遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(39)
西 大伍 後編
前半27分。右コーナーキックから放たれたボールを浦和レッズのディフェンダー、マウリシオがヘッドでゴールに叩き込みネットを揺らす。それ以前もそれ以降も鹿島アントラーズはボールを持ち、試合を支配していたが、自陣前に引いた浦和のゴールを奪うことができないまま90分が経過し、天皇杯準決勝は浦和レッズの勝利で終わった。
「誰が見ても俺たちのほうがいいサッカーをしているんだけど、セットプレーで1発獲って勝っていくのはオズワルド(・オリヴェイラ)らしい」と内田篤人はかつて鹿島を率いた敵将を称えた。遠藤康も「レッズさんも勝ちにこだわっていたと思うので、それはすごく称えたいなぁ……と思う」と語ったが、球際の激しいゲームでピッチに倒れこむレッズの選手たちに苦労したようだ。「でも、結果が大事なので。うちらも勝っていたらああいうふうにやるかもしれないし、お互いさま。最後のところのアイディアが不足していた。最後は相手がギリギリのところで(シュートを)止めたりして、ああいうところで運が転がってくればよかったですけど、これが俺らの実力なので」とまとめる。
敗者が語る言葉には数多くの悔いが詰まっている。しかしそれらは、試合終了直後にはなんの意味を持たないのも事実だ。試合の内容など関係なく、勝ったほうが強い。それにこだわり、戦ってきた。だから、言葉を発すれば発するほど虚しさしか残らない。
悲願のアジア王者になった。
けれど、終わってみれば、国内は無冠。この現実が重くのしかかる。
「4つ(リーグ、ルヴァン、天皇杯、ACL)獲るのは難しい」
鈴木満強化部長がそう口にした。
苦戦していたリーグ戦は3位でフィニッシュ。ルヴァンカップ、天皇杯ともにベスト4で敗退。わずかなところで勝ちきれなかった。10月からは週2試合が当然の連戦。この日の浦和戦は今季57試合目だった。
「連戦の蓄積がここにきて出てきた」と鈴木部長が続ける。この試合ではレオシルバ、三竿健斗、小笠原満男は先発出場できるコンディションではなかったため、西大伍がボランチで出場した(12月6日三竿は恥骨関連鼡径部痛で治療期間6週間と発表)。そのうえ、試合終了間際に鈴木優磨も右足を痛め、「健斗と優磨はクラブW杯へ行くことは難しいかもしれない」と鈴木部長は苦汁の表情を浮かべた(試合翌日、鈴木優磨の登録メンバー入りは発表された)。
この日先発フル出場した内田篤人やレアンドロなどケガ人も復帰してきたが、それでも選手のやりくりは厳しいだろう。重苦しい空気がチームを覆っているに違いない。
大岩剛監督は、急遽スケジュールを変更して、試合翌日から3日間を連休とした。勢いで駆け抜けた2016年に続く2度目のクラブW杯。今回はすべてを切り替えたい。そんな想いが伝わってきた。
2017年Jリーグ最終節対ジュビロ磐田戦。そのシーズン30試合目の出場となった西大伍は、開始14分で負傷交代している。全治半年とも言われる大きなケガを膝に負った。勝てば優勝が決まったが、結局試合はスコアレスドローで終わり、鹿島アントラーズは優勝を逃した。その試合後、沈痛な面持ちで取材を受ける選手たちの側で、西が気丈に振舞っていた。
「勝てなかったのは、負傷交代してしまった自分に原因がある。自分の責任だ」と、当時と変わらぬ口調で今もきっぱりとそう断言する。勝敗の行方など誰にも想像はできない。それでも、そう言い切る西の姿に彼の自信と担った責任の重さが伝わってくる。西の秘めた覚悟が伝わってくるのだ。
――今年3月に試合に復帰しましたが、非常に早い回復でしたね。
「そうですね。想像以上に順調でした。でも、1カ月以上離脱するというのは、プロになってから初めての経験だったので、本当にいろんなことを考える時間でしたね。キャンプにも行けずに、鹿島でずっと休みなくリハビリでしたから。孤独というか、自分と向き合うしかないので(笑)。でも、怪我をしてよかったと言っていいのかわからないけれど、リハビリ中に新しい出会いもあったし、身体のケアについてもいろいろと学べたので、有意義な時間でもありました。膝が本当に完治するまでには、数年かかると思うので、今も身体のケアについては、ハマっています。もともと好きなんですよ、そういうのが。いろんな人から様々な情報をもらい、良さそうだと思ったら試してみる。とにかく自分のなかで、正解を決めないんです。『これが正しい方法だ』と思った瞬間に、その考えはダメだなって思ってしまうので。それに縛られたくないんです」
――ルーティーンも作らない。
「ルーティーンは少ないですね。あまりないです。同じことをやっていると飽きちゃうし、身体も毎年変わっていくので、その都度、いいタイミングでいい人と出会ってきているから」
――今年の鹿島は、なかなか勝てない日々が続いたかと思えば、連勝もあり、また結果が出なくなったりして、それでも終盤は調子を上げてきました。そういうチームの波というのをどう考えますか?
「勝てないというのは、必ず理由がある。その原因が改善されれば勝てるようになるものです。本当の意味で改善できなくとも、”とりあえず”の応急処置というか、少し目先を変えたときに勝つことができるというのが、鹿島の良さかもしれないですね。結果が出るというのは、そこに至るまでの準備の問題なんです。勝っているその時じゃなくて、その1カ月前の準備だとか、勝てない時期に考えたことが、繋がって良い波が生まれるんだと思います」
――勝てない原因があるのと同じように、勝つためにも原因があるということですね。
「やっぱり、勝つというのは準備の質が高いということなので。練習の本気度だとか、そういうものがあるんじゃないですか」
――勝てないときに考えるというのは、チーム内で問題を共有するということでしょうか?
「選手同士ではそんなに話さないですね、僕は。考えていると言う人ほど、考えていないですからね(笑)。普通は考えずにサッカーはあるものじゃないですか? 準備のときには考えていない人が多いんじゃないかな。僕もそんなに考えないほうなので」
――考えないのですか? 考えたことが繋がって、勝利に結びつくのかと……思ったのですが(笑)。話の核心に迫りたかったのに、逃げられたような気がします。決めつけられるのが嫌いですか?
「そうですね。アマノジャクなので(笑)」
――取材しづらい(苦笑)。
「それは僕も思います」
――自分で言うのもあれですが、根が真面目なもので核心を知りたいんですよ。
「根が真面目なのは、僕も負けないですよ(笑)」
――でも、するりと交わされてしまう。
「それはプレーにも出ているでしょう? 答えはないよっていう」
――この連載は『鹿島アントラーズとはなにか』というテーマで、OBや現役の選手、スタッフにお話をうかがっているのですが、移籍加入した選手のほうが、ずっと在籍している選手よりも明確に他のクラブとの違いがわかるのかなと思うのですが。
「ここに来るまでは、鹿島と言えば、選手のクオリティが高くて強いチームという印象だったけれど、中に入ってしまえば、わからないですね。なにが違うのかとか、鹿島のどこが特別かというのは本当にわからないし、感じない。多分、僕はあとになってから分かることなんじゃないかと思います。たとえば、ACLの決勝を鹿島ではないチームで経験したら、すごく感じるのかもしれないですね(笑)」
――その決勝戦もそうでしたが、鹿島は決勝戦では本当に強い。
「僕が入ってから、決勝戦で負けたのはレアル・マドリー戦(2016年クラブW杯)だけですね」
――その強さの理由はどんなことだと思いますか?
「なんですかねぇ……(沈黙)。鹿島と対戦することで、相手が嫌だなぁと思ってくれるからじゃないですか」
――ACLの決勝セカンドレグでは、ノーリスクな守備的なサッカーに徹したわけですが、そこに物足りなさを感じるとも話していました。
「でも、決勝戦だし、勝ちたいと思えば、ああいうサッカーをするのは当然だと思う。他のチームでも同じじゃないですか?」
――でも、「自分たちのサッカーを貫いて敗れる」という話はよくある話ですよね。
「そういう意味では、鹿島は『自分たちのサッカー』というのがあるけれど、それに縛られないというのがいいのかもしれないですね」
――だけど、楽しくないんじゃないですか?
「でも、結局勝てないと楽しくないですから、負けているときは全然楽しくないですよ」
――勝てなくとも、自分はいいプレー、素晴らしいゴールが決められたとなれば?
「まあ、たまにそういうシチュエーションになることはありますね。でも、やっぱりモヤモヤしたものは残りますよ。だから、素直には喜べないですね」
【バックナンバー】
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