川崎フロンターレの2点目が決まった時、内田篤人はベンチからテクニカルエリアに飛び出し、タッチラインギリギリの場所で声を張り上げていた。
慌ててスタッフがビブスを用意し、主審からも注意を受けた。しかし、内田の想いとは裏腹に鹿島アントラーズは85分に3失点目を喫し、ルヴァンカップ準決勝ファーストレグは、3-1でホーム川崎の勝利で終わった。
「うちが先制点を決めて、俺らにはチャンスもあった。流れは悪くはなかったし、1-1で終われば全然OKだと思っていた」
先発出場し、81分までプレーした内田はそう試合を振り返る。
今季は開幕からスタメン出場していたが、3月30日の磐田戦で負傷して昨年同様に長期離脱を余儀なくされた。戦線に復帰したのは8月中旬、リーグ戦出場は9月1日の清水戦からだった。
「ここからシーズン後半にかけては、大事な試合が増えるから」とピッチに立てる身体に戻ってきたことを楽しそうに話していた内田だったが、起用にはなかなか至らなかった。
リーグ戦、ルヴァンカップ、ACLと過密日程が続いた9月も、ベンチ入りとベンチ外を繰り返す日々。ベンチサイド、ときにはタッチラインそばに立ち、ピッチ内の選手へ声をかけ続ける姿が印象に強く残っている。
内田不在でも勝ち点を積み上げた鹿島。
右サイドを務めるのは、この夏に柏から移籍加入した小泉慶。ボランチの永木亮太がそこに立つこともある。若い伊東幸敏も含めた激しいレギュラー争いが繰り広げられる。そんな自身の現状も「ポジションを奪いにいく」と内田は前向きに受け入れていた。
9月は開幕直後から続出した怪我人が戻り、鹿島は安定感を増しながら勝ち点を積み上げてきた。
しかし今度はボランチの三竿健斗が離脱。小泉がボランチに回ったことで、9月28日の札幌戦で内田は約半年ぶりに先発出場を飾った。
試合は1-1と負けなかったが、内田のパフォーマンスが万全だったとは言い難く、周囲との連係や試合勘の不足が垣間見られた。
それでもルヴァンカップでの川崎戦では、開始早々に軽やかにゴール前へ走り込んで、シュートを放ち、1対1の場面でも負けることはなかった。
「1対1はもっとガッツリと行かなくちゃいけないんだけど、(川崎の選手は)技術があるし、前に立っておけばボールを回してくれるし、下げてくれると考えていた。いくらボールをまわされても、失点するわけじゃないから。
(ボールを奪いとった車屋紳太郎は)スピードのある左利きだったのもあって、足がああいうふうに出てくるのは予想できていたから。俺はキュッと止まったり、ぶつかったり、そういうところで怪我を重ねてきたけれど、今日ああいう動きができたというのはよかった点だと感じている」
16分、川崎の長谷川竜也との1対1のシーン。ピッチに倒されヒヤリとしたが、内田本人は「あれは全然大丈夫だった」と笑った。
「この前1試合使ってもらって、今日はある程度動けるという感覚もあって90分プレーできると監督にもジェスチャーで伝えていたんだけど。それでも、82分で交代させられるというのは、もう少し練習でやっていかないといけないのかなと思います」
先制点を奪った鹿島だったが、その後はDFラインも下がり、川崎に押し込まれる時間が続いた。
クリアボールをことごとく拾われ、息をつく暇もない。90分間のシュート数はわずか4本。川崎の16本と比べれば、その試合展開は容易に想像がつく。
「みんな勘違いしていると思うんだけど、どんなに数的不利でも、クロスを何本上げられても、ヘディングされても、最後にやられなければいい。点を獲られなければいいという考えだから。
相手は川崎。選手間の距離もいいし、立ち位置やポジショニングもいいうえに、真ん中にはデカい選手もいる。それが川崎の形だし、そういう練習をやっているチーム。セカンドボールを拾われるのも当然だと思う。だけど、ある程度持たれたり、やられるのなら、やられてもいいし、持たれるなら持たせればいい。耐えるということに鹿島は馴れているはずだから。
にもかかわらず、最後に2失点というのは、やっちゃいけないことだった。誰とは言わないけれど、ゴール前で軽いプレーもあった。試合の残り10分、15分という一番大事な時間の戦い方ではなかった」
内田の口調が珍しく強くなる。試合に出ていたからこそ、言える言葉なのかもしれない。
この日内田はコイントスで、ピッチサイドを変えた。それには、内田なりのゲームプランがあった。
「久しぶりの試合出場だった(右MFの)レアンドロに、前半ベンチ前で気持ちよくプレーしてほしいと思った。そして、フロンターレといつもと違う感じでやりたかった。後半、耐えなければいけなくなったときに、サポーターが後ろにいるほうが頑張れるんじゃないかと。まあでもサポーターが後ろにいて、2点獲られちゃったけど」
前半10分、そのレアンドロのアシストで先制点を奪い、長い守備時間もサポーターの声を背になんとか耐え抜いた。けれど、最後の最後に想定外の失点が続いた。
1-1で迎えた残り10分間。鹿島の指揮官は、内田の代わりにボランチの名古新太郎を投入。ボランチを務めていた小泉が右へ入る。低下していた中盤の展開力を立て直す目的だったのだろう。
しかし逆に、79分に投入された川崎の大島僚太がボールをキープし、そこから供給されるパスで攻撃スピードが増し、リズムも大きく変化していた。
もしも内田がいれば失点が防げたのか? それは誰にもわからない。けれど、その場所に直前まで立っていた本人が「俺がいたら守り続けていられた」と思うのは当然だろう。それがピッチに立つプロとしての矜持だ。
「自分はベンチの選手として契約していないし、そりゃやりたいよ。でも、怪我の経歴とか出場時間だとかを見ると、仕方がない部分もあるのかもしれない。だけど、もっとちゃんとやりたいし、やらなくちゃいけない。金をもらっているんだから」
確かに鹿島は、粘り強く耐える試合が得意なチームだ。けれどこの日はミスが多く、選手同士が激しく言い合うシーンもあり、不安定さが漂い続けていた。
「試合をしながら、ああしよう、こうしようと言い合うのは絶対にあること。それができないなら、(プロの選手を)止めたほうがいい。今日も(永木)亮太と(チョン・)スンヒョンが言い合っていたけれど、韓国人だし、日本語が100パーセントわからない部分があったのかもしれない。
俺のドイツ時代にそうだったけど、何を言っているのかわからなかったりうまく伝えられなくても、『ああしてくれ』『こうしてくれ』と言いあうのはすごく大事だと思う。なぁなぁで終わるのが一番良くないこと。俺らは部活でサッカーをやっているわけじゃなくて、仕事でやっているからね。勝たなくちゃいけない。
アウェイで勝ち点を持って帰らなくちゃいけないというミッションのなかでやっているから。お互いの意見がぶつかるのも当然のこと。多少激しくなって乱暴な言葉になっても、多少手が出てもいいんだよ。シャルケで散々見てきたから。フンテラールとジョーンズが殴り合いみたいになったり。別にいいと思うよ」
サッカーは仕事なんだと発する内田の口調は強かった。
8月10日から始まった公式戦不敗記録は、13試合でこの日止まった。
「そうだね。帽子変えなくちゃね、ジンクスは終わり」
試合後、ミックスゾーンに姿を見せる内田はいつも黒いキャップ帽をかぶっているのだが、それは負けないジンクスだったようだ。
「鹿島は負けに馴れているチームではないけれど、切り替えという部分では下手じゃないと思う。若い選手が多いぶん、練習をしっかりやれれば。こういうひとつの負けで、このままズルズルとJリーグにも響くのか、次の試合に勝ってルヴァンカップ決勝へ行けるのか、負けて終わるのか、今はどうなるか知らないけれど、負けを引きずることはない。変な話、勝ちも引きずってないからね、俺らは。
俺自身は48時間はとりあえず休んで、今日の疲労をとって、コンディションを戻す……って90分出ていないから、別にね。みんなすごく俺のコンディションのことを心配してくれるけど、俺はまだ31歳だから。31だよ。亮太とか(遠藤)康とか、(伊藤)翔と変わらないから。もっとこき使ってくれていいんだよ。そうやって身体は、耐久ができるようになってくるから。まあ、そこは練習での自分の意識次第だとは思っているけど」
試合後は、川崎の中村憲剛のもとへ挨拶に出向き、「憲剛さんより長くやりたい」と伝えた。しかし中村が39歳で、三浦知良は52歳だと記者に指摘されると何度も「すごいよねぇ。あと8年も厳しいよ。みんな好きなんだねぇサッカーが」と笑う。
ミックスゾーンで記者に声をかけられると、どんな試合のあとでも、試合に出ていなくても、内田は足を止める。
そこで彼が話す言葉にウソはない。しかし、そこで口にした言葉が彼の想いすべてではない。感情をそのままストレートに吐露するようなことは、意外と少ないかもしれない。
この日も、自分が途中でピッチを去り、その後2失点。その現実に対する悔しさや落胆、もろもろの感情を押し殺し、いつもと変わらないテンションで明るく振る舞っているようだった。それでも想いがこぼれる。
「憲剛さんも(小林)悠も出ていないのに、3失点というのは悔やまれる。彼らを引きずり出す展開にできなかった。川崎の監督が考えるベストの11人にその2人が入っているか俺にはわからないけれど、やっぱり俺の知っている憲剛さんはレベルが違うから」
中3日で行われるセカンドレグ。2-0、もしくは3点差以上で勝ち抜けが決まる。
「1-3というスコアは厳しい結果だとは思う。でも、俺らが先制点を獲ったらわからない。全然諦めるつもりはないし、ルヴァンカップを捨てて次という考えもない。まだ半分しか終わっていないということをロッカーでも話した。まあでもキックオフしてからだね、すべては。プランとは違うことが起きるのがサッカーだから」
中3日での内田の先発出場はあるのか? そのための途中交代だったのか?
昨年から内田の出場には1週間のインターバルが置かれていることを考えると、内田の先発は考えづらい。だからこそ、このファーストレグにかけた想いは強かった。しかし、終わってしまった試合のことを悔やんでもしょうがない。プロだから、仕事だから、切り替えて前へ進むだけだ。
内田も、そして鹿島アントラーズも。
◆内田篤人が川崎に敗れて話したこと。 「俺はまだ31歳だから。31だよ」(Number)