ふつ、ふつ、ふつ、湯気が出いてきた。
手羽元、ネギまるまる1本、ニンニク2かけ、薄切りにした5、6枚の皮付き生姜が、鍋のなかで、ふつふつと踊る。弱火でじっくり3、4時間ほど煮込んで完成。
鶏の旨味たっぷり、手羽元スープ。その名も「三竿鍋」だ。
2020シーズン、コロナ禍により過密日程となったなか、“食”への取り組みを大きく変えてシーズンを過ごし、「ケガなく1年を過ごす」という目標を果たした選手がいる。
鹿島アントラーズでキャプテンを務める三竿健斗だ。きっかけは、今以上を目指す向上心だった。
代表合宿で測った体脂肪の数値
2016年、常にタイトルを求められるクラブへの移籍1年目。なかなか試合にからめず、どうすれば本当の意味でアントラーズの一員になれるのか、自問自答を繰り返す日々を過ごしていた。
「何かを変えなければいけない」
まずはトレーニングを変えた。自分にとって、より伸ばすべきところは何か。足りないものは何か。体の動かし方の細部にまでこだわり、研鑽を重ねた。17年途中からボランチのレギュラーポジションをつかみ、日本代表にも呼ばれるようになった。ここで次への転機。代表合宿で測った体脂肪の数値が高かった。
食事に対して初めてアンテナが立った。
移籍をきっかけに初めての一人暮らしを始めた。自立した生活へと環境が変わると同時に、“食”への変化を求めた。
「アントラーズ1年目の夏くらいでしたね。最初は独学で栄養に関する本を読んだり、自分なりにいろんなものを食べたり、いろいろとやってみたんです。でも、パワーが出なくなったり、体は絞れてもうまくパフォーマンスにつながらなかった。そんな感覚があったので、知り合いを通じて栄養士を紹介してもらってアドバイスしてもらうようにしたんです」
目指すところは、食を通じて体を作り上げ、プレーに還元することだ。
「自分のなかでしっくりきたのが、腸の調子を良くすることでした。19年夏の終わりにケガをしたとき、夏の連戦と脱水で何を食べてもお腹を壊してしまい、うまく吸収できないことがありました。それを栄養士さんに相談して、いろいろとアドバイスをもらって改善することにしたんです。それによって、腸の調子がいいときは、筋肉にも張りがあるし、疲れないし、すごく力が出る感覚があったんです」
食事の知識をインプットして、何を食べれば体に良くて、ピッチ上でのパフォーマンスにつながっていくのか。考え抜いてたどり着いたのは、自分に合った食べ物を体に取り込むということだった。
まず始めたのは自己分析。自分はどんな体質で、どんな食材が合うのか。
「自分の体に合うものと合わないものがある。それは何かを知るために検査をしました。“自分に合う食べ物検査”みたいな感じです。それをやってから、体の変化がすぐにわかるようになりました。小さいことでいえば、これが原因でお腹をくだしているとか、ニキビが出たんだなということまで感じるようになった。やっぱり、一つひとつを分かっているのと、そうでないのとでは違うし、意識して食べることによって、いろんな方向にアンテナを張ることができる。自分の体を知るということは、どのスポーツをやるにも大事だと思うので。そこはこだわったところです」
三竿は自己分析の結果、「腸」をテーマに食の改革を始めた。
「2020年は腸をいかに元気にするかを意識して食事を摂ってきました。例えば、食物繊維といえば、今まではレタスとかサラダを食べれば摂取できるイメージがあった。でも、いろいろと学んでいくうちに、生野菜などの生ものは消化に負担がかかる。それよりも玉ねぎ、人参、ゴボウ、小松菜など、緑黄色野菜と言われるものの方が、食物繊維が多くてお腹にも優しいと教えてもらった。試合が続くと疲労から内臓の力も落ちてくるので、消化にもエネルギーを使ってしまいます。だから、もともとお寿司とか焼肉が好きだけど、しばらくオフがあるまで食べないようにした。そしたら、結構いい感覚だったんです。それからは消化にいいものを食べて、お腹を温めることを意識するようになりました」
一日の食事を180度変えた。それまでの朝は和定食。ご飯と味噌汁とお魚というのが朝の定番だった。ただ、朝10時から始まる午前練習の際、「練習中に胃が重たい感覚」があった。そこで早く消化ができて栄養素の高い朝食に変えた。
「僕はいつも結構な量を食べるので、朝練習だと消化し切れないまま胃が重たい感覚で練習しているときがあったんです。それで、オートミールを食べるように変えてみたんです。
すると、お腹の調子や朝練のときに胃が重くならずに練習できるようになった。栄養としてもいいものが摂れるようになって、しかも調理時間が5分くらいしか掛からない。手軽に栄養素を摂って、体が重い感覚がなく日々の練習に臨むことができるようになったんです」
オートミールは、燕麦を脱穀して加工したもの。全粒穀物なので低カロリーで栄養素が豊富だ。食物繊維が多く含まれているため、腸内環境を改善してくれるもので、ダイエットを目指す際によく推奨される食品としても注目を浴びている。
「オートミールを使った僕のオリジナルレシピが2つあって。1つは、最初の半年くらいにハマって食べていたものです」
《オートミール1》
1.鍋にオートミルク、オートミール入れる。
2.カットしたりんごとバナナを入れて、水分が飛ぶくらいまで弱火で煮る。
3.最後に器に入れてからピーナッツバターとハチミツ、ナッツを加えて完成。
「2つ目は、残りの半年でハマって食べ続けていたものです」
《オートミール2》
1.ボウルにオートミール、粉の出汁を半パック入れて、お湯を入れる。
2.ツナやサバなど青魚の缶詰を入れて、レンジで3分加熱して完成。
「おかゆ風の朝食です。ツナとか青魚は体に良くて血液をサラサラにしたり、タンパク質もそれだけで30g弱を摂れるんです」
栄養素をきちんと摂取しながらも、消化が早いため胃がもたれることなくトレーニングに臨むことができるようになった。リズムは加速する。
昼ごはんはいつも蕎麦
昼ごはんもいつも決まったメニューに変えた。
「いつも蕎麦を食べています。僕は食べるのが好きで大食いなんです。これまではイタリアンに行って、サラダから始まりお肉、パスタ、もう一品お魚料理を食べていた。でも、チーム練習後もハードな個別練習をして胃も疲れているので、なるべく消化しやすいものがいいと知った。そこで消化のいい蕎麦ばかり食べていました。家でも外食でもお蕎麦。できれば十割蕎麦。外食だと、ないところもありますが、家では必ず食べていました」
蕎麦といっても特別なものではない。
「夏は冷たい蕎麦で、定番のざる蕎麦やとろろ蕎麦、大根おろしの蕎麦。冬はあったかいものが食べたいので、ほぼ鴨南蛮蕎麦を食べていました。2020年は鴨肉も結構、食べましたね。牛肉に比べて消化が良くて負担にならない。そのうえ高タンパクでヘルシーなので、すごくいいんですよ」
夜は少し自由度を上げた。
「魚か牛肉か鶏肉という感じですね。そのときはご飯を食べます。“自分に合う食べ物検査”をしたら、なるべく白米を食べる機会を減らした方がいいという結果が出たので。朝をオートミール、昼を蕎麦に変えて、夜にご飯。やっぱり白米が大好きで、食べたいんですけど、そこは栄養士を通じて農家の方から七分付きのお米を直接取り寄せています。完全に精米されてすべて取り除かれている白米よりもタンパク質が多い。なので、たまに外食をしたときに白米のご飯を食べるとめちゃめちゃおいしい(笑)」
なかなか外出ができない昨今、三竿は自炊をすることが多いという。
「最近は寒いので手羽元のスープを作ってよく食べています。僕が作る手羽元のスープ、めちゃめちゃおいしいですよ」
【材料】
・手羽元、ニンニク2かけ、ネギ1本
・生姜は皮付きのまま3ミリくらいの厚さにしたものを5、6枚
・お酒大さじ2
・鶏がらスープのもと大さじ1
・塩少々
【作り方】
1.鍋に食材の手羽元、ニンニク、ネギ、生姜を入れて、手羽元が隠れるくらい水を入れたら火にかける
2.沸騰したら調味料を入れる。
3.煮込めば煮込むほど、鶏の旨味がたっぷりと出て美味しくなるので、時間があるときは3~4時間煮込んで完成。
「これ、めちゃめちゃおいしい。余ったら翌朝にオートミールを入れて、参鶏湯(サムゲタン)風にして食べる。これもまた、めちゃめちゃおいしいんです! この食材をベースに、玉ねぎを入れたり小松菜を入れることで栄養アップさせています。大量に作って、タッパーに入れて冷凍庫にストックしておけば、食材がないときやお腹が空いたとき、体調が悪いときなどにパッと食べられて便利です!」
超簡単!おやつ代わりの鶏ハム
「あと、鶏の胸肉をよく食べていました。低温調理器具があって、すごく便利で。保存袋に鶏肉を入れて、オリーブオイルと塩、コショウ。それを1時間半、60度に設定しておくだけで、美味しい鶏ハムができるんです。それを自炊のときや、練習の終わりにおやつとして食べたりしています!」
体脂肪の数値が、食事について考えるきっかけの1つだった。それも今や参考データの1つに見え方が変わった。
「僕は結構、数字を気にしてしまうタイプなんですけど、そんなに気にしなくなりました。体重、体脂肪は毎日測っていますが、自分の感覚の方が大事だなと思うようになりました。意識しなくてもいい食事をしているから大丈夫。同じ75kgでも、重いなと感じる75kgなのか、筋肉が引き締まった75kgなのかでは全然違うもの。別に体重が軽くても動けますからね」
2020シーズン、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた年になった。そんななか、三竿自身は手応えを得て終えることができたという。
「2020年から始めた食事は体に合っていたなという感覚があります。過密日程とは言われますが、ACLを敗退してしまったことで海外への移動がなかったので、例年よりは体にかかる負担が少なかった。それでも、大きなケガなく試合に出続けられた。1つの目標としていた“健康でいる”ということを達成できたのはよかったです」
待ちに待ったシーズンオフは楽しみとして、“好きなものを好きなだけ食べる”と決めた。
「例年より少し長いオフでしたが、自分が課題と思ったことを突き詰めるトレーニングをしながら、大好きなお寿司やラーメンを食べて心の栄養をたくさんとることができました。それと同時に、これまでで一番タイトルを獲りたいと思ったオフでした。いつもタイトルを獲ると覚悟を決めてシーズンに挑んでいるけれど、2021年は今までにないくらい優勝したいという気持ちが強い。その思いをピッチで表現したいと思います」
アントラーズがタイトルを獲るため、三竿の活躍は欠くことのできない要素だ。
三竿自身、チームの第一の心臓となるために。
攻守ともにチームを牽引し、“うまい選手”ではなく“チームを勝たせる選手”への変貌を目指して。
1月20日にチームは始動。三竿健斗のタイトルに向けた、2021年の挑戦が始まった。
◆鹿島・三竿健斗を変えた食事革命! 独自のオートミールや“三竿鍋”で過密日程に負けぬ体に【レシピ公開】(Number)