短期連載:「鹿島アントラーズの30年」
第3回:「小泉文明が語るノンフットボールビジネスの正体」
今年創設30年目を迎えた鹿島アントラーズ。Jリーグの中でも「すべては勝利のために」を哲学に、数々のタイトルを獲得、唯一無二のクラブとして存在感を放っている。
その節目となる年にあたり、クラブの歴史を独自の目で追った単行本『頂はいつも遠くに 鹿島アントラーズの30年』が発売された。それを記念し、本の内容を一部再構成・再編集したものを4回にわけてお届けする。
第3回は「小泉文明が語るノンフットボールビジネスの正体」。
先ごろ、ミクシィがFC東京の運営会社である東京フットボールクラブの株式の51.3%を保有することで、経営権を獲得したことが報じられた。FC町田ゼルビアのサイバーエージェント、鹿島アントラーズのメルカリに続く、IT企業のJクラブ経営ということになる。
2019年夏、日本製鉄およびその子会社が保有するクラブの株のうち、61.6%がメルカリに譲渡され、8月鹿島アントラーズの社長に就任したのが小泉文明だ。
大和証券SMBC(現 大和証券株式会社)に就職して以降、ミクシィの取締役を務め、2013年にメルカリに入社し、2017年に取締役社長兼COOとなった小泉にとって、実は鹿島は特別なクラブだった。そこは他のIT企業と大きく異なる点だろう。
小泉の父親は鹿島がホームタウンとする鹿行地域出身で、1993年にはカシマスタジアムのこけら落としとなった親善試合、ペプシカップの対フルミネンセ戦を観戦して以降、鹿島アントラーズのファンとなった。小泉が中学1年生のころだったという。その後、帰省するたび、鹿島アントラーズ誕生によって、鹿行地域やそこに住む人たちが変わっていく様を目の当たりにしてきた。工業地帯として発展したものの娯楽も少なかった町に新しい潤いが生まれたことを。
社会人となり、前記したようにスタートアップ企業に関わり多忙のため足が遠のいていたスタジアムに足を運ぶきっかけとなったのが、柴崎岳との出会いだった。彼の誘いでカシマスタジアムへ行き、クラブ幹部と出会い、メルカリは鹿島のスポンサーとなった。そして、経営権の譲渡をきっかけにクラブの社長に就任。小泉は鹿島の社長になることを目標に生きてきたわけではないものの、ファン、サポーターとして感慨深い想いがあった。
社長就任会見では、「ホームタウン移転」について問われていたが、鹿行地域に存在する鹿島アントラーズの意味の重さを熟知している小泉は、それを否定した。そこには彼が体験してきたJリーグが持つ力というロマンだけでなく、小泉のビジネスパーソンとしての大きな目標があった。
若いメルカリという企業にとって、鹿島アントラーズが持つブランド力が大きな魅力だったに違いない。スポンサーになった当時メルペイなどの金融サービスを始めるうえで、信用力強化につながるからだ。同時にメルカリのメインターゲット(20代、30代女性)とは異なる鹿島のメインユーザー(40代男性)へのアピールの場としても鹿島やJリーグは大きな可能性を秘めるマーケットだっただろう。
しかし、それ以上に小泉をひきつけたのは、彼が持つ「スマートシティ化」という「街づくり」への夢実現だったのではないかと思う。
「2000年代以降、ITにより、人々の生活、社会は大きく変わりました。今後もそれは加速していくでしょう。ネットワークにつながることで、生活や街がどんどん変わっていく未来が予測できます。僕にはテクノロジーで社会をよりよいものにしたいという想いがあります。
でも僕は政治家ではないので、経営者の立場からフットボールクラブをアップデートし、地域にも貢献していきたい。それはJリーグの理念にも近いと感じています。スマートシティというと、行政によるコンセプト主導の近未来的な話が多く実現性が乏しいと感じています。渋滞解消やスタジアム内での生体認証によるキャッシュレス化など、ラボとしてスタジアムを使い、いろいろな施策を実施する。一つひとつは小さくても、10年経ったときにスタジアムで実験したものが一般化していき街がスマートになっているというのが、正しいアプローチだと僕は考えています。
人口減少のなかで、課題がたくさんある地方都市ほど、テクノロジーの恩恵を受けやすい。ならば、地域の課題解決の支援を行なうというスポーツクラブとしての新しい地域貢献ができると思っています」
小泉の社長就任後、社内でのIT推進を進めていた最中、コロナ禍に見舞われる。コロナ禍は、クラブ収入の3本柱といわれるスポンサー収入、グッズ収入、チケット収入を直撃した。いちはやくふるさと納税制度を使ったクラウドファンディングを実施し、1憶3千万円を集めた。ほかにもオンラインライブイベント「鹿ライブ」でのギフティング(投げ銭)や鹿行の「食」を届けるプロジェクト、地元自治体や企業のDXコンサルタント事業やパートナー企業のビジネスマッチングなど、さまざまな施策を始めている。親会社がメルカリに変わったことで、スピード感を持って実施できた。それは収入の第4の柱となるノンフットボール事業の後押しにもなった。
「数年かけてやっていこうと思っていたことがどんどん進んでいきました。収入的にはもちろん厳しいです。でも、ここで培った時間があったからこそ、アフターコロナの時代に向けていい方向へ進んでいけると感じています。『こういうことがやりたい』というアントラーズのスタッフの声に、『だったらこんなやり方がある』とメルカリ側が提案できる。サッカー業界とインターネット業界がぶつかることで、かなりいい化学反応が起こっていると感じています。それは相互にリスペクトしながら1年間やってきたことは、すごく大きいなと思います」
小泉は就任後の危機についてそう振り返っている。
そして、クラブ創設30周年となった10月1日、鹿島アントラーズはVISION KA41のアップデートを発表した。VISION KA41とはクラブ創設50周年となる2041年にどのような姿であるべきかを描き、そのためになにをすべきかという指針を示したものだ。10年前の2011年に初めて発表されたビジョンは、デジタルという武器を持つメルカリのもとでさらにブラッシュアップされている。
そのなかで注目を集めたのが、THE DREAM BOX(新スタジアム構想)だった。しかし、発表では5年後を目途に方針を決定して、完成は10年後とされており、新築か改築かという議論も、建設場所も未定。それでもサポーターたちのリアクションは大きかった。なかには、移転するのではないかという不安を抱く人たちもいただろう。しかし、スタジアム建設は鹿島アントラーズが単独で実現できるものではない。地元自治体のサポートがなければ、資金的にも難しいはずだ。
なぜ新スタジアムなのかという大きな理由は、スタジアムの老朽化問題がある。2011年の東日本大震災の影響だけでなく、海風による塩害も大きい。メンテナンス費用もさることながら、安全性を考えたとき、永遠にこのままでよいわけではないのだ。1990年のワールドカップイタリア大会開催時に新築、改築されたスタジアムが多いイタリアでも、老朽化した施設の課題は論じられてきた。しかし、日本同様に自治体の持ち物が多いことが新スタジアムにとっての高いハードルになっている。メンテナンス状態の差こそあれ、日本もそういう課題に直面する時が来ると思ってから、すでに数年が経った。同時にスタジアムが担う役割の変化もあると小泉は考える。
従来日本のスタジアムは、スポーツ競技を実施するための役割が重視されてきた。だから、多くのスタジアムがその下にある法律では、火器の使用ができない(よって温かな食事が作れない。カシマスタジアムはその法律下にはないので、豊富なスタジアムグルメを楽しめる)など、観戦者にとってもスポーツを見るだけの場所だった。しかし、それでは維持費を賄うだけの収入を手にするのは困難だろうし、自治体への負担(税金の流出)は大きくなるばかりだ。
2006年、茨城県は鹿島アントラーズをカシマスタジアムの指定管理者とした。管理者への委託費の支払いはあるものの、県は維持費の赤字を大きく圧縮できる。指定管理者となった鹿島アントラーズは、スタジアムを維持し、同時に収益性の改善にも取り組んできた。試合のない日にも地元の人々によって賑わう場所にしようと様々な施策を行なっている。
それでも限界は多い。
欧州のサッカースタジアムの多くでは、高額なチケット代(年間契約の場合が多い)を支払うVIPへのサービスに力を入れている。試合開始の数時間前から専用のラウンジで食事やアルコール類を提供し、試合後には選手が挨拶に訪れるクラブもある。しかし、日本のスタジアムではそういう空間が限られている。購入したいという企業や顧客がいても、場所がないからだ。
いわゆるホスピタリティという面で、日本のスタジアムはまだまだ使い勝手が悪い面は否めない。エスカレーターやエレベーターなどのバリアフリー設備も足りないだろう。
スタジアムにはスポーツを実施したり、観戦したりするだけでない可能性が秘められている。マッチデー以外にも人が集まる場所、スタジアムをハブとした地域社会活性化をアントラーズが取り組んでいくのもVISION KA41には盛り込まれている。
カシマスタジアムが建設された30年前から比べて、デジタルなど多くの技術革新が起きた今、気候変動をはじめとした、さまざまな社会の課題に応じた持続可能なスタジアムを作るべきであることにも納得がいく。
11月7日、第35節浦和レッズ戦を前に「メルカリスペシャルマッチ 〜All for One すべては勝利のために〜」と題した、メルカリと鹿島アントラーズとが手を組んだ施策のいくつかを小泉は紹介した。その質疑応答でも話題はやはり新スタジアムについてだった。テクノロジーが地域の問題解決の武器になると話したうえで、「スタジアムを大きなラボとして、近未来を見せることができる。例えば過去の事例では5Gの導入や顔認証などです。同時に新スタジアムはSDGsの17個の観点に配慮し、スタジアムを進化させたい」と話した。「ワールドカップの開幕戦や決勝戦が開催できる8万人のスタジアムを作るか?」との問いには「作りません」と即答した。
「箱を作ればいいということではなく、ファンクション(機能や効能、役割)を重視する。大切なのはプレーしやすい? 見やすいか? 感動できるか? ということです」と。
しかし、すでに述べたように、スタジアムが持つポテンシャルは非常に大きい。世界中にはホテルや運動施設、商業施設、映画館、老人ホームなどを併設するスタジアムもある。鹿嶋市を中心とした鹿行地域を魅力あるものにする一大拠点、サッカーに興味のない人にとっても重要なインフラとなるべきだ。建物だけを作り、そこに魂を入れず、人々の声や熱量が感じられない公共施設にしてはならない。
そんな小泉の言葉を聞きながら、立場の異なるさまざまな人たちとミーティングをしている彼の姿がイメージできた。
そこで、会見後にそのことについて聞いた。
「いろいろな人の声を聞いていきたいですね。この新スタジアム構想に関わる人が多いほうがいいと思うんです。そのほうが絶対にスタジアムに愛情を持ってもらえるから」と応えてくれた。
どんなふうに誰に話を聞くのかも含めて、すべてが白紙状態だが、できあがったスタジアムに名前を刻む以外に、関われる機会があれば、それは地域住民やサポーター(他クラブのサポーターも含む)にとって、特別な場所になるに違いない。
建設計画の立案、建設、完成、そして......熱気に帯びた新スタジアム建設という祭りが始まってほしい。
時代が変わろうとする真っ只中で、小泉はデジタルとスポーツの関係をどう考えているのだろうか。
「友人が死んだことが、私の死生観に強く影響を与えました。どうせ生きるなら、世の中に残るものを作りたい。人々の暮らしが豊かになるものを作っていきたいと。昔からインターネットに強く惹かれたのは、個人が力を手にし、人らしく生きるうえで、重要なツールだからです。今後、テクノロジーが発展することで週休3日や4日という企業が出てくるかもしれません。そこで、余暇を楽しめず、戸惑う人も少なくないと思うんです。そういうときこそエンターテインメントの役割が大きくなる。それはスポーツも同じです。僕自身がスポーツ好きというのもありますが、スポーツが人々の生活や心を豊かにできると思っています」
鹿島アントラーズの哲学を知り尽くす小泉の登場によって、クラブの未来も変わっていくのかもしれない。
◆鹿島アントラーズ・小泉社長が考える地域貢献とIT施策のスタジアム活用法。「大きなラボとして、近未来を見せることができる」(Sportiva)