中村俊輔式 サッカー観戦術 (ワニブックスPLUS新書) [ 中村俊輔 ]
岩政大樹と初対談、セットプレーでこだわった「相手も味方もさわれない球」
サッカーの見方を紹介した本が好調だ。日本代表や海外トップリーグで活躍した中村俊輔(ジュビロ磐田)の新刊『中村俊輔式 サッカー観戦術』(ワニブックス)、昨年現役を引退し執筆や試合観戦会を行う『PITCH LEVELラボ』など新たなサッカーの視点を伝える取り組みを続ける岩政大樹の『FOOTBALL INTELLIGENCE』(カンゼン)がいずれも版を重ねている。希代のファンタジスタと理論派が初の対談に挑む。(JBpress)
「鹿島の選手」という伝統はどう作られるか
――本を出されて、しかもよく売れているとお聞きし参りました。月並みなんですけど、最初にお互いの印象を伺えますでしょうか。
中村:印象!? マサ(岩政)代表何試合した?
岩政:8試合だけです。
中村:8試合か。誰のときだっけ?
岩政:岡田(武史)さんのときに4試合、ザック(ザッケローニ)さんで4試合です。
中村:ということは岡田さんのときの印象があるんだな。
岩政:でも、一緒に試合に出たことはないと思います。
中村:まだボンバー(中澤佑二)とトゥー(闘莉王)がいたのか。
岩政:そうですね。僕は(ワールドカップ)南アフリカ大会の直前に入ったんで。あの2人は鉄板でしたね。
中村:その印象と、あとはアントラーズの出たてのときかな。
岩政:あ、そうですか?
中村:アントラーズって「日本代表になっちゃうんだろうな」みたいなイメージがあるんだよね。(若いうちに)ポンっと出てきて、上(日本代表)まで行っちゃうっていう。ちょっと前だったら昌子(源)くんとかがまさにそうで。だから、鹿島のストッパー、鹿島のボランチ、鹿島のフォワード、鹿島のディフェンダーの選手=代表選手みたいな感覚があって、「ああ、またコイツも同じようになるんだろうな」と思ったら案の定、代表に選ばれて、「やっぱり鹿島はすげーな」って。
――俊輔さんはご著書の中でもアントラーズを「特殊な伝統があるチーム」とポジティブに書かれていましたけど、その伝統色のようなものは、選手にも反映されていますか。
中村:外から見たらそうですね。僕もいろいろなチームを経験してきましたけど、クラブってすごく難しいんですよ。これは絶対ではないけど、「伝統」のようなものを大切にしなきゃいけないと思っていても、例えば強化部の人やスカウトの人が変わると、(チーム自体が)パッと(よくない方に)変わっちゃうことってあるんです。それがどうにもならなくなると、だんだん弱くなって数年でカテゴリーを落としちゃったりするから。
――なるほど。
中村:でも、そうならないよう、中からの働きかけで防げる部分はあるはずで、実際、鹿島はそれができる。特に(小笠原)満男みたいな選手がずっといれば、「それ、違うんじゃない?」ということを、まずグラウンドで直していけて、それを上(クラブ)が感じてクラブを直していく。ジーコさんなのか、強化部の人たちの影響なのか・・・わからないですけど、いずれにしても鹿島の血は「濃い」んだなっていうのはわかりますよね。他のクラブとは違うな、と思います。俺、鹿島の映像を結構、観てるんですよ。
岩政:試合ですか?
中村:練習、練習! 興味あるから。映像で見てさ、内容とかその雰囲気とか観てて。
岩政:へぇ! どうですか、印象。
中村:選手の意識が高い。例えば、攻撃に出ていたダブルボランチが、相手のペナルティエリアから戻ってきてスライディングでクリアをした、そしたらまた前に出て、もう1回攻撃に行く。こういう練習は、なかなかプロになったらなくて。「え、スライディングでクリア?」みたいに感じるんだけど、選手たちがよく理解しているから、スライディングするタイミング――例えば、ショートバウンドとか、足の向きまで考えられてる。普通だったらストッパーがやるんだけど、それをボランチがやっているのを見ると、ああもう・・・って。それをまた若い子が見るでしょう。それは戦うチームになっていく。
――確かに。
中村:ちょっとの映像だけでも感じるよね、笑顔とか一切ないし。
岩政:僕は他のチームのことはあまりよくわからないですけど、いま、色々なチームの練習を観させてもらっていて、鹿島が持つ雰囲気には他クラブと多少、違いがあるのは感じますね。
中村:笑顔はあってもいいんだよ。結局は戦えるチームであるかどうかでさ。
岩政:俊(俊輔)さんが入ったばかりの頃のマリノスの先輩たちはすごかったんじゃないですか。
中村:ピリピリしてたよね。上の選手が下の選手に声をかけるなんてことはないし。当時はサテライトがあったんだけど、俺いきなり上の20人ぐらいの枠に入って・・・井原(正巳)さんがいて、オム(小村徳男)さんがいて、城(彰二)さんがいて、バシバシ喧嘩してるしさ。やばい、と思った。(川口)能活さんもまだピリピリしてたし。
岩政:はははは。
中村:「簡単に打たせんなよ!」って言えば、「今の捕れるだろ!」みたいな(笑)。そんなのが当たり前だった。そういうのはね、鹿島なんかもずっとあるんだと思いますよ。
――岩政さん、どうですか。
岩政:僕が鹿島に入ったのは、ちょうど秋田(豊)さんと入れ替わりだったんですけど、練習参加のときにはまだいらっしゃったんですね。そこで練習試合になって、秋田さんと相馬(直樹)さんに挟まれて左のセンターバックをやらされたんですけど、喧嘩が始まっているわけですよ。僕を真ん中にして(笑)。前に本田(泰人)さんがいたのかな・・・ボランチの人もそこに参戦して、もうとにかく、僕を挟んだところでバチバチ喧嘩をしていて。それを目の当たりにするところからのスタートでしたから、少なからずそういう意識はありました。特に、晩年になるにつれて強くなりましたよね。
――徐々に強くなっていった。
岩政:満男さんたちと一緒に歳を取りながら、彼らと一緒にそれをやって、それを見た若手が同じように受け継いでいって・・・、クラブの雰囲気とかって「あのひと言でチームが変わった」みたいな美談にされがちですけど、どちらかというと日常の中でどういう振る舞いをしているかとか、練習への姿勢をどう持っていっているか、みたいな部分のほうが、選手たちが受け継いでいくんじゃないかなっていう気はしますよね。
――では、岩政さんから見た俊輔さんの印象っていうのは?
岩政:最初はもう、ずっとテレビで見ている人っていう感覚ですよね。そこから代表に行って、南アフリカ・ワールドカップのときに俊さんがサブ側のメンバーに入ってきて・・・そうすると我々のサブメンバーとスタメン組が紅白戦をやるときに、俊さんがどういう振る舞いをするかやっぱり見るわけですよね。そのときに「こっちにいるメンバーがしっかりとやることで上につなげていくんだ」っていうことをおっしゃっていて、僕らを鼓舞もしてくれたし、実際のプレーでもそれを示していました。そこまでできる人って限られるよなというのが、僕の大きな印象ですね。
――チームへの姿勢が印象的だったわけですね。
岩政:あとはセットプレー。紅白戦とかでセットプレーがあるわけですよ。僕は当然、中で狙っているんですけど、なんとなく「このへんに蹴ってください」っていうのを示すと、十中八九そこに蹴ってくれる。これはすごいなと。もちろん、キックがすごいのは知ってましたけど・・・僕も(チームメイトだった)満男さんや野沢(拓也)選手とプレーしていて、キックのトップクラスの精度はなんとなく知ってるつもりではいたんですけど、さらに上だった。もう「ここに」って言ったら「ここに」来るんで。逆にそれで緊張してしまって(笑)。アバウトで来ると「俺が合せなきゃ」ってなるんですけど、「ここに」って言ったら「ここに」来るんで、それがちょっとすごすぎて。
中村:そんな練習あったっけ?
岩政:紅白戦とか練習試合です。全部来るんです、毎回。緊張して僕は一個も決められなかったです(笑)。「え? きた、きた!」って思っちゃって。何となくの方が良かった(笑)。
中村:はははは。
――メンタル的にも(笑)。
岩政:そうそう。その印象、すごい強いですね。
――そのセットプレーについて俊輔さんは著書で「パッケージで考える」(※1)と書かれています。実は、岩政さんも合わせる側として同じことを仰っていました。俊輔さんがそれを考え始めたのはいつ頃ですか?
(※1)
多くの場合、セットプレーのチャンスは1試合に1回だけではなく何回かあるもの。
キッカーとしては毎回、「この1本で決める」と気持ちを込めているが、相手もいる競技なのでなかなか決まらない。
そんな時、僕は試合中にある複数回のセットプレーをトータルで考え、球種やコースを選んでいく。
例えば、1回目のCKはあえて相手の目線を変えるような球種を選び、2回目以降の布石にすることもある。直接FKでも、GKやDFとの駆け引きを念頭に置き、さまざまなボールを蹴り分ける。(『中村俊輔式 サッカー観戦術』より)
中村:日本代表に入ってからですよ。あとは海外リーグに行ってより思いましたね。Jリーグではフワっとしたボールで(相手DFの)上から叩くことができても、これがいざ、ワールドカップになったりすると・・・
――「対世界」を見たとき通用しない。
中村:そう。今までのやり方では絶対に勝てない。じゃあ、日本人がセットプレーで強みにできるのは何かを考えて・・・今でさえ「デザイン」とかありますけどね。
岩政:具体的にはどんなことを考えたんですか?
中村:「ピンポイントで速いボール。相手が触ったとしても、そこまで遠くに飛ばない、速攻にならないボール」。そうするとやっぱり落ちるボールで、速いのが一番、究極っていうか・・・。言い方はおかしいかもしれないけど「味方も相手も両方とも触りづらいボール」だよね。で、ちょっと触ったらゴールになるような。だから、「せーの」で合わせるようなボールは、(フィジカルが強くて高さもある・栗原)勇蔵とかボンバーにも蹴ってない。フワッと蹴っていたのは、「これちょっと本当に追いつかなきゃ」っていうときくらいだよね。
岩政:ああ、ありましたね。
中村:ボンバーだったら、助走つけて走れば上から叩ける。でもそれを一回やると、次から相手は、ゾーンにして、ひとり小さくて執拗にマークできる選手をボンバーにつけてくる。そしたらボンバーだって走りづらくなるから、できなくなる。だから、次の次を考えていろいろ蹴らないとね。試していたよね、「この人、ここやれんのかな?」とか。
岩政:それがパッケージですね。そのときは相手も見るし、味方も見るわけですか。
中村:そう。味方で一番うまかったのが福西(崇史)さん。ニアに飛び込むのがうまい。もちろん「せーの」で走ったら、勇蔵とかボンバーだけど、浮いたボールに対して、軌道を読んで自分がどこでジャンプするか、シナリオをしっかり体で表現できるのは福西さんだったかな。運動能力が高い人ってそうなんだなって思ったよね。
――蹴るときにそのくらいまでイメージ、理想の形を思い描いているわけですね。
中村:そうですね。ニアで潰れながらだと大黒(将志)が上手かったです。プルアウェイ(プル&アウェイ)するとかね。
岩政:俊さんは、本に「トップ下」についての思いを書かれていましたけど、現代のサッカーだとその役割が大きく変わってきてると思うんですね。
中村:だね。
岩政:今の潮流だと、トップ下はサイドからうまく入り込んだり、ゴール前に顔を出したりっていう役割が作られてるところもあると思うんです。それってサッカー界を俯瞰して見たときにどう感じられてるんですか。つまらなかったりしますか?
中村:いやいや。やっぱこうなんだよな、くらいかな。俺みたいなタイプはいらなくなったなって(笑)。
岩政:いやいやいや(笑)。
中村:2トップが1トップになって、それはイコール、(昔の)トップ下がいなくなる形だよね。4-2-3-1だとしても、トップ下にいる選手はいわゆるゲームメーカーよりも、ボランチっぽいゲームメーカーで、「労を惜しまない人」みたいな感じでしょう。
岩政:確かに。そうじゃないやり方もあると思われますか?
中村:(システムは)ぐるぐる、ぐるぐる回るじゃん。例えば、また5バックっぽいチームが出てきてるけど、その数年前にはダイヤモンド(セントラルMFが縦に位置する)が注目された時期があった。ドイツとかね。で、最近ではグアルディオラ(現マンチェスター・シティ監督)が出てまた変わってきて・・・、でもまあ、ここ10年はグアルディオラで回ってるか。
岩政:本当にそうですね。
中村:結局、自国のリーグの強いチームがスタイルの象徴になっていく。そうすると、そこにまずどうやって対応するか。その次に、追いつこうとして真似をする・・・って、変わっていくのは自然な流れだよね。だから別に(一昔前の)トップ下が減ったから、つまらないとかそういうのは・・・、ちょっとだけつまらないくらいで(笑)。いや、それは冗談で、もっとやれるって見せたいけどね。だって今、(グアルディオラが率いるマンチェスター・シティは)ダビド・シウバと、ベルナルド・シルバが一緒に出てるでしょ?
岩政:ポルトガルの。左利きで小さいけど攻撃的ですよね、ベルナルドは。
中村:そうそう。MFでさ、このふたりが同時に起用されるって今までのサッカーには絶対なかった。もちろん、それはトップレベルだからというのはあっても、普通はどっちかでしょう。
中村:Jリーグで言ったら、俺はミシャ(ペトロヴィッチ・現コンサドーレ札幌監督)さんが出てきたときは弱った。守るときは5-4-1で、攻めるときは4-1-5とかにして。正直、衝撃的だった。青山(敏弘)くんにも「これいいよね」って言ったもんね。
岩政:そうなんですか。
中村:日本代表でも参考になるんじゃないかなって思うよね。森保(一・現日本代表監督で当時はサンフレッチェ広島の監督でミシャサッカーを引き継いだ)さん、クラブワールドカップでも2試合勝ったし。選手をある程度型にはめることで、日本人の長所を生かして、短所をうまく戦術で消しているよね。
岩政:なるほど、なるほど。
中村:いや、個人的にはあんまり好きじゃないよ(笑)。
岩政:はははは。
中村:システムに選手を当てはめる感じが、個人的にはね。でも、実際にやっていると、自分たちのチームの強みが「戦術」と「選手の個」で上手く消されているんだよね。人が人を消すっていうのが昔だったけど、今はそういうのじゃなくて、戦術と連動とかで・・・。
――グループでもう全部消しちゃう。
中村:そうそう。グループで消せる。だからトップ下は、変わっていくよね、それは。
岩政:そうですね。
――トップ下と同じくらい、センターバックも役割が変わってきています。