日刊鹿島アントラーズニュース

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2021年4月3日土曜日

◆鹿島に援軍到着! MFディエゴ・ピトゥカがついに来日、Jリーグバブル終了後に合流(超WORLDサッカー!)












鹿島アントラーズは2日、サントスから獲得したMFディエゴ・ピトゥカが来日したことを発表した。

なお、ピトゥカはこのままJリーグバブルに入り14日間の隔離措置が取られ、その後にチームへ合流することとなる。

ピトゥカは、ブラジリスやグアスアーノ、マトネンセ、ウニオン・サンジョアン、ボタフォゴSPを経て、2017年7月にサントスへ加入した。

2018シーズンからファーストチームへ昇格すると、今シーズンはカンピオナート・ブラジレイロ・セリエAで20試合、コパ・リベルタドーレスで6試合に出場。クラブの公式戦42試合中41試合で先発するなど、主軸としてプレーしていた。

加入決定後も新型コロナウイルスの感染拡大を受け、日本への入国が叶わず。ついに来日が実現した。

なお、MFアルトゥール・カイキはビザ取得が完了次第、入国予定となっている。


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◆鹿島に援軍到着! MFディエゴ・ピトゥカがついに来日、Jリーグバブル終了後に合流(超WORLDサッカー!)





◆鹿島新加入のピトゥカ入国発表 隔離先の宿泊先へ(ニッカン)






鹿島アントラーズは2日、今季加入のブラジル人MFディエゴ・ピトゥカ(28)の入国を発表した。

ブラジルは現在、ロックダウンされている州が多くビザの発給に時間がかかり、他クラブもブラジルからの助っ人の来日のめどが立っていない状況。その中で、鹿島のピトゥカがいち早く来日した。クラブのスタッフが感染対策を施した車でピトゥカを空港に出迎え、隔離先となる宿泊先へ移動した。

ピトゥカは昨季、ブラジル1部サントスで主力として活躍した左利きのボランチ。縦やサイドに決定機を生み出すパスを出し、前線に上がっての強力なシュートを持つ。攻撃サッカーを掲げる鹿島にとって頼もしい新戦力だ。今後、Jリーグが一括管理する14日間の待機期間を経て、チームへ合流予定。


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◆鹿島新加入のピトゥカ入国発表 隔離先の宿泊先へ(ニッカン)





◆Jの夢、諦めず支える アルテリーヴォ和歌山サポーター(朝日新聞)






 「負けて悔しい思いをすることの方が多い。いつ報われるかもわからんけど」。Jリーグ入りを目指すサッカークラブ「アルテリーヴォ和歌山」のサポーター、井戸俊さん(54)は苦笑交じりに語る。それでも――。「選手、チームと苦楽を共にするなかで、良いこともある」

 和歌山市で生まれ育った。子どもの頃は野球少年。十数年前、Jリーグサポーターだった職場の後輩に刺激され、鹿島アントラーズを応援するように。年に数回、近畿圏のスタジアムなどに足を運び、熱いサポーターが集う「ゴール裏」にも行った。みんなで歌って応援する、一体感に魅せられた。

 ただ、「和歌山にもチームがあれば」と思った。そんな中で見つけたのがアルテリーヴォ。当時は情報が少なく、関心がある人同士でネットの掲示板で情報共有していたぐらいだった。

 アルテリーヴォは、当時J1から数えて8番目のカテゴリーだった「県3部リーグ」からスタートした。練習場が河川敷だったり、試合会場でサポーターの真横で選手が着替えていたり。試合に来るサポーターも数人ほど。決して良い環境とはいえなかったが、選手やクラブとの近さが魅力だった。

 「どれだけかかってもいいから、Jリーグ入りという夢を達成してほしい」と、気づけば週末に試合を見るのがライフワークになった。現在はJ1から数えて5番目のカテゴリーで戦うアルテリーヴォ。井戸さんはクラブ創設からのサポーターの一人だ。

 応援のため、全国各地を訪れる。岩手県で開かれた大会に車で駆けつけ、5日連続で観戦。優勝まで見届けたこともあった。

 忘れられない試合がある。4年前のリーグ戦。同点で迎えたアディショナルタイムで劇的に勝ち越した。得点した選手はサポーターの元へ駆け寄り、喜びを分かち合った。「サポーターって自己満足でやっているわけではない。選手にとって何らかの力に、と思っている」

 声援や楽器の演奏で選手を後押しするという日常は、新型コロナウイルスの感染拡大で制限された。昨年のリーグ戦は開幕が延期され、予定から約4カ月遅れの8月に開幕した。多くの試合で現地観戦はできたが、声を出すことはできなかった。

 「存在意義が感じ取れない」状況だったという。けれど、苦しい時、勢いづかせたい時に、選手、クラブ側が盛り上げるよう求めてくることもあった。手拍子のみの応援。必要とされていることがうれしかった。

 新たなシーズンが4月から始まる。クラブはあと2回昇格すればJリーグという所まで来ているが、10年近く足踏みが続いている。夢はいつかなうか、誰にもわからない。それでも――。「選手、監督、フロント、誰も諦めていない。サポーターが諦めてどうすんねん」。どんな環境であろうと、支える気持ちに変わりはない。(藤野隆晃)







◆Jの夢、諦めず支える アルテリーヴォ和歌山サポーター(朝日新聞)






◆アントラーズ復帰前、内田篤人に小笠原満男から届いた一通のメール…「たいしたことねぇなぁ」の初対面から12年後の変化とは(Number)






 2021年10月1日、鹿島アントラーズはクラブ創設30周年を迎える。「0.0001%の奇跡」としてJリーグ加盟を果たし、常に勝利のために歩み続け、これまで国内最多20の主要タイトルを勝ち取ってきた。
 今回は、昨シーズン限りで現役を引退した内田篤人氏と鹿島でテクニカルアドバイザー(TA)を務める小笠原満男が出会った当時のあの頃、そして内田がドイツから帰って来てからの変化について、『月刊アントラーズフリークス別冊内田篤人』で対談が実現。その模様を再構成し、未公開分と合わせて特別に掲載する。全2回の前編(#2後編はこちら)。



 2006年、内田篤人は鹿島アントラーズに加入した。そのとき見たのが眼光鋭い、背番号8の姿だった。初めてチームメイトとなり、ともにプレーするなかで感じたこと。そして、その背中を追いかけて走った日々……。

 初めて参加した練習中に強くて速いボールで試されたルーキーが、ドイツでの経験を経て、3倍のスピードのボールを返せるようになって帰って来た。その成長の過程における、アントラーズであった感情の移ろいや様々な出来事。アントラーズスピリット継承の一端を、ここに紐解く。

◇◇◇ 

――初めて会ったときの印象は覚えていますか?

内田 俺はめちゃめちゃ覚えています。めちゃめちゃ怖かった……目つきが。

小笠原 (笑)。取材だぞ、ちゃんと考えて言えよ!

内田 満男さんが遅れて練習に入ってきたのかなあ……代表かなんかで。俺はそのときにスタメン組のサイドバックにポツンと入っていたんです。紅白戦が始まる前とか、全然こっちを見てくれない。そうしたら、始まる直前くらいにチラッと見られたんです。「コワッ!!」。それが第一印象です(笑)。

小笠原 最初って、練習参加かなんかで来た?

内田 練習で来ました! そのとき、覚えています?

小笠原 “ヒョロヒョロのやつが来たなぁ”と思ったのは覚えているよ。「こいつに何ができるんだろう」と思った記憶があるかな。

内田 そもそも高校生に対して、「こいつに何ができるんだろう」っていう目で見ちゃダメですよね(笑)。

小笠原 そんな変な意味ではないよ(笑)。何か武器がないとアントラーズに練習参加なんて来られないから。良さはどこにあるのか、どういうキャラクターなのか、そういうのを見ていたかな。

内田 サイドに振って、クロスをあげる練習があって。そのときに(脇腹の横を指して)ここらへんにめちゃくちゃ強くて速いボールが満男さんから来て。





――最初のインパクトが強烈ですね(笑)。

内田 小笠原満男のインパクトが強くない、わけないでしょう! 高校生に蹴るボールではないね、あれは。

小笠原 (笑)

内田 隣でみんながニヤニヤしていて。「ここ、怖っ」て思ったのを覚えています。

小笠原 まあ、それは内田だからだけでなく、いつもそういうボールは出していたよ。

内田 普通さ、高校生の1日目って優しくしてあげてもいいよね(ボソボソ)。

小笠原 逆だよ! プロではこんなにすごいボールを止めなければいけないんだって分からせないと。そういうレベルの高いところでやりたいと思えるかどうか。

内田 サムライだわ!

小笠原 (笑)

内田 怖いよ~。俺とか優しいから、そういう考えにはいたらないけど。小笠原という人はそういう考えなんですよ……。

小笠原 優しくされて入ってくるやつなんて、それまでの覚悟だよ。厳しさを感じて、「ここでやりたい!」っていうやつじゃないと、アントラーズでは通用しないと思うからね。

内田 怖っ!!!(笑)

小笠原 強いボールが来て、怖いと思うならこのチームには来ないほうがいい。

内田 ……そういう激励のパスを受け、僕はアントラーズの門を叩いたんです。


――出会いを経て、ともにプレーすることになりますが、小笠原TAは内田選手のプレーを見ての印象はどうでしたか?


小笠原 “たいしたことねぇなぁ”と思った。まあ、数々の歴代の選手たちを見てきたからさ(笑)。何か“これ”という光るものがあって、すごいプレーをした印象はない。かといって、下手だったわけではないけれど、そこまでインパクトがある印象ではなかったね。正直、申し訳ないけど(笑)。

内田 高卒に求めすぎでしょ(ボソッ)。

小笠原 まあ、みんな最初はそんなもんだけどね。でも、慎三(興梠慎三、現浦和)とかは一発のスピード、大迫(勇也、現ブレーメン)だったらポストプレーがあったからさ。それぞれ、こんなことができるんだというのがあったけど、何かこれがすごいなっていうものは感じなかったかな。内田からは残念ながら……(笑)。

内田 そうなんですよ……ゴールデンエイジがいて、周りのみんながすごかったから。練習参加で他のクラブもいくつか見たけれど、レベルが全然違った。当時は「みんな、うまいなあ」って思っていました。でも、僕自身はパス回しとか下手だったけど、うまい選手のところに入っていこうと思っていました。本さん(本山雅志)とか野沢(拓也)さんがパス回しをしているところに邪魔して入っていって。ロングキックでは青木(剛)さんと組んだり。

 図々しくて邪魔だったかなと思うけど、とにかくうまい人と一緒にやるようにしていました。正直、嫌ですよ、緊張するし。どう思われているのか分からないけれど、同世代と組むよりはうまい人と組もうと思っていたかな。





――失敗の怖さよりも、上のレベルを体感したいと意識していたんですね。

内田 せっかくアントラーズに入ったわけだし、テレビで見ていた人と一緒にボールを蹴れるなんて、ちょー幸せなこと。それがアントラーズに来た意味でもありました。めちゃめちゃ遊ばれていましたけどね(笑)。ボール回しでは、俺と(田代)有三さんしか中に入らないんだもん。

小笠原 下手なやつは中にいるよね(笑)。ボール回しで基礎技術はだいたい分かる。でも篤人も言っていたけれど、上から吸収しようという姿勢はすごく感じたね。ピッチ内でもそうだけど、ピッチ外でもよく有三とか本とか(中田)浩二と一緒にいたり。いいことも悪いことも、上と一緒にいて、観察して学び吸収しようとしていたイメージがある。同級生や近い年代といたほうが楽なんだろうけど、いろんなものを見たり吸収したりという意識を持っている人間なんだなと思っていたかな。

内田 いろんなものを吸収するというよりも、とにかくみんなについていかないとまずいと思っていました。試合に出させてもらっていたし、こういう人たちのレベルに早く追いつかないといけないんだと思っていました。まず、自分はその場所にいないといけないと思っていたんです。

――ピッチ内外含めていろんな場面で必死だったんですね。

内田 そうそう。先輩たちも嫌な顔をしないし、「おいで」って言ってくれて、“来るもの拒まず”だったから。みんな優しかったんですよ……小笠原以外は。

小笠原 (笑)。取材中だぞ……。


「じゃあ、帰ってこい」


――2018年、アントラーズに復帰しました。お互いに連絡は取り合ったんですか?

内田 満男さんからメールが来たんです。携帯の番号でやるメール(笑)。SMS? むかーしの人が使うやつ(笑)。

小笠原 (笑)。篤人がどうだったかは分からないけれど、「迷っている」という情報を聞いて。「じゃあ、帰ってこい」っていう連絡はしたかな。

内田 俺は帰るつもりでいたんです。

小笠原 そうなんだ。

内田 情報として「帰ります」とは言えなかったから。「考えています」と言っていたけれど。

小笠原 個人的には、一緒にまたやりたかったから。この経験を還元してくれるという存在が大事だと思ったし、チームの力になってくれるとも思ったから。

――メッセージは覚えていますか?

内田 覚えていますよ。言っていいですか?

小笠原 やめろ(笑)。

内田 そこらへんはシャイだから(笑)。でも、一言。めっちゃ短い言葉でしたね。5、6文字。剛さん(大岩前監督)からも連絡をいただいて、俺自身も帰るならアントラーズしか考えていなかった。アントラーズに振られなければ帰りたいと思っていました。

――復帰して、小笠原TAの「キックフォームが変わらない」と話していました。

内田 俺が日本にいたときに見ていたキックフォームと、帰ってきてからのフォームがすべて一緒だったから、すげーなと思って。

小笠原 でも、ドイツから帰ってきて、速いボールを速いボールだと思わなかったでしょう?

内田 それはそうですね。遅いなって。

小笠原 それが成長だよ。むしろ向こうの方がパススピードとかは速いよね。篤人からは、逆に変なボールが返ってきた。“ドイツはこんなだったぞ”って。俺が蹴ったボールの3倍くらい速いボールが返ってきたなあ(笑)。

――加入当時に送ったパスとは、全然違うボールが返ってきたんですね。

小笠原 うん、俺の3倍のスピード。成長したよ。

内田 いやー(苦笑)。

小笠原 俺に対して「トラップできんの?」ってやり返してきて。

内田 そんなんじゃないっす(苦笑)。

小笠原 ドイツから帰ってきてからはだいぶサッカーを知って、周りの活かし方を覚えていた。低くて速いボールを蹴るようになったよね? ユースの練習中に顔を出して一緒にボールを蹴ってくれたっていう話を聞いたけど。

内田 だって、みんな何も考えないで蹴っているんですもん。届けばいいと思っているでしょう。こういうボールだよっていうのを蹴りました。

小笠原 そういう概念があまりない。ロングボールを蹴るにも、なんとなくピヨーンって蹴っているから。そこは言葉で説明しても、なかなかああいうボールは蹴れない。でも、あれから少しずつできるようになってきたよ。試合でも出るようになってきた。


「背負わせすぎたかなあって思った」


内田 でも、帰ってきてからはケガばかりだったから……。1年目、2年目も。クラブの“帰ってきてほしい”という理由として、アントラーズの先輩たちが作ってきたものをつなげていってほしいということでした。タイトルはもちろんあるけれど、それが自分の一番の仕事。下手したら“タイトルよりも重要な仕事なんだろう”と思って帰ってきたんだけれど、引退した理由もそれができなくなったからというところで……。

小笠原 なんかそれを聞いたとき、俺は背負わせすぎたかなあって思った。篤人は篤人らしく自分のプレーをやれていれば、もう少し長くプレーできたのかなあとか思って。ドイツから帰ってきて、頭を使ってプレーするようになって周りを使い出していた。「これからプレースタイルを変えれば、もうちょっとプレーするのがおもしろくなっていくよ」っていうのは話したんだけど。(引退の)決意は固かった。

 でも、個人的には背負わせすぎたと思う。もう少しチームとして負担を分散してやれていれば、篤人自身のプレーに専念させられていれば、もう少し内田篤人のプレーが見られたかなあと。

内田 優しくなったでしょ? 満男さん。丸くなったなあ。

小笠原 それ、見た目でしょ(笑)。

内田 (笑)


◆内田篤人と小笠原満男が欧州で学んだこと「蹴落としてでも這い上がる精神」遠慮するとパスタもなくなる?(Number)






 全2回の後編は、内田篤人と小笠原満男が経験した海外での学びについて。『月刊アントラーズフリークス別冊内田篤人』で実現した対談の未公開分を特別に掲載する(#1前編はこちら)。

「海外での経験をどう還元するのか」

 アントラーズに復帰してからの2人は、時期は違えど同じ言葉を口にした。

 海外を経験して学んできたものがある。文化、言葉、生活の違い、様々な障壁を乗り越えてつかんできたものがあった。勝負へのメンタリティーからクラブ全体のあり方まで、2人が感じてきたものは何だったのか。自ら学んだものをアントラーズに還元するための源泉とはどんな経験だったのか。現役を終えた2人が語る、海外で学んだこととは? 競争の本質をここに紐解く。

◇◇◇

小笠原 俺がイタリアに行って一番変わったのはポジションだよね。もともとオフェンシブだったのが、イタリアに行ったら、オフェンシブはウイングみたいなポジションだった。“俺のポジションはここじゃないな”と思って、ボランチをやるようになって。そうしたら、とにかく守備がすごい。

 俺が行ったメッシーナは弱いチームだったからなのか、とにかく「奪いにいけ」と言われ続けた。イタリアの下位チームによくあるような感じ。日本のようにグループでどこかに追いやって、チームとしてボールを奪いにいく形ではなかった。目の前の相手とのマッチアップは“絶対に負けない”っていう。

 俺は篤人と違って、イタリアではほぼ試合に出られなかった。1年間で7、8試合くらいかな。いろんなものを成し遂げて帰ってきたわけではないからね。日本に帰ったときは、「こいつは試合に出られなくて日本に帰ってきた」と見られるなかで、なんとか「遊びに行っていたわけではなく、得たものもあるんだ」っていうのを見せたくて必死でやっていたかな。そのなかで一番表現したのは、守備でボールを奪うこと。海外に行ったみんなが感じるところだと思うけど、いかに奪えるか。抜かれないようにする守備ではない。試合をやればボールポゼッションは、いつも20対80。奪わないと攻撃できないというチームだったからね。




内田 そういうときって、日本だと“一度止まってちょっと下がりながら守備をする”っていう教え方をしますよね。

小笠原 そこは今、育成をやっていて感じるね。「飛び込むな!」「足を出すな!」という指導者の声をよく聞く。

内田 でも、やっていることが違うじゃないですか。指導者が言っていることと、満男さんがやってきたことが違う。だから、若いうちにそういう“行けちゃう守備”を教えてもらうのはすごくいいことだなと思う。

 アントラーズのユースはトップの隣で練習していることがあるからよく見るけれど、球際で“ガシャガシャ行っているな”という印象を感じますね。海外ではみんな、それですよね。飛び込める選手に飛び込むなっていう方が簡単。行けない選手に行けという方が、どうしても難しい。やっぱり日本と違うのは守備かなと思う。対戦してもイタリアのチームは戦術的に細かい。守備についてイタリアはやっぱりすごい。あ、実際にプレーしてないからわかんないけど、すごそう(笑)。

小笠原 (笑)。守備はうるさい。でもポジショニングとか、細かい戦術練習はやるけれど、あまり試合にはつながってないかな。結局、1対1で奪う。でも、守備の文化はすごくある国だと思う。ダービーでは、ドローでもサポーターに「負けなかったぞ!」って表現をするくらい、守備や負けないことに対してのこだわりは感じた。日本だったらドローで「よっしゃ!」はない。アウェイでドローはOKなんだよね。そこは、どうしても違和感があったけど。

内田 シャルケでダービーといえば、ドルトムントとの試合だったけど、すごかったですよ。

小笠原 ドローでは喜ばないでしょう?

内田 喜ばないけれど、内心ホッとする。ホームだったら勝たないといけないけれど、アウェイでは難しいというのがある。ホームとアウェイの感覚の違いは、比じゃないかな。

小笠原 選手もそうだけど、サポーターもすごいよね。

内田 すごいですよ。シャルケでは、両チームのサポーターが乗る電車の車両を分けて、駅からスタジアムへの道はすべて黒幕や警官が囲んで目が合わないようにして、ドルトムントの街からシャルケの街まで移動するんです。馬で囲んで隔離状態にして移動していく。




小笠原 篤人との話で印象に残っているのが、シャルケが試合をする日には街中のお店が閉まるんでしょう? 

内田 そうそう。

小笠原 街のみんなが“今日はシャルケを応援する日だ”って。アントラーズもすぐには無理だろうけど、いずれそうなることが理想じゃないかなと思っていて。鹿嶋市内の飲食店の皆さんがお店を閉めて、「今日は応援に行くぞ!」ってなったら理想。その話を聞いてすごくいいなあと思って、目指すべきスタイルかなと感じたんだよね。まあ、簡単じゃないけどね。

内田 文化としてもありますからね……。

小笠原 どのチームでもそうなの?

内田 シャルケはドイツでも特に熱いチームで、ヤンチャというか……。

小笠原 愛するチームを応援するのに金なんか稼いでいる場合じゃない、っていう熱さがいいよね。


満男さんが勉強するんですか?(笑)


――海外で学んだピッチ外でのことはありますか?

内田 なんだろう……。試合に出ればみんなが助けてくれる。試合に出ないから、言葉が通じないとか、なんだかんだ言われる。でも結局、試合に出てしまえば助けるしかないから。試合に出れば後からついてくるんです。言葉がしゃべれなくて、活躍できずに帰国する日本人選手もいるけど、ただ試合に出られなかっただけ、だと思う。とにかく試合に出るか出ないか、かなあ。

小笠原 俺は結構、頑張って言葉を覚えたよ。ご飯を食べに行くのも好きだし、チームメイトと話せないのもしんどい。いつもチームで食べるメシも1時間くらいあったし、そこで1人ポツンといるのも苦痛だったからね。頑張って勉強して覚えたけど……。

内田 満男さんが勉強するんですか?(笑)

小笠原 「美味しいレストランはどこですか?」っていう言葉から覚えて、オーダーの仕方とかを覚えていったね。

内田 みんな海外に出ていくけれど、私生活では苦労しているんですよね。自分の居場所をどう作るかとかね。

小笠原 意外とサッカーじゃなくて、そっちでダメになっちゃう選手が多いよね。生活、言葉、コミュニケーション。

内田 そういうのって、大変なんですよ。明日、練習何時だっけ? とか。アントラーズの外国籍選手は、チームとしてサポート体制が整っているから、僕らがヨーロッパに行くよりも全然やりやすいと思う。

――イタリアもそうでした?

小笠原 そうだね。練習時間が分からなければ、自分で確認しないといけない。一つひとつだよね。

内田 でも、満男さんが移籍したときは難しいときでしたよね。俺らのときと違いますから。みんなが海外に出始めたときで、年に2、3人しか海外に行かなかった時代。まだ日本人が“こいつ本当にできるのか”っていう目で見られていたと思うし、さらにイタリアのサッカーがゴリゴリのときだし、人種差別もあったと思う。そういう“移籍するタイミング”もありますよね。今の海外に行く選手とは比じゃないくらい、難しい環境だったと思う。

小笠原 たしかに“日本人に何ができるんだ?”っていう目で見られていた。ただ、「ワールドカップに2回出た」という話をしたら見る目が変わった。

内田 そういうのを先輩たちが切り開いてくれて、そこにうまく俺らは入っただけだから。最初のカズさん(三浦知良選手)から始まり、本当にすごいなと思います。




――海外に行って、改めて日本人の良さを感じるところはありましたか?

内田 いいところもあり、悪いところもありですよね。大人しいとかもそう。スタジアムで日本人にあれだけの熱狂はできない。そもそも日本人はうるさいくらいしゃべれないから。でも、おじいちゃんおばあちゃんと子どもが安全に観戦できるスタジアムという面もある。そういう意味で、それぞれに違いはある。

 ドイツでは、選手としては相手を殺しにいくくらいのプレーをやっていかないといけないんだけど、逆に日本人のように90分、笛が鳴るまで集中してチームとして連動するのは、アフリカ人にはできない。すごいプレーをするけれど、適当なところがある。とんでもない化け物もいるけれど、チームとしての完成度としては、やっぱり日本人の特長は活かせると思う。W杯を見ればよく分かるところだけれど。そもそも教育が違うんだと思う。小さい子の指導にも関わってくるところで、これは良い・悪いの話ではなくて、そういうのはあるなあと思いますね。

小笠原 思いやりとか、人に親切にするというのは、日本人の良さだけれど、海外では遠慮している大人しいやつと見られる。日本で「出る杭は打たれる」という言葉があるけれど、あっちでは“出ていかないと受け入れてくれない”という感じがある。

 一回、食事のときにベンチだと分かっていたから、「食事はスタメン組が先に食べるべき」という、なんとなく日本での風潮があって遠慮していたら、パスタが全部なくなっていた。「2回目はいつ?」って聞いたら、もうないよって。ああ、食べておけばよかったと思ったけど、なんかそういうところで損をするというか。

 FWの選手も、日本人はすぐにパスしてしまうところを、シュートを打ちにいく。得点ランキングで1つでも上にいけば他のビッグクラブから引き抜かれる環境だからね。自分を出していかないと生き残れない。遠慮したり、“お先にどうぞ”なんていう日本の美徳は、あっちでは通用しない。人を蹴落としてでも這い上がろうという方が成功するのかなと思ったなあ。

内田 試合に出続けることは、他の選手を蹴落としていることになるんです。大変でしたけどね、自分のポジションを守るのは。だって、ドイツ代表でW杯優勝したときに右サイドバックで全試合出場していた選手が競争相手のときもあったし、2部からいい選手を獲ってきたこともあったし、ケガで離れているときも補強されるなというのは覚悟していた。監督が代わるたびにポジションはないなと思っていたし、その危機感は常にありましたね。

小笠原 そう、危機感は大事だよね。それはアントラーズに加入したときもそうだし、どこにいっても引退するまで常に持っていたものだった。やっぱり長く続ける、タイトルを獲り続ける選手になるには、そういう意識が必要なんだと思うね。





【前編から見る】アントラーズ復帰前、内田篤人に小笠原満男から届いた一通のメール…「たいしたことねぇなぁ」の初対面から12年後の変化とは




◆内田篤人と小笠原満男が欧州で学んだこと「蹴落としてでも這い上がる精神」遠慮するとパスタもなくなる?(Number)





◆鹿島・白崎 3日浦和戦へ「勝つしかない。やるべきことをしっかり」(スポニチ)






 J1鹿島のMF白崎凌兵(27)が2日、次節3日のアウェー浦和戦に向け、オンラインで取材対応した。先月27日のルヴァン杯福岡戦(ベススタ)は左サイドハーフで先発出場。5―1での快勝に貢献し「自分のやるべきことは変わらない。勝つしかないし、やるべきことをしっかりと表現をする。そこに集中するだけ」と力を込めた。

 近年はケガに泣いてきた。昨季はリーグ中断明けに調子を上げるも、負傷離脱でわずか9試合出場。「昨季はすごく悔しい思いをした。調子が悪かった訳ではなく、調子が上がってきた時のケガ。もどかしさを感じていた」と振り返る。今季はサプリを摂るなど、より体のケアに努めてきたという。

 現在、左サイドハーフだったMF和泉、MF土居が負傷離脱。MF荒木、MF白崎らが務めるも、固定は出来ていない状況が続いている。「どのポジションでも試合に出るのがプロとして大事。出たからには何が出来るかしか考えていない。仲間が戻ってきた時にいい結果を残し続けて迎え入れたい」と白崎。チームの窮地を、今度は救う番となる。




◆鹿島・白崎 3日浦和戦へ「勝つしかない。やるべきことをしっかり」(スポニチ)





◆負傷者続く鹿島を白崎が救う「質が高ければ崩せる」(ニッカン)






鹿島アントラーズのMF白崎凌兵(27)が、負傷者が続くチームを救う。

白崎は2日、3日の浦和レッズ戦に向けオンライン取材に応じた。3月27日のルヴァン杯・アビスパ福岡戦で先発し5-1の大勝に貢献。現在、チームはMF土居、和泉が負傷離脱中で、白崎が2列目の左MFとして出場する可能性が出てきた。チームは現在2連敗中と苦しい状況下で「負けられない。勝つしかない。強度、球際の部分と、自分たちがやるべきことをやることが大事」と話した。

昨季は太もも裏の筋肉損傷などで2度の長期離脱を経験した。リーグ戦はわずか9試合出場にとどまった。今季は今まで以上に体のケア、食事にも気を使い「去年は試合に出て貢献することが出来なかったので。まず今年はけがをしないことに重きを置いてやっている」とリベンジを掲げる。浦和戦ではサイドの起用が予想されるが、トップ下に入り込み、FWエヴェラウドら2トップを生かすイメージを持っている。「2トップの下のスペースをうまく使わないとなかなか崩せない。どんどん入っていこうと意識している」と話した。

今季はチームとして、ボールを保持するも、ゴール前を固める相手を崩しきれず苦戦している。攻撃の活性化に「アイデアだったり、クオリティーが高ければ崩せる。川崎フロンターレを見ても1本のパスの質で崩していたり、連動だったり。結局はシュートを決めるか、ラストパスを通すかのクオリティー。そこの質を上げること」と見据える。コンディションを上げてきた白崎が、チームの攻撃に違いを生み出しそうだ。




◆負傷者続く鹿島を白崎が救う「質が高ければ崩せる」(ニッカン)





◆浦和戦に挑む鹿島、5発完勝の福岡戦の“再現”なるか。肝はザーゴ監督が求める「安定感」(サッカーダイジェスト)






「勢い、自信を掴むための重要な一戦になる」


リーグ戦で現在2連敗中の鹿島アントラーズは、次節は敵地で浦和レッズとの一戦に挑む。4月1日のオンライン取材に応じたザーゴ監督は、「アビスパ戦で見せたようなパフォーマンスを示したい」と意気込みを口にする。

 直近のルヴァンカップ2節・アビスパ福岡戦は5-1の完勝。2得点の上田綺世ほか、荒木遼太郎、エヴェラウド、広瀬陸斗がネットを揺らした。一方で指揮官は、その福岡戦は「過去の試合」とも捉え、すでに頭の中は切り替えている。

「私が一番求めているのは安定感。それは今シーズン、ずっと言ってきていること。コンスタントに力を発揮していきたいし、そういう考えと意識で取り組んでいます」

 浦和の印象については「監督が代わって、“つなぐ”というところを目指しているが、リーグ戦では思うような結果がまだ出ていないかなと思っています」と語る。

 ただそれは鹿島にもあてはまるかもしれない。ここまで5試合を消化し、1勝1分3敗の勝点4で15位に沈む。「我々もスタートダッシュで躓いている状況」だ。

 だからこそ、良い流れを呼び込むような勝利を手にしたい。

「勢い、自信を掴むための重要な一戦になる。上位陣に食らいついていかなくてはいけないし、自分たちの目標を意識しながら戦っていきたい」

 代表ウィークが明け、リーグ戦が再開。序盤戦の遅れを取り戻すため、巻き返しに弾みがつく戦いを見せられるか。

構成●サッカーダイジェストweb編集部




◆浦和戦に挑む鹿島、5発完勝の福岡戦の“再現”なるか。肝はザーゴ監督が求める「安定感」(サッカーダイジェスト)





◆【浦和vs鹿島プレビュー】スタートダッシュに失敗した浦和と鹿島…下位脱出を懸けてライバル同士が激突(サッカーキング)






■浦和レッズ 古巣対決に臨むベテラン2人への期待は大きいが


【プラス材料】
 プラス材料は、リーグ戦が日本代表の活動により中断となった1週間でFW興梠慎三とDF西大伍が実戦復帰し、JリーグYBCルヴァンカップ第2節の柏レイソル戦に出場。本格的にチームの戦力になる目処が立ったことだろう。西は本職の選手不在で回していた右サイドバック、興梠は得点力不足に苦しむ前線で貴重な戦力として期待が持てる。両者にとって古巣対決となる鹿島アントラーズ戦だけに、そうした意味でも活躍が期待される。

 また、興梠の復帰により2トップシステムで試合に臨む可能性も高まっている。FW杉本健勇は「2トップのほうがプレーしやすい」と過去にコメントしてきた選手で、興梠もまた杉本の背後でクロスに飛び込む形を得意としている。

 ホームで宿敵とも言われるライバルを下すことができれば、一気に勢いを増すことができるだろう。

【マイナス材料】
 マイナス材料としては、西と興梠が復帰したルヴァンカップの柏戦に0-1で敗戦。開幕からの公式戦8試合で3得点のみ、という部分に特効薬として作用したわけではないことが挙げられる。決定機が多くあった試合ではなく、最終的にゴール前でどのようにシュートチャンスを作り出すかという点は、エースの復帰だけでは解決できなかった。

 また、第4節の横浜F・マリノス戦での3失点と第6節の川崎フロンターレ戦での5失点が響いているとはいえ、リーグ戦6試合で11失点と守備面にも課題は多い。特に、ズルズルと複数失点をしてしまう面が昨季から改善されていないことは、常に不安要素として残る。

 4月も週末だけでなく、水曜日に2試合が行われる過密日程。それだけに、攻守で修正の目処を早く見せておきたいところだ。

文:totoONE編集部


■鹿島アントラーズ 攻守のキーマン不在の中でどこまで戦えるか





【プラス材料】
 代表ウィークの中断期間に行われた、JリーグYBCルヴァンカップ第2節のアビスパ福岡戦は5-1で大勝した。中でも戦線離脱していたFW上田綺世が2ゴールを挙げたことは、得点源の復活という意味で大きなプラス要素になる。

 また、U-24日本代表の一員としてU-24アルゼンチン代表との第2戦に先発したDF町田浩樹は、相手を無得点に抑える活躍を見せた。国際舞台での成功体験は、選手を飛躍的に成長させる。鹿島アントラーズの練習に合流した際も「自信になる」との言葉を残していた。

 リーグ戦は2連敗中と結果が出ていないが、前節の名古屋グランパス戦と比較してプラス要素はある状況だ。上位争いに食らいついていくためにも、ライバルクラブのひとつである浦和レッズから勝ち点3を奪いにいく試合になる。

【マイナス材料】
 0-1で敗れた名古屋戦を振り返っても、MF土居聖真とMF和泉竜司の負傷離脱はチームに大きな影を落とした。

 アントニオ・カルロス・ザーゴ監督の最終ラインから攻撃を組み立てるサッカーにおいては、前線と中盤の間で受け手となる存在が必要不可欠。その役割を担う2人が揃って離脱した名古屋戦は攻撃に厚みをもたらすことができなかった。そのポジションには2年目で結果を残しているMF荒木遼太郎が入るが、経験豊富な土居や和泉と同じ結果を求めるのは酷と言えるだろう。

 思うような攻撃ができない可能性があるため、先に失点することは避けたいところ。だが、ディフェンスリーダーのDF犬飼智也が出場停止と、最終ラインも人員の変更を余儀なくされる。戦前の思惑どおりに試合を運べないことが想定されそうだ。

文:totoONE編集部




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