王者・鹿島アントラーズが独走態勢に入った。ガンバ大阪をカシマサッカースタジアムに迎えた23日の明治安田生命J1リーグ第27節で、後半アディショナルタイムにDF植田直通が劇的な決勝ゴールを決めて5連勝をマーク。序盤戦の不振から、大岩剛監督の就任とともに鮮やかなV字回復を遂げた今シーズン。3連覇が途切れた2010シーズン以降では最多となる「61」の勝ち点を獲得し、2位の柏レイソルに8ポイント差をつける圧倒的な強さの源泉を探った。(取材・文・藤江直人)
植田の劇的決勝点。9年前に想いを馳せると…
後半のアディショナルタイム。セットプレー。ヘディングによる決勝ゴール。しかも、決めたのはディフェンダー。9年もの時空を超えて、カシマサッカースタジアムでデジャブが起こった。
「優勝するときは、こういう試合がいくつかある。というか、こういう試合がないと優勝できない。今日は久々にガッツポーズが出てしまった。いつもは冷静に見ているつもりなんだけど」
鹿島アントラーズの前身である住友金属工業蹴球団時代から在籍し、1995シーズンから強化部長職を務める生き字引、鈴木満常務取締役を思わず興奮させたシーンは後半47分に訪れた。
MF永木亮太が蹴った右コーナーキック。マーカーのDF金正也を引き離すように、ファーサイドからニアサイドへ飛び込んできたDF植田直通が完璧なタイミングで宙を舞った。
頭に弾かれた強烈なボールがガンバ大阪の守護神、東口順昭の牙城を崩す。1‐1の均衡を破る、劇的な決勝ゴール。歓喜の輪の中心でヒーローの植田が雄叫びをあげ、大歓声でスタジアムが揺れた。
思い起こされるのは、ホームにジュビロ磐田を迎えた2008年11月29日。MF増田誓志(現清水エスパルス)の直接フリーキックに、DF岩政大樹(現東京ユナイテッドFC)がヘディングを見舞う。後半49分に決まった劇的な決勝弾で首位をキープしたアントラーズは、続くコンサドーレ札幌との最終節も制して連覇を達成した。岩政も植田も、殊勲のゴールがともにシーズン2得点目だった。
「あれだけ攻めていてもなかなかシュートが決まらないなかで、あのまま引き分けに終わるのと勝ち切るのでは全然違う。ウチの選手たちは、決勝戦みたいな舞台になると集中力を増して乗ってくる。その意味でも、そういう雰囲気をサポーターが作ってくれたのもよかったよね」
鈴木常務取締役が再び目を細めた。2位の柏レイソルに、勝ち点で8ポイント差をつけた。首位の座を確固たるものにするシーズン20勝目は、連覇への流れを加速させるとともに大きな意味をもっていた。
打ち破った勝ち点「60」の壁
これで今シーズンの勝ち点を「61」に伸ばした。昨シーズンはJリーグチャンピオンシップを下剋上の形で制し、8度目の優勝を勝ち取ったものの、年間総合勝ち点は「59」にとどまっていた。
最終的には天皇杯も獲得し、通算獲得タイトル数を他の追随を許さない「19」に伸ばした。しかし、常勝軍団の完全復活という周囲の評価を、鈴木常務取締役は苦笑いしながら否定している。
「シーズンの最後の1ヶ月はいいサッカーをして、タイトルも2つ取って、すごく伸びている部分はあるけど、この4年間の勝ち点を見ると59、60、59、59なんだよね。この壁を打ち破れない状態から、競争を激しくする補強をして、上手くいけば勝てるではなく、力で勝てるチームを目指さないと」
MFレオ・シルバ(アルビレックス新潟)、FWペドロ・ジュニオール(ヴィッセル神戸)、GKクォン・スンテ(全北現代)らを完全移籍で、ブラジル代表歴をもつMFレアンドロ(パルメイラス)を期限付き移籍で獲得した補強は先行投資の意味合いもあった。
「来シーズンはJリーグの理念強化配分金も新設されるし、ここで優勝していわゆる勝ち組に入るのとそうでないのとでは、どんどん差がついていく。その意味でも、来シーズンは少し無理をしてでも勝負しなきゃいけない、というのがあるよね」
均等配分金や優勝賞金もそれぞれ増額された今シーズンは、J1で優勝した場合は総額22億円が支給される。ビッグマネーを原資にして、2018シーズン以降へのさらなる投資が可能になる。
もっとも、序盤戦では描かれていた青写真が崩れかねない状況に陥っていた。リーグ戦では7勝5敗と勝ち切れない状況が続き、AFCチャンピオンリーグ(ACL)でも決勝トーナメント1回戦で広州恒大(中国)に敗退。一夜明けた5月31日、フロントは石井正忠監督の解任に踏み切った。
ACL敗退で監督交代。V字回復をもたらした「3つの要求」
2015シーズンのナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)を含めて、指揮を執った2年間で3つのタイトルを獲得。FIFAクラブW杯でも準優勝した実績があるだけに意外に思われたが、昨シーズンのセカンドステージから流れはよくなかったと鈴木常務取締役は言う。
「石井がどうのこうのというよりも、年末にいい成績が出たことで何となくぼんやりしたところがあったけど、やはりセカンドステージを負け越して終わった流れというものが僕のなかにあったので」
昨シーズンはファーストステージを制しながら、セカンドステージは6勝2分け9敗で11位に甘んじている。チャンピオンシップこそ制したものの、安定した力が求められる年間総合勝ち点では浦和レッズの「74」、川崎フロンターレの「72」に遠く及ばなかった。
1ステージ制に回帰する今シーズン。序盤戦の軌跡にフロントは昨シーズンの後半をダブらせ、危機感を募らせた。そして、ACL敗退というタイミングで指揮官交代を決断。ヘッドコーチから昇格させた大岩剛新監督へ、3つの要求をしたと鈴木常務取締役は明かす。
「選手を見る角度や評価の視点をちょっと変えることによって、選手起用もちょっと変わってくるのかなと。あとは選手に対してちゃんとジャッジすること。最後はフィジカルトレーニングのやり方を変えること。簡単に言えば、素走りみたいなメニューがちょっと増えたのかな」
大岩体制になってからは、それまでリザーブになることが多かった中村充孝、レアンドロの両MFが先発メンバーに名前を連ねるようになった。ガンバ戦では前半アディショナルタイムに中村がPKを獲得。FW金崎夢生のPKは東口に防がれたが、こぼれ球をレアンドロが押し込んで同点とした。
レアンドロは得点を二桁に乗せたが、そのうち9点は大岩体制になってからマークしている。若手では21歳のMF三竿健斗が急成長し、高卒ルーキーのFW安部裕葵(瀬戸内高)の非凡な攻撃的センスも対戦相手の脅威になりつつある。
ただの1勝でないガンバ戦。隙の見当たらない強さの源泉
3‐0で快勝した7月29日のヴァンフォーレ甲府戦後のロッカールームで、大岩監督は選手たちの前でDF昌子源を叱責している。あわや失点のピンチを招いた安易なボールロストを咎めたもので、フロントが求めた「ジャッジ」がこれに当たる。鈴木常務取締役が言う。
「いいプレーと悪いプレー、チームのためになるプレーとなっていないプレーをジャッジして、ストレートに選手へ伝えることで全員が納得できる。なので、チーム内でも試合が終わった後の口論みたいなものがなくなってきているよね。
フィジカルトレーニングにしても、石井のときはロープみたいなものを使ったファンクショナルトレーニングが多かったけど、単純に飛んだり走ったりというメニューも入れて、頭をリフレッシュさせる内容にしたのもよかったのかなと」
大岩体制では13勝1分け1敗と鮮やかなV字回復を果たし、3連覇が途切れた2010シーズン以降における最多勝ち点を更新した。残り7試合。クラブ記録となる「72」だけでなく、J1記録となる「74」を更新する可能性も出てきたが、45歳の青年監督は無欲を強調する。
「星勘定や数字は皆さんにお任せします。シーズン中なので、ガラリと変えようとは思わなかった。ただ、選手の特徴をもう一回洗い直して、特に攻撃のバリエーションは増やしたいと考えてはいました。あとはいつも言っていますけど、次の試合に勝つだけなので、それを積み重ねていくだけです」
前体制では無得点での黒星が4つを数えたが、大岩監督のもとでは15試合すべてでゴールをマークしている。1試合の平均得点も「1.17」から「2.13」へ飛躍的に伸び、攻撃は最大の防御とばかりに、平均失点も「1.17」から「0.8」へと減っている。
「何となく(優勝の)雰囲気が出てきたかな、というのが今日の一番の収穫かな」
鈴木常務取締役も深まりつつある手応えを感じている。本来もっていた横綱級の力を攻守両面で存分に発揮したうえで、ガンバ戦では9年前の優勝をほうふつとさせる、伝統の勝負強さまで体現した。盤石の強さをこれでもかと身にまとういま現在のアントラーズには、つけ入る隙が見当たらない。
(取材・文:藤江直人)
【了】
鹿島を復活させた「3つの要求」。王者に隙なし、J1記録での連覇も視野に