Jリーグにはかつて、期待の若手が雨後の筍のごとくひしめいていた。
Jリーグが発足して10年ぐらい、少なくとも1990年代は、若手とベテランがポジションを争えば、ほぼ例外なく若手に軍配は挙がった。2002年日韓共催W杯に臨んだ日本代表の平均年齢が24歳台を示した理由もそこにある。
ロシアW杯を戦った西野ジャパンは、平均年齢28歳台。ベスト16入りは予想を越えた好成績ながら、ベテランに頼るという”代償”を払っていたことは事実だ。
森保ジャパンになり、若返りが進んでいるように見えるが、パナマ戦、ウルグアイ戦に臨んだ森保ジャパンの最新メンバーは、平均年齢26.4歳。その平均年齢と将来への期待値は一致するので、日本の将来に楽観的になることはできない。
過去と比較すると、若手選手の数は相変わらず不足した状態にある。それだけに、有望な若手を発見した瞬間は、希少な生き物に出くわしたような歓びに襲われる。
10月18日からインドネシアで開催されるアジアU−19選手権。来年ポーランドで開催されるU-20W杯のアジア最終予選である。この大会に出場するU-19日本代表から、近い将来、どれほどの選手がA代表入りをはたすか。成績もさることながら、個人のパフォーマンスはそれ以上に気になる。
今季のJリーグに出場している選手も数名いるが、出場時間や所属しているクラブのレベルを踏まえると、MF安部裕葵は一歩抜けた存在に見える。今回のU−19代表チームで、背番号10を背負うに相応しい存在感をJリーグで発揮している。
鹿島アントラーズの背番号30。昨季、広島の瀬戸内高校から入団した高卒2年目の選手だ。
年代別の日本代表チームに、毎度選出されてきたエリートではない。まず、そこに疑問を覚える。なぜ見落としてしまったのか。選ぶ側の目を思わず怪しみたくなる。
安部は、人の目を惹きつけるインパクトのあるプレーをする。
新人だった昨季、すでにJ1リーグで13試合出場していたが、先発は1試合のみ。とはいえ、鹿島は優勝争いを展開していたチームで、選手層も厚い。高卒ルーキーが激しいスタメン争いの間隙を縫うように、13試合に出場することは普通の話ではない。
ただ者ではないことはプレーを見れば、直ちに明らかになった。だが、繰り返すが、彼はそれまで協会から特段、評価されてこなかった選手だ。そうした意味で、痛快さを抱かせる選手なのである。
プレーも痛快だ。身長171cm、体重65kg。いい意味で、軽い牛若丸的小兵だ。何より反応がいい。プレーのアイデアがいい。巧緻性にも優れている。見ていて楽しいアタッカーだ。日本サッカーが「柔よく剛を制する」をコンセプトに掲げるならば、外せない選手になる。
今季はこれまでJ1リーグに19試合出場。うち先発は12試合を数える。最近は、ほとんどがスタメンだ。大一番となった先日のJ1第29節(10月7日)vs川崎フロンターレ、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)準決勝第1戦(10月3日)vs水原三星(韓国)も例外ではない。しっかり先発を任されている。
しかし、プレーは右肩上がりの一途を辿っているのかといえば、必ずしもそうではない。にもかかわらず、スタメン出場の機会は増している。ここがミソだ。
今季、鹿島で任されているポジションは、主に4-4-2の左サイドハーフだ。しかし安部は、「高校時代までずっとトップ下でした。ボランチもやりましたが、サイドでプレーした経験はない」とのこと。慣れないポジションで奮闘しているわけだ。
鹿島というチームは、監督が誰であろうと、伝統的にほぼ4-4-2しか使わない。いわゆるアタッカーのポジション的な選択肢は、サイドハーフか、2トップの一角かに限られる。4-2-3-1の1トップ下は存在しない。土居聖真が2トップの一角として出場すれば、それに近い役回りを果たすことになるが、彼を1トップ下の選手とは言わない。
次に似合いそうな4-3-3のインサイドハーフも、鹿島には存在しない。安部は真ん中でプレーをしにくい環境に置かれている。真ん中しかできない選手にとって、これは試練だ。
安部をスタメンで起用する大岩剛監督も、彼にとってサイドハーフが適役ではないことを認めている。チーム事情に基づき仕方なく、とのことらしいが、「ディフェンスのトレーニングにはなる。長い目で見たら、必要なこと」とのこと。
育てながら使っている。対峙する相手サイドバックの攻め上がりに蓋をする作業。これを毎回行なうことは、トップ下の選手には積めない経験だ。
とはいっても、随所に居心地の悪そうな素振りを見せる安部。少なくとも現在、左サイドでボールを受けても、本来備えている魅力を存分に発揮できているとは言い難い。
先のACLvs水原三星では、気がつけば真ん中に進入。自らもチームもバランスを崩すことになった。その結果、後半11分、安部はサイドアタッカーである安西幸輝と交代を余儀なくされた。
「内側でプレーすることが多くなった安部が、そこでプレッシャーを浴びていたので、サイドが本職の安西を投入した」とは、大岩監督のコメントだ。1-2だったスコアは、終わってみれば3-2に。鹿島はこの試合、逆転勝ちに成功した。
トップ下、すなわち真ん中周辺にしか適性がない選手、プレーの幅が狭い選手、ポジションの選択肢が少ない選手は、現代サッカーにおいては辛い立場に置かれる。出場機会は減る。
香川真司(ドルトムント/ドイツ)がいい例だ。真ん中でのプレーを好む一方で、サイドでのプレーを不得手とする。サイドで出場しても、気がつけば真ん中に入り、ポジションのカバーを怠る。
トップ下は、必ず存在するポジションではない。4-2-3-1には存在するが、4-4-2や4-3-3には存在しない。そうした背景を踏まえると、大岩監督が安部をサイドハーフで起用することに納得がいく。親心を感じる。
選手の特性は、真ん中か、サイドかに加えて、MFか、FWかでも分類される。抽象的に言えばアタッカーだが、FW的なのか、MF的なのかで”商品”としての価値に大きな差が生まれる。価値が高いのが、FWであることは言うまでもない。
4-4-2のサイドハーフは、文字どおりMF。4-2-4に近い4-4-2ならともかく、鹿島の安部はあくまでも4-4-2のMFだ。
「トップ下」の解釈は、もう少し微妙になる。1トップ下ならFW的だが、2トップ下ならMF的だ。安部が高校時代、どっちのトップ下でプレーしていたのか定かではないが、個人的にはFWであって欲しいと考えている。
そうして、今回のU-19代表にはMFとして選出された。
安部はどちらの方向に進むか、方向が定まっていない選手。完成形が見えていない選手だ。本人にどう思っているのか尋ねてみると、飄々とこう述べた。
「まだ僕は19歳ですから」
「もう30歳ですから」と答える選手はいても、「まだ19歳ですから」と答える選手は珍しい。
「内田(篤人)、柴崎(岳)がそうでしたが、自分を冷静な目で客観的に見ることができる選手です」とは、チーム関係者から入手した安部評だが、確かに泰然自若としている印象だ。そんなに急かせてどうするの? と戒められた気にさえなった。
自分に自信がある証拠だろう。鹿島の「30番」兼U−19代表の「10番」は、とても面白い19歳に見えるのだ。
◆痛快さを抱かせる安部裕葵。 日本にもこんなに面白い19歳がいる(Sportiva)