路線変更、『個』の強さを最大限に引き出し好転していけるか。
「揺さぶれ、揺さぶれー」
2020年7月22日のJ1リーグ6節、湘南ベルマーレ戦対鹿島アントラーズ戦。アウェー戦に臨んだ鹿島ベンチからテクニカルスタッフの声が飛ぶ。
昨シーズンの鹿島はブラジル人ザーゴを新監督に迎え、従来のボールを奪ってから一気にカウンターでゴールを目指すスタイルから、新たな戦術の習得を目指していた。前線から積極的な守備を行い、ボールを保持すれば後方で素早く回して突破口を探り、前線にスペースを生み出しサイドアタッカーにボールを託す。サイドアタッカーはドリブルで守備網を突破しゴール前へラストパスを供給し、得点を狙うというのが新戦術だった。冒頭の言葉は突破口を作るために、後方でボールを回しながら湘南の守備網を揺さぶって崩せとの指示だ。
このスタイルを遂行するうえでもっとも重要となるのが、空いたスペースにドリブルで切り込む中盤の選手だ。その二列目の選手のなかでも、サイドアタッカーの役割は特に大きい。サイドアタッカーは後方、横からボールを受けて攻撃の起点となるポジションであり、相手陣内深くに侵攻し、ラストパスの供給元とならなければこの戦術は成り立たないからだ。
昨シーズン前半の鹿島の不振は、このサイドアタッカーが上手く機能しなかったのが原因と言える。鹿島が0-1で敗れた湘南戦は、戦術による完璧な崩しを強く意識するあまり、攻撃に迫力を欠き低調な試合内容となる昨シーズン前半の戦いぶりを象徴するような90分間だった。
練習で相手の守備網を突破する動きを繰り返し行い、習得しても実際の試合ではその通りにいくことは少ない。当然、相手は守備隊形を崩されないように努めるし、突破を許すまいと必死にプレーしてくる。そうなれば理想とする崩しはなかなかできない。
これまでの鹿島は日本でもトップレベルの選手たちがシンプルにプレーすることによって強さを作り出していた。だが、ザーゴ指揮下のチームはより複雑で多くの役割をこなし、それを完璧に遂行することを求められた。
理想の戦術に固執するあまり前線に飛び出していく選手たちは敵を剝がし切れなかったり、前方の視界がクリアになっていないと見ると、より美しい崩しをしようと相手との対決を避けて、攻撃をもう一度やり直すためのパスを選択してしまう。これでは相手にとって脅威となる攻撃にはならない。守る側からすればサイドアタッカーの出鼻を抑えるようにポジションを取れば、強引に突破してくることが少ないだけに、マッチアップする選手にさほど怖さを感じることなくプレーできる。
戦術を活かすためには、決められた動きを繰り返すという鉄則からすれば矛盾しているが、サッカーの試合では時に個の技術が必要になる。サイドアタッカーを筆頭とした中盤の選手が勇気を持ち、多少は強引になっても1対1の状況で仕掛けなければこの戦術は機能せず、ただのボール回しになってしまう。それにいかに鹿島といえども手数が増えればミスの確率も上がる。鹿島は完璧な戦術の遂行に捉われ、本来のゴールを挙げることが二の次になってしまい、チームとして機能不全に陥ってしまったのだった。
それでも鹿島は試合を重ねるごとに序盤の躓きからチームを立て直していった。時に守備ラインを下げてボールを奪うスタイルで戦った試合もあった。選手たちが次々と呼応していく、従来の分厚いカウンター攻撃で得点を狙いにいくプレーも見られた。チームは前半の不振を取り返すかのように勝利をもぎ取り、リーグ戦を強豪クラブとしてなんとか面目を保つ5位の成績でフィニッシュしたのだった。
ただ、リーグ戦を上位で終えたとはいえ、内容的には決して満足できるシーズンではなかった。それでもコロナ禍ということでチームに大胆なメスを入れにくい状況だったこと、ザーゴが目指すサッカーのレベルが高く1年でチームに浸透するのは難しいという判断もあっただろう。
迎えた今シーズンもザーゴ監督が継続してチームを指揮することとなる。しかし、チームは開幕の逆転負け(清水エスパルス戦、1-3)からリズムを崩し、低空飛行が続くことになる。成績不振のチームにあってフロントは14日にザーゴ監督を解任。コーチの相馬直樹が昇格させチームを託すことにする。
相馬監督のもと強い危機感を持って臨んだ鹿島は、17日の対徳島ヴォルティス戦、20日のルヴァンカップ対コンサドーレ札幌戦に連勝。相馬体制2連勝で迎えた24日のヴィッセル神戸戦。鹿島はかつての戦い方を思い出させる、タイトな守備から縦への突破を強く意識した鋭いカウンターサッカーを展開する。
対するアンドレス・イニエスタを欠く神戸も新戦力のアユブ・マシカと古橋亨悟の爆発力を武器にカウンターサッカーで勝負に臨む。試合はアユブ・マシカの縦パスから古橋がゴールを決め神戸が先制する。
しかし、鹿島も負けていない。左サイドに位置する永戸勝也、荒木遼太郎が風穴を開けようと果敢にドリブルで神戸DF陣に挑みチャンスを創出していく。68分に三竿健斗のスルーパスを受けた上田綺世が小林友希のチャージを受けながらもシュートを放ち同点ゴールをマーク。勢いに乗ったホームチームはさらに攻勢を掛け、83分には松村優太を左サイドに投入し、守る神戸のDF山川哲史と菊池流帆に真っ向勝負を挑ませた。後半バックスタンド側のタフな攻防はこの試合の見どころとなった。
スコアがタイになってからは鹿島が攻め、神戸が守るという展開で進んだが、その後はともにゴールを決めることができず引き分けで試合終了となった。鹿島にとって3連勝を記録することはできなかったが、ピッチで見せたサッカーはまさに鹿島のそれだった。
得点力アップなどまだ課題は残るが、鹿島はチームOBで伝統を肌で知る相馬監督のもと原点回帰によってチーム状態が好転していることは間違いない。
[文:徳原隆元]
◆【鹿島】まさに「原点回帰」。ザーゴの『理想』から相馬監督の『現実』路線へ(サカノワ)