2022年Jリーグ開幕から1カ月。今季も王者・川崎フロンターレがリーグ全体を牽引する展開になっている。コロナ禍は続いているが、東京など18都道府県に出されていたまん延防止等重点措置が3月21日に全面解除。サッカースタジアムも収容100%の観客動員が可能になった。過去2年間、入場料収入の大幅減に苦しんできた各クラブ関係者も胸をなでおろしていることだろう。
1万6000席の無料招待を実施したワケ
アフターコロナを視野に入れ、鹿島アントラーズは2月26日のホーム開幕戦・川崎戦で2階席・1万6000席の無料招待に踏み切った。大胆な試みを行った同試合の最終的な観客数は2万7234人。メルカリ会長と鹿島アントラーズ・エフ・シー社長を兼任する小泉文明氏は狙いを説明する。
「2020・2021年とわれわれは入場料収入の減少を強いられてきました。人が来なければグッズ販売も落ちるし、スタジアムの熱気もなくなる。2011年3月の東日本大震災のときもダメージを受けたんですが、観客動員がその前の水準に戻るまでに4~5年かかったという過去もあり、熱量を取り戻すために迅速なアクションが必要だったんです」
J2・アルビレックス新潟が約20年前に本拠地となる「ビッグスワン」開業後、無料券を配布して新規観客の掘り起こしを図って成功を収めたことがあったが、IT企業・メルカリが運営する鹿島は単に集客増を推進するというアナログ的な発想ではない。ID登録を採用し、顧客データを取得。それを今後のマーケティングに生かすことを考えたのだ。
「無料招待の方を分析したら、初観戦というお客さんが想像以上に多かった。彼らに2度3度と来場してもらうためにさまざまな施策を考えていくのが今後のテーマになります。これまでJリーグを筆頭に、スポーツ業界全体が現場の経験値やカンで経営する傾向が強かったと思いますが、データを駆使してPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回せるようになれば、ファクトに基づいた運営ができる。それは必ずクラブにとってプラスになると思います」と小泉社長は強調する。
データ集積・分析に基づくマーケティングや事業展開というのはIT企業最大の強みと言っていい。2021年からJ2・FC琉球の物販・ファンクラブ事業を手がけるマイネットの上原仁社長も「客層を分析し、セグメントごとに区分けして、それぞれのニーズに合った商品提供を行うなどの工夫を凝らしたところ、1年間で物販売り上げが大幅に増えた。IT企業参入によるスポーツビジネスのポテンシャルの大きさを感じました」と話していた。
コロナ禍で加速したEC展開もIT企業の得意分野の1つ。日本最大のフリマアプリを展開するメルカリがまさにそう。同社が蓄積してきたノウハウや知見を駆使して、鹿島ではECサイトを「Shopify」というカナダ大手企業がグローバル展開するECプラットフォームへの入れ替えを進めたところ、以前より非常にスムーズな商取引ができるようになったという。
メルカリからの出向者5人と鹿島のオリジナルスタッフを融合させながら、会社全体の体制を整えつつ、小泉社長は来るべきアフターコロナ時代に備えている。
IT企業がJリーグに続々参入の経緯
このように、テクノロジーや経験値をクラブ経営にダイレクトに注入できるからこそ、IT企業のJ参入が加速しているのだろう。最初に流れを作ったのは、2014年にヴィッセル神戸の全株式を取得した楽天だ。彼らは2017年夏に元ドイツ代表FWルーカス・ポドルスキ(現ポーランド1部、グールニク・サブジェ)を獲得して世間を騒がせると、2018年夏には元スペイン代表MF、アンドレス・イニエスタを年俸33億円で獲得するといった離れ業をやってのけた。
その後、2018年10月にJ2・町田の経営権を取得したサイバーエージェント、2019年夏から鹿島を運営するメルカリ、2021年12月からFC東京の筆頭株主になったミクシィと、巨大企業が活発な動きを見せる。物販・ファンクラブ事業など一部ビジネスを受託するマイネットのような会社を含めれば、IT企業の力を借りていないクラブは少数ではないか。それだけ彼らの影響力は絶大なのである。
とはいえ、上記の参入企業のうち、楽天だけはスポーツやクラブ経営への向き合い方が微妙に異なるようだ。複数の関係者が「IT企業がスポーツに参入するポイントは大きくいって2つある。1つはブランド価値、もう1つがデジタル力注入で発展が見込めること。どちらかに主眼を置くケースが多い」と語るように、まさに前者に該当するのが彼らだ。
2020年の神戸の経営状況を見ても、営業収益(売上高)47億円に対し、人件費はなんと64億円。楽天から52億5000万円の特別利益を計上して黒字化している。この投資の仕方からも「ブランド価値重視」というのがうかがえる。
メルカリやミクシィはそうではない。とりわけ、鹿島は「常勝軍団」としての地位を死守しつつ、営業規模拡大の具現化を重要視している。
彼らのホームタウンである茨城県の鹿行地域は人口約27万とマーケットが小さく、少子高齢化が進んでいる。首都圏や関西圏に本拠地を置くクラブとは異なる難しさに直面しているのは確かだ。カシマスタジアムの塩害など老朽化によるスタジアム新設も早急に取り組まなければならず、輝かしい未来が開けているとは言い切れない部分もある。
スタジアムを軸にパートナー企業の課題解決
それでも、もともと熱心な鹿島サポーターだった小泉社長は大目標達成を最重要課題に掲げている。「5~10年後には年間売上100億円達成」という使命感を持って、貪欲に突き進んでいく覚悟だという。
「タイトルを獲り続けるクラブであるために、われわれは選手育成に注力しています。レジェンドである元日本代表の柳沢敦をユース監督、小笠原満男をアカデミーのテクニカルアドバイザーに据え、トップで活躍できる人材を続々と輩出できるように体制を強化しています。われわれがもう1つ重視するのは、町のサイズが小さい分、首都圏からの観客やパートナー企業が多いという点。彼らの課題解決を一緒にやっていけるような関係作りをすることが大切です。
NTTドコモの5Gを使ったスタジアムの新たな観戦体験の提供、NECの顔認証の実証実験、カネカのグリーンプラネットの利用など、スタジアムを軸に協業できる部分は少なくない。そこに着目していくことも、今後の成長に不可欠。スタジアムの試合日以外の有効活用も収益化のカギになります。そうやってアントラーズの存在を中心にホームタウンを魅力ある場所にできれば、鹿行は選ばれる地域になれる。テレワーク化で2拠点生活者も増えていますから、可能性は少なくないと思います」と小泉社長は力を込める。
ホームタウンが小規模というのは、鹿島だけが直面する問題ではない。人口減が進む日本にしてみれば、大都市圏もいずれは下降線をたどる。そこで視野を広げなければいけないのが海外、特に東南アジアだ。
セレッソ大阪や湘南ベルマーレなどもスポンサー企業とタッグを組んで、タイやベトナムなどで基盤強化を図っているが、IT企業が経営権を持つクラブはテクノロジーを駆使した展開が容易にできる。3月からはJクラブの上場も解禁され、海外資本流入の可能性もより開けてきただけに、このあたりは注視していくべき点と言っていい。
業界全体のDX化が今後のカギ
鹿島の小泉社長も「これまでクラブの資金調達方法は親会社の支援か銀行借り入れの2つしかなかったですが、IPO(新規上場)が可能になったので資本市場から調達できるのは新たな選択肢になる。IPOという夢が生まれたのは特筆すべきことだと思います。今はクラウドファンディングやギフティング(投げ銭)、ファンが特定の権利を得られるトークンなど収益方法も多様化しているので、業界全体がより一層、DX(デジタルトランスフォーメーション)化していくことが大事。地方ほどそうしていくことで合理化や効率化が進むと見ています」と先々への期待を口にした。
かつては旧財閥系やメディア企業がJクラブオーナーのメインだったが、時代の流れとともにIT企業の参入はもっと増えていくだろう。メルカリとミクシィのように関係性の深い企業同士の連携や協業も増えていきそうだ。そうなっていけば、Jリーグも新たな収入源を得られる可能性もある。
1993年のリーグ発足から30年目を迎えた今、彼らが吹かせる新風がJ、そしてサッカー業界全体を大きく変えていきそうだ。
小泉さん『IPOが可能になったので資本市場から調達できるのは新たな選択肢になる。IPOという夢が生まれたのは特筆すべき事だと思います』
— 日刊鹿島アントラーズニュース (@12pointers) March 24, 2022
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