J1リーグ第25節。鹿島アントラーズが清水エスパルスに0-4で大勝したアウェー戦で、マン・オブ・ザ・マッチ級の活躍を演じたのは、2ゴールを挙げ、2点目となるPK獲得にも貢献した上田綺世(あやせ)だった。
法政大学卒業後に入団するはずだったが、その予定を、この夏、2年前倒して鹿島入り。第16節の浦和レッズ戦(7月31日)でデビューを飾ると、第22節(8月10日)の横浜F・マリノス戦では初ゴールを決めた。
清水戦は初スタメンだった。上田に幸いしたのは自軍の過密日程だ。鹿島がアジアチャンピオンズリーグ(ACL)準々決勝で、広州恒大(中国)とアウェーで戦ったのはその4日前(8月28日)。大岩剛監督はこの清水戦に、広州恒大戦のスタメンから三竿健斗、セルジーニョ、犬飼智也、そしてGKのクォン・スンテを除く7人を入れ替えて臨んだ。上田のスタメン出場は、替えがきかない選手以外、すべて入れ替えようとしたそのベンチワークの産物だった。
だがそのスタメンには、上田以上に気になる選手の名前があった。スタメン出場は実に開幕戦の大分トリニータ戦以来となる遠藤康である。交代出場も浦和戦(7月31日)以来。久々に見る姿だった。しかしそれ以上に驚かされたのがポジションだった。
遠藤と言えば、右のサイドハーフ(SH)と相場は決まっていた。資料をひもとけば、右SH以外でのスタメン出場は2012年シーズンまで遡る。右のスペシャリスト。右サイドで左利きの特性を長年にわたり活かしてきた。
しかし、2012年をピークに出場時間は少しずつ減少。今季は清水戦前まで、わずか168分間の出場に止まっていた。現在31歳。来季以降、鹿島でプレーすることができるか、危ぶまれ始めていた。
鹿島の布陣は例によって4-4-2。実際は4-2-3-1に見える場合も、どういうわけかチームはそれを4-4-2と言い続ける。この清水戦もしかり。4-2-3-1と言いたくなる4-4-2だった。その1トップは上田。そして遠藤は右SHではなく、微妙なポジションで構えるもうひとりのアタッカーとして出場した。
1トップ下、あるいは1トップ脇。いすれにせよ真ん中でプレーをする遠藤を過去に見た記憶はない。ところが、多少無理がある窮余の一策かと思いきや、前半15分、さっそくその成果が現れる。見る側の認識を新たにさせるシーンに遭遇することになった。
右サイドで、こちらも久々に先発に復帰した右サイドバック(SB)伊東幸敏が、清水の左SH西澤健太のドリブルを止めると、素早くセルジーニョにフィードした。その時、前線で反応したのは上田ではなく遠藤だった。オフサイドラインをかいくぐるように動きだし、セルジーニョのパスを受けると、自慢の左足にボールをセット。インフロントでがら空きのゴールにふわりとしたボールを蹴り込んだ。新境地を開拓したかのようなゴールだった。
何かが衰えたという感じはしない。力量的にはまだ十分足りている。出場時間を減らしていた原因は、右SHしかできない点のみだと言える。
通常、そこでスタメンを張るのはレアンドロだ。しかし常時ではない。左でプレーする場合もある。セルジーニョが右SHに入る場合もあるが、彼は真ん中でもプレーする。土居聖真、バルセロナに移籍した安部裕葵は、右も左も真ん中もこなす。ひとつのポジションしかやらないのは遠藤と、今シーズンに清水から移籍してきた白崎凌兵ぐらいのものだ。
言うならば遠藤は、メンバー交代の幅が広がりにくい、監督にとって使い勝手が悪い選手だった。その出場機会が減少する理由は、右SHしかできないその非多機能性に原因があった。
とはいえ、遠藤は鹿島一筋できた選手だ。右SHしかできないその非多機能性は、鹿島で培われたものだ。使い勝手の悪い選手だと言われれば、自分をそのように育てたのはクラブではないかと、反論したくもなるはずだ。この日の1トップ下(脇)での出場が、は、監督のアイデアなのだとすれば、遠藤は歴代の監督に対して、「もう少し早く試してほしかった」という気持ちもあるのではないか。
それはともかく、鹿島が4点目を奪ったのは後半のロスタイムだった。三竿が自軍深くからレアンドロにフィードすると、遠藤は左サイドに開いて走った。そしてその鼻先にパスが出ると、カウンターのチャンスは一気に拡大した。
なんとか帰陣した清水のバックは2人。上田はその背後を走っていた。ゴールが決まるか否かは、遠藤の左足センタリングの正確性にかかっていた。
遠藤がここで見せたプレーは左SH的であり、左ウイング的だった。つまり遠藤は可能性をさらに広げるプレーを見せたことになる。
左利きの選手が左を務めることは、かつては当たり前の話だった。ところが、ある時から、左は右利き、右は左利きの割合が増えることになった。SBが攻撃に参加する頻度が高くなったこと、言い換えればサイドアタッカーが両サイド各2枚になったことと、それは深い関係にある。攻撃参加したSBに縦突破を任せ、SHは主にカットインを狙う。遠藤も縦より内に入るプレーの方が多く見られた。
左利きが左に回ると、選択肢はシュートよりクロス、センタリングが中心になる。
その時、遠藤には中央の様子を十分にうかがう余裕があった。上田の頭に狙いを定め、ボールを置きにいくようなタッチで蹴った。上田の2点目となるヘディングシュートが決まった瞬間だ。讃えられるべきはどちらかと言えば、上田のヘディングというより、正確無比な遠藤のキックになる。ゴルフにたとえれば、ピンの根元にストンと落ちるアプローチショットのようだった。
真ん中、そして左でも可能性のあるプレーを披露した遠藤。上田の加入も心強いが、遠藤の選択肢が増えたことも、鹿島にとってはそれに並ぶ朗報ではないか。シーズン終盤に向け、鹿島の選手層はこれでまたひとつ厚くなった。
◆「右の専門家」鹿島・遠藤康が、 多機能型プレーヤーとして開眼した(Sportiva)