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地方の企業は人口減少の中で明るい未来を描けるのか。地方に本拠を置く経営者にとって、一つの手本となるのが鹿島アントラーズFCだ。人口約6万7000人の鹿嶋市という小さな都市の中で、サッカーだけでなく、それ以外のビジネスも拡大しながら経営拡大を図っているからだ。2019年度の売上高は推定約70億円と過去最高を記録する見込みだ。将来ビジョンとして売上高100億円を掲げるアントラーズFCの戦略の何を学ぶべきなのか。同社の鈴木秀樹取締役事業部長に聞く。
人口7万人弱の都市で4万人スタジアムが成立する理由
中原:私はアントラーズこそ「地方の企業経営のお手本」になるとずっと考えてきたので、今回はその秘訣をお伺いして、それが地方企業の経営者の心に響けばいいなと考えています。ですから今回は自らがあまり語ることはせず、聞き役に徹するつもりです。
常識的に考えたらJリーグのトップリーグのチームを、人口の少ない場所でずっと経営できているのは本当にありえないことです。
鈴木:確かに、鹿嶋市は人口が約6万7000人ですからね。そこに4万人収容のスタジアムがあるわけで、経済合理性から考えたらおかしいですよね。僕らの業界ではマーケットは半径30キロで考えるのですが、鹿嶋はその円内の半分が海(太平洋)と地理的にも厳しく、この半径30キロのマーケットには78万人しか住んでいない。
プロサッカーのクラブ経営にはマーケットが最低100万人いないと成り立たないといわれています。例えば、FC東京のマーケットには2300万人、浦和レッズには1700万~1800万人が住んでいます。そのような状況の中で、アントラーズが存在すること自体が僕も奇跡だったと思っています。
中原:他の首都圏のクラブチームとはマーケットが1桁~2桁違うのに、経営が成り立っていることがすごいな、とずっと思っていました。人口が少ないエリアで成功を収めている秘訣は何でしょうか。
鈴木:まず、鹿島スタジアムの観客数は平均して2万人なんですが、うちのお客さんっていうのは、実は半径30キロのマーケット内から来ているのは全体の25%しかいないんですよ。マーケット外の茨城県や北関東から来ているのが25%、東京23区などの首都圏から来ているのが50%という構成なんですね。
なぜ首都圏から半数ものお客さんが来てくれるかっていうと、やはり強いチームに魅力があるから来てくれているんだと思います。だから、僕らは徹底的に勝ちにこだわってやってきたっていう結論になるんですね。
茨城まで時間とお金を使って来てくれるお客さんがいる。帰りの渋滞に巻き込まれて、すごいストレスをためて帰るお客さんがたくさんいる。だから、できるだけ勝って、気持ちよく帰ってもらいたいですよね。
「倒産しないためには、勝つしかない」という思考回路
中原:マーケットの外からお客さんが呼べているから、経営が成り立っているというわけなんですね。
鈴木:そのとおりです。でも、アントラーズができた25年前にはそんな発想はまったくなかった。親会社の住友金属工業(当時、現在の日本製鉄)や当時の鹿島臨海工業地帯に進出した企業の方針に沿って、町おこしをしようと始まったクラブチームですから。
そうした経緯があるので、「住友金属や鹿島進出企業がしっかりとチームをサポートしてくれるだろう」と思ってスタートしたら、意外にも「早く自立しなさい」と言い出したわけです。
「イニシャルコスト(初期費用)は出すが、ランニングコスト(運営費用)は何とか自分で稼げるようになりなさい」と。いきなり厳しい現実を突きつけられて、それでは何とか稼ぐしかないよねってことになって……。
秘訣といえるかどうかわかりませんが、25年間つねに「明日、潰れるかもしれない」と思って危機意識を持ってやってきました。「潰れないためには、勝つしかない」「勝つためには、何をすべきか」、アントラーズはそういった思考回路が身に付いているクラブチームだと思います。
中原:当時は親会社の広告部門と見なされていたJリーグのチームでは、アントラーズは稀有な存在だったのですね。
鈴木:そうなんです。Jリーグのスタート時点では10チームあって、今では55チームあるんだけれど、経営的に自立できているクラブなんてほとんどないですよね。
やっぱり日本のプロスポーツはその親会社がある程度補填して成り立っているという現実があります。
ただ、実際は小さなクラブの中には自立できているところもありますよ。地域の活性化のために始めたのでしょうが、稼げる範囲でしかやってないわけですから。
世界のトップと互角に戦うための「売上高100億円」
中原:小さいクラブは背伸びをしなければ、縮小均衡はあるというのですね。ただ、それではJリーグの1部で勝つのは至難の業ではないですか。
鈴木:そのとおりです。Jリーグのトップリーグで親会社から自立して優勝しようと思ったら、売り上げを上げていくしかない。ただ、今のJ1のチームの平均の売り上げは30億円までは届いていません。僕らは世界のトップチームと互角に戦うためには、将来的に100億円に到達しなければならないと思っています。
だから、僕らは売り上げをいかにして上げていくかっていう作業を一生懸命取り組んできたわけで、今までは60億円台が最高だったところを、今年度は賞金が多かったこともあって初の70億円台を達成することができる見込みです。
中原:大変遅れてしまいしたが、AFCチャンピオンズリーグの優勝、FIFAクラブワールドカップのベスト4、おめでとうございます。賞金はどれくらいだったのですか。
鈴木:ありがとうございます。AFCチャンピオンズリーグの優勝で約4.5億円、クラブワールドカップのベスト4で約2.3億円の賞金だったんですが、実は前者などはJ1のリーグで優勝(3億円)するよりも賞金が多いんですね(笑)。いずれにせよ、創設25年を期にいろいろなことをもう1回考え直したときに、僕らの成長というのはどこを目指すべきなのかっていうところの中で、売り上げ規模でいうと、100億円を目指そうということになったんですね。
そうであるならば、「数あるタイトルの中でも、こことここは勝たなければならない」っていうことになって……。僕らがお客さんの興味を引くために頑張る作業といったら、まず勝たなければならないっていうのが基本にあるわけです。
中原:そこでマーケティング(市場開拓)が重要になってくるわけですね。どのようなマーケティングを行っているのでしょうか。
鈴木:僕らは「明日、潰れるかもしれない」という危機感を持ってやってきましたが、今までかなりの経験を積んできたので、直観とか経験とかって基本的に正しいと思っているんです。けれども、それを「正しいっ!」て大きな声で言える人が何人いるかっていったらなかなかいないんですよ。「こういう方向で行きましょう」「次は違う方向に行きましょう」って言えないのは困るので、それを言えるようにするための裏付け調査をたくさんやっていますね。
だから、Webの調査にしても基本的なアナログの調査にしても、調査に関しては人手と時間をかなりかけてきています。そのなかでは、もちろんファンの調査もありますが、ファンの満足度を調査したら意外に面白いことがわかったりしますね。
例えば、東京から時間とお金をかけて来てくれるお客さんは、裕福な人たちが多いっていう調査結果が出ています。だから、その人たち向けに高い商品を売ったほうがいいんじゃないかとか、いろいろなアイデアが蓄積していくわけですね。
それと同時に、デジタルの進化が目まぐるしくて、あまりコストをかけずにマーケティングの結果に基づいてビジネスができるようになった。僕らの戦略がちょうどタイミングよく、デジタルの進化の流れにはまったのだと思います。
地方の経営者はデジタルを魔法だと思っている
中原:ここからは、地方の経営者にとって示唆に富むお話が出てきそうですね。
鈴木:そうかもしれませんね(笑)。僕らはデジタルを魔法だとは思っていないし、デジタルっていうのはやればやるほど、むしろアナログの作業や工程、要員が必要なんですね。ところが、地方の経営者の皆さんはデジタルが魔法だと思っているから、SNSなどをやったりしているんですが、ただそれは自己満足でしかなくなるんですよ。
デジタルっていうのはやっぱり、その調査を次々としていけば、アナログでやっていることの何分の1かの投資で済むんですよね。けれども、経営の上にいる層がデジタルの投資に対してなかなか理解してくれない。だから、上のほうに理解してもらうために、調査に基づいた参考事例をたくさん説明していくわけですね。
先進的にデジタルを使いこなしているアメリカのプロスポーツチーム、例えばLAギャラクシーやシカゴブルズのデジタル担当とも話してわかったことは、彼らも昔から簡単に上からOKが出ていたわけではないんですね。
彼らだって、デジタルへの投資分をしっかりリターンできているのか、初めのうちはよくわかっていない。ただ、ファン層が増えていたり、観客数が増えていたり、そういう結果がリアルに出てくるから、デジタル投資への理屈はつけやすいってことだったんですね。だから僕らも、デジタルを駆使しないといけないなっていうことになったんです。
デジタル投資をする、デジタルを駆使するとはどういうことか。例えば、携帯電話って次は5Gでしょ。Gってジェネレーション(世代)でしょ。最初の携帯から4Gまで何年で進化したんですかね?
中原:1Gからの歴史は承知していませんが、3Gが誕生したのが2000年代前半、4Gが2012年ですから、3Gから4Gに進むのに10年はかかっていないですね。
鈴木:僕らが人間の進化で見るジェネレーションっていうと、100年とかそういう単位で考えるじゃないですか。でも、今の話でいくと、携帯の通信環境の変化って10年足らずで1世代進んじゃったわけだから、それを考えると僕らも同じように進化しないと変化のスピードについていけない、って計算になるわけなんですね。
僕がいくら頑張ったところでもうすぐ60歳になるので限界があるわけで、新しい人材を入れて会社を成長させていかないと、いずれは乗り遅れてしまう。少しずつ投資をして人材を育てていかないと、時代の変化に対応できなくなってしまうんですね。
デジタル時代は「距離は関係ない」
中原:変化に気付いた時に適応しようと思っても、すでに手遅れになってしまいますからね。
鈴木:そう。気づいてからでは適応できない。僕らはお客さんを相手にしていかねばならないので、変化していくお客さんのニーズに対して手を抜いてはいけないんです。僕らはコンシューマービジネスのど真ん中にいるわけで、「アントラーズは嫌いだ」って言われたらおしまいなわけですからね。
今までの商売って、とくに小売業なんてものはやっぱり商圏でものを考えるから、距離って絶対的に大事な話だったじゃないですか。ところが、デジタルを使うと、距離は関係ないってことがわかってきて、アントラーズを応援に来てくれる人だとか、グッズを買ってくれる人って、実は商圏をはるかに超えているわけですよね。答えになっているのかな(笑)。
中原:十分になっています(笑)。鈴木さんの話が、多くの地方の企業経営者にとって行動を起こすきっかけになってほしいと思っています。
中編に続く。次回「アントラーズがサッカー場の席数減を考える訳」は4月13日、「アントラーズが「観光業」までやってしまう理由」は同14日掲載の予定です。