下淳】
◆鹿島アントラーズ 1947年(昭22)に大阪で発足した住友金属蹴球同好会が母体で、75年に茨城県鹿島町(現鹿嶋市)に移転した。91年に鹿島アントラーズと改称してJリーグの正会員になる。同年7月にジーコ入団。「アントラーズ」の名称は地元の鹿島神宮名物のシカにちなみ、枝角を意味する英語「アントラー」が由来。14年3月のJ1仙台戦で史上最速のリーグ戦400勝を達成。所在地は茨城県鹿嶋市粟生東山2887。井畑滋社長。
<記録的優勝アラカルト>
▼6度目のステージ優勝 鹿島のステージ優勝は01年の第2ステージ以来、通算6度目で磐田の6度と並び最多タイ。J1年間優勝7度、ナビスコ杯優勝6度、天皇杯優勝4度も最多。
▼サイド攻撃機能 クロスからの得点が今季リーグ最多10点。「データスタジアム」の調べで、クロス成功(味方に合った回数)は86本でリーグ1位、成功率26・3%もトップだった(16節時)。昨季のクロスからの得点は34試合で12点だったが、今季はサイド攻撃が威力を発揮した。
▼GKセーブ率1位 ベテランGK曽ケ端の安定感が光った。GKセーブ率はリーグ1位の79%で、チームの10失点もリーグ最少だった。無失点試合9度は、昨季第1ステージを無敗で制した浦和の6度を上回った。
◆鹿島石井監督がNO1指揮官に 最高勝率7割4分超(ニッカン)
http://www.nikkansports.com/soccer/news/1668779.html
<明治安田生命J1:鹿島2-0福岡>◇第1ステージ最終節◇25日◇カシマ
鹿島が6連勝締めで第1ステージ(S)を制した。2位川崎Fと勝ち点1差で迎えたホームでの最終節。前半27分にDF山本脩斗(31)が先制するなど最下位福岡を2-0で下し、01年後期以来6度目のステージ優勝を遂げた。
鹿島の石井正忠監督(49)が、昨季のナビスコ杯に続く2つ目のタイトルを手にした。逃げも隠れもしない、前日練習で示唆した先発11人で福岡戦に臨むと、終盤には今夏で退団するFWジネイ、DF青木を送り出した。3万超の観衆が最高潮に達した中、優勝の笛が鳴ると、両腕を小さく上げてガッツポーズ。「何年もリーグ戦のタイトルを取れていなかった。ステージ優勝でも、優勝です」。そう言うとサプライズのウオーターシャワーを浴びた。
就任から11カ月。常勝軍団の歴代最高勝率監督になった。前任トニーニョ・セレーゾ監督の電撃解任を受けて昨年7月に急きょコーチから昇格したが、今節まで23勝3分け5敗の勝率7割4分2厘。ジーコ総監督の7割2分7厘を抜き第1S制覇に箔(はく)を付けた。リーグ全体でも黄金期の磐田の鈴木政一、バウミール両監督に次ぐ3位。鹿島にも復活の期待が漂う。
2年目の今季はキャンプから改革した。ただ走るだけの「素走り」を廃止し、全メニューにボールを絡めた。筋肉の機能性を高める「ファンクショナルトレーニング」も導入。筒型器具バイパー(6~10キロ)を用いて鍛えるもので、序盤は慣れない箇所への刺激で負傷者も出たが、実際のサッカーに則した動作をするため。ステージ6連勝締めが効果を裏付ける。大学時代に運動生理学を専攻し、鹿島で10季、フィジカルコーチを務めた経験でチーム力の底上げに取り組んだ。
現役時代の93年浦和戦で決勝弾を決め、鹿島をJ元年の第1S初代王者に導いた。23年後に指導者としても戴冠。「監督が誰であれ、選手が素晴らしかったので。それに尽きる。サポーターの皆さんと一緒に勝ち取ることができました」。穏やかな口調で優勝の喜びを分かち合った。【木下淳】
◆石井正忠(いしい・まさただ)1967年(昭42)2月1日、千葉県市原市生まれ。現役時代はDF、MF。市原緑高、順大、NTT関東をへて92年に鹿島の前身、住友金属入り。97年までプレーした。98年に福岡移籍も左膝前十字靱帯(じんたい)断裂、引退。J通算95試合3得点。99年に鹿島ユースのコーチ、02年にトップチームのフィジカルコーチ、12年にコーチとなった。家族は夫人と1女。179センチ。血液型B。
◆内田、古巣の第1S制覇に「自力で勝つのが“らしい”」(ゲキサカ)
http://web.gekisaka.jp/news/detail/?192593-192593-fl
[6.25 J1第1ステージ第17節 鹿島 2-0 福岡 カシマ]
鹿島アントラーズでリハビリに取り組むシャルケDF内田篤人は、スタジアムで古巣の第1ステージ優勝を見届けた。
勝利すれば自力での第1ステージ優勝が決まる鹿島は、きっちりと福岡から2-0の完封勝利を収めた。内田は「鹿島は優勝して当然というか、勝たないといけないクラブ。他力ではなく、自力で勝つのが鹿島らしい」と勝負強さを発揮したチームを称賛。
この試合はかつてともにプレーしたMF青木剛の鹿島でのラストマッチということもあり、内田は「ショップで買おうと思っていたら売り切れていたので、無理を言って昔のユニフォームをもらいました」と青木のユニフォームを持参。青木がピッチに入る前に巻き起こった“青木コール”には「サポーターはよく言ってくれたと思いました」と白い歯を見せた。
前日には練習に参加し、「アップの二人組を青木さんとやらせたもらった」ようだ。「最近試合に絡んでいなかったので、『監督と話するんですか?』と聞いたら、『自分の力が足りないと分かっているから、自分で乗り越えるだけだよ』って。常に自分に厳しい青木さんらしいなと感じたし、ああいう人と一緒のチームでやれてうれしかった」と先輩への感謝を示している。
自身は昨年3月31日のウズベキスタン戦を最後に実戦から遠ざかっているが、古巣の第1ステージ優勝に刺激を受けたようで、「僕も早くグラウンドでやらないと」と早期復帰に向けてリハビリに励む。
(取材・文 折戸岳彦)
◆鹿島一筋16年青木「出会えて幸せ」第2Sから鳥栖(ニッカン)
http://www.nikkansports.com/soccer/news/1668778.html
<明治安田生命J1:鹿島2-0福岡>◇第1ステージ最終節◇25日◇カシマ
第1ステージ優勝を置きみやげに、また功労者がチームを去る。鹿島の元日本代表DF青木剛(33)が福岡戦を最後に鳥栖へ完全移籍。16年目、クラブ現役3位の通算376試合に出場した守備職人が後半ロスタイムから出場し、日刊スポーツに惜別メッセージを寄せた。
<惜別メッセージ>
ベンチで「青木」コールを聞いた時、グッとくるものがありました。出た時は勝って終わらせることだけ考えていたけど、ピッチに石井監督と握手してから入った時に「これで最後か」と。最後、サポーター席に招いてもらい「アントラーズと出会えて幸せでした」と感謝しました。本当にありがとうございます。鹿島と皆さんが大好きでした。
正式オファーをいただいたのは先週。鹿島でサッカー人生を全うしたい。新天地で自分の力を試したい。2つの思いで葛藤しましたが、選手として幅を広げ、人としても成長するために新たな挑戦を選びました。
01年に入団してから10度のタイトル(リーグ4度、ナビスコ杯4度、天皇杯2度)に恵まれました。すべてに全力だったので最高の試合は挙げられませんが、2年前(14年4月19日)の神戸戦では、自分がハンドでPKを与えて退場した後に逆転負けしました。サッカーを続けてもいいのか、練習場に行く資格があるのか、本気でやめた方がいいんじゃないか。悩み、苦しみました。でも、ファンが応援してくれて心に響いたことは今でも忘れません。
初めての移籍ですが、相談した人は誰1人、反対しませんでした。老け込むには、まだ早いと。気付けば年上は(小笠原)満男さんと曽ケ端さんだけ。岩政さんが移籍し、中田さんが引退し、自分も移籍となりますが、今は新たな経験をしたい意欲の方が強いです。
月曜日に出発します。優勝まで鹿島の一員と思っていたので、まだ荷造りはしていません。新しい人と出会えば新しい自分とも出会える。成長してカシマに帰って来ます。(鹿島DF)
◆青木剛(あおき・たけし)1982年(昭57)9月28日、群馬県高崎市生まれ。前橋育英高から01年に鹿島入り。Jリーグ16クラブが争奪戦を繰り広げた。高卒1年目の3月17日東京V戦でデビュー。01年ワールドユース(現U-20W杯)にも出場。04年アテネ五輪予選で主将を務めたが、本大会は落選。J1通算375試合8得点。日本代表は国際Aマッチ2試合無得点。家族は夫人と3男。183センチ、75キロ。血液型O。
◆“大好き”な鹿島でのラストマッチ…鳥栖移籍のMF青木「胸が熱くなった」(ゲキサカ)
http://web.gekisaka.jp/news/detail/?192592-192592-fl
[6.25 J1第1ステージ第17節 鹿島 2-0 福岡 カシマ]
鹿島アントラーズ一筋で16シーズン目を迎えていた。しかし、福岡戦の2日前、MF青木剛のサガン鳥栖への完全移籍が発表された。鹿島でのラストマッチとなった福岡戦。ベンチで戦況を見つめていた青木がピッチに送り出されたのは、後半アディショナルタイムだった。
勝利すれば自力での第1ステージ制覇が決まるチームは、2-0とリードを奪っていた。背番号5がピッチに立つ前には、サポーターから大きな“青木コール”が巻き起こる。「あそこまでのコールをしてもらえるとは思わなかったので、すごくうれしかったし、胸が熱くなった。本当にアントラーズの一員としてピッチに立つ最後だと思ったけど、失点をしてはいけない。勝って終わるんだという気持ちで入った」と大歓声に結果で応えようとしていた。
そして、2-0のまま試合終了のホイッスルが吹かれる。鹿島の勝利、第1ステージ優勝が決まった瞬間だった。「ファン・サポーターの方が本当に喜んでくれている姿が試合が終わったときに目に入った。その姿を見るのは自分としても、すごく喜びを感じた」。しかし同時に青木にとって、鹿島でのラストマッチが終わりを迎えた瞬間でもあったが、「それは試合前から意識していたので。でも、本当に最後にピッチに立てたので、それがすごくありがたかったです」とピッチに立つ機会を与えてくれた指揮官への感謝を示した。
16シーズン在籍した鹿島は「大好きなチーム」だ。今後はそのチームが手強い対戦相手として待ち構えることになる。「アントラーズは本当に強いチーム。練習や紅白戦でもその強さを感じています。アントラーズと対戦する機会があれば、しっかり準備して戦いたい」と力強く語った。
(取材・文 折戸岳彦)
◆鹿島金崎「すげえうれしい」今季復帰で量産8発(ニッカン)
http://www.nikkansports.com/soccer/news/1668819.html
<明治安田生命J1:鹿島2-0福岡>◇第1ステージ最終節◇25日◇カシマ
鹿島が6連勝締めで第1ステージ(S)を制した。2位川崎Fと勝ち点1差で迎えたホームでの最終節。前半27分にDF山本脩斗(31)が先制するなど最下位福岡を2-0で下し、01年後期以来6度目のステージ優勝を遂げた。
攻撃陣の優勝の立役者はFW金崎だった。今季8得点。自己最多の9得点に迫る勢いで得点を量産した。試合後は「すげえうれしい」と満面の笑み。短い言葉に喜びが凝縮されていた。
昨季はポルトガル2部ポルティモネンセから期限付き移籍でプレー。欧州の強豪への移籍を願い、1月には所属先に戻った。だが、強化担当責任者の鈴木常務は「夢生の代わりは夢生しかいない」とあきらめなかった。欧州主要リーグの移籍市場が締まる1月末まで待ち、再タッグ。計10クラブ(日本3、中国1、欧州6)が興味を示す中、鈴木常務は2月上旬、2泊5日の弾丸行程で極秘渡欧した。条件では鹿島以上のクラブがありながら、直談判に心を打たれた金崎は「日本なら鹿島しか考えられない」と復帰した。第2ステージも金崎が暴れれば年間優勝はおのずと近づいてくる。
◆鹿島が取り戻した伝統の“小競り合い”と“口論”…一触即発の空気で常勝軍団復活へ(サッカーキング)
http://www.soccer-king.jp/news/japan/jl/20160626/461285.html
派手なガッツポーズもなければ、勝ちどきの雄叫びも響いてこない。チームカラーのディープレッドに染まったスタンドが狂喜乱舞しているのとは対照的に、ピッチの上にいた鹿島アントラーズの11人は淡々とした反応で試合終了を告げるホイッスルを聞いた。
最下位のアビスパ福岡に勝てば、2位川崎フロンターレの勝敗に関係なく優勝が決まる明治安田生命J1リーグ・ファーストステージ最終節。場内に正式なアディショナルタイムが表示されないまま、時計の針が94分を20秒ほど回った直後に決着の時が訪れた。
笑顔こそ浮かべているが、歓喜の輪ができるわけではない。キャプテンのMF小笠原満男は福岡戦を最後に退団するDF青木剛とFWジネイの下へ真っ先に歩み寄り、肩を抱き寄せながら労をねぎらった。
前半に奪った2点のリードを、9度目となる零封劇で危なげなく守り切った。前節にヴィッセル神戸から逆転勝利を奪い、初めて立った首位の座を盤石の試合運びで譲らなかった90分間を、MF柴崎岳は冷静かつ独特の口調で表現した。
「ひと区切りとなるファーストステージで優勝できてとりあえず喜んではいますけど、そこまで大はしゃぎしているわけでもない。僕たちにはまだ先があるので」
ステージウィナーは獲得タイトルにはカウントされない。だからこそ、鹿島にとっては通過点となる。それでも前人未到の3連覇を達成した2009シーズン以来、7年ぶりにリーグ戦で「優勝」に絡んだ軌跡がもたらす価値は大きい。
強化部長を務めて21年目を迎えた鈴木満常務取締役が、感慨深げな表情を浮かべる。
「この先の伸び率というか、成長の度合いというものが違ってくる。これから強くなると思う」
神様ジーコが現役復帰を果たした25年前に前身の住友金属蹴球団の監督として日本リーグ2部を戦っていた鈴木氏が描いた青写真のとおり、鹿島は他のJクラブと一線を画すチーム作りで常勝軍団を築いた。
システムはジーコの母国ブラジルが伝統とする「4-4-2」を踏襲。苦境や不振に陥った時に必ず立ち戻れる場所を作った上で、高卒を中心とする新人の有望株を獲得し、チームの主軸がピークに達する3年間と重複させながら哲学を継承させてきた。
例えばジュビロ磐田との死闘となったチャンピオンシップを制し、第1期黄金時代を迎えた1998シーズン。鹿島には小笠原、今もゴールマウスを守るGK曽ヶ端準、現在はギラヴァンツ北九州でプレーするMF本山雅志、2年前に引退したDF中田浩二の「黄金世代」が加入している。
当時の鹿島の中盤には司令塔にビスマルク、ボランチには激しい対人守備を武器としていた本田泰人が君臨していた。後に両者のストロングポイントを引き継ぐ小笠原は、プロの世界へ足を踏み入れた直後の心境をこう振り返ったことがある。
「自分が若い頃も上の人に支えられながらタイトルを取って成長できた部分がある。タイトルを取らなければ見えてこないものがあるし、タイトルを一つ取れば『またああいう経験をしたい』という気持ちも芽生えてくる。その積み重ねでチームは強くなっていく」
決意どおりに21歳にして中心選手となった小笠原は、2000シーズンに史上初の国内三冠制覇、2001シーズンにはJ1連覇の原動力となると、2007シーズンに幕を開けた3連覇でも鹿島をけん引する。
第30節からの5連勝で川崎を逆転するなど、くしくも今シーズンと同じ軌跡を描いた2009シーズンの時点で「黄金世代」は30歳。かねてから「同じチームで勝てるのは3年間が限度」を持論とする鈴木強化部長の青写真では、次の世代へバトンが託されていく過渡期となるはずだった。
しかし、日本サッカー界に訪れた新たな潮流がプランを狂わせる。清水東高校から加入して5年目のDF内田篤人が、2010年7月にブンデスリーガのシャルケへ移籍。日本代表でも活躍していたリーダー候補を快く送り出した時の本音を、鈴木強化部長は苦笑しながら振り返ったことがある。
「一時は中田や柳沢(敦)、小笠原も鹿島を離れて海外へ移籍したように、10年のスパンどころか、幹となる選手が3年ないし4年しか在籍しないことを前提に、チームを作らなければいけなくなった。サッカー人生は一度限りだし、海外移籍に対してダメと言うつもりはないけど、内田や大迫(勇也)が今もプレーしていればもっと強い鹿島になっていますよ」
3連覇を達成した遺産で2010シーズンの天皇杯を制し、2011シーズンからはナビスコカップを連覇した一方で、チームは伸びしろを完全に失っていった。年間を通じて最も安定した力を発揮するチームが頂点に立てるリーグ戦で、優勝争いに絡めなくなった事実が、鹿島の総合力が低下していることを如実に物語っていた。
危機感を抱いた鈴木強化部長は三冠を獲得した当時の指揮官で、厳しい指導で若手を育成できるトニーニョ・セレーゾ監督を2013シーズンから再招へいする。同時にフロントが主導する形で、半ば強引に世代交代を推し進めた。
例えば昌子源がディフェンスリーダーを拝命したのは、米子北高校から加入して4年目の2014シーズン。前年オフに当時31歳だった元日本代表DF岩政大樹(現ファジアーノ岡山)との契約更新をあえて見送り、3年間でJ1出場が13試合にとどまっていた昌子へ大役を継がせた。
本来ならば、世代交代とは若手が実力で勝ち取るもの。フロント主導という異例の形に鹿島が置かれた苦境を悟った岩政は、昌子に熱いエールを託して去っていった。
「お前の潜在能力は高い。必ず鹿島を背負うセンターバックになれる」
トニーニョ・セレーゾ前監督の下で昌子のほか、FW土居聖真、DF植田直通もチャンスを獲得。MF遠藤康は初の2けたゴールを達成し、ジョルジーニョ元監督時代から主軸を担った柴崎は日本代表に招集されるなど、必要不可欠な存在となった。
個々が鍛えられた一方で、紅白戦などで真剣勝負が高じて小競り合いに発展することも日常茶飯事だった鹿島伝統の「激しさ」が失われていく。理由は日々の練習にあった。不慮のケガを恐れていたのか。トニーニョ・セレーゾ前監督は紅白戦などでスライディングタックルを厳禁とした。
しかし、育てることと勝つことの両立を求められるのが鹿島の掟。無冠のままで迎えたトニーニョ・セレーゾ体制の3シーズン目。ファーストステージで8位に甘んじ、セカンドステージでも出遅れた第3節終了後にクラブは決断を下す。ここでトニーニョ・セレーゾ監督を解任し、コーチから石井正忠監督を昇格させたのだ。
石井監督はまず練習におけるスライディングタックルを解禁する。Jリーグが産声を上げた1993シーズンに中盤でプレーし、鈴木強化部長とともにジーコの薫陶を強く受けた指揮官にその理由を聞くと、こんな言葉が返ってきたことがある。
「サッカーの試合で普通に起こるプレーなので、それをちゃんと練習からやっていこうということ。選手たちには、最初のミーティングで『戦う姿勢を見せてほしい』と言いました」
1998シーズンこそ福岡でプレーし、その年限りで引退した石井氏は、翌年からユースのコーチ、トップチームのフィジカルコーチやコーチとして鹿島に携わってきた。トップチームの監督経験はなかったが、創成期から紡がれてきた鹿島の伝統を再び具現化させる上で切り札的な存在だったのは間違いない。
就任からまもなく1年。たとえレクリエーション的なミニゲームでも負けることを拒絶する“勝者のメンタリティー”が、若いチームを蘇らせた。
今年4月の練習中のこと。おとなしいイメージの強い土居が、練習中に選手会長のDF西大伍と怒鳴り合いを演じている。柴崎や昌子と同じ1992年生まれで、ユースから昇格して6年目を迎えた土居は、鹿島の地でプレーしていたジーコのスピリットを直接知らない。それでも小笠原の頼れる背中に触発されながら、鹿島というチームだけに受け継がれるモノが存在していることは理解できた。
「鹿島らしさと言われてもメンバーが違うので。僕らは僕らのサッカーしかできないし、その意味では新しい僕たちらしさというものを、ちょっとは示せたファーストステージだったのかなとは思います。新しい僕たちらしさですか? 今はちょっと分かりません。今シーズンが終わって、初めてそれを言葉にできるのかなと思います。(小笠原)満男さんにしかできないことがあるし、僕らがマネしろと言われてもできないこともある。僕たちなりの(バトンの)受け取り方をしなければいけないと思っているので」
前節の神戸戦では西とFW金崎夢生が激しく口論した。チーム内に漂う、いい意味で妥協を許さない一発触発の雰囲気。守備を巡って何度も火花を散らした、第1次黄金時代のビスマルクとDF秋田豊をダブらせながら、鈴木強化部長は目を細める。
「神戸戦も含めて内容が良くなかったし、自分たちのリズムでできていないのにそれでも勝ち切れる点で、ちょっとは成長したかなと。今日の試合を見ていても分かるとおり、まだまだ小笠原のチームだけど、(若手や中堅が)ピッチに立ってリーグ戦で優勝できたという経験を積めたことは大きい。それだけ力になるということです」
2009シーズンのリーグ優勝を知っているのは、小笠原、曽ヶ端、青木、遠藤の4人だけとなった。もっとも2008シーズンからキャプテンを務めてきた37歳の小笠原は、受け継がれてきたバトンを完全に託すまでには至っていないと力を込める。
「悪い流れの時にコントロールするのが自分の役割。いい流れの時にはどのチームも勝てる。悪い時に『お手上げです』とズルズルいくのではなく、ちょっとやり方を変えてみるなど、どうしなきゃいけないのかをもっと覚える必要がある。一生懸命やるだけでは勝てない。勝ち方というものを覚えた時にこのチームは本当に強くなるし、さらにタイトルを積み重ねていけるチームになる」
だからこそ、ステージ優勝を経験したことで加速される要素もある。古巣の明るい未来を笑顔で確信したのは、青木のユニフォームを着込み、スタンドでステージ優勝を見届けた内田だ。
「結果が出ることですごく成長するというか、もっと強くなる。だから、勝てないチームはいつも2位になるし、一度でもそこを突き破れば優勝できるチームになる。結果が先に出ることが大事なんです」
息つく間もなく7月2日からはセカンドステージが始まる。ホームにガンバ大阪を迎える開幕戦を皮切りに、鹿島が両ステージの完全優勝、そして明治安田生命Jリーグチャンピオンシップで年間王者に挑んでいく過程で、試行錯誤を重ねながらも伝統を紡ぎ、打ち上げられた常勝軍団復活への狼煙の真価が問われる。
文=藤江直人
◆雌伏経て「常勝」復活=受け継がれた鹿島の伝統-Jリーグ・ステージ優勝(jiji.com)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016062500301&g=scr
鹿島の枕ことばといえば、「常勝軍団」。だが、近年は世代交代が進まず、2000年から10シーズンで5度、リーグ年間優勝を果たした無類の強さは影を潜めた。
リーグ制覇は史上初の3連覇を果たした09年が最後。12年にはクラブワーストの11位に沈んだ。11季ぶりに2ステージ制が復活した昨季も、第1ステージ8位。トニーニョ・セレーゾ監督解任に発展した。復活の序章となったのが、3年ぶりの国内タイトルとなった昨年のナビスコ杯決勝だ。
連覇を狙ったG大阪を質の高い内容で圧倒。クラブ草創期に現役でプレーした石井監督は「あの試合で勝負どころが分かった」と振り返る。3連覇を知る選手は今や4人となったが、クラブの伝統を言葉とプレーで体現し続ける37歳の小笠原の存在も大きい。
第1ステージの優勝戦線生き残りを懸けた5月21日の名古屋戦。チームはその直前にナビスコ杯で早々に敗退決定。ぎくしゃくした空気もあったが、試合前に「この試合は大事」と声を上げたのが小笠原。チームを一つにまとめ、激戦の末、後半ロスタイムのカイオのゴールで逆転勝利。黄金期をほうふつとさせる勝負強さで弾みをつけると浦和との大一番も制し、最後は川崎も蹴落とした。
雌伏の時も、脈々とチームの精神が受け継がれてきたからこその新たな輝きだ。今季急成長し、リーグ最少失点の守備に貢献した21歳の植田は「入る前から勝たないといけないクラブと知っていた。入ってからも、試合に対する気持ちとか、満男さん(小笠原)とかを見ていれば、僕たちがやらなくてどうするという気持ちになる」。要所では金崎や若い鈴木、土居らが貴重なゴールを挙げ続けた。
これまで手にしてきた数々のタイトルに比べるとステージ制覇にそれほどの重みはない。だが石井監督は「優勝という文言があるなら、勝ちにこだわるのがチームの伝統。タイトルを知らない選手もいるので、価値はある」。シーズン最後に頂点を極めた時、「完全復活」の文字が躍るはずだ。(2016/06/25-21:56)
2016年6月26日日曜日
◆インターハイの組み合わせが決定…1回戦は市立船橋vs秋田商業など23カード(サッカーキング)
http://www.soccer-king.jp/news/youthstudent/hs/20160625/460685.html
広島県で開催される平成28年度全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会(インターハイ)の組み合わせが25日に決定した。
17年連続20回目の出場となった青森山田高校は、1回戦で中京大中京高校(愛知2)と対戦。そのほか、1回戦では静岡学園高校(静岡)vs一条高校(奈良)、市立船橋高校(千葉2)vs秋田商業高校(秋田)など23試合が組まれている。
なお、前回王者の東福岡高校は2回戦から登場し、中津東高校(大分)vs昌平高校(埼玉1)の勝者と激突。関東第一高校(東京1)、流通経済大柏高校(千葉1)など9チームも2回戦から戦いを繰り広げる。
大会は7月27日に1回戦が行われ、8月2日に広島広域公園エディオンスタジアム広島にて決勝戦が開催される。
1回戦の組み合わせは以下のとおり。
■1回戦(7月27日)
中津東(大分) vs 昌平(埼玉1)
帝京長岡(新潟) vs 帝京大可児(岐阜)
西京(山口) vs 前橋商業(群馬)
静岡学園(静岡) vs 一条(奈良)
北照(北海道2) vs 香川西(香川)
盛岡商業(岩手) vs 慶應義塾高(神奈川2)
高知商業(高知) vs 長崎総科大附(長崎)
瀬戸内(広島2) vs 市立長野(長野)
矢板中央(栃木) vs 近大和歌山(和歌山)
福井工大福井(福井) vs 鹿児島城西(鹿児島)
刈谷(愛知1) vs 山形中央(山形)
市立船橋(千葉2) vs 秋田商業(秋田)
中京大中京(愛知2) vs 青森山田(青森)
徳島市立(徳島) vs 聖望学園(埼玉2)
熊本国府(熊本) vs 鹿島学園(茨城)
綾羽(滋賀) vs 星稜(石川)
那覇西(沖縄) vs 横浜創英(神奈川1)
高岡第一(富山) vs 履正社(大阪2)
三重(三重) vs 松山工業(愛媛)
東海大高輪台(東京2) vs 日章学園(宮崎)
日本航空(山梨) vs 仙台育英(宮城)
岡山学芸館(岡山) vs 京都橘(京都)
佐賀東(佐賀) vs 尚志(福島)
◆【鹿島】OB内田、大迫ら09年以来のリーグタイトル獲得見守った(報知)
http://www.hochi.co.jp/soccer/national/20160625-OHT1T50164.html
◆明治安田生命Jリーグ J1第1ステージ最終節 鹿島2―0福岡(25日・カシマスタジアム)
鹿島OBの内田篤人(28)=シャルケ04=、大迫勇也(26)=1FCケルン=、中田浩二氏らが、退団の決まったMF青木剛(33)のユニホームを持って優勝のかかった“ラストマッチ”に駆けつけ、09年以来となるリーグタイトル獲得を見守った。
鹿島がホームで福岡に2―0で快勝、第1ステージ(S)優勝を決め、09年以来となるリーグタイトルを獲得した。
山本、土居のゴールで前半を2―0で折り返した鹿島。後半は攻め込まれる場面もあったが、守護神の曽ヶ端を中心に守りきった。後半ロスタイムに退団が決まっているFWジネイとMF青木剛が途中出場すると大歓声が沸き起こった。
鹿島はジネイと青木の退団の決まっている功労者をピッチに送り出し、優勝で門出を飾った。青木は鳥栖へ完全移籍で、ジネイは契約満了で退団すると23日に発表。青木は、リーグ戦375試合に出場するなど、クラブに10個のタイトルをもたらした。
◆鹿島OB海外組の内田&大迫 青木のユニで観戦 V見届ける(スポニチ)
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2016/06/26/kiji/K20160626012849990.html
明治安田生命J1第1ステージ最終節 鹿島2―0福岡 (6月25日 鹿島)
鹿島OBの内田(シャルケ)、大迫(ケルン)が優勝の瞬間を見届けた。ともに、この試合を最後に移籍する青木のユニホームを着てスタンドから観戦。
右膝手術からの復帰を目指しリハビリ中の内田は「セットプレーで得点するのが鹿島らしい。結果が出たことでチームはもっと強くなると思う」と語った。一方、大迫は「鹿島が優勝してうれしい。青木さんにサインもらいました」と笑顔だった。
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