突破論。 それぞれのルーツ、それぞれの哲学。 (ワニ文庫) [ 中村俊輔 ]
「勉強しに行って来ます」
8月5日、小笠原満男が自身初めてのアカデミー海外遠征に出発した。
向かうは中国の上海。「YOUTH INTERNATIONAL CHALLENGE CUP」に出場する鹿島アントラーズジュニアユースへの同行となる。参加チームは中国に限らず、アトレティコ・パラナエンセ(ブラジル)、アンデルレヒト(ベルギー)、ウォルバーハンプトン(イングランド)も名を連ねる。
遠征中、小笠原は子どもたちのプレーだけでなく、ピッチに立つまでの過程にも目を配っている。遠征に持参する荷物、ビュッフェ形式の食事、ホテルでの時間の過ごし方、そして試合への準備。
たとえ、荷物の中身が整理整頓されていなくても、そこに明確な理由があれば、小笠原は目を細める。
「(自分も)遠征の準備は、必要最低限。あとは、あるものでなんとかする。俺にとっての準備はそんなところだから」
「自分のことは自分で」
21年にわたりプロ生活を続けた小笠原は言う。
「トップの選手がまさにそうなんだけど、自分のことを自分でできない選手はたいていつぶれる。それはこれまで見てきた経験から、僕だから言えること。今のアカデミーにいる子どもたちの親御さんたちにも知ってほしい」
子どもの自立心を育む。育児において、目指すべきところだろう。それは、サッカーの指導においても同じと、小笠原は強調する。それも、プロを目指す選手にとっては、特に。
子どもたちと接して気になること。
小笠原が幼稚園から高校生年代までの子どもたちとともにボールを蹴り、よく観察して接する日々のなか、気になっていることがあるという。
“親と子どもの関わり方”だ。
「アントラーズの育成方針としては、子どもに対して“自分のことは自分でできるようにしましょう”という考えでやっています。それはつまり、何をするにも自分で考えて判断しなさいということ。サッカーでもそうなんだけど、正解はない。だからこそ、自分なりの正解を、自ら考えて見つけ出せるようになってほしい」
プロのサッカー選手は、1日2時間から3時間のチーム練習がある。それ以外の時間はすべて各人に任せられる。自らのパフォーマンスを上げて、ピッチで結果を残すこと。すべての者が、その目標に向かって日々を過ごす。
「プロになって、周りがやってくれることが増えて、環境としては良くなる。でも、最後は自分だから。遠征の荷物の準備は自分でしないといけないし、食事も自分で考えないといけない。チームの食事も、定食が出てくるわけじゃない。ビュッフェ形式で、何を選んで食べるか、自ら考えて決めないといけない」
ピッチ外での選択は、食事だけではない。世界と戦う選手にまでなれば、時差との戦いも出てくる。
「ACL(AFCチャンピオンズリーグ)を戦うときには、試合に合わせて1、2週間前から時差を意識して、1時間ずつ寝る時間をズラしていった。いかに現地に着いてすぐ順応できるようにできるか。チームドクターから指示が出ていたけれど、それをどこまでやるかも、自分次第。トップに行ってもそうだもん。自分のことは自分でやれないと」
荷物の準備も然り。必要と思うなら持っていけばいいし、いらないなら持っていかないという選択を自ら行う。アントラーズアカデミーでは、スクールからユースまで、年間で数多くの遠征を実施している。海外遠征だけで直近3年で32回。カテゴリーに関係なく、国内外を行ったり来たりする日々だ。
「リーグ戦、ACL、クラブW杯、日本代表戦、W杯。これまで何度も遠征に行ったけど、パンツを何枚持っていくのか、靴下を何足持っていくのか。そんなの決まりはない。朝、起きられなければ目覚まし時計を持っていく。天気予報を見て、雨が降りそうだったら、多めに着るものを持っていく。寒そうだったら何を持っていかないといけないのか。上質な睡眠のためにマットレスを持っていく選手もいる。俺は持っていったことがないけど、それも自分次第。自分に必要なものは何かを考えて、準備を進めていくもの」
遠征のとき、子どもたちの荷物を見ればすぐに分かるという。
「きっちり親にやってもらったなっていう子もいれば、ぐちゃぐちゃだけど、“あ、自分で準備をしてきたな”っていう子もいる。忘れ物をしたっていいんだよ。自分でできるようになるのが正解なんだから」
能動的に行動することは、成功または失敗に向けたスタートラインに立つことを意味する。まず挑戦しなければ、成功も失敗もない。挑戦なしには成長もない。だからこそ、親が口出ししないでほしいと願う。
「“水筒の中身はちゃんと入ってる?”。出発の際によく聞く言葉だけど、それは自分でやらせてほしい。“親が過保護だと、子どももダメになりますよ”っていうのは強く言いたい。失敗をしても、忘れ物をしても、本人の成長のためだと思って。
子どもは親離れしないといけないし、親も子離れしないといけない。親がベタベタして、何かを渡したりとかしているのを見ると、俺は『離れろ』と言いたくなってしまうんです。子どもがかわいいというのは、気持ちとしてよく分かるんだけどさ。俺自身、子を持つ親として」
準備に正解はない。それぞれに合ったものを、自分で考えることが必要と、小笠原は説く。自立することで日常の生活が変わり、ピッチでの表現にもつながるからだ。
「何をどれだけ食べなさい、何時に寝なさい、何時に起きなさいなんて言われないから。自分でできるようにならないといけない。いろんなやり方はあるだろうし、合う・合わないがあるだろうから、自分のベストの方法を見つけていくことが大事だよね。俺にとっての正解は、他の人にとっての正解ではないから。何事も自分で判断できるようにならないといけない。その判断力は、ピッチ上にも表れるものだから」
子ども自身が考え自立するために。今、小笠原は、プロサッカー選手につながる過程に向き合い続けている。
◆小笠原満男が子供達に伝える自立心。 「荷物ぐちゃぐちゃでもいいんだよ」(Number)