ホームタウンに寄り添う鹿島、2006年からスタジアム事業に着手
地域に寄り添うスタジアム――。鹿島アントラーズの本拠地カシマスタジアムは、そう表現するのがぴったりくる。
2006年、鹿島はJクラブで初めて公共施設等の管理を民間の企業・団体が代行する「指定管理者制度」に参入。茨城県からの委託を受けて、カシマスタジアムの運営をクラブ単独で担うようになった。
スタジアム敷地内には鹿島のチームドクターも診療にあたる「アントラーズスポーツクリニック」や、ボルダリングルームやマシンジム、フィットネススタジオのある「カシマウェルネスプラザ」といった施設が充実。次々に新しい事業を始めた。
さらにビアガーデンやフリーマーケットも開催されるなど、試合開催日以外にもお客さんがスタジアムへ足を運ぶ工夫がなされている。スタジアムの存在がより日常に溶け込むようにと努力が重ねられており、多様化したスタジアムビジネスへの取り組みはJリーグで最先端と言えるものだ。
鹿島の取締役事業部長を務める鈴木秀樹氏に話を聞くと、「地域と密接に関わるクラブなので、スタジアムを自分たちのプロモーションの場に変えないといけない。そこはプロスポーツが地域に存在するためには絶対に避けられない」と、スタジアムビジネスの重要性を強調する。
「本業を正しくやっているだけでは食っていけないんだよ。それだけじゃクラブを支えていけない。スタジアム事業も偉そうにやっている訳じゃなくて、もがいているんです。
守りに入っちゃいけない。ウチみたいな小さなクラブは、守っていたらすぐになくなっちゃうからさ」
地域の声を拾い“温浴事業”に乗り出す
サッカーの公式戦が行われるのは年間で30日程度。スタジアムから30キロ圏内の人口が約70万人という小さなマーケットの中で戦う鹿島にとって、1年の残り330日間にビジネスとしてどれだけの収益を上げられるのかという問題は、クラブの存続に大きく関係する。
いつ、どこで、何を、どんなふうに、誰に向けてアプローチすればいいのか。Jリーグ史上最多19個のタイトル獲得を誇る名門でさえ、試行錯誤の日々は続く。
17年3月、鹿島はニューヨークに海外拠点を構えた。その後も急成長中のフリマアプリ「メルカリ」を運営する株式会社メルカリとのスポンサーシップ締結を発表するなど、話題を振りまいている。
そんな先進的な一手を打ち続ける鹿島が、新たに乗り出しているビジネスが“温浴事業”だ。同年10月、株式会社LeFuro(以下、ルフロ)とオフィシャルサプライヤー契約を結んだことが、その第一歩だった。
鈴木氏によれば、「地域の声を拾っていくなかで求める声が根強くあった」のが「温浴」だったという。
ルフロ側が抱く“スポーツ湯治”への期待
ルフロは日本伝統の温泉療養である「湯治」を、現代にイノベーションした形で提供している。約70種類ものミネラルを含んだ「温泉シェール層」という、地層から独自の技術で抽出したという高濃度の「ルフロックス原液」を用いたお風呂で、従来の温泉では吸収できない豊富なミネラルを体に取り込むことができる。
湯治場として東京・西麻布と神奈川・鎌倉に2店舗を構えているほか、家庭向けにバスサプリの販売も行う。サプライヤー契約を結んだ鹿島の選手には、このバスサプリが提供される。
「デトックス」という言葉が巷で聞かれるようになって久しい。ルフロでは体から老廃物を排出するのと同時に良質なミネラルを吸収して、より体の機能を高めることができる。
このミネラルデトックスは、湯治本来の目的である「療養」を求めるお年寄りから、「リラクゼーション」や「美容」の効果を期待する若者まで幅広い層から支持を受ける。今では「介護」の業界からも注目を浴びており、鹿島との提携によって「スポーツ」という分野にまで広がった。
“スポーツ湯治”で「選手のバスタイムを『洗う』時間から『整える』時間へとイノベーション」する――。プロスポーツ選手のコンディショニングに、より活用されると期待が高まっている。
鹿島とルフロの出会いのきっかけは…
ルフロと鹿島の出会いを生んだのは、Jリーグのアドバイザーも務める実業家の堀江貴文氏だった。鈴木氏とクラブ・リレーションズ・オフィサー(CRO)の中田浩二氏が、堀江氏のYouTube番組に出演した際に紹介を受けた。
「ホリエモン(堀江氏)がいいって言ってる意味がよく分かったよ」。鈴木氏はそう言って笑顔を浮かべた。事業部長自らルフロを体験し、周囲の反応も見た上で、わずか半年ほどで契約を結ぶに至った。
「すぐに選手の寮のお風呂の中に入れてみようという話になったんだよ。最初は選手に知らせずに(お風呂に)入れて使い始めた。しばらくしてから『お風呂、最近変わったと思わない?』って聞いても、『分からない』って言う選手と『変わりましたね』って言う選手がいたんだけど、一番最初に気がついたのは寮の管理人だったんだよ。『すごいですね、このお風呂』って。
やっぱり、分かる人には分かる。選手が実感できるようになってきた後は、選手の奥さんたちにも使ってもらったんだけど、やっぱり『これはいい!』って声が多かった」
17年11月26日、昨季優勝争いの真っ只中に行われたホームでの柏レイソル戦では、日付の語呂合わせで「イイフロ(1126)」イベントを開催。来場者の中から抽選でルフロのバスサプリが当たるプレゼント企画も行うなど、認知を着実に広げている。
スタジアム内にルフロ施設を建設へ
迎えた18年、「鹿島×ルフロ」の歩みはさらに加速していく。カシマスタジアム内にはルフロを体験できる温浴施設の建設計画が、すでに進行しているという。
20年東京オリンピックの会場にも指定されているこのスタジアムに、「個室のラウンジがついたVIPや選手が使うスペースと、一般のお客さん向けの二つを設けていきたい」と語るのは、ルフロの代表取締役である三田直樹氏だ。夢は大きく膨らむ。
三田氏は「アントラーズさんとともに“スポーツ湯治”のブランドを確立し、スタジアム運営やスポーツコンディショニングの成功事例として他のチームや競技へも普及させていきたい」と、今後のビジョンを語っている。「僕らはアントラーズさんのおかげで陽の目を当てていただいたという思いがあるので、しっかりと貢献していきたいです」と、全力のサポートも誓った。
さらに、ルフロの“アスリートブランド”展開にも着手している。選手のリハビリやコンディショニングに使う用途で、一般向けのものよりも温泉成分の濃度が高いバスサプリを提供する。
これを“アントラーズブランド”とあえて限定しないのも、鹿島だからこその意味がある。鹿島はユニフォームのメインスポンサーでる「LIXIL(リクシル)」をはじめ、多くの企業と長期に渡る良好な関係を続けている。
鈴木氏は提携する企業には単なるスポンサーという関係で終わらず、“パートナー”として横のつながりを持ってほしいと話す。新たにアントラーズファミリーの一員となったルフロが、小さな枠組みに収まるのではなく、「B to B(Business to Business)」のつながりで裾野を大きく広げていけるような関係を築いていくための考えだ。
事実として、三田氏は「ゴルフやプロ野球といったところからの問い合わせもくるようになりました」と、他競技からの関心が高まったとその影響力を明かしている。
多くの企業にとって「ここがラボになれば…」
Jリーグにオリジナル10(1992年のリーグ発足時に加盟した10クラブ)として参入した当初から付き合いがあるパートナー企業だけでなく、ルフロのように全く新しいものとも手と手を取り合い、一緒になって歩を進める鹿島アントラーズ。スタジアムを中心としたチーム作りが、方方に変化をもたらしていく。
鈴木氏は取材の最後に、こんな言葉を残してくれた。
「スポーツの力で地域を変えられるかもしれない。もし変えられないとしても、変えようと努力した結果、アントラーズというのがこの地域に認知されて、いろいろな分野と接点を持てているわけだから。
スタジアムの管理権を取った時にいろいろな目的を掲げた。ここがラボになれればいいねって。スポンサーやサプライヤーになってもらっているいろいろな企業が、ウチのスタジアムを社会実験の場として使って、それがビジネスにつながって発展していけばいいのかなって」
地域に寄り添うスタジアムがそこにある。この場所が、明るい未来の出発点となることを願わずにはいられない。
【了】
石川 遼●文 text by Ryo Ishikawa
ゲッティイメージズ、フットボールゾーンウェブ編集部●写真 photo by Getty Images, Football ZONE web
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