ランコ・ポポヴィッチ監督率いる新体制でスタートした今季の鹿島アントラーズ。序盤こそFC町田ゼルビアやアビスパ福岡らに躓いたものの、5月に入ってからは無敗。チーム完成度も確実に高まってきている。
こうした中、迎えた19日のヴィッセル神戸戦。鹿島としてはホームで2012年から勝っていない因縁の相手であり、2023年4月15日の昨季は1-5の大敗を喫している。
「優勝するためには絶対に勝たないといけない相手。昨年2敗した悔しさをぶつけたい」とキャプテンマークを巻く植田直通も闘争心をむき出しにしていたが、今回は何としても勝ち点3を手にする必要があった。
そのためにも、まずは大迫勇也と武藤嘉紀というJリーグ屈指の得点源を封じる必要がある。大迫は植田と関川郁万が中心となって対応するが、武藤封じは右サイドバック、濃野公人のタスク。関西学院大学から今季加入した新人にとって、それは最高難度の仕事と言っても過言ではなかった。
「自分は守備が課題だと監督にずっと言われてきました。もっと成長しなければいけないと思う中で、日本を代表するようなFWとの対峙だったので、『やってやろう』という気持ちが強かった」と本人も燃えに燃えていた。
前半の武藤はそこまでドリブルで仕掛けて来なかったが、仲間隼斗のパスカットから強引にフィニッシュまで持ち込んできたシーンに象徴される通り、一発がある。
「前半はだいぶ押し込まれる展開が多かったし、武藤さんが攻め残りするタイプだったので、むやみに出ていったらキツいという思いがあったので、チームのバランスを見ながら残った方がいいと判断しました」と濃野もセーフティな守りを心掛けた。
0-0で迎えた後半。神戸は膠着状態を打破するため、途中から広瀬陸斗を投入。武藤が右サイドへ移動し、濃野のマッチアップの相手は広瀬に変わった。昨季まで鹿島の一員だった先輩に仕事をさせるわけにはいかない。
「スカウティングで個人のプレー映像を見せてもらっていましたし、(終盤出てきたジェアン・パトリッキ含めて)特徴は頭に入っていた」と本人も自信を持って対処していたことを明かす。
いい守備ができれば、体力的にも精神的にも余力を持って終盤まで戦える。それが81分の大仕事につながる。鹿島は左サイドのスローインから鈴木優磨が絶妙のスルーパスを送り、名古新太郎が守備陣の背後に侵入。シュートを放ち、相手GK前川黛也が弾いたところに濃野が突っ込み、こぼれ球を押し込んだのである。
「左サイドが深い位置までえぐって、逆サイドにこぼれてくるのは、少しずつアントラーズの形になってきたイメージがあります。だから、名古くんが深い位置を取った時、『絶対、折り返しが来る』と信じて入った結果があのゴールにつながりました。いろんな運が重なったゴールだと思います」
この一撃が神戸という因縁の相手を下す決勝弾になったのだから、濃野にとっては感慨ひとしおだったに違いない。しかも今季4点目。“鹿島の右サイドバック”として真っ先に頭に浮かぶ内田篤人でさえも、新人1年目は2ゴールだったことを考えると、15戦で4点というのは破格の活躍に他ならない。
大津高校時代はFWや左サイドハーフを主戦場としていた分、攻撃センスはやはり抜群。スルスルと高い位置を取って攻撃に厚みをもたらすそのスタイルは山根視来(ロサンゼルス・ギャラクシー)や毎熊晟矢(セレッソ大阪)と重なる部分も少なくない。
「(もともとサイドバックではなかったという意味で)境遇が似ていたりするので、僕も参考にさせてもらっている選手たちですけど、全員が全員、同じプレースタイルかというとそうではない。人それぞれ良さがあって、色があると思います。僕は点に絡むとか、点を取るところは誰にも負けてはいけない。これから期待も大きくなっていくと思うので、ブラさずにやっていきたいです」
短期間で凄まじい成長曲線を見せる濃野。このまま行けば、6月のU-23日本代表アメリカ遠征メンバーに入ってくる可能性もありそうだ。このポジションにはAFC U-23アジアカップで大活躍した関根大輝(柏レイソル)を筆頭に、半田陸(ガンバ大阪)、内野貴史(デュッセルドルフ)といった実績ある面々がいるが、濃野のポテンシャルを考えれば一度はトライしてもいいはずだ。
「年代別代表経験はまったくないですけど、日の丸を背負うのは誰もが憧れること。僕のアピールは鹿島で結果を残すことだけなので、そこまで意識せずにやっていきたいと思っています」
濃野はどこまでも謙虚な姿勢を貫くが、右サイドバックとして着実な進化を遂げているのは間違いない。昨季王者撃破の原動力となったことで注目度はさらに上がっていくだろう。
「彼はもともと攻撃的なプレーヤー。サイドバックというポジションでも自分が入っていける時間とスペースが前にあると常に考え、突き進めるのが長所。勝ちにこだわる強気の性格、自己探求心の旺盛さもあるので、鹿島で大きく飛躍できるだけの器があると思います」と大津時代の恩師である平岡和徳氏も太鼓判を押していた。
谷口彰悟や植田らワールドカップ経験者の先輩たちのように、濃野には成長を歩みを止めることなく、突き抜けてほしいものである。
取材・文=元川悦子