「今は試合に出ていないかもしれないけれど、Jリーグのスカウト陣がほれ込んだ選手ですよ。なのに、高卒の段階でJクラブの選考から漏れた大学生を選ぶのは、信じられない。まあ、数年後大きな差が出るとは思いますけどね」
2011年、ロンドン五輪アジア予選を戦うU-22代表チームから柴崎岳が漏れたとき、柴崎が所属していた鹿島アントラーズではない、あるJクラブ幹部が怒りをにじませながら語ったことを今でも強く覚えている。
Jリーグの多くのクラブが、柴崎が秘めたポテンシャルを高く評価していたことの証だ。
確かにプロ1年目の出場機会はわずかだったが、翌'12年には鹿島の主力として、ナビスコカップで優勝し、MVPを受賞。Jリーグベストヤングプレーヤー賞も手にし、飛躍を遂げた。その授賞式となるJリーグアウォーズでのスピーチは話題を呼んだ。
「この賞に値する選手は、今年は0人でした。世界的に見れば同世代には、ミランのエルシャーラウィ(現ローマ)、レアルの(ラファエル・)バラン、サントスのネイマール(現パリ・サンジェルマン)。彼らのような活躍ができた選手がいるかといえば、そうではありません。彼らに一歩でも近づき、日本を代表する選手になっていかなければ世界と戦えないと思います」
「大会中に成長できている実感を得ている」
しかし、柴崎は'12年のロンドン五輪のメンバーにも入れなかった。A代表に招集されても怪我や体調不良などでチャンスをものにできず、海外移籍もなかなか実現しなかった。それでも'16年、クラブW杯決勝のレアル・マドリー戦で2ゴールを決めて、'17年にスペインへ渡った。
そして、W杯ロシア大会。柴崎岳はグループリーグすべての試合に先発出場し、日本代表の心臓と言っても過言ではない活躍を見せている。
「こういう大きい舞台は、常に自分を成長させてくれる場所だと感じている。本当のトップの戦いとなる大会で、試合に出ることで得られる経験も、自信もそうですし、W杯が始まる前より、自分自身が大会中に成長できている実感を得ている。改めてW杯という舞台で戦えることに感謝というか、いろいろな気持ちを感じているところですね」
セネガル戦も「納得できていない」。
グループリーグ3戦を終えたあと、柴崎は何度も「成長」という言葉で、その大会について語った。
そのパスセンスと精度で攻撃に緩急を生みだし、前線の選手をコントロールする。セネガル戦の乾貴士のゴールを生み出した長友佑都へのパスは、日本の連動性を象徴するような1本だった。このシーン以外にもセネガル戦では、ゴールにはならなかったが得点機を何度も生み出した。
「自分に対して、もっとできるだろうという気持ちの方が強いので、今日のパフォーマンスに対して、納得できていない気持ちの方が強いです。僕から前、前線の選手の連係は良くなってきている。相手が前から来たとき、僕とディフェンスラインの中で、どうやって良い形で受けるのかという連係の部分では、さらに改善の余地があると思っている」
プレーをすぐ整理できるクレバーさ。
試合直後のミックスゾーンでは、「映像を見てみないとわからない」と自身のプレーを語らない選手もいる。しかし、セネガル戦後の柴崎は冷静に自身のプレーを分析した。
「守備の部分では相手に対して、後手を踏んでしまったところがあります。2失点目がそうですけど、相手のスピードやフィジカル的な能力をリスペクトしすぎたというか。警戒しすぎて距離を多少空けて、前を向かせてしまった。そこは自分自身の反省点。ああいった身体能力の高い相手に対して、さらにいい対応をしていきたい。ある種の良い勉強になったと思っています」
自身のプレーを整理できているからこそ、課題の原因を言語化できる。短時間でその作業に向き合えるのも選手として求められる能力だろう。そういうクレバーさが柴崎にはある。
だからこそ、クラブW杯やリーガ・エスパニョーラ、そしてW杯のようなレベルの高いステージ、環境に身を置くことで、成長の速度が加速するのだ。出場時間を重ねることで、彼のプレーは研ぎ澄まされている。
「自分のなかでも集中力と注意力が研ぎ澄まされている、という表現が的を射ていると思います。試合中に成長できている部分も、そういったところから来ている。それは世界最高峰の戦いでしか、経験できないことだと思いますし、今、自分自身にとっていい刺激を受けているところだと思います」
W杯前後で変わった自らの立ち位置。
もしハリルホジッチ体制で臨んでいたら、柴崎の先発起用の可能性は小さかっただろう。縦に速い攻撃を好む前任者のサッカーでは、違うタイプの選手が求められていたはずだ。
しかし「日本らしいサッカー」を掲げる西野朗監督のもとで、柴崎は輝いている。日本人選手を活かすためには、柴崎は欠かせない存在だ。同時に柴崎が仕事をするためには、前線からの連動した守備やチームメイトの運動量が不可欠になる。
「W杯が始まる前は、自分がそのピッチで中心選手となるというイメージは、まったくなかったですね。いつの間にかというか……自分自身は本当に必死にやっているだけ。サッカー選手として成長したいという気持ち、あとは結果に貢献したいという気持ち。そのふたつを常に持ってやってきている。そういった気持ちを持ち続けてきたことが、今に繋がっているのかなと思っています」
「過去の理想と対比することはない」
'09年のU-17W杯に出場した代表の10番をつけ、プラチナ世代の旗手と呼ばれた柴崎だったが、彼が日本代表の柱になるためには9年間の時が必要だった。残念ながら、17歳の少年が描いた未来予想図通りに現実は進まなかった。
「昔は年齢を気にするというか、どういう年代でどんな立ち位置で、どういうプレーヤーになりたいかという理想を掲げてやってきました。W杯で経験できていることもそうですし、この年齢になっても考えることは……自分がやってきたこと、抱いてきたもの、それを実行してきたことが素直に今に現れていると思います。必要なときに必要なことが起きた。ポジティブなものもネガティブなものもすべて、今の自分に必要で、起こり得ることだと感じている。
そういう意味では、これからの人生だったり、この大会で起こっていることも含めて、自分に課せられているものは、必然的に起きていることだと思います。今感じているのはそういうことですね。だから、過去の理想と対比することはないですね」
淡々と、そして丁寧に自身の想いを言葉にする柴崎の姿からは頼もしさが漂ってくる。そこには今大会で手にした大きな手ごたえと自信が感じられた。そして、決勝トーナメントでは新たなる体験が待っている。
中盤の支配権を手繰り寄せたい。
「決勝トーナメントで自分自身がどう成長していくのか、サッカー選手としての成長を何が促してくれるのかは予想がつかない。過去の実績に関係なく、やっぱりベルギーは世界のなかでもトップのチーム。個性派の集団でみんなが知っている選手が何人もいる国。
個人的にはそういう相手と試合ができることに強いモチベーションを感じています。そういう彼らと対等にやること、もしくは上回ることを目標に海外に出ました。だから、ベルギー戦は今までの自分を示す場所なのかなと思っています。
具体的にはマッチアップする選手に負けないことは必要だと思います。僕のポジションであればミッドフィルダーの選手になる。中盤での支配権を日本側にできる限り手繰り寄せる作業、プレーをすること。それが日本にとっていい流れを引き寄せることになるかと思います」
世界のトップに入れる日が来るように。
過去の3試合同様に、自身のプレーが試合を左右するという自覚がその言葉には込められていた。そして世界のトッププレーヤーと対戦し、「どこまで、何ができるのか?」という自分への期待も感じられる。
「日本として、近年のなかではいいパフォーマンスを出しているにもかかわらず、最後までもつれ、突破が難しい状況まで陥ってしまったのは、W杯のレベルの高さを示していると思います。同時にそれでもグループステージを突破できたことは日本の力、現在ある力を示せていると思う。
でも、僕のなかではグループステージ突破は最低限のノルマだったので、そんなに喜びを感じることはなかった。本当に満足した気持ちもない。日本代表として世界のトップに対して成長を続け、日本が世界のトップに入れる日が来るように、歴史の一部になれればいいかなと思っています」
キックオフ直前、円陣が解かれ、選手たちはそれぞれのスタートポジションへ散る。柴崎がそっと胸のエンブレムに手をやる。
ポーランド戦で目にしたそんな光景からは、彼が秘めた熱が伝わってきた。日の丸を背負い、「今」と全力で立ち向かう覚悟だ。
未来を夢見ることも、描くことも重要だ。けれど、それを形作るのは、「今」の積み重ねでしかない。ベスト8進出という新しい歴史のページを開く重要な一戦で、柴崎がどんな体験をするのか?
その「今」が柴崎と日本代表の未来へ繋がっていく。
柴崎岳はどこまでも満足しない男。「世界のトップに入れる日のため」