今季から鹿島アントラーズの監督に就任したランコ・ポポヴィッチ。熱い指導に大胆なコンバートなどで鹿島に新たな息吹をもたらし、J1第10節を終えた時点で5勝4敗1分と5位につける。体制発足後間もないことを考えると、上々の出来と言えるだろう。そんなポポヴィッチ就任の裏側、そして現在の鹿島が考える補強のビジョンについて、強化責任者である吉岡宗重FD(フットボールダイレクター)に話を伺った。
―ポポヴィッチ招聘のプロセスについてあらためて聞かせてください。彼の指導するサッカーについてはどのように見ていたのでしょうか。
「最初の接点は2009年の大分トリニータですね。私はそこで強化の仕事をしていたわけですが、シーズン終盤に降格危機に陥って前任のシャムスカ監督を解任してポポヴィッチを呼びました。そこで、降格寸前で自信を失くしていた選手たちに対する熱いアプローチやチームをよみがえらせる様子を目の当たりにした。かなりの情熱を持って取り組んでくれて、最後は降格したけれど、10戦負けなしで優勝に手をかけていた川崎フロンターレを破った試合はすばらしい内容でした。
当時の大分は(2008年に)ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)を制してはいましたが、相手に合わせるリアクションサッカーでした。それを自分たちで支配するスタイルに切り変えていった。フィジカルや球際の強さ、切り替えの早さや、自らの意思でどう仕掛けるか、短い時間のなかで成し遂げたものは大きく、降格へのプレッシャーのあるなかで若い選手を躊躇なく使って、情熱を上手く掛け合わせていった。移籍したあともブレない姿勢を見ていました」
―ポポヴィッチ就任に至ってはネガティブな意見も散見されました。王者鹿島に迎えるうえで彼はまだタイトルを獲っていないじゃないか。常勝を求められるチームでそれでいいのか、と。
「推挙したなかで、いろんなネガティブなワードも出るんじゃないかという意見も出ました。ただし、すべては勝利のためにという鹿島のクラブミッションを考えたときに、現在のアントラーズにはフィットするんじゃないかと考えました。もしも私がポポさんという人間を知らなかったら、オファーは難しかったでしょう。
彼が何を求めているのか、どんなチームを作るのかをウェブミーティングで何度もヒアリングし、そしてこちらからもポポさんに直してほしいこと、やってほしくないこともしっかりと伝えました。それに対して、すごく冷静に受け止めてくれた。こちらの思いをかなりすり合わせました。その結果、それならやれるだろうと判断しました。
彼がタイトルを獲っていないという要素はありますが、今の鹿島において失われつつあるものを、彼なら情熱で取り戻してくれるだろうと。鹿島のベースに置かないといけないもの、それはジーコさんが来日するたびに語っていた『戦術以前に鹿島として切り替えや球際で戦う姿勢』――まさにポポさんはそこを第一に考えて、その土台の上で自分たちがどう戦うかを構築していく。いろんな批判があるのはわかっていますが、そこが明確になったので、会社のコンセンサスを得て依頼しました」
―クラブビジョンを大切にされての選択ですね。就任一年目のポポヴィッチが「苦しくなったら鹿島のエンブレムを見ろ」とロッカーで言うのは、違和感があったサポーターもいたと思いますが、彼自身、Jリーグで闘っているうちに鹿島のことがわかっていると判断された。
「勝ちにこだわる監督でこの熱量がなかったら、選手もついていかない。ポポさんにはクラブが求めている勝利に対する熱量と合致した熱量がある。
また、鹿島のビジョンについては、サッカー界の推移に対応する必要があります。小笠原満男に象徴されるように、これまではひとりひとりの選手がチームで長くプレーしていた。しかし、今は3年ほどで海外のクラブに行く、そのサイクルが早くなったのでなかなかうまく伝えるのが困難になったという部分があります。
だからこそクラブが伝えないといけない。そして、指揮官はピッチのなかでそれを示すことができる監督でないといけない。大分トリニータや町田ゼルビア、FC東京とそれぞれのカラーがあるように、鹿島には鹿島のアプローチの仕方があって、それをお願いしたところ、鹿島の歴史をあらためてものすごく勉強してくれた。それができる監督だというのは理解できていたのですが、案の定、至るところで鹿島の誇りを語ってくれています」
―実際、彼自身もJリーグでのキャリアを重ねて、鹿島としての闘い方もわかっていた。
「そうですね。特に鹿島は勝利にこだわるクラブです。だから、攻撃だけではなく、守備もキャンプからかなり頻繁に指示を出しています。攻撃も守備も主体性を持ってやっていて、守備からゴールに直結するようなプレーを求めている。川崎(フロンターレ)戦のチャヴリッチの同点ゴールなどそうですね。
ポポさんはピッチのなかでも最後は選手の判断を大事にしています。試合に出ていない選手にもコミュニケーションを取るし、目配りもできている」
―チャヴリッチについては所属のスロヴァンとの交渉が難航し、「出すな」というブラツスラバのサポーターの圧力も大きく、ポポヴィッチも半ばあきらめていたそうですが、吉岡FDががんばって招いてくれたと聞きました。その経緯を教えてもらえますか。
「チャッキー(チャヴリッチ)の情報は、僕らのところにもポポさんのところにも入っていました。点を取る感覚や豊富なスピードはすぐに目につきました。ポポさんと誰を補強するか話を進めるなかで、すぐにチャッキーも移籍できると思っていました。ところが蓋を開けてみたら、進展しなくなっていきました。エチケットとして相手のクラブのことを言いたくないのですが、年末に一度まとまりかけていたものが年明けにダメになり、そこからどんどん後ろ倒しになって皆があきらめかけていました。
しかし確認したら、何よりチャッキー本人が鹿島に来たがっていた。僕らも監督も欲しい。それならば、やり続けるしかない。僕は19年間、強化の仕事をしてきましたが、そのなかで一番大変なミッションでした。もうダメかと思うこともあり、困難な交渉でしたが、粘りに粘って1月の中旬に何とかなりました」
―チャヴリッチは、旧ユーゴスラビアの時代から、ボラ・ミルティノビッチ、スロボダン、サントラツなど、多くのファンタジスタを輩出したOFKベオグラードの育成システムで育ち、2013年にU19欧州選手権でセルビアが優勝したときのメンバーです。来日前にサポーターに軟禁状態にされたこともあって、キャンプに参加できず、まだポテンシャルを発揮しきれていない印象ですが、現段階での評価はいかがでしょう。
「日本のサッカーのテンポの速さに苦しんでいます。そのなかでもあれだけのパフォーマンスを出してくれています。彼は点が取れるのにエゴイストじゃないし、ポポさんのサッカーをわかっている。組織のなかで個が輝くということを体現しています。
うちのチームは去年から、ビルドアップのテンポ、攻撃の迫力、3人目の動きというものが現状の課題でした。そこはポポさんも取り組んでくれていて、3人目の動きを出せるタイミングはまだ少ないですが、ジュビロ(磐田)戦の開始直後にチャッキーがシュートしたシーンなどはいろんな選手が関わってくれていました。負けてしまいましたが、(サガン)鳥栖戦の濃野(公人)もパスを出したあとに留まるのではなく、プレーに関わり続けて、それが最終的に3人目の動きに繋がりました。
そこは組織として、メンバーが変わってもできるような落とし込みを練習で常にやっています。まだ最後のシュート精度やタイミングのズレはありますが、そこは伸びしろですね。ハマっていけば、これが鹿島のサッカーだとなっていくと思います」
「仰るとおりです。得点できなくても、そこのリスクマネージメントはやってくれる監督なので、奪い返して二次攻撃に繋げる。リスクは冒しても守備はおろそかにしない。サイドバックの濃野が毎回前線まで上がって点が取れているのも、その証左です。まだまだ課題は多いですが、方向性について間違うことなく導いてくれていると思います」
―サポーターの関心事として、吉岡さんにこれもお聞きしたい。ウインドウの問題はありますが、今後の補強のビジョンを教えてもらえますか。
「話はさかのぼりますが、ポポさんが就任したときに『まず鹿島の選手を見てほしい』と伝えました。監督が戦力を実際に見たうえでどのポジションを補強すべきか、話し合っていこうと編成がスタートしました。そこをしっかりと共有して編成しないと獲得しても選手が出場できないことになりますから、そこは慎重になりました。
外国人で言えば、CBのチャルシッチがメディカルチェックでNGになったときにポポさんも多くの選手を見ました。正直、これは取りたいと思う選手もいました。しかし、金額面で多くの要求をされました。ポポさんはそれについて、『そんな上積みをすることはない、クラブには適正な金額で選手を獲得してほしいから、そういう要求をしてくる選手は断ってほしい』と言ったんです。それで、こちらから破断にしたケースもあります。
ただ納得する選手が獲得できなかったのは、僕も反省する必要があると思っています。CBの補強などについては日々話し合っていますので、そこは夏のウインドウで動こうと思っています」
―あと、ベオグラード大学でサッカーを学んできた塚田貴志通訳の存在は大きいですね。彼はかつてコンサドーレ札幌を指揮した(イビツァ・)バルバリッチの下でもやりましたし、サッカーを言語化する引き出しが多い。
「ポポさんの監督としての能力を高めるのは、塚田がいなければいけないと思っています。共に長くサッカーを指導しているから、出てくる言葉がある。ニュアンスがわかる。気になったことは私にも話してくれる。僕はまず、塚田にサッカー界に戻ってくる気があるかを聞きました。ポポさんを呼ぶうえで彼は不可欠だと思っていました」
―ウインドウが閉まる直前に補強したライコ(ミロサヴリェヴィッチ)についてはどのような意図があったのでしょうか。
「まずポポさんが来日したときに、こんないい選手がいると名前は上がっていました。補強についてはまずはCBだと思っていましたが、そこで納得できる選手と契約を結べなかった。ただ選手層を厚くしていく必要があった。ライコとも話しましたが、監督が求めるポジションはどこでもやるという意欲があった。そしてポポさんともやっているので、何をやりたいかがわかっている。彼を入れることでチームへの浸透度が早まるだろうという思いもありました」
―FWの知念慶のコンバートについてはどう見ていますか。
「キャンプの練習試合でボランチが足らなかったので、『知念を使う』とポポさんに言われました。以前、大分時代にも家長(昭博)をボランチで使っていたから、『面白いね』と返しました。実際、試合をしたらかなりしっかりとできていたんですね。
知念も自分自身の新しい境地を開拓するのにとても前向きで、『ポポさんが本気で考えてくれるならボランチにチャレンジしたい』と言ったんです。『では、そう伝えておくよ』と言って(ポポヴィッチに)伝えたら、結構真顔で、『俺が冗談で選手をコンバートすると思うか、俺はあいつができると思ったからやったんだ』と。
それからですね。いろんな選手が自分はこうだと思っていても、その先をポポさんが気づかせている。選手はもっともっとよくなっていくと思います」
―チャヴリッチはキャンプができずフィジカルができ上がっていなかった。また、CBのチャルシッチはメディカルチェックが予想外の結果で入団が叶わなかった。そんななかで10試合が終わって5勝4敗1分。この現在地をどう見ますか。
「監督が変わってまだ数カ月ですが、向かうべきベクトルはチーム全体が認識していると思います。まだまだ半分もでき上がっていませんが、これからが大事です。勝って自信を深めるのがいいですが、どんな状況でもブレずにがんばることだと思っています。鹿島の宿命は勝つことですが、方向性をサポーターも理解して後押ししてくれている。勝利への執着心から、チャッキーを認めてくれていることもうれしいですね」
◆常勝軍団復活へ 鹿島はなぜポポヴィッチを呼んだのか? 強化部長が明かす、選手強化のビジョンと課題(Sportiva)