いきなりの告白に、こちらが目を丸くしていると、さらに土居は言葉を続けた。
「昨年12月の東アジア(E-1サッカー選手権)で、日本代表に呼ばれたじゃないですか。あれが本当に刺激になったんですよね。自分は追加招集だったから、みんなよりもさらに短い期間だったけど、代表で一緒にサッカーができた時間が本当に楽しかった。みんなうまいからパスも出てくるし、少し練習しただけでも考えていることや意図をわかってもらえた。あれが自分にとって本当に大きな経験だったんです」
そのE-1選手権では、代表デビューとなった中国戦と、続く韓国戦の2試合に出場。プロ7年目にして初めて、鹿島とは異なるユニフォームに袖を通した。小学校卒業と同時に地元・山形を離れ、鹿島一筋で育ってきた彼にとって、その刺激はなおさら強かったのだろう。
そんな土居の特徴は間違いなく技術にある。鹿島では、小笠原満男や野沢拓也(ウーロンゴン・ウルブス/オーストラリア2部)が身につけた背番号8を受け継いでいるように、ひと言でいえばテクニシャンだ。
繊細なボールタッチを活かしたドリブルで、するすると狭いスペースを抜けてゴール前に顔を出す。かと思えば、素早い動き出しからDFの背後へ走り込み、ラストパスを受けるスピードもある。加えてパスセンスもあり、周囲を活かすことも可能だ。
試合を見ていれば、随所にテクニックの高さをうかがい知ることができ、思わず「うまい」と感嘆の声を挙げてしまうこともしばしばだ。J1第14節のセレッソ大阪戦で決めたゴールでは、左サイドからのクロスに対してマークを外す動き、またクロスの軌道に合わせて直前で動き直す感覚、そして的確にゴールへ流し込む技術と、その所作は完璧だった。
鹿島の育成組織時代に土居を指導していた長谷川祥之に聞けば、土居は「トップスピードから一気にゼロにすることができる貴重な存在」と称賛する。まさにそのプレーの緩急こそが、土居の持ち味である。
トップスピードに乗ってゴール前へと侵入し、そのまま突破することもできれば、ピタッと止まることで相手DFを翻弄する。急ストップできるからこそ、直前でプレーの選択を変え、ドリブルすることもできれば、パスもできる。少し乱暴な言い方かもしれないが、自己主張が激しく、我の強い選手が揃う鹿島において、気の利いたプレーのできる希有な選手とでも言えばいいだろうか。
気が利くからこそ、献身性も際立つ。前線からの守備は、鹿島のアタッカーに求められるもっとも重要なファクターである。その守備について聞けば、かつて土居はこんなことを語っていた。
「プロ1年目のときは全然、試合に出られなくて、コーチに付きっきりで指導してもらいました。当時はサイドバックでプレーしていたこともあって、クリアの練習とかはやらされていたに近い感覚もあったけれど、それが今、守備にも活きている」
その話を聞いたときには、前線から相手の攻撃を限定するプレスにしても、プレスをかけるタイミングや位置にしても、頭を使っているし、コツがあると誇らしげに話してくれた。FWだけに自らボールを奪い切る機会は多くはないが、コースを限定する献身性が鹿島のショートカウンターを具現化してもいる。
気が利くがゆえにやや物足りなく感じていた強引さも、シーズンを重ねるたびに増している。試合には敗れたが、J1第21節の名古屋グランパス戦で鈴木優磨のパスに走り込み、角度のないところから決めた後半5分の得点は、今までの土居になかった力強さでもある。
「うまい選手ではなく、怖い選手になりたい」
土居の指針であり、よく口にする言葉でもあるが、まさにそうした存在になりつつある。
4-4-2を採用する鹿島では今シーズン、主に2トップの一角を担っているが、これまでのキャリアを振り返れば、サイドハーフでのプレー経験も多い。森保一監督がU-21日本代表でも採用する3-4-2-1をA代表でも用いるのであれば、まさに2列目に適任である。4-4-2や4-2-3-1であれば、サイドハーフやウイングとしても申し分ない。周囲を活かし、活かされるそのプレースタイルは、コンビネーションを磨けば磨くほど引き出されるはずだ。
引いた相手に対しては、狭いスペースを突破する持ち前のテクニックがあり、センスを有している。世界を見据えたとき、フィジカルはさらに強化する必要がありそうだが、ポジショニングやボールの受け方で補えるポストプレーのうまさもある。カウンターは鹿島が得意としているように、お手のものだ。とくに3-4-2-1の「2」でプレーしたときには、周囲とのコンビネーションで打開するイメージが強く沸く。
さらに、プロ8年目を迎えた今季、鹿島の攻撃に欠かせない存在となっているように、その言動にも自信と風格が出てきた。今季、鹿島は苦しんでいるが、プレーで、言葉でチームを牽引し、伝統でもある強さと、結果を追い求める姿勢を示し、訴えている。
先のロシアワールドカップでは、前線で大迫勇也が躍動し、中盤では柴崎岳がゲームを作り、最終ラインでは昌子源が身体を張って守り、日本代表の躍進を支えた。その縦のラインは、Jリーグ最多のタイトルを誇る鹿島で育った選手たちである。
彼らと同様に、ジュニアユースから鹿島で育ってきた土居にも、同じDNAが流れている。とくに柴崎と昌子は同期である。彼らが世界の舞台で活躍する姿に刺激を受けなかったはずはない。
2020年に東京五輪が開催されることから、世代交代ばかりが叫ばれているが、A代表には今、活躍している選手が呼ばれるべきでもある。4年後のカタールワールドカップが開催されるとき、土居はちょうど30歳。柴崎、昌子、そして土居の同期が青いユニフォームを着て躍動する姿が見たい。
◆土居聖真が柴崎&昌子に続く。 鹿島の同期組が日本代表を変える(Sportiva)