世界のサッカー応援スタイル [ 『サッカー批評』編集部 ] 過密日程の今年のJ1だが、8月26日のJ1・3試合はその極みだった。ACL出場チームが試合をこなすために設けられた日程で、8月23日から中2日でのリーグ戦。FC東京は2戦連続ホームと地の利に恵まれたが、鹿島アントラーズは、内田篤人のラストマッチの涙も乾かないうちのアウェー戦となった。
FC東京は先発メンバーを前節から6人を入れ替えた。特に、前線の3人はまったく違うメンバーである。
一方の鹿島は、4人を入れ替え。中でも注目は、ついに初先発をつかみとったMF荒木遼太郎だ。東福岡高校出身の高卒ルーキーは、2月16日のルヴァンカップ第1戦の名古屋戦でプロデビューを早々に果たすと、リーグ戦でも途中出場の機会を積み重ね、第10節・神戸戦(8月16日)でついに初得点を決めた若武者だ。その荒木が左に、ファン・アラーノが右という2列目の構成だった。
ピッチでホイッスルが鳴った瞬間のカメラマンの数は、鹿島のベンチ裏にいた人数のほうがFC東京裏よりも多かった。すなわち、FC東京有利、という風が強かった。しかし、ボールを握ろうとしたのは鹿島だった。
最初の得点機を創出したのは、鹿島。11分。右サイドからペナルティエリア内に侵入したFW土居聖真が、ゴール前に短いクロスを送ると、これを東京GK林彰洋がなんとかかき出そうとする。ゴール前のこぼれ球を、待ち構えていた荒木が右足で蹴りこもうとしたが、林が再度伸ばした手に阻まれ、スコアを動かすことはできなかった。
26分には、DF永戸勝也が左サイドからフリーで柔らかいクロスを送り込むと、FWエヴェラウドが強烈ヘッド。今度こそゴールかと思われたが、またしても東京の守護神がそれを阻む。
その後、FC東京のカウンターを食らいながらもチャンスを作り続けた鹿島だったが、前半終了間際のアディッショナルタイムに、ついにオウンゴールを喫してしまった。
それまで、絶好のチャンスを生かせなかったエヴェラウドがリベンジを果たしたのは48分。J・アラーノからのクロスを豪快にヘディングシュート。林に一度はセーブされるものの、今度はそれを押し込んだのだ。
さらに57分、荒木のパスを受けたJ・アラーノがワントラップしてから左足シュート。ゴールネットは大仰に揺れた。
逆転されたFC東京は、直後に、FWディエゴ・オリヴェイラ、FW永井謙佑、MF安部柊斗の3枚替えを敢行するなど必死に手を打ったが、逆転されたスコアを覆すことはできなかった。
鹿島にとっては、1ケタ順位をうかがえる10位に浮上。開幕4連敗で断トツの最下位だった悪夢から、やっと解放されそうなところまで持ってくることができた。
4連敗以降の9戦の成績は、4勝3分2敗。勝ち点奪取率こそ55.5%とやや物足りなさもあるが、勝ち越している事実は大きい。今年の鹿島のスタートの苦しさを考えれば、“カシマ復権”とは言えなくとも、かなり上向きの状態と言えるはずだ。
今年のリーグ開幕戦メンバーを見ると、5人が新加入選手。特にディフェンスラインは初々しく、両サイドバックが新加入選手であるだけでなく、センターバックの2人は昨年の鹿島で出場試合が「0」と「22」と、決して中核と呼べる選手ではなかった。
選手だけでなく、監督もザーゴが新しく就任し、新たな戦術を植え付けようとした。新監督が新しいやり方を導入するのは当然なのだが、新メンバーで新戦術を入れようとすれば浸透するまで時間がかかる。その浸透までの“不具合”に、チーム全体で耐えた。
FC東京戦も、鹿島とすれば内容面で決して完璧だったわけではない。ただ、いい時の鹿島にあった“内容が悪くても勝ちに持っていく”を彷彿とさせ、非常にプラスに評価できる。
ザックリとイメージされる“いいときの鹿島”と、“ザーゴ鹿島”では何が違っていて、何が同じなのか、という点で、FC東京戦を見たい。
“強い鹿島”というと、どんな姿を想像するだろうか。
4-4-2をベースに、スピードで迫るわけでもなく、完全に遅攻でもない。なおかつ、プレスも強いわけでもなく、だからといって弱いわけでもない。攻め手に大きなストロングポイントがあるわけでもない。どちらかというと、相手の出方を探りながら、弱点やスキを突く。スキを突くため、カウンターを用いることが多かった。
その選手構成としては、サイドハーフには必ずしも縦に強い選手が配置されず、どちらかと言えば中に絞って攻撃する。サイド攻撃は、サイドバックがメインを担うことが多い。CBは屈強な選手、2トップは万能型の選手が起用されやすい。
このような姿ではないだろうか。もちろん、年代によって監督や選手によって多少変わるが、「4-4-2の王道サッカー」に近いかもしれない。
ザーゴ監督が目指すサッカーを、監督自身これまで「華麗なサッカー」「攻撃的なサッカー」「理想はつなぐサッカー」「昔のアントラーズが持っていたパスワークやしたたかさを取り戻す」と語っている。
ここまで鹿島がやっているサッカーと合わせれば、「ボール非保持時にはプレスを前からしっかりかける」で、かつ、「ボールを保持したら後ろからしっかりとつないで前に持っていく」というところだろう。その際、ボールを受けやすい位置、ボールを預ける位置を全員で共有することで、パスワークを構築していくという狙いがあるはずだ。
カウンターを用いるサッカーから、ポジショナルプレーをしつつ、ポゼッションしていく。
初めてのポジショナルプレーということで、それを理解するまでに時間がかかることは、チーム全体として共有していたはずだ。だから、結果が出ない時期でも、安易に結果を求めるサッカーに転じなかった。積極的に練習試合をセッティングしたのも、ポジショナルプレーを実戦の中で吸収するためだった。
FC東京は、そんな鹿島を攻め崩すためにいくつかの狙いを持っていた。まずは、前線でプレスを強めにかけること。これは、ポジショナルプレーを完全には共有できていない状態の鹿島のパスワークを寸断させるためだ。
FC東京が前線の選手を前節から変えたのは、一つには自分たちの縦に早い攻撃をするうえでフレッシュさが必要だったこともあるが、鹿島にプレスをかけ続けることも理由だったかもしれない。
そしてもう一つは、左サイドバックの永戸勝也を封じる、もしくは、その裏を狙うことだった。
鹿島の選手にあって、ある意味、永戸は異質な存在だ。昨季まで所属していたベガルタ仙台では、渡邊晋監督の下でポジショナルプレーに取り組んでいた。やり方は違えど、ポジショナルへのアレルギーは少なかったと思われる選手である。また、昨年は仙台で10アシストを記録してJ1アシスト王に輝くほどのキックの質を持つ。
逆に右サイドバックの小泉慶は本来は中央の選手で、内田篤人の引退、レギュラーを掴んでいた広瀬陸のケガによって右サイドバックのスタメンが回ってきた。特徴を出すまでに時間がかかる中、積極的に攻撃に転じて、“裏を空けてくれる”か読めない部分もあった。
この永戸を封じるために、FC東京は中村拓海、三田啓貴、原大智の3人を右サイドで近い位置でプレーさせた。さらに、GK林彰洋はゴールキックをここに蹴り、身長191㌢の原に競らせた。
現在の鹿島はサイドハーフが中に絞り、その分、サイドバックがサイドに大きく張る。そのため、永戸の裏を狙って、FC東京は選手を斜めに走らせた。永戸に“背後のケア”を意識させ、攻め上がりをけん制しつつ、攻撃としてもそこを突きたいというわけだ。
16分の荒木へのクロス、26分のエヴェラウドのシュートを導いたクロスなど、永戸は攻撃的な特徴を出した一方で、FC東京はこの周辺に集めた人数によってオウンゴールを誘発するなど、鹿島の左サイドは、試合のカギを握るエリアとなったのだ。
鹿島の得点は、左サイドで人が集中した場面から生まれている。左サイドから、中央寄りにいたファン・アラーノに展開。アラーノが、チームの約束事通りに右の大外にいた小泉慶に出した。この瞬間、FC東京は守備陣形を右にスライド。視線も重心も鹿島の右に向かった瞬間、アラーノは中央でフリーになっていた。
アラーノの技術があれば、中央からでも巻いたボールをゴール前に送り出せる。FC東京のキャプテンであるDF渡辺剛の裏から斜めに走りこんだエヴェラウドは、これを決めるだけ。渡辺が裏をケアできなかったのも、鹿島がチーム全体で左から右に揺さぶったからだった。FC東京の若いディフェンスリーダーも、視線はボールに誘われた。
荒木が絶妙なスルーパスを見せた2点目も、左でボールをつないだ場面から始まる。永戸がボールを拾うと、ボランチの三竿健斗に一度預ける。三竿は、同じラインにいた荒木に出す。この時点で、三竿の近くに三田、永戸の近くに原、荒木の近くに中村がいた。前半と同じ構図だ。ただ、永戸に戻されて縦に行かれたときを想定してか、ボールを受けに行く荒木に、中村はついていかなかった。あるいは、エヴェラウドが左に流れていたため、そのケアもあったかもしれない。
いずれにせよ、荒木はフリーで持てると分かるやここから反転、ペナルティエリアの前のスペースに向けてボールを持ち出した。FC東京の高萩洋次郎はそれ以上の進撃を食い止めるために彼に寄せにいく。土居聖真とJ・アラーノが裏に抜け出す姿勢を見せて、FC東京のディフェンスラインを食い止める。しかし、荒木は速めのボールを一番遠くにいたJ・アラーノに送った。並の選手であれば、あそこで冷静にボールを扱えない可能性もあるが、J・アラーノは別格。ワントラップをして、ゴールに叩き込んだのだ。