鹿島アントラーズに高卒でプロ入りした新人選手が「綺世くんの身体の大きさに驚いた」と必ず口をそろえる。
“よく食べる子は大きくなる”。そんな一般論を地でいくのが上田綺世なのかもしれない。
「僕、めちゃくちゃ食べるんです。好き嫌いなく何でも。食べる量は結構、半端ないと思いますよ」
はてさて、どれくらい食べるのだろう。
「めちゃくちゃ食べるようになったのは、中学に入ったぐらいからですかね。たとえば、この前の夕飯だったら、洋食屋に行ってパスタとハンバーグとライスとピザと、あとアヒージョとバゲット2セット。そんな感じです。これがいつも食べる普通の量です」
一般的に3人前ほどの量を平気で平らげる。洋食でこれだけ食べるのはすごいの一言。洋食が好きだから?
「和食も同じですよ。この間も、そば、天ざるうどんを大盛りと普通サイズのカツ丼。全然、普通に食べます。それプラス、カツ丼でもいけるぐらい(笑)」
どんな食事も半端ない量を食べる。それでも、ただの大食いではない一面をあわせ持つ。食事において、1つ気にする食べ方があるという。
「あまり満腹感は好きではないんです。食べようと思えばいつでもいくらでも食べられます。ただ、たくさん食べられるからこそ、その向こう側に行きたくないんです。頑張って食べる領域までは行きたくない。何となくササッて食べるぐらいで終わりたいですね」
決してササッと食べる量ではないように聞こえるが、立派な体躯を培ったのもその証だろう。
そんな上田にとって思い出の味がある。
「何個かあるんですけど、まず1つは母親が作るメンチカツですね。高校で寮に入ってから、やっぱり親の作るごはんを食べる機会がなくなった。たまに実家に帰ったときに、僕が好きだったメンチカツを毎回作ってくれていたんですよ」
お皿いっぱいのメンチカツ。茨城県水戸市の実家に帰れば、いつもそれを楽しみに食べていた。どれだけの量を平らげたのかは想像に難くない。
そして、もう1つが法政大学時代によく行ったお店に、常連ゆえの待遇がテーブルの上に表れていた。暖簾をくぐって店に入り席につけば、いつも他の席にはない水のピッチャーが置かれる。
「大学のころは、いつも後輩と行っていたうどん屋がありました。大学の近くにあるんですが、関東リーグで試合をして帰ってきてからとか、よく行っていましたね。いつも一緒に行っていた後輩と僕は、食事中にとんでもない量の水を飲むんです。ほんとにその量が尋常じゃなくて、必ずピッチャーで頼んでいたんです。そしたら、だんだんグラスのお冷と一緒に『ピッチャー置いておきますね』と、言わなくても出るようになりました(笑)」
よく食べて大きくなった体は、上田の強力な武器になった。
ただし、食で培ったフィジカルで押すのではない。1つひとつのプレーを頭で考えて、こだわりを突き詰めてゴールを導き出してきた。
上田自身がFWとして考えるコンセプトは、「チームを勝たせること、または勝たせるためのきっかけを作ること」にあるという。
チームの勝利に向かって、いかに自分の仕事をまっとうできるか。
それを大前提に、自分は何ができて、どうすれば描くものを実現できるのか。目指すところから逆算して、より詳細なプレーを突き詰めていく。今、自身に掲げる課題とは何か。
「自分の引き出しを増やすことを常に意識しています。というのも、シュートのシーンもそうだし動き出しもそう。プレー全体を含めて、今ある力を常に発揮し続けるのも大事なことですが、自分の特徴にこだわりすぎるのではなく、その力をどんどん大きくしていくだったり、他の武器を増やすことも同時に必要だと思っています。
たとえば、自分の特徴である動き出し1つとっても、得意な動き出しと苦手な動き出しがないように、いろいろな動きにトライしていく。ただ、動き出しはパサーがいることが前提です。そのパサーの選手たちとうまくコミュニケーションを取りながら、出してほしいところを伝えることは自分なりに取り組んでいます」
これまで緻密な準備を重ねてきた。それも昨年11月までなかなかスタメンをつかみ切れず、試行錯誤していたのはつい最近のことだ。
アントラーズでイメージが合うパスの出し手として、白崎凌兵、荒木遼太郎らを挙げる。
「彼らはFWを務める僕にとって、ワクワクするプレーヤーです。特にタロウ(荒木)は“間接視野”がとても優れていて、目が合っていなくてもパスが出てくる。だから僕も、『タロウなら見えているだろう』と無茶な動きをすることもあります。
たとえば(永木)亮太くんであれば、ボールを持ったときにインサイドで一度さわってからアウトサイドで少し持ち出す印象があるので、アウトでさわる瞬間を見計らって動き出すようにしています。(ファン・)アラーノだったら、彼がボールを受けた2秒後にはパスが出てくるので、2、1とカウントダウンを始める前に、相手のマークを振り切るために膨らむような動きを始めます。『2』で膨らんで、『1』でパスが出てくる瞬間に、足もとでもらいたいのか、それとも相手DFの裏でもらいたいのかを自分から示すようにしています」
コパ・アメリカで経験した“衝撃”
2019年6月に行われた、上田自身「大きな分岐点になった」と語るコパ・アメリカで、大きな衝撃を受けた。
パスの出し手と受け手の関係性において、これまでは相手の特徴を知ることで自分が動きを合わせていく感覚だった。それがまったく逆の経験をした。
「日本代表として(柴崎)岳くんとピッチに立ったときは、すごく新鮮な感覚でした。初めて『動かされた』というか、『動き出さなければ』と思わされたんです。ボランチの選手からすれば、ここは見えていないだろうという位置に自分が立っていても、岳くんはワンタッチでボールを出してくる。僕としては“1本取られた”というか、一瞬のタイミングを見極めて自分が動き出せば必ず正確なパスが出てくる。やっていておもしろくて楽しい、初めての感覚を味わいました」
さまざまなタイプの出し手からパスを受けるなか、行き着いた境地があった。そのなかでも昔から大事にしてきたこだわりは変わらない。
「やはりポジショニングと一瞬の抜け出しが重要です。出し手が前を向いた瞬間、DFと横並びになっていては相手に対応されてしまう。相手DF1人に対して、こちらは出し手と受け手の2人。この数的優位な状況を生かして、より有利な状況に持ち込むため、僕は動き出す一瞬のタイミングを逃さないことを常に考えています」
6月23日、東京オリンピックのサッカー男子日本代表メンバーが発表された。
「2013年にオリンピックの東京開催が決まったとき、まだ僕は中学生でした。東京オリンピックなんて雲の上の話。あくまで他人事で、まったくもって自分が関わると思っていなかった」という。
オンラインで行われた会見で選出の感想を聞かれると、第一声に「ホッとした」と口にした。2017年12月に東京オリンピックに向けたチームが発足し、これまで約90名の選手が招集されてきた。その間、上田自身はアントラーズでのポジション争いと向き合ってきた。
スタメンとしてチームの武器になっていったのは、昨シーズン終盤の11月以降からで、決して順風満帆ではなかった。リーグ戦終盤の7試合で6ゴールと結果を残し、“上田がゴールを決めれば負けない”というイメージを着実に積み重ねてきた。最終節のセレッソ大阪戦では、アントラーズとしてACL出場権がかかるなか、終了間際にあと1点という場面で決め切れない。後半アディショナルタイムには自らヘディングシュートを放つもポストに当たり、直後に試合終了。両腕で頭を抱え、ピッチ上で涙した。
本メンバー発表の日までを、「すごく長かった」と振り返る。
「プロになってからも、何より自分がいるチームで活躍したかった。どうやってアントラーズで試合に出よう、どうやってアントラーズで活躍しよう。その先にオリンピックがあるものだと考えていたので。アントラーズで試合に出られないなか、どうやってさらに出場時間を延ばそうかと、もがいている時間がすごく長かった」
今年は背番号36から、自身も望んだ18を背負い、クラブ創設30周年を戦うチームのエースとして期待を受けてスタート。東京オリンピック開催の1年後ろ倒しが、自身の成長と合致した側面も含め、風向きは今、上田のもとにある。
常に今以上を目指す。それが幼少期から変わらぬ姿勢だ。だからこそ、選ばれただけでは満足しない。
「メンバーには選ばれましたが、オリンピックで何ができるか、どういうプレーを見せられるか。それが一番重要だと考えています。選ばれたからには責任があるし、あくまで日本を背負う、オリンピックの日本代表として戦うとはどういうことなのか。そこをきちんと自覚してプレーできたらいいなと思います」
FWといえば、エゴイストのイメージがある。ただ上田にとっては、個人の結果だけで満足感を得られないと考える。
「チームとして金メダルを目指しているので、それに向かう1人として、自分の責任をまっとうしたい」
自身の満腹感はいらない。ササッと“チームのため”を言葉にして体現できるのが、上田綺世なのである。
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