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鹿島アントラーズが9月8日に戦うベガルタ仙台は、苦しんでいる。今季、長期政権となった渡邉晋監督と区切りをつけて木山隆之を新監督に招聘し、MFイサック・クエンカ、FWゲデス、FW赤崎秀平らDF吉野恭平ら有力選手を補強した。にもかかわらず、第15節を前にして、仙台はわずか2勝しか挙げられていない。
一方、開幕から4連敗という残念なクラブ記録を残してしまった鹿島は、FC東京戦以来白星を3つ並べており、消化試合はJ1最多の15ながら、9位にまで浮上している。仙台に勝てば、数字上は4位にまで順位を上げることができる。
対照的な両チームの対戦は、DF永戸勝也にとって古巣対決でもある。今年、鹿島に加入した25歳のレフティは、リーグ戦15試合を戦った鹿島でスターティングメンバーに13度も名を連ねている。他にこの記録に並ぶチームメイトは、MF三竿健斗、MFレオ・シルバ、MF犬飼智也の3人のみ。さらにルヴァンカップ2試合でも先発しており、その出場時間は三竿、レオ・シルバ、犬飼の誰よりも長い。今年から鹿島を率いるザーゴ監督の永戸への信頼が、数字から見える。
しかし、別の数字、つまり、得点やアシストに目を向ければ、今季は0得点1アシスト。その1アシストも、8月29日の柏戦まで待たなければならなかった。前所属のベガルタ仙台で昨季、10アシストを決めてJ1アシスト王になったという触れ込みがあったから、毎試合見守ってきた鹿島サポーターとしてはやきもきしたはずだ。
逆に言えば、現在ここまで得点に絡む数字を残せていない永戸はなぜ、ザーゴ監督の信頼を得たのだろうか。実はそこに、永戸というプレイヤーの特徴がある。選手名鑑、あるいは、解説者が永戸について説明するとき、「左足のクロスが正確」という言葉は常に彼とともにあるはずだ。あとは、「体力」という単語だろうか。永戸は今季ここまで出場したリーグ戦とカップ戦合わせて15試合ですべてフル出場を果たしているから、その評価に疑いの余地はない。
ただし、これだけで永戸の良さは測れない。ベガサポにとっては、「ロングスローを投げられる」という長所も挙げられるかもしれないが、それも蛇足に過ぎない。永戸の凄みは、その安心感にある。抽象的に思えるかもしれないが、そう伝えるしかない。
その安心感を生むのはいったい何かというと、まずはプレーをやり切ることだ。Jリーグが公表しているデータによれば、1試合平均の永戸のクロスは4.2本でリーグ3位。1試合平均シュート数は1.0本。ボールを持ったら、シュートかクロスまで行く回数が多いことになる。1試合平均シュート数1.0は、それだけ見ればインパクトがない数字に見えるが、MF三竿が0.9、MFレオ・シルバが0.6、MF広瀬陸斗が0.5、DF関川郁万が0.3ということを考えれば、守備陣としては高い数字であることが分かる(ちなみに、セットプレーで常にターゲットになる犬飼智也も1.0)。
「プレーをやり切る」ということは、クロスにせよシュートにせよ、相手から不意のカウンターを受ける可能性を低くするため、チームにとって非常に大きな要素だ。また、こうしたクロッサーがいることは、相手守備陣の視線をサイドに集めることにもなる。
FWに斜めのボールを入れることができるので、それほど高い位置でボールを持てなくても、チームの攻撃に寄与できる。縦パスがボランチなどから入らなくても、もう一つの「道」をつくることができる。
守備における安心感も大きい。1試合平均のタックル数4.2でリーグ1位の三竿には及ばないが、永戸のそれは2.2。ただし、成功率は72.4%と、三竿、レオ・シルバ、犬飼、広瀬よりも高く、鹿島の主力守備陣では犬飼に次ぐ数字だ。フィジカル的にも問題がなく、サイドで相手に寄せる早さや強さは、守備の安定に貢献している。
そして、この攻撃面と守備面に加え、永戸の最大の特徴が「ポジショナルプレー」に慣れていることだ。今年からザーゴ監督が鹿島に導入しているポジショナルプレーは非常に複雑だ。一度浸透すれば、ボールがチームの中を滑らかに動くが、浸透するまでは信じられないミスも起きやすい。鹿島が開幕4連敗を喫したのも、“通過儀礼”と言えなくもない。
永戸は、そのポジショナルプレーをすでに実践していた。そう、恩師・渡邉晋がベガルタ仙台で導入していたからだ。2017年のルヴァンカップ準々決勝で、仙台は鹿島を破った。あのときの仙台はポジショナルプレーに挑戦し、うまくハマっていた時期だった。
準々決勝の前に怪我をしたため出場できなかったが、それまで永戸は大卒ルーキーながら仙台で先発の座を勝ち取っていた。鹿島と永戸とポジショナルプレーのリンクは、2017年から始まっていたのである。
今季の鹿島アントラーズで、チームトップタイとなる13度の先発を果たしている永戸勝也。ザーゴ監督からの信頼が厚く、その要因が攻撃や守備の安心感、そして、ポジショナルプレーの理解者であることは確かだ。永戸は、仙台ですでにポジショナルプレーをしていたが、その仙台で、永戸は必ずしも順調な成長曲線を描いたわけではなかった。
永戸は法政大学を卒業後、2017年にベガルタ仙台に入団。すでに仙台の練習に参加しており、一番先にプロの話をしたのが仙台だからだという。2016年まで4バックだった仙台は、2017年から3バックに変更。キャンプで渡邉晋監督が新たな戦術を落とし込んだ。新シーズンを前に、「開幕スタメンもあり得る」といった趣旨の話を繰り返しするほど、このレフティに渡辺監督は期待していた。
そして2017年2月25日、ユアスタのピッチに永戸はいた。J1第1節、仙台―札幌のスターティングメンバーとして。背番号は「2」。期待は、リップサービスではなかった。仙台は3-4-3で、伝統の4バックを捨ててのシステムとなった。
永戸のポジションは左ウイング。チームで3人目となるJ1開幕ルーキーだった。
その後も、永戸は先発出場を続ける。面白いように縦に抜くことができ、アシストは「3」を数えた。特に、5月28日のホーム新潟戦で見せた、FWクリスランへのクロスは“絶品”だった。ハーフウェーライン付近で相手からボールを奪うと、ゴール前に走ろうとするストライカーの位置を見るやクロスを上げた。そのクロスは、相手ディフェンダーに届かない弧を描いて伸び、吸い込まれるようにクリスランに届けられた。クリスランが決めたそのゴールは、J1の5月のベストゴールに選ばれた。
しかし、第17節G大阪戦で永戸は全治6か月の怪我を負う。そしてこれ以降、この年の試合に出ることはできなかった。結局、出場試合数は「17」で、先発は「16」。不本意な結果だった。
翌年、怪我から復帰した永戸だったが、1年間通して先発の座を維持することはできなかった。関口訓充や中野嘉大といった、個人での力で突破できる選手との競争に勝つことができなかったからだ。前年に比べ、この年の永戸は縦に突破するのに苦労した。怪我の影響もあったのかもしれない。あるいは、相手の対策もあったのかもしれない。いずれにせよ、29試合に出場したものの、先発回数は「13」、アシストも「3」。飛躍することはできなかった。
しかもこの年、仙台は天皇杯で決勝まで進むことができた。しかし、その先発メンバーに永戸は入ることができなかった。ベンチから戦況を見つめ、そして敗戦のホイッスルを聞いたのだ。
地方チームの躍進は、草刈り場になることを意味する。仙台は2019シーズンを迎えるに当たり、多くの選手を失った。「もう1年仙台でやりたかった」と語る板倉滉は、マンチェスター・シティに移籍。中野嘉大は札幌、奥埜博亮はC大阪、野津田岳人と矢島慎也は所属元へと、チーム編成の大きな変更を迫られた。その中で、永戸は3バックの左にコンバートされることとなった。
そして2019年4月28日の第9節のG大阪戦が、仙台にとっても永戸にとっても分岐点になった。渡辺監督が4バックへシステムを戻したのだ。そしてこのとき、永戸はJ1のリーグ戦で初めて左サイドバックを務めた。永戸は躍動した。左サイドの石原崇兆と連携して、クロスを上げた。3バックで磨いた守備も、4バックの左で輝いた。プロ初ゴールも決めた。令和の新時代を前にした平成最後のリーグ戦で、永戸は天職を得たのだ。
その年、永戸はアシストを量産し、その数は「10」に達した。アシスト王になって、鹿島からオファーが来るまでに成長した。左ウイングバックで必要とされた攻撃を磨き、3バックで必要とされた守備を磨いたからこそ、4バックで輝いた。3つのポジションの経験が生きているのだ。
鹿島に移籍する際、永戸の穴埋めには楽観論もあった。永戸のアシストは、流れの中からのものが少なく、セットプレー時によるものが大きかったことが原因だが、今期、その永戸を失った仙台は、左サイドバックの穴埋めに苦慮しながら、白星をつかめないでいる。数字以上に、その安心感がもたらすものが大きかったのだ。
2月22日に2020年の開幕戦を名古屋と戦った仙台は、FC東京から2月19日に獲得した柳貴博を先発させている。その柳に加え、本来は2列目より前が本職の石原崇兆も併用し、9月9日の鹿島戦では、右サイドバックが本職の蜂須賀孝治を据えることが濃厚だ。
永戸は、不振から抜け出せないでいる古巣を相手にどのようなプレーを披露するのか、永戸という安心を失った仙台は、永戸のプレーに何を思うのか。
鹿島と仙台の1戦は、特別な試合となる。