vol.1
「チームのターニングポイントがあった」
“常勝”鹿島アントラーズの主力として数々のタイトル獲得に貢献し、J1・400試合出場という実績を引っ提げて南葛SCにやってきた青木剛。
しかし、そんな歴戦の選手をもってしても、Jリーグと社会人リーグの違いに対応するのは簡単なことではなかったという。それでも周囲の期待に応えようとするかのように、試行錯誤を続けながらシーズンを戦い抜いた。
南葛SCの2019年の成績は、7位で幕を閉じた。残ったのは、目標としていた関東リーグ昇格、その権利を得るリーグ3位以内に入れなかったという現実だ。
3回シリーズの第2回では、青木剛が南葛SCにやってきて、1年間見てきた今シーズンのチームについて振り返ってもらう。
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青木は2019年シーズンを「難しいシーズンだった」と表現する。
「東京都1部リーグは簡単ではないな、と早い段階から感じていました。相手チームはどこも引き込んでブロックを作りながら、セットプレーやカウンターでワンチャンスを狙ってきました。どちらかというと“現実的なサッカー”といいますか。試合中に相手の選手が言ってるんです。『絶対ワンチャンスが来るからそれまで耐えて、狙っていこう』と。すごく割り切っていて、“南葛に一泡吹かせてやろう”という雰囲気が尋常じゃないくらい伝わってきて。それでボール支配率でいえば6:4か7:3くらいで、南葛が握っているのに崩し切れず、逆に相手の狙い通りに少ないチャンスを決め切られて……という悔しい思いを何度もしました」
今シーズンを語るうえで、他の選手たちもインタビューで引き合いに出すのが開幕戦の明治学院スカーレット戦(2-2で引き分け)と4節の駒澤大学 GIOCO 世田谷戦(0-2で敗戦)。「運動量も豊富でやることを徹底してくる大学生チーム相手に社会人チームは苦しむというのは情報としてあって、実際に勝てなかった」と振り返る。
そして南葛SCは6節でCERVEZA FC 東京にも敗れてしまう(0-2)のだが、この頃に「チームのターニングポイントがあった」と青木は記憶している。
「勝ち切れず波に乗れない中で、この先チームがどういう方向性で戦っていくか。それをしっかりとミーティングして決めて意思統一しようと。結果『つなぐサッカーをしよう』ということに決まったんです」
普段の練習から「つなぐ」意識をより徹底するようになった。試合でも、相手が前からプレスをかけてきてもロングボールを蹴らず後方からつないではがす。相手がセットしてきても落ち着いてつないで崩す。それがチームとしての共通認識になった。
「立ち上がりから相手が勢いよく前から来た時、相手を裏返すように背後にボールを流し込んで試合が落ち着くまで割り切る選択もあったと思います。でも、つなぐサッカーをしようと決めたので貫こうとする。すると相手に引っかかったりかみ合わなかったりする部分が出てくる。つなぐサッカーを志向している以上、ミスは生まれるものです。そのミスが出た時にみんなでカバーし合ってピンチを防ぐことが重要になるのですが、カバーしきれずにやられてしまうシーンも多かった。感覚としては、何の予感もないようなところで失点してしまった印象が強いです。セットプレーでも一発では決められなくても、そのこぼれ球を拾われ2回目のクロスでやられてしまうとか……」
「目に見えるほどあからさまにチームが気落ちしてしまう」
今シーズンの象徴的な試合として挙げるのは、12節のアローレ八王子戦だ。スコアは3-3。数字だけを見れば点の取り合いだが、その内容は全く異なるものだった、と感じている。
「ビデオを何回も見返したのでよく分かるのですが、前半、南葛は5~6回チャンスがあって1点先制した。一方、相手にセットプレー2本からともにこぼれ球を拾われて決められて2失点。後半一度は追いつくのですが、PKでまたリードを許して。自分がプレーしていた印象ではすごくチャンスがあって、支配率でも7:3くらいで押していて。全然勝てる試合のはずなのに試合が終わると引き分けていた。決して点の取り合いになるような展開ではないのに。このような展開の試合がシーズンを通して多かったと感じています」
なぜこのようなことになってしまったのか。
「1試合90分間、ずっと南葛のリズムで戦えればそれが内容的にベストですが、サッカーは流れがあるのでずっとペースを握っていられるわけでもありません。でも、相手ペースになった時に“自分たちのペースにできてない”とネガティブな空気になってしまうところがありました。さらにたまたま相手のラッキーであったり、自分たちのミスであったり、セットプレーから失点してしまうと、目に見えるほどあからさまにチームが気落ちしてしまう、ヘッドダウンしてしまう時もあって。先制しているのに追いつかれると、相手は想像以上に息を吹き返す一方で、自分たちは必要以上に意気消沈してしまう。結果が出ていないと余計にその落ち度が大きくなっていたかと思います」
チームを覆っていた負の雰囲気。これは他の選手も口にするところだ。
「前半にチャンスが5~6回あって、それでも無得点で折り返した時のハーフタイムも『後半行ける!』とはならずに『上手くいっていない…』という空気が漂ってしまう。後ろの選手の判断でロングボールを蹴った時もどこか空気が悪くなる。僕も試合に出ていた身として、チームに何か伝えることができたのではないか、と責任を感じるところなのですが」
シーズン途中からはボランチではなくCBとしても先発するようにもなった。それが奏功した試合もあったが、チームの流れを劇的に変えるまでには至らず、南葛SCはどこか乗り切れない印象でリーグ戦を最後まで戦うことになった。
南葛SCが陥った抜け出せない負の雰囲気の連鎖、その原因は?
チームとして決めた「つなぐサッカー」を貫こうとする。だが思い通りにいかないことでネガティブな雰囲気が漂い始める。それで結果が出なければ、どんどんネガティブな方向へチームが向いてしまう悪循環。
「そうすると、たとえ結果が伴わなかった試合でもうまくいっている部分もあるのに、全てが悪い、という捉え方になってしまう。このような雰囲気では、ミスが出た時に余計気落ちしてしまって、みんなで助け合おう、というポジティブな姿勢にはなりづらい」
Jリーグでもつなぐサッカーをしているチームでは、そのスタイルを作り上げる過程において、チャレンジしてのミスには指揮官も寛大だという。
ミスを恐れず、またミスしてもカバーする雰囲気を生むには、どこかで「ミスも想定内」という許容の余地を残す寛容さみたいなものが必要になるのかもしれない。しかし「つなぐサッカー」に執着するあまり、そして期待に対する責任感の強さのあまり、自らをきつく縛ってしまうと心理的なゆとりが失われ、縛りはどんどんきつくなり呪縛のようなものになってしまう。それこそが今シーズンの南葛SCが陥った抜け出せない負の雰囲気の連鎖、その原因であったかもしれない。
「これは南葛に限ったことではなく、結果が出ていないチームに起こりがちなことといいますか。熊本でプレーしていた時も似たような状態を経験しました。熊本スタイルという理想を掲げて、結果が出なくても貫いて、最終的に降格してしまった。南葛も“つなぐサッカー”と言葉にするのは簡単ですが、つなぐにはみんな細かなポジションを取らなければいけません。サポートのポジショニング、角度を作るためのポジショニング、それを状況に応じてどんどん変えていかないといけません。でも、それができていたかというと、まだ最終的に目指している理想までとは差があるな、と」
社会人サッカー1年目の青木が「今シーズンは試行錯誤の連続だった」と振り返るように、南葛SCも理想と現実、勝利と成長、その狭間で試行錯誤が続いた。個としてもチームとしても2019年は試行錯誤のシーズンだった。だから「難しいシーズンだった」のだ。(文中敬称略)
※第3回に続く。次回は11月12日に掲載予定。
取材・文●伊藤 亮
◆元鹿島・青木剛が感じた社会人リーグの現実 vol.2「南葛SCの2019年は“難しいシーズン”でした」(サッカーダイジェスト)