鹿島アントラーズあるある [ 藤江直人 ]
安部裕葵が鹿島アントラーズからバルセロナへ移籍して約半年が経った。Bチームとはいえ世界的ビッグクラブの中で確かな評価を受け、1トップという定位置を獲得した20歳はどんな思いを抱きながらプレーしているのだろうか。独特の思考を持つ東京五輪世代の逸材の頭の中に迫った。(取材・文:舩木渉)
安部裕葵がバルサで評価される理由
今年の夏、多くの若い日本人選手がJリーグから欧州へと旅立った。そして最初の半年を終えようとしている。鹿島アントラーズからバルセロナへと移籍した安部裕葵も、そのうちの1人だ。
スペイン3部リーグにあたるセグンダBで15試合に出場して4得点。一見すると平凡な数字だが、ピッチ上での貢献度は極めて高く、確固たるアイデンティティと独特のスタイルで戦うバルサにおいても力を発揮できることをしっかりと証明した。
とりわけ11月以降は、チーム内での存在感が加速度的に大きくなっていった。シーズン序盤は日本でもおなじみだった左ウィング起用が続いていたが、4-3-3の1トップに入るようになってから初ゴールも決まり、ピッチ全体に及ぼす影響力も増していったのである。
安部自身は「真ん中ぐちゃぐちゃですよ、正直。でもそっちの方が相手も嫌ですからね」と言う。当然、彼の小柄な体格を見てもわかる通り、前線にどっしりと構えてペナルティエリア内で仕事をするストライカータイプの選手ではない。1トップには向かないプレースタイルのようにも思える。
だが、安部は最前線でプレーするにあたって、自分の強みを生かしていけるという確信を抱いていた。そして、自分のプレースタイルがバルサBの監督やスタッフにも評価されているとも実感していた。彼に話を聞いたのは、1トップでの先発起用が続き、バルサBでの初ゴールを挙げた先月17日のコルネジャ戦の直後だ。
「みんな我が強いので、うまくバランスを取る選手がいないと難しいのかなと思います。スペースを空けてあげたり、そういうのが大事だと思いますし、そういった動きをスタッフは見てくれているので。スペースを空ける動きだったり、周りが見えることも僕らしさですし、そういったこともやりながら自分の良さも出せればいいかなと思います」
安部「らしさ」とは何か。鹿島時代はサイドを主戦場にしていたが、単に小柄なドリブラーというわけではなく、むしろ状況に応じて多彩な動きを組み合わせて崩しに違いを生むタイプ。鹿島でのプレーにもウィンガーにとどまらない幅広さがあった。
良い意味で自分のプレースタイルにこだわりがないとでも言うべきか。バルサBの試合を取材しても、かつてリオネル・メッシが切り拓いたような“偽9番”的な役割はぴったりだと感じた。
サイドでパスを引き出してカットインすることに固執することはなく、どんな角度からのボールでも正確にコントロールでき、味方を生かす動きをすることもできる。守備での献身性もあり、ゴールへ向かう意識の強い他のアタッカーたちが空けたスペースを積極的に埋めてチーム全体のバランスに気を配ることも忘れない。
11月17日のコルネジャ戦で決めた初ゴールは、自陣からのカウンターの場面でしっかり相手ディフェンスライン裏のスペースに走ったからこそ生まれた。翌週23日のレリダ戦のゴールは、左からのクロスにヘディングシュートという珍しい形。
今月15日のラ・ヌシア戦の1ゴール目は、味方が3人相手ペナルティエリア内に入っていた状況で、少し引いた位置でこぼれ球を待ち構えての見事なボレーシュートだった。きわめつけは同じ試合の2ゴール目、斜めに走りこみながらリキ・プッチからのパスを相手DF2人の間で引き出して、強烈な左足ミドルシュートを沈めた。多彩なゴールパターンも、ゴール前にとどまらず幅広く動き回っているからこそだ。
献身的な働きと確かなテクニック、そして結果で評価を高める安部にはチャンピオンズリーグ(CL)でのベンチ入りが取りざたされたこともあった。結果的に欧州最高峰の舞台に立つチャンスはお預けとなったが、トップチームの練習にも度々参加し、バルサでのキャリアは着実に前へと進んでいる。
それでもブレないのが、安部の真骨頂だ。浮かれることなく、ひたむきに足元を見つめて一歩ずつ成長していくことが彼の信条でもある。
メッシやルイス・スアレス、アントワーヌ・グリーズマンといった世界トップクラスの選手が揃う環境で学ぶものは「すごくある」と言う20歳だが、「一言で言えば、上手い、強い、速い、頭がいい。シンプルです。『こういうところが違うんだよな』と言葉では表現できないです」と充実の日々を過ごしても落ち着きは鹿島時代と全く変わらない。
「僕自身、この環境にいて時間も経つので、そういった選手たちとプレーできるのはもちろん刺激的ですけど、当たり前というか。もちろんチームの一員なので。『わぁ、すごいなあ!』という感覚でプレーしていても良くないと思うし、チームの一員としてプレーしているだけなので、憧れの気持ちとかは別にないです」
ただ、バルサという特別な場所で、プレーに対する考え方は少しずつ変化しているという。「周りに認めさせるために点を取ろうとかじゃなくて。こっちに来て少し心境で変わったのは、やっぱり文句を言われたとしても、それが当たり前ということ。みんなの判断がそれぞれあるし、文句を言われても別に自分の考えた判断がある。僕は日本にいる時はそれがなかったですね。周りが何を考えているかを常に考えていましたから」と安部は明かす。
彼の言う「周りが何を考えているかを常に考える」とは、周りの目を気にして遠慮することでも、必要以上に気を配ることでもない。あくまで「周りが何を考えているか」だ。言葉の意味を理解しきれず、頓珍漢な質問をしてしまったこちらを「いや、違います」と制して安部は次のように話してくれた。
「周りがどういうサッカーをしようとしているのか、それを感じようとしちゃうんです。別に怒られないようにとか、気を遣っているとか、そういうわけじゃない。『気を遣う』という言葉は近いですけど、違います。こっちに来てからは、自分を表現していいんだなというのは感じます」
正直、いまだに彼が言いたかったことの真の意味を理解できているとは思っていない。自分なりに解釈しようとするなら、自分のプレースタイルをチームのプレースタイルに合わせすぎてしまう、あるいはチームの一部でしかない存在になってしまうということだろうか。
なぜバルサ移籍を選んだのか
バルサに移籍してからは、チームメイトのプレーを尊重したうえで、自分の強みをどうチームに還元していくか、それによって生まれる化学反応が自然と結果や勝利、ひいては成長につながっていくという考えになってきているのかもしれない。やや哲学的な思考だが、愚直に結果とステップアップを追い求めていくのとは少し違うような気がしている。
「このチームに来た理由の1つですけど、サッカーを知りたくて、こういう世界一のチームがどういうものかを知りたかった。楽しく、競争しながら、自分の上達も求めてやればいいかなと思います。無駄なことは考えていないです」
「自分を表現する」ことが当たり前の国で、さらに最高の環境が整ったバルサというクラブで、安部は心の底からサッカーを楽しんでいるように感じる。ただ、自分のことを「先を見ないタイプ」と語る20歳が、自分の進むべき道を見失うことなく歩んでいるのは間違いない。
「(CLにも)もちろん出たいですよ、それは。でも、そこまで考えていないです。考えるべきと色々な人に言われますけどね。『夢を持って』『目標を持って』とよく言われますけど、僕はそうじゃない。
(一歩一歩、確実にやっていく?)はい。それで成功できれば、『色々な考え方があるよね』ってなるんじゃないですか? 色々な本には『夢を持って、目標を持つことが大事だ』とありますけど、違う形で成功してもいいじゃないですか」
自分に「夢」や「目標」という、ある種の限界を定めることなく、1人の選手として信じた道に迷いを抱くことなく確実に進んでいく。バルサBで見せているゴールに直結する個での仕掛けも、体を張ったボールキープも、果敢なプレッシングも、危険なスペースを突いたり埋めたりするポジショニングも、決して仕方なく取り組んでいるのではなく、1つひとつがより高いステージで「自分を表現する」ための手段なのだ。
「20年間生きてきて、コツコツやるのが一番早いなと思っています」と言い切る20歳、安部裕葵とは末恐ろしい男である。
(取材・文:舩木渉)
【了】