プレースタイルも類似、遠藤の後継者として早くから名前が挙がっていた柴崎
ロシア・ワールドカップ(W杯)で“日本代表の心臓”として堂々たるパフォーマンスを披露し、新たな光明となった男がいる。背番号7を背負い、全4試合で先発を飾った26歳のMF柴崎岳だ。7月2日のW杯決勝トーナメント1回戦ベルギー戦で2-3と逆転負けを喫し、日本初のベスト8進出に手が届かなかったなか、柴崎は自身の“足りないもの”について分析している。
ベルギー戦後、柴崎は「胸を張って帰れるような戦い方ができた」と語った一方、2022年カタールW杯を見据えて「間違いなく今の自分よりパワーアップしなければ……」と自らの課題も自覚。早くも4年後に向けて動き出す構えだ。
兼ねてより柴崎のポテンシャルは高く評価されていた。2009年U-17ワールドカップで日本代表の10番としてプレーした柴崎は青森山田高を卒業後、2011年に常勝軍団鹿島アントラーズに加入。1年目からコンスタントに出場を重ね、2012年にはJリーグベストヤングプレーヤー賞、2014年にはJリーグベストイレブンに選出されるなど着実に階段を駆け上がってきた。ボランチなど中盤の中央を主戦場とし、パスを散らして攻撃を組み立てる姿から、遠藤保仁の後継者として早くから名前が挙がっていた逸材だ。
遠藤と言えば、日本代表最多152試合出場(15得点)を誇る稀代のプレーメーカーとして知られる。テンポ良くボールを捌いてリズムを作り、機を見て急所を突く正確無比のパスを通す。高いテクニックに加え、状況判断力にも優れ、その局面における“最適解”をいち早く導き出す能力に長けていた。1対1の守備は課題とされたが、それでも豊富な運動量で事前に危険なスペースを埋め、鋭い読みで世界屈指の攻撃陣に対応。“日本の心臓“と呼ばれた男は、いつしか日本代表に不可欠の存在となっていた。
アギーレ体制の日本で14年に代表デビュー、世界との差を痛感したブラジル戦
当時、遠藤は自身の後継者問題について度々聞かれたなか、「岳は僕になれないし、僕も岳にはなれない。プレースタイルが似ていると言っても全く同じでない以上、自分のスタイルを築き上げる以外にない」とコメントしている。
奇しくも、その遠藤が長年代表で着用した7番を引き継いだのが柴崎だ。ブラジルW杯で日本が惨敗し、ハビエル・アギーレ監督の下で再出発を切ったなか、柴崎は2014年9月9日の国際親善試合ベネズエラ戦(2-2)で7番を背負って日本代表デビューを果たし、代表初ゴールもマークするなど、ロシアW杯に向けて幸先のスタートを切っていた。
ところが同年10月14日の国際親善試合ブラジル戦(0-4)で世界との差を痛感する。先発出場した柴崎は後半3分、敵陣中央でパスミスから相手MFフィリペ・コウチーニョにボールを奪われ、カウンターからショートパスを通されると、FWネイマールにゴールを叩き込まれた。同14分にも相手エリア前でボールを奪われ速攻を受けると、自陣ゴール前に戻った柴崎だが最後はネイマールにフェイントでかわされてシュートを打たれた。これはわずかに左に外れたが、全く対応できずに後手を踏んだ。そして同32分には、自陣エリア前で寄せが遅れてコウチーニョが右足を一閃。そのこぼれ球をネイマールに押し込まれている。
Jリーグでは違いを作れる男も、国際舞台では歯が立たなかった。当時から成長を重ねた今の柴崎は、代表としてのプライドを何よりも重要視している。
「国のプライド」を重視…「胸を張って帰れるような戦い方ができた」
「プロなので結果を出さないといけない。国の代表ですしね。内容もファン・サポーターの皆さんを楽しませたりするためにもちろん必要。それと同じぐらい必要な、国としてのプライド、誇りのようなものをピッチで示せるかどうかがすごく大事」
2017年1月、スペイン2部テネリフェへの移籍を決断。当初は適応に苦しんだが、昇格プレーオフではゴールやアシストで存在感を放った。同年夏には1部ヘタフェで10番を背負い、バルセロナ戦で450分間を無失点で凌いでいたドイツ代表GKマルク=アンドレ・テア・シュテーゲンの記録を止める豪快な一撃を叩き込んでいる。この試合で負傷交代し、左足中足骨の亀裂骨折で手術を受けて約3カ月離脱したものの、リーグ戦22試合に出場するなどスペインで研鑽を積んだ。
そうした経験を経て迎えたロシアW杯だった。2ボランチの一角を担い、MF長谷部誠とコンビを組み、6月19日のグループリーグ初戦コロンビア戦(2-1)で金星に貢献。そこからベルギー戦まで全4試合に先発出場を果たすなど、西野朗監督が最も信頼を寄せる一人としてプレーし続けた。ベルギー戦でも絶妙なスルーパスを通し、MF原口元気の先制ゴールを演出している。
「2010年(W杯)の時は高校3年生で、2014年(W杯)の時はもうプロに入っていた。今回の戦いは最低限、日本の戦い方ができたのかなと。胸を張って帰れるような戦い方ができたと思う」
「全体的に足りなかった」と自己分析、ロシアW杯で感じた自らの課題
アギーレ監督、バヒド・ハリルホジッチ監督、そして西野監督から評価されたプレーメーカーは、自身初のW杯で攻守の舵取り役として存在感を発揮。かつてブラジル戦で不甲斐ないミスを繰り返した柴崎の姿は、そこになかった。自らボールを呼び込んでパスを捌き、球際でもファウル覚悟で激しく潰しにかかる。名だたる相手と対峙しても全く見劣りしないプレーでチームを牽引した。だが、柴崎はチームの中心となるには、決定的に足りないものを感じているという。その3大要素とは「経験」「知識」「感覚」だ。
「僕はボランチで4試合に出た。チームをゲームのなかでまとめていくというのは経験・知識・感覚が必要で、そういったのが全体的に足りなかった。大きく二つに分けて攻撃と守備で言うと、攻撃の面ではまあまあそれなりに通用する部分もあった。ただ守備の面ではまだまだ物足りなさを感じている」
原口へ通したスルーパスをはじめ、長短を織り交ぜたパスワークで攻撃のリズムを作り出しており、柴崎本人も一定の感触をつかんだようだ。その一方で守備は改善の余地があると口にしている。さらにゲーム全体をコントロールするうえで、経験・知識・感覚がまだ足りないと実感したようだ。
「今考えているのは(UEFA)チャンピオンズリーグ(CL)に出ること。レベル的にはワールドカップと比べても同等、もしくはそれ以上の大会だと思っている。そういうところに身を投じて、チャレンジしていくことが自分には必要だと思う」
飄々としたところも遠藤似? 「僕は引っ張るタイプじゃない」
ロシアW杯を経て、成長への強い欲求が柴崎の中で生まれ始めている。現在26歳の柴崎がさらなる成長の階段を上がれば、かつて日本代表でタクトを振るった遠藤以上の存在感を放ち得るだろう。もっとも柴崎自身は「代表を牽引する」といったタチではないと自ら口にしている。
「僕は引っ張るようなタイプじゃない。もっと自由気ままにやっているほうが自分らしいかなと思う。あんまりいろんなものをしょい込みすぎずに、頼れる仲間たちと分散するところはしていきながら、支え合えながらやっていきたい」
そんな飄々としたところも遠藤似だが、この男は4年後のW杯で中軸を担い、日本初のベスト8進出という歴史的な扉を開く原動力となるか。偉大なプレーメーカーを超えることも決して不可能ではないはずだ。
柴崎岳は遠藤保仁を超えられるか 日本の新司令塔が自ら語る…足りない「3大要素」