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遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~ (44)
伊藤 翔 前編
前半のシュート数、鹿島アントラーズは2本。対するセレッソ大阪は9本。
この数字を見るだけでも、試合の内容は想像できるだろう。
「立ち上がりが悪くて、やられてもおかしくはないシーンは何本もあった」と永木亮太が振り返る。「前から(プレスをかけて)行こうと話していたけれど、ことごとくはがされてしまい、(陣形も)間延びしてしまい、選手間の距離が広がってしまった」と土居聖真も語る。GKクォン・スンテの好セーブと相手シュートの精度の低さに救われた前半だった。
しかし、90分間が終わったとき、勝者となったのは鹿島だ。
「このままではいけないというのは、選手だれもが感じていたこと。それを修正できたのが後半。プレスの位置を下げて、僕もポジションを下げながら、味方との距離を短くした」と話す土居が起点となり、生まれた決定機でレアンドロが倒されPKを得る。50分にそれをセルジーニョが決めて、鹿島が先制する。1点を追うC大阪は圧力を高めて、鹿島ゴールに迫ったが、鹿島にとっては想定通りの展開だった。パスをつなぎ時計の針を進めながら、72分、白崎凌兵のミドルシュートがゴールネットを揺らし、追加点が生まれた。
「我慢しようという意志統一がチーム全体でできていた。内容が悪くても勝つことが自信になる」と三竿健斗は語ったが、苦しい試合であったのも事実だ。
「相手を見て、試合の状況に合わせて、話し合って、修正できたのはよかった。でも、もっともっと個人個人が迫力を持っていかなくちゃいけない。なんとなくでしか守備をしていない感じがする。見ている人もストレスがたまるような守備をしていたので、そこは変えていかなくちゃいけない。みんな自分のことで精いっぱいという試合だったので、大変でしたね」と三竿は続けた。
この日、ふたつのゴールを生み出すきっかけを作った土居。決定機の起点になるというのは、今季彼が強く意識している仕事だ。
「攻め込まれている試合というのは、逆に集中力が研ぎ澄まされる。自分にワンチャンスが来たときに、やってやろうという集中力。たとえ10本中10本行けなくても、1本ゴールにつなげられれば、勝ちにつながる、それが勝ちに近づくということを去年のクラブワールドカップで学ばせてもらったから」(土居)
少ないチャンスを仕留め、90分間で勝ちきる。うまい試合運びで鹿島らしさを見せたのが、6月14日のセレッソ大阪戦だった。そして、AFCチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦サンフレッチェ広島戦が6月18日に控えている。
「自分たちがどう守備をすればやりやすいのかは、今日わかった。それを次の試合は開始直後から出せるようにしたい、そのうえで、相手ありきのスポーツなので、うまくいかなかったら、みんなで話し合って、そこで改善していければいい」と三竿。
相手だけでなく、自分たちのサッカーすら、想定通りにできるとは限らない。現場に立つ選手たちが自らの感覚で修正し、改善していく臨機応変さこそが、鹿島の武器だと実感させられたが、入り方の悪い試合が今季は少なくない。
ノックアウトステージは、ホームアンドアウェーの2試合を戦う。昨季のACLで学んだのは、180分で1試合というイメージだ。とはいえ、慎重な姿勢で挑めば、主導権を握られてしまう可能性も高い。ホームでの第1戦をどのように戦うのか、ACL勝ち上がりで重要な鍵を握るだろう。
今季、横浜F・マリノスから鹿島アントラーズに加入した伊藤翔。
30歳のベテランFWは、2月19日、鹿島で初めての公式戦となるACLプレーオフ、ニューカッスル・ジェッツ戦で先制点を決めると、2月23日の大分トリニータとのリーグ開幕戦で同点弾(試合は1-2で敗れる)、つづく3月1日。第2節川崎フロンターレ戦でもおなじく同点弾をマーク。3月12日ACL山東魯能戦で2ゴールを決めると、3月17日リーグ第4節、北海道コンサドーレ札幌戦でも2ゴール。出場6試合で7得点とその存在感を示した。
しかし、その後も先発出場したが、得点から遠ざかる。チームもFC東京、横浜F・マリノスに敗れ、ACLでも格下相手に2連敗(慶南戦とジョホール・ダルル・タクジム戦)と苦しい時期を迎えた。伊藤自身も膝に痛みを抱え、先発から外れた試合もある。そして、迎えたACLグループリーグ最終戦、相手の山東魯能に先制を許すも、迎えた後半、18分から途中出場した伊藤が2得点を決めてみせた。
――移籍加入後、ゴールを量産し、良いスタートを切れたという手ごたえはありますか?
「個人的にはもちろん、良かったですけど、開幕戦も落としたし………。まだいまひとつ乗り切れていないという感じはちょっとありますね。まあ、でもみんな僕を見てくれるので、FWとしてはありがたいですよ。FWは球を触らないと仕事ができないから(笑)」
――2-1で敗れたマリノス戦後、土居選手が「もっといい形で翔君にボールを触らせてあげたい」と話していました。
「まあ敵もプロだから、毎試合、常にいい形というのは難しい。試合によっては、守備に追われることもあります。でも、そこで僕にボールが来たときは、時間を作ったりして、後ろの選手を休ませるプレーもしなくちゃいけない。ただ、これは練習でもやっていますけど、ビルドアップには改善の余地があると感じています」
――鹿島アントラーズというのは、どういうチームとして認識していましたか?
「強くて伝統のあるチーム。マリノスにいたときは、唯一J2に落ちていないチーム同士という意識もありました。何回も対戦しましたけど、鹿島は粘り強いし、たとえこちらがリードしていたとしても、最後まで気が抜けない。そういう嫌な相手でしたね。もちろんスキルのある選手がいるだけでなく、すごくサッカーを知っているというか、ゲームをコントロールするうまさはほかのチームよりもある。選手やチームだけでなく、会社として、クラブとして、『勝利』というのが、強く刷り込まれているんだというのは、外から見ていても感じていましたし、中に入ってみて、改めて強く感じました」
――そんな鹿島からの獲得のオファーが届いたときは、どんな心境でしたか?
「強いチームからオファーが来るというのは選手としてうれしいことだし、クラブワールドカップも見ていましたから。もし、移籍できるのであれば、その舞台に僕も立ちたいなと」
――オファーが来るまで移籍について考えることはあったのでしょうか?
「なかったですね。マリノスは居心地が良かったですから。ただアンジェ・ポステコグルー監督とは、少し考え方の違いがあるなと感じてはいました。監督の自分たちのサッカーを貫くという姿勢を理解はしていましたが、例えば、試合に負けたとして、『今日はいいサッカーができた』という部分には納得できないところもありました。そういうときに勝つことにフォーカスしたチームで、なおかつタイトルを獲ってきた実績があり、そのコツ、まとまりの強さを持つ鹿島からオファーが来たので、これは、と思ったのは事実です。ここが移籍を決意した大きなポイントでしたね。去年、タイトルを一歩手前で逃していたので(昨年在籍したマリノスがルヴァン杯決勝で湘南ベルマーレに敗戦)。やっぱり、何かを変えないと、最後は勝てないんだという気持ちが自分の中にあったので、鹿島にその勝ち方を知りに来たところはあります」
――まだ在籍時間は短いですが、その「勝ち方」というのをどう感じていますか?
「やっぱり、チーム、強化部、そして会社の人たちもふくめて、全員が一貫した考え方を持って仕事をしている。そのうえで、ジーコイズムもそうですが、それを体現し、表現できる人間を育成している。クラブ創設時にジーコさんが築いたものかもしれませんが、その土台を継続し続けているところが、鹿島なんだと思います。継続は選手だけでなく、スタッフやクラブ職員でも大切にされている。新しく来た人に伝えていくものがある。他のクラブのように、社長や強化部長、監督が代わるたびに、イチからやり直しということがないから、どんどん積み上げられているという意味で、強さが保たれている。構築されているということを、中に入ってみて強く理解できました」
――それを空気感という人もいます。言葉では表現できないものかもしれませんね。
「いえ、言葉にしていますよ。『すべて勝つためにやっているから』と。加入したときに、鹿島のフィロソフィーが書かれたものをもらったんですが、そこにも『勝利へのこだわり』や『臨機応変さ』というのが書いてありました。それは、試合のなかで、選手各々がやるべきことであり、やってきたことだと感じます。僕は(小笠原)満男さんといっしょにはやれませんでしたが、そういうものを上の選手が下の選手に伝えられてきたんだなと」
――鹿島のサッカーというのは、「選手が構築していくもの」だと感じていますが、「臨機応変」というのがポイントなのかもしれませんね。ただ、その臨機応変にプレーすることは、非常に難しいことでもあると思います。そこには型があるようで、ないから、サッカーをより理解し、組織としてのコミュニケーション、コンビネーションが求められる。
「確かに高いスキルが必要だと思います。でも、臨機応変にやることが許されているチームというのが、僕にとっては魅力的に映りました。そうすることで、自分の能力も絶対に向上すると思うので。鹿島出身の選手は、どのクラブへ行ってもある程度やっていけるひとつの要因がそこにある。周囲から言われたプレーをするよりも、自分で、体験して、このときはこうしたほうがいいという、道筋が見えるようになっておけば、どこへ行ったって、サッカー選手として重宝されるスキルになるから」
――鹿島のFWは「点を取るだけが仕事じゃない」というモットーがあります。ゴール以外の仕事も消化しなければならない。その難しさは感じますか?
「シーズンが始まる前、(鈴木)優磨と食事へ行ったときに、『鹿島のFWは大変です』みたいな話は聞いていました(笑)。でもそれは特別なことではない。守備をしたうえで、ゴール前へも走っていくというだけの話なので。難しいことではない」
――実際にやるのは大変かもしれませんけれど(笑)。
「だからこそ、臨機応変にいろいろなプレーを試し、実行できる鹿島の環境にはやり甲斐を感じています。マリノス時代は点を取る形がチームとして出来上がっていたから、それを身体にしみこませていくという感じだったし、はっきりと役割が決められていて、もっとこうしたいと思ってもできなかった。『もっとできることがあるのにな』という感覚がありました。でもまあ、FWは球出しの選手と呼吸が合えば、どこへ行ってもチャンスがあると思うので」
――先ほど、開幕戦に敗れて、まだ乗り切れていないというお話をされていましたし、3月中旬以降しばらくゴールからも遠ざかりました。
「それでも、悪いなりにも勝っているというのは、鹿島っぽい感じがするんですよ。思えば、対戦したときも、滅茶苦茶強かったわけではないのに、なんか負けてしまうっていうのが鹿島だったし。それが継続してできているなとは思えます。すべての試合で快勝できればもちろんいいし、それを目指してやってはいるけれど、そんなにうまくはいかない。でも、仙台戦や神戸戦のように1-0で泥臭く勝ってもいます」
――粘り強さを評価されても、本当なら2点目が決まればもっと楽に勝てる。2点目が取れないから結果1-0で粘った勝利となっているだけのようにも感じます。
「もちろん、2点目を決めたいと誰もが思っています。だけど、2-0で勝とうが、1-0で勝とうが、たとえば10-0で勝とうが勝ち点3は変わらない。もっと言えば、どのチームに勝っても勝ち点は同じなんです。そういうリーグ戦で、勝ち点を積み上げていくことが大事だし、その積み上げが最後に効いてくる。勝ち点をボロボロ取りこぼしていけば、最後に響くというのは、みんながわかっていることですから」
――そういう鹿島のリアリスティックな考えは伊藤選手にも合う。
「そうですね。現実的というか、選手が勝ちたいと思うのは当然のことであって、もちろん、内容が伴って勝てれば最高ですけど、悪いなりにも勝つというのは、今まで在籍したチームではできないことだったから、そういう意味でのうまさが鹿島にはあると思っています。時間の使い方にしても、ある程度のスキルを持った選手じゃないと上手くはできないから、それこそ、前の神戸戦のときも聖真とベンチに座って、『これ、鹿島っぽいですよ』」って(笑)、話していたんです」
――内容では圧倒されていたのに勝利した名古屋戦も大きいですね。
「そうですね。あれはデカかった。結局リーグ戦が終わったときに、残るのはポイントであって、ひとつひとつの試合がどうだったかなんて、次の年には忘れているから(笑)」
(つづく)
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