【識者コラム】期待を寄せたヴァイラー監督と契約解除したのはなぜ?
鹿島アントラーズは8月7日、レネ・ヴァイラー監督との契約を解除し、翌8日に岩政大樹コーチの新監督就任を発表した。この一連の流れについては議論が巻き起こる。
今季就任したスイス人のヴァイラー監督は、これまでブラジル路線だった鹿島が初めて招聘したヨーロッパ出身監督。過去にニュルンベルク(ドイツ)、アンデルレヒト(ベルギー)、アル・アハリ(エジプト)などを率いた経歴を持ち、鹿島や日本サッカーに新風を巻き起こすのではないかと期待された。
ところが、新型コロナウイルスの影響で来日が遅れてしまう。やっと指揮できたのは3月15日のルヴァンカップ・グループステージ第2節大分戦から。1月11日の始動日から2か月以上が経過していた。
初戦となった大分戦こそ3-3で引き分けたものの、その後は湘南ベルマーレ、ガンバ大阪、清水エスパルス、アビスパ福岡と4連勝を飾る。続く横浜F・マリノスには0-3で完敗したが、続くリーグ戦では名古屋グランパスに無得点で引き分けたあと、セレッソ大阪、ジュビロ磐田に連勝して、順調な滑り出しを見せた。
ところが5月7日、アウェーでサンフレッチェ広島に0-3で敗れ、次の北海道コンサドーレ札幌戦では4-1と大勝したものの、浦和レッズに1-1、サガン鳥栖に4-4と引き分けて、5月29日にはFC東京に1-3と後れを取ってしまう。
6月はルヴァンカップのプレーオフステージでは福岡にアウェーゴールの差で敗退を強いられ、その後のリーグ戦では京都サンガF.C.と柏レイソルに勝ったが、名古屋、C大阪、札幌、ヴィッセル神戸に引き分け、7月30日のアウェー・横浜FM戦と8月6日のホーム広島戦は、ともに0-2とシーズンダブルを食らってしまう。
流れだけを見ると、明らかに鹿島は下降気味だった。それでもヴァイラー監督にはいくつか考慮すべき点があった。
「合流が遅れて今季は途中就任したようなもの」「方向転換には時間がかかる」「上田綺世が移籍してチームのトップスコアラーがいなくなった」「新外国籍選手でヴァイラー監督のよく知るFWブレッシング・エレケがまだ合流していない」など、普通のクラブだったら「今季はある程度の成績で仕方がない」と耐える判断をしてもおかしくないだろう。
この決断は拙速だったのか。
実は私もそう思ってました。それでいろいろ調べてみたり、昔の取材ノートを引っ張り出してみると、いくつかのことが分かってきました。
鹿島はシーズン途中に監督を変えると成績情報のデータ有
まずは少し視点を変えて、過去の鹿島のシーズン途中での監督交代を振り返ってみる。なお、対象データは順位表のデータが節ごとに残っている1999年以降のリーグ戦とした。
1999年:ゼ・マリオ(6勝1分11敗)/関塚隆(0勝0分1敗)/ジーコ(8勝0分3敗)
2015年:トニーニョ・セレーゾ(7勝5分8敗)/石井正忠(11勝0分3敗)
2017年:石井正忠(7勝0分5敗)/大岩剛(16勝3分3敗)
2021年・ザーゴ(2勝2分4敗)/相馬直樹(19勝4分7敗)
これまでの鹿島の歴史の中で、シーズン途中から引き継いだ監督は必ずチームを浮上させている。それだけ鹿島は「監督交代のタイミング」と「誰を後継者に指名するか」というノウハウは持っていると言えるだろう。
監督交代の決断が不思議に見えたことはこれまでも何度もあった。例えば、これまで世代交代を3回にわたって成功させたトニーニョ・セレーゾ監督が2015年に解任された時はセカンドステージでまだ第3節、順位は11位で、決して降格がちらついた段階ではなかった。
2017年の石井監督が交代した時も、まだ勝ち越している状態で、しかも前年度は2009年以来のリーグ制覇をなし遂げている。つまり鹿島のこれまでの交代のさせ方は、決して降格圏に近づいたから、というわけではない。
実はこのトニーニョ・セレーゾ監督と石井監督の交代のあと、鹿島のチーム関係者に「功労者を交代させたのはなぜか?」と聞いた。どちらの時も「鹿島は優勝しなければいけないから」と、今回の監督交代と同じ答えが返ってきた。
では鹿島は、少し成績が悪くなると監督を代えてきたかというとそうではない。2007年、オズワルド・オリヴェイラ監督が就任した時の出だしは最悪だったのだ。第5節を終えて3分2敗、かつてないリーグ序盤戦となった。それでも監督の力を評価していたクラブは続投させ、結果的にはその年から鹿島は3連覇している。
つまり、監督交代のノウハウを鹿島は持っている、という前提で今回の契約解除を考えなければいけないだろう。外部には見えない点があるのだろうと推測するしかない。
しかも、ヴァイラー監督が来日するまで指揮を執り、鹿島OBでチームの実情も分かる岩政新監督は、もっとも「安パイ」的な人材で、そんな人物がクラブにいる間にスイッチするというのは妥当とも言える。
ただ、おそらく多くの人はそんな鹿島のチーム運営について評価をしているだろう。それでも今回の交代劇が不安をかき立ててしまうのはなぜか。
経営陣が変わり、ジーコが退任しても「鹿島らしさは残っている」
今年の鹿島は、これまでの「キーワード」から変わりつつある。「住友金属」「ジーコ」「鈴木満氏を中心とした強化部」という、これまで鹿島のベースになってきた部分が見直された。
それ故、「経営がメルカリに変わった」「ジーコがテクニカル・ダイレクターを退任した」「吉岡宗重フットボール・ダイレクターに代わった」ために、この交代劇が起きたと思われる部分もあるだろう。
だが、実はこの「決断」は非常に鹿島らしいと言える。
というのも、今年は上記の「エクスキューズ」が存在する年。現在の順位を考えると降格することはないだろう。このまま体制を変えずにシーズン終了まで過ごし、タイトルが取れなかったとしても批判されることは少ないはずで、もし成績が伸びなければその時点で監督交代すれば納得する人も多かったのではないか。
逆に、今決断すれば、ヴァイラー監督の招聘から現在までのクラブの方針を否定することにもつながりかねない。責任も追及される。普通の人の日常でもときどきある、「これを言うと自分の首絞めそうだから黙っておこう」というシチュエーションだ。
それなのに今回の「決断」したというのは過去の鹿島の決断と非常に似ており、それはつまりメルカリに経営陣が代わっても、ジーコが退任しても、鈴木氏が強化アドバイザーになっても、「鹿島らしさ」は十分に残っているという証ではないだろうか。
逆に言えば、もしこの「決断」が当たれば、鹿島の「メルカリ新体制」「吉岡宗重FD」の能力が高く評価されることになる。41歳の小泉文明代表取締役社長も44歳の吉岡FDも「判断力に秀でている」と認められるだろう。
ということで、この鹿島の監督交代、あえて逆張りしても面白いと思うんです。
岩政新監督に期待される鈴木優磨の“待遇”
もっとも最近の鹿島が、本当の意味で鹿島らしくないのは、2019年以降なんのタイトルも獲っていないこと。最近2年はACLの出場権も逃していて、2020年は衝撃のプレーオフ敗退、2021年はプレーオフ進出すらも叶わなかった、というのが一番の問題でしょう。
それを解決するためにヴァイラー監督を呼んだはずです。でも、鹿島は監督に合わせて鹿島のサッカーを作るのではなく鹿島のサッカーに合わせられる監督を選んできました。だから、方向が違っていると思ったからズレが大きくなる前に岩政新監督にした、と考えると「おお、鹿島は間違っても修正するのが早い」ということになって、「むしろ鹿島すごくない?」ってことになりません?
で、岩政新監督にはぜひ見直してほしいことがあるんです。それは鈴木優磨。最近はかつて小笠原満男がやっていたチームの雰囲気の引き締めを請け負ってる気がして、それはそれでいいんですけど、ベルギーでは1シーズンで17ゴールを挙げていた選手が今年はまだ7点というのは少なすぎる。もう少しゴールに集中させてあげられたらと思って見てるんです。
それから日本代表に……は、もうちょっと期待が高まりすぎてて今は難しいと思うので、ワールドカップ後に送り出してあげてください。
そして監督は現役時代、勝っても負けても報道陣の前に立ち止まって自分の言葉で説明してました。今後はぜひその徹底を選手にお願いします。
(森雅史 / Masafumi Mori)
◆鹿島の決断は“常勝軍団らしさ”の証!? 岩政新監督に期待される鈴木優磨“覚醒”への環境整備(FOOTBALLZONE)