遺伝子 ~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(12 )
本田泰人 後編
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「鬼門」
国内最多のタイトルホルダーである鹿島アントラーズ。しかし、ACLの決勝トーナメント1回戦を突破した経験はない。過去に5度挑んでいるが、その壁を越えられなかった。
5月9日、対上海上港戦。6度目の挑戦相手は、昨季、ベスト4進出の強豪だ。
ホームアンドアウェー2試合を戦う決勝トーナメント。昨季はアウェーゴールの差で敗れた。ホームで迎えるファーストレグを「無失点で勝つ」というのが、選手の総意だった。
前半、鹿島がゲームの主導権を握ったが、ゴールを奪うことは容易でない。連戦の疲労からか、精度を欠くプレーがあるなか、前半終了間際の43分、鈴木優磨がコーナーキックから先制点。後半立ち上がりの49分にもコーナーキックから西大伍が追加点をマークする。その後も前線からプレスをかけ、高いディフェンスラインを維持した。
上海上港はその背後を狙い、反攻に転じる。70分以降は、上海上港の猛攻に鹿島が耐え続ける展開となり、約3分間に7本のコーナーキックを与えた。「結果的にコーナーキックになったけれど、僕らがボールに触っているということ」と昌子源は、そのときの心境を語った。ポジティブな思考で耐えたのだろう。
なんとかしのいだ75分、安西幸輝のクロスボールからオウンゴールが生まれる。公式戦今季初の3得点。しかし、直後の76分に失点してしまう。
試合は3-1で終了したが、後半だけで16本のシュートを許す苦しい試合だった。
87分、金崎に代わり、ピッチへ入った小笠原満男。遠藤康が差し出したキャプテンマークを手に取ることもなく、試合へ飛び込んだ。そして、チームメイトの集中力を促すように声を張り上げ続ける。その身体に闘志が漲(みなぎ)っていた。わずかな時間ではあっても、勝利のためにすべてを尽くす。そんなキャプテンの魂が伝わってきた。ボールに関与しなくとも、確かな影響力を及ぼしたに違いない。
「小笠原の経験と統率力は非常に頼りにしている。もう少し早い段階で入れていれば、試合を落ち着かせることができたと感じている。次の試合では生かしたい」
試合後、大岩剛監督も評価している。
第2戦は敵地上海で、5月16日に行なわれる。鬼門を突破し、クラブの歴史を変えられるか。
「ラウンド16(の突破)よりも、優勝して歴史を変えたい」と植田直通。
ホームで牙を剥くであろう、上海上港をどう退けるのか?
* * *
クラブの象徴であるジーコの薫陶を受けた本田泰人は1994年、25歳のときにキャプテンに就任する。現在の鹿島アントラーズにまで繋がる”フォア・ザ・チーム”という姿勢を若い選手たちに伝えようと奮闘した。クラブのスピリットを選手間で受け継ぎ、ピッチ上で選手を育てていくというアントラーズの強みを築くことになる。
――キャプテンに指名されたときのことを教えてください。
「指名というか、ジーコが出ていない試合でサントスがキャプテンマークをつけていたとき、サントスが交代することになり、誰がキャプテンをするのかなと思っていたら、『本田、お前だ! 自覚しろ』と、ベンチにいたエドゥ監督(※1)に怒鳴られたんです。そこから、僕がキャプテンを務めるようになったんです。ジーコのあとを継ぐようにキャプテンを任されたわけですけど、最初は本当に悩みましたね。キャプテンなんて初めてのことだったから」
※1 1994~1995年、鹿島アントラーズを率いる。ジーコの実兄で、ブラジル代表監督を務めたこともある。
――初めてなんですか? 生まれながらのキャプテンみたいな印象がありました(笑)。
「確かに目標へ向かって、チームをまとめるという仕事は昔からやっていたけれど、帝京高校時代もキャプテンは礒貝洋光(※2)だったから(笑)。気は強いし、目標を達成するためには嫌われることも厭(いと)わず、思ったことを口にするし、行動する僕の性格をジーコは見抜いていたんでしょうね。
※2 帝京高校で1年生から10番を背負い、「天才」と言われた。本田泰人、森山泰行らと同期。Jリーグガンバ大阪、浦和レッズで活躍。29歳で引退。
でも当時、まだ25歳かそこらですからね。そんな僕にキャプテンを任せるというのには驚きがありましたし、正直、不安みたいなものは感じましたよ。それこそ自分のプレーだけで精いっぱいという状況に加えて、キャプテンという重責を担えるのかなと。だから、シンプルに考えようと思ったんです。『チームのために』という部分を大事にしようと。だから、嫌われ役をやろうと思いました。ジーコやクラブからの信頼も感じていたので、思ったことをやり通そうと」
――”嫌われてもいい”じゃなく、嫌われ役に。
「はい。だから、俺に誰も近づいてこなくなったこともありました。寮の風呂場へ入っていくと、先に入っていたチームメイトがサァ~とその場からいなくなる。僕がいるとわかると、開けた戸を閉めるみたいな(笑)」
――寂しい……。
「寂しさというか、仕方がないなと。だって本当に厳しかったから(笑)。でも、中には『食事行きましょうよ』と言って寄ってくる後輩もいて。かわいいなと思いましたよ」
――若い選手は『レギュラーを獲りたい』という意欲にあふれているけそ、それをどう表現するかが難しい。
「貪欲さや向上心は大切なものです。でも、そういう自己主張がチームのためにならないこともある。だから、『その闘争心は紅白戦で表現する』という空気がだんだん生まれてきました。小笠原(満男)たちが加入した時代の紅白戦は、真剣勝負のように白熱していました。それがトップチームの僕たちにも刺激になりましたね」
――以前、本田さんがチームの流れが悪ければ、ファールで流れを切ることも必要と話していたことがあります。時間の使い方がうまいのもアントラーズのしぶとさに繋がっていました。
「戦況を見ながら、今チームにとって、どんなプレーを選択すべきかということです。たとえば、アントラーズのフォワードは、『ゴールだけが仕事じゃない』というふうに育てられる。それはジーコの教えでもありますが、ジーコはシュートから逃げろと言っているわけじゃないんです。自分の状況が悪いのにもかかわらず、シュートを打つのはチームのためにはならないだろうということ。
確かにフォワードはゴールを決めることを求められるポジションかもしれませんが、味方にゴールを獲らせる仕事もできるし、守備においても重要な役割を担っている。チームの一員として、やるべきことを見極める。それは厳しく言いましたね」
――大変だった時期というのは?
「時期というか、『チームのことを考えろ』と言っても、若い選手にとっては難しいことも多いんですよ。チームのことを考えたプレーや行動……それは本当に細かいことだったりしますから。たとえば、試合中にミスをするチームメイトに『何やってんだよ!』と叱責した選手がいる。そうすると僕は怒るわけです。『そんな言い方はないだろう?』って。『自分がそう言われたら、どう感じるのかを考えろ』と。そこは『集中しろよ』でいいんですよ」
――文句を言うのと、要求は違う。
「そうです。もちろん、僕自身も最初からそういう気配りができていないこともあったとは思います。だけど、とことんチームのこと、チームメイトのこと、勝利のことを考えれば、どういう声をかけるのかは、自然と身についてくるはず。僕も選手の性格に応じて、いろいろと言葉は選んではいたんですよ(照れ笑い)」
――そのように選手が選手を育てるという環境もアントラーズらしさだと思います。
「イタリア(セリエAメッシーナ)に移籍して戻ってきた小笠原は、チームのために行動するようになっていたんです。『お前、変わったな、すごいな』と声をかけたとき、『向こうで試合にも出られず、いろいろ考える時間があって、本田さんが言ってくれていたことの意味を理解したんです』と言ってくれたときは、本当に嬉しかった」
――アントラーズのキャプテンとして、こうあってほしいという願いはありますか?
「ないですよ。それぞれのキャプテン像があるはずだから。僕のあとにヤナギ(柳沢敦)がキャプテンを務めたとき、戸惑っている様子を感じたんです。だから『本田さんならどうするかなんて、考える必要はない。お前が正しいと思うことを行動に移せばいい。苦手なことをやる必要はないし、やれることをやればいい。俺と違って、ヤナギは優しい言い方かもしれないけれど、それがお前の姿だから』とアドバイスしました」
――今季のアントラーズは、なかなか調子が上がりません。結果が出ない、内容が悪いときに選手が口にするのが「メンタル」「気持ち」という部分。ここもまたアントラーズらしさだと感じるのですが……。
「メンタルが強ければ、俺はどんな過酷な状況であっても戦えると思っています。コンディションが悪ければ悪いなりに、勝利のためのプレーはできる。たとえば、戦況が良くない、誰かが疲れている、もしくはチーム全体として重いなと感じたら、全体的に(ラインを)下げたり、時間を作れる選手にボールを預けるとか、そういう試合の運び方もあるんですよ。
でも、それをするためには余裕が必要で、その余裕はメンタルの強さだと思います。メンタルが強い選手が多ければ多いほど、チームにも余裕が生まれる。ピッチ上で選手が、今やるべきことを判断してプレーする余裕は、やっぱりメンタルなんですよ」
「アントラーズの嫌われ役になる」本田泰人はキャプテン就任で決めた